大学生・黒鐘智慧理の私生活 6
「てやああっ!!」
『鹿銕天狗』を発動した煌羅が、『亀骨』を振りかざしイオルムへと躍りかかる。
「無駄だ」
それに対しイオルムが腕を振るうと、イオルムと煌羅の中間地点に当たる空間に、玉虫色の裂け目のようなものが発生した。
「きゃっ!?」
高速で移動していた煌羅は咄嗟に回避することができず、正面から裂け目に突撃してしまう。
「いっ、たぁ……!これが空間断層……?」
イオルムは空間に断層を作り出し、それによって防御や攻撃を行う能力を持つ。
その事前知識を持っていた煌羅は、今自分が激突した裂け目がイオルムの作り出した空間断層であると判断した。
「私は空間を自在に操る。お前達の攻撃は私には届かない」
「それはどうだろうね!」
煌羅は即座に空間断層を足場にして横に跳ぶ。
「『飛猿』!」
更に煌羅は跳んだ先に霊力の足場を作り出すと、その足場を蹴ってイオルムに再び躍りかかった。
「何?」
煌羅の三次元的な機動を予測できなかったイオルムは再び空間断層による防御を展開することができず、結果として煌羅の接近を許してしまった。
「あはっ!」
煌羅が振り下ろした『亀骨』の刃を、イオルムは左腕で受け止める。
ガキンッ!と激しい金属音が鳴り、イオルムの左腕は目に見えて痺れた。
「くっ」
イオルムは後方に退いて煌羅の間合いから逃れようとするが、
「あははっ!あはははっ!」
煌羅はイオルムにピッタリと追従しながら、次々と『亀骨』による攻撃を繰り出す。
『亀骨』の刃がイオルムの装甲に叩きつけられる度に、金属音と共に激しく火花が散った。
「あっははは!硬いなぁ!でも硬ければ硬いほど壊した時気持ちいいもんねぇ!」
「何なんだお前は……!?」
メルに忘れられた悲しみを破壊衝動へと転化し、一切手を緩めることなく攻撃を続ける煌羅。
その手数と剣幕に、イオルムは防戦一方だった。
「っ、付き合っていられるか!」
イオルムが右腕を伸ばすと、5mほど離れた場所にワームホールが形成される。
そしてイオルムは煌羅の攻撃を弾き返した勢いを利用して煌羅から距離を取ると、自ら作り出したワームホールへと飛び込んだ。
「無駄だよ!この万花京からは出られない!」
煌羅は先程と同じように、ワームホールでの移動は失敗すると予想していた。
だが予想に反しイオルムの姿はワームホールの中に消え、直後にワームホール自体も消失する。
「っ、どこに……!?」
驚いた煌羅が周囲を見渡すと、数百m離れた空中にイオルムを発見した。
「が、っ!?」
そしてイオルムの姿を認識した直後、煌羅の体に玉虫色の裂け目が生じた。
イオルムが作り出した空間断層に巻き込まれ、体が切り裂かれたのだ。
「く、っ……」
傷口から大量の血が噴出し、煌羅は苦悶の表情を浮かべながら落ちていく。
「ふむ。この異空間から脱出するのは難しいが、異空間内をワームホールで移動することは可能らしいな」
イオルムは落下する煌羅に関心を払うことなく、自らの能力とその結果について分析している。
するとイオルムの右方に、突如として太陽の如き発光体が現れた。
「逃がしませんっ!」
発光体の正体は、『礫火天狗・天火浄瑠璃』によってその身を炎と化した燎火だ。
炎の塊となった燎火は物質的な制約から解き放たれたことにより、瞬間移動と見紛うほどの人知を超越した移動速度を実現している。
燎火はその速度を以て、数百mもの距離を一瞬で詰めてイオルムに肉薄したのだ。
「はあああっ!!」
燎火が右の正拳をイオルムへと放つ。
すると燎火の右腕が、一瞬にして元の数倍の大きさにまで膨れ上がった。
炎となった燎火の肉体は不定形。燎火自身の意思によって如何様にも形を変える。
「ぐぅっ」
イオルムは空間断層による防御を展開しようとするも間に合わず、巨大化した燎火の拳を両腕で受け止める。
だが拳を防いだところで、拳を構成する炎の勢いの影響から逃れることはできない。イオルムの装甲が燎火の炎に焦がされていく。
「はあっ!」
