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第10回桜庭メルの心霊スポット探訪:亀鳴城公園 前編

 「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」


 配信が始まり、メルはカメラに向かって可愛らしく両手を振る。

 ピンクのブラウスに黒のスカート、黒いマスクにツインテール。今日もお馴染みの出で立ちだ。


 「今日は桜庭メルの心霊スポット探訪、記念すべき第10回!やっていこうと思いま~す」

 『待ってた』『メルちゃ~ん!!』『もう10回か』『早いなー』


 メルの心霊スポット探訪も、今回で一区切りとなる10回目を迎える。だがメルは高頻度で配信を行っているため、10回といっても期間で言えば大したことはなく、感慨のようなものも特にない。


 『ブラウス新しいの買ったんだ』

 「そうなんです、また新しいの買いました~。じゃ~ん」


 ブラウスについて言及するコメントを拾い、メルは両腕を広げてブラウスをカメラにアピールする。


 「このところ配信の度にほぼ毎回ブラウス買い換えてるので、これ買った時店員さんに変な顔されちゃいました……」

 『草』『かわいそう』『かわいそう』


 メルは前回の配信で、巨大な蜘蛛の攻撃を受けてブラウスを破られてしまった。その更に前回の配信では無数の氷の破片を浴びて着ていた服がズタズタになり、そのまた更に以前の配信ではブラウスの一部が石化してしまったこともあった。

 そのような事情で、最近のメルは配信の度にブラウスを新調する羽目になっていた。


 「ブラウスのことは一旦置いといて、今日は記念すべき10回目の配信です!ということで、心霊スポット探訪を始める前に、皆さんにメルからお伝えしたいことがありまして……」

 『なになに?』『なんだ』

 「メルは、初心に戻ろうと思うんです」

 『え?』『どういうこと?』


 メルの宣言の真意が掴めず、困惑する視聴者達。

 メルもその宣言だけで言い終えるつもりは無く、真意を噛み砕いて説明し始める。


 「こないだ切り抜き動画を投稿するために、自分の配信のアーカイブを編集してたんです。で、その時に思ったんですけど……メルの配信の内容で、心霊系ストリーマーって名乗っていいのかなって」

 『草』『いや草』『今更それ言う?』『俺らはずっと思ってたよそれ』

 「心霊系を名乗るには、配信がちょっと怖くなさ過ぎたんですよ。でもそれっておかしいじゃないですか?だってメルが行ってるのはちゃんとした心霊スポットだし、実際に幽霊だって出てきてるのに怖くないなんて。だからメル考えたんですよ、どうしてメルの配信は怖くないんだろう、原因は何なんだろうって。そしたら……」

 『考えるまでもないだろ』『原因なんてバカでも分かるわ』

 「これ多分なんですけど……メルのリアクションがホラーじゃなさ過ぎるのが悪いんじゃないかなって」

 『知ってた』『考えなきゃ分からんかったんか?』


 メルの今更過ぎる考察に、視聴者から次々と突っ込みのコメントが押し寄せてくる。しかしメルはそれらのコメントをマイペースに受け流した。


 「配信を見返すと、メルが怖がらないせいで配信の雰囲気も怖くなくなってるんです。でも最初の頃、殺人トンネルに行った時の配信とかだと、メルも普通に怖がってたんですよ。だから今日の配信ではメルは初心に戻って、ちゃんと心霊系ストリーマーっぽく怖がったり怯えたりしようと思うんです」

 『初心に戻るってそういうことか』『怖がろうと思うって言っちゃってる時点でもうなんかダメそう』

 「もちろんその為に作戦もちゃんと考えてきました。そもそもメルがなんで幽霊とかを怖がらないのかっていうと……これのせいなんです」


 メルはその場で跪いてスカートの中に右手を滑り込ませ、太もものホルダーから呪いの包丁を抜き取った。


 「この呪いの包丁を使えば幽霊とかを殺せちゃうせいで、メルが幽霊とかを怖がらなくなったんです」

 『殺せるから怖くないってのもすごい理屈だよな』

 「だから今日の配信では、この包丁を封印しようと思います!そうすればメルは幽霊を殺せませんから、緊張感が出て怖いと思うんです。名付けて、『桜庭メルの心霊スポット探訪・ビクビク大作戦』!」