更に燎火がイオルムに押し付けた拳を開くと、そこから『礫火天狗・天梯』に似た灼熱のビームが放たれた。
ビームはイオルムの装甲を貫くことこそなかったが、ビームの勢いに押されてイオルムは100m以上後退させられた。
「何という威力だ……」
ようやくビームが途切れる頃には、イオルムの左腕の動きが鈍くなっていた。
「まさか未開生物が単体でこれほどの火力を有しているとは……」
「お褒めに預かり光栄です!」
「何っ!?」
そしてビームによって100m以上の距離が開いたイオルムの下へ、燎火が一瞬で到達する。
「くっ、小癪な!」
イオルムが燎火に向かって右腕を振るうと、燎火の体に空間断層が発生した。
煌羅を一撃で撃墜したものと同じ強力な攻撃。それによって燎火の体は上下に両断されるが……
「無駄です!」
元より不定形の炎の体。真っ二つにされたところで何のダメージにもならない。燎火の体は一瞬で元通り1つになった。
「はあっ!」
燎火が再び拳を放つ。狙うは負傷したイオルムの左肩だ。
「させるか!」
イオルムは左肩を庇い、右腕で燎火の拳を受け止める。
「ぐあっ!?」
だが直後、庇ったはずのイオルムの左肩から火花が散った。
「さっきはよくもやってくれたね……痛かったぁ……」
「お前は……!?」
イオルムが振り返ると、そこには『亀骨』の刃を左肩に突き立てる煌羅の姿があった。
「馬鹿な、死んだはずでは……」
「バカだなぁ……あれくらいで死ぬ訳ないでしょ」
煌羅が空いている左手で自らの傷を指し示す。
煌羅の体の前面は右肩から腰の左側に掛けて大きく切り裂かれていたが、出血は既に止まり、傷自体も塞がりつつあった。
煌羅が空間断層を受けてからまだ1分も経っていないというのに、驚異的な回復能力だ。
「何という回復速度……」
「あはっ!」
「ぐあっ!?」
『亀骨』に更なる力を込める煌羅。それによって元々機能不全を起こしていたイオルムの左肩は完全に破壊された。
「好機です!」
「あはっ!あははっ!」
前方から燎火が、後方から煌羅が、一気呵成にイオルムへと攻撃を仕掛ける。
イオルムはしばらくダンゴムシのように体を丸めて防御に徹していたが……
「っ……思い上がるなよ未開生物が!」
イオルムが苛立った様子で叫ぶと同時、イオルムの頭上の空間がぐにゃりと大きく歪んだ。
「っ、空間爆発です!退避しましょう煌羅さん!」
「分かった!」
空間の歪曲は空間爆発の予兆だ。燎火と煌羅は急いでイオルムから離れ、空間爆発の範囲外へ逃れようとするが、
「無駄だ!お前達は最早逃れられん!」
イオルムが発生させた空間の歪曲は50m四方にも及ぶ。
これだけ巨大な歪曲から生じる空間爆発がどれほどの威力になるのか、2人には想像がつかなかった。
「消し飛べ!未開生物ども!」
歪曲した空間が遂に爆発し、万花京が白い光に包まれる。
空間爆発には爆音は伴わず、その代わりに凄まじい衝撃波が万花京全体を蹂躙した。
程なくして爆発が収まると、ただでさえ半壊していた万花京は最早その原型すら残していなかった。
そこに広がるのは夥しい量の瓦礫の山。四季折々の花々に囲まれた美しい都は見る影もない。
そしてその瓦礫の山には、燎火の姿も煌羅の姿も見当たらなかった。
「……消し飛んだか」
空中から瓦礫の山を見下ろし、イオルムは無感動に呟く。
「身の程知らずな未開生物には相応しい末路だ」
そう言い捨てたが最後、イオルムは燎火と煌羅への関心を失った。
「さて。この異空間を脱出する方法を考えなければ……」
燎火と煌羅を始末したところで、依然イオルムが万花京に閉じ込められていることに変わりはない。
どうにか万花京の外とワームホールを繋ぐことができないかと、イオルムが試行錯誤を始めたその時。
「――『穂乃雷御剣』」
背後から聞こえた声と共に、イオルムの胸を炎の剣が貫いた。
「があああっ!?」
体を内側から炎に焼かれ、絶叫するイオルム。
苦痛に耐えながらイオルムが後ろを振り返ると、そこには空間爆発に巻き込まれて消えたはずの燎火が、左手の炎の剣をイオルムに突き刺していた。