 『なんだその名前』『作戦名からして緊張感が無い』


 メルのネーミングセンスは視聴者には概ね不評だったが、メルは特に気にすることは無かった。


 『包丁封印して幽霊出て来たら危なくない?』


 視聴者の中からは、メルを心配するコメントも出てくる。

 幽霊は物質的な肉体を持たず、メルは呪いの包丁無しに幽霊に干渉することができない。つまり包丁を使わないとなると、メルは幽霊から身を守る手段が無くなるのだ。

 だがメルもその辺りについてはきちんと考えてあった。


 「あつ、大丈夫です。本当に危ないことがあったら普通に包丁使うんで」

 『なんだよ』『使うんかい』

 「メルも流石に命までは懸けたくないので……」

 『今までの配信はまあまあ命懸けてただろ』


 今回の企画の趣旨を説明し終えたところで、メルは包丁を太もものホルダーに戻す。


 「という訳で、今回のビクビク大作戦の舞台となる心霊スポットはこちら!」


 メルが両手で背後の景色を示す。そこにあるのは年季の入った石垣だ。


 「ここはですね、亀鳴城(かめなきじょう)公園という場所です。戦国時代に造られたお城で、今は公園になってるんです。天守閣はもう無くなっちゃってるんですけど、結構広くて楽しいんですよ。まあ、『昼間は』ですけど……」


 メルは演出として、一旦思わせ振りに言葉を切る。


 「……実はこの亀鳴城公園、夜になると幽霊が出るっていう噂があるんです。何でも、戦で成果を挙げることができずにこの城で命を落とした武士が、死後も戦果を求めて現世に留まり、敵兵に見立てた人間を殺し続けているとか……」

 『おお』『怪談っぽい』

 「まあ亀鳴城は戦国時代末期にできて、1度も戦に使われないまま江戸時代を迎えたので、この城で命を落とした武士なんている訳ないんですけど」

 『台無しだよ』『言わんでいいこと言うな』

 「ただ血塗れの落ち武者の目撃情報があるのは本当なので、早速行ってみましょう!」


 メルはカメラに向かって敬礼をしてから懐中電灯を取り出し、亀鳴城公園の敷地へと足を踏み入れた。


 「この公園ね、結構広いんですよ。高低差もあって、散歩コースにしたら歩き応えがある感じで……」


 亀鳴城公園は24時間いつでも無料で入場することができるが、基本的に夜間に来ることは想定されていない。その為敷地内に夜間照明の類は無く、光源は月明かりとメルが持参した懐中電灯のみだ。