「お前……何故……」
「あなたが戦っていた私は炎で作った分身。本物の私は身を隠し、この機会を息を殺して待っていました」
認識攪乱祓道、『伏魔鬼没』。これを用いて身を隠した燎火は、他者との相互干渉が完全に不可能になる。
故に本物の燎火は空間爆発にも巻き込まれること無く、こうしてイオルムの背後を取り剣を突き立てることができたのだ。
「私を所詮未開生物と侮りましたね」
言いながら燎火は炎の剣をより深く押し込む。
「ぐああああっ!?」
更なる苦痛にイオルムは激しく身悶えした。
「この剣は私がとある祟り神から授かったものです。ですから刺された痛みも一入でしょう」
「未開生物、風情がぁっ……」
イオルムは何とか燎火に反撃しようとするが、苦痛のあまり碌に身動きすら取れていない。
するとその時、
「燎火ちゃんばっかりズルいよ!」
イオルムと燎火の真下にある瓦礫の山が弾け飛んだかと思うと、そこから煌羅が勢いよく飛び出してきた。
燎火と違い正真正銘空間爆発に巻き込まれた煌羅は全身ズタボロだが、それでも水色の瞳は獲物を前にした肉食獣のように爛々と輝いている。
「トドメは私が貰うからね!」
「ご自由にどうぞ」
「『飛猿』!」
霊力の足場を空中に作り出し、イオルムの下まで一気に駆け上がる煌羅。
「てやあああっ!!」
煌羅が渾身の力で振り抜いた『亀骨』の刃が、イオルムの胸に叩き込まれる。
「ぐあああああああっ!?」
燎火の『穂乃雷御剣』と、煌羅による渾身の亀骨の一撃。
それによってイオルムの全身に、ビキビキと罅が広がっていく。
「クソッ……未開生物、ごとき、に……」
燎火と煌羅への怨嗟を最後に、イオルムの体はバラバラに砕け散り、そのまま瓦礫の山へと落ちていった。
「はぁ~っ……ちょっとスッキリしたぁ」
戦いを終え、煌羅は『飛猿』の足場の上で思いきり体を伸ばす。
イオルムに止めを刺し、その体を粉々に砕いたことで、少しはストレス解消に繋がったらしい。
「煌羅さん大丈夫ですか?かなり怪我が多いようですが……」
燎火は煌羅の体を案じている。
『伏魔鬼没』で隠れていた燎火は一切の怪我を負っていないが、空間断層と空間爆発をその身に受けた煌羅は控え目に言って重傷だ。
「大丈夫だよ、私結構頑丈だから」
だが煌羅はあっけらかんと右手を振った。実際燎火が負った傷はどれも既に塞がっており、動きに支障が出ている様子もない。
「『鹿銕天狗』は自然治癒力まで高まるのでしょうか……?」
「そうかもね~。今度調べてみよっか」
「燎火様~!煌羅様~!」
戦いを終えた2人の下に、人間の姿に変化した待雪が駆け寄ってくる。
「あっ、待雪ちゃん」
「お疲れ様ですわ、お二方。わたくし、あちらの方に無事な水場を発見いたしましたの。そこから現実世界へ帰りましょう」
待雪は燎火と煌羅を連れて、崩壊した万花京の中の水場を目指して移動する。
「わたくしの昔のお家のお風呂場が、奇跡的に残っておりましたの」
「それは本当に奇跡ですね……」
御伽星憂依の襲撃からもイオルムによる空間爆発からも生き残った奇跡の風呂場で、待雪は現実世界への扉を開く。
そして3人が現実世界に帰還すると同時に、煌羅のスマホが着信音を奏でた。
「ん?何だろ」
首を傾げながら煌羅はスマホを取り出し、画面を確認する。
「……えっ!?」
すると煌羅は限界まで目を見開いて驚愕を露わにした。
「煌羅さん、どうしました?」
「どうかなさいましたの?」
様子を窺う燎火と待雪に、煌羅は恐る恐るスマホの画面を見せる。
そこには魅影から送られてきた、非常に簡素なメッセージが表示されていた。
『桜庭さんが攫われた』
本日から「地雷系異世界ストリーマー桜庭メル」という作品を投稿し始めました
こちらも本作と同じく桜庭メルが主人公の作品ですが、別の世界線というかスターシステムというか、とにかく主人公以外は全く別のお話です
もし興味を持っていただけたら読んでいただけると幸いです
 