 「暗いですね~。足元気を付けないと」


 公園内が暗かろうと、メルは平常心で散策している。しかしそんなメルに対し、コメントでとある指摘が寄せられた。


 『暗いなら怖がらないとダメじゃね?』

 「はっ!?」


 そのコメントにメルは気付かされた。

 メルはビクビク大作戦を謳っておきながら、平然と暗闇の中を歩いてしまっていた。これでは心霊スポット探訪ではなく、ただ夜に外を歩いている人だ。


 「ちょっ、ちょっと待ってください。やり直しますからっ」

 『やり直すって何だよ』

 「きゃ、きゃ~暗~い。メル、暗いの怖~い」

 『ナメてんのか』


 これ見よがしに怖がる演技をして見せるメルだが、残念ながらそのクオリティは絶望的に低かった。


 『演技が下手すぎる』『もうやめたら?ビクビク大作戦』

 「やっ、やめませんよぉ!何ですか、何がダメだったって言うんですか!?」

 『コンセプト』

 「全否定止めてくださいよぉ!?」


 揶揄うようなコメントにキャンキャンと噛みつくメル。そんなことをしているせいで、益々心霊スポットの雰囲気は台無しになっている。


 「んっ、んんっ!……暗くて、なんだか不気味な雰囲気ですね……背筋が寒くなるような……」

 『やり直すな』『気を取り直すな』『挽回できると思うなよ』

 「いいじゃないですかっ、せめて今回はビクビク大作戦やり切らせてくださいよ!……こわ~い」


 視聴者に大不評な演技を続けながら、メルは公園内をすたすたと歩いていく。


 『今どこ向かってるの?』

 「天守閣跡の展望台です。落ち武者の幽霊がどこに出るのかは知らないので、とりあえず1番高いところに行って公園全体を見てみようかなって」


 メルが最初にいた山門から展望台までは、ゆっくり歩くと15分ほどかかる。

 10分ほど歩いて展望台が視認できる距離にまで近付いたところで、メルは展望台から明るい光が放たれているのに気が付いた。


 「ん?あの光なんでしょう……?」


 この亀鳴城公園に夜間の照明は存在しない。にもかかわらず展望台に見える明かりに、メルは首を傾げた。


 「ちょっと火っぽいですよね……もしかして火事とか?」

 『あり得るな』『やばくね?』


 展望台の明かりは、メルの目には炎の光のように見えた。タバコの火の不始末などが原因で、展望台で火事が発生している可能性は否定できない。


 「……見に行ってみましょうか」


 もし本当に火事が起きていたら大事だ。それを確認するために、メルは早足で展望台へと向かう。

 持ち前の素早さを生かして1分と経たずに、メルは展望台に到着する。


 「わっ、ホントに燃えてる」

 『あれ人じゃね?』『人間燃えてる?』


 果たしてそこでは、赤い炎が煌々と燃え上がっていた。炎の中には人影のようなものが見える。


 「人が燃えてる?……あっ違う幽霊だ」


 目を凝らして見てみると、燃えている人影の周囲には青い光が薄らと見えた。

 メルの左目「桜の瞳」で青色の光が見えるということは、炎に包まれているのは人間ではなく幽霊ということだ。


 「よかった、人じゃなくて幽霊で」

 『人じゃなくて幽霊でよかったなんてセリフある?』『ビクビク大作戦もうダメだろこれ』


 幽霊が燃えている理屈はメルには分からないが、少なくとも人体発火現象では無かったことにメルは胸を撫で下ろす。


 『てか誰かいるな』『なんかかわいい子いない?』


 コメントの指摘で、メルは炎の傍らに立っている少女の存在に気付いた。

 メルと同じ年代に見えるその少女は、髪が銀色で瞳が水色で、どこか現実離れした雰囲気を纏っていた。

 只者ではない雰囲気に、メルはその少女を「桜の瞳」で見つめる。幽霊や怪異の可能性も疑ったが、少女には何色の光も見えなかった。つまりは普通の人間ということだ。

 そうして少女を観察している内に、少女の方もメルの視線に気が付いた。


 「……あの、これは違うんですよ」


 少女の第一声は言い訳だった。


 「これはですね、私が火を放って人間を焼いているということでは決して無くて。いえ、私が火を放ったのは事実なのですが、燃えているのは人間では無くてですね。信じてもらえるかは分かりませんが、燃えているのは幽霊でして……」

 『すげぇ喋るじゃん』


 メルが何か言う隙を与えず、少女は滔々と弁明の言葉を並び立てる。


 「あっ、大丈夫です。燃えてるのが幽霊なのはメル分かってるんで」

 「そうですか、ならよかったです」


 メルが理解を示すと、少女は安心した様子を見せた。

 確かにこの状況は、何も知らなければ少女が誰かを焼き殺しているようにも見える。弁明したくなるのも当然だ。

 やがて炎が消え、そこには微かに焦げた地面だけが残る。焼死体が残っていないことが、燃えていたのが幽霊である証拠だ。

 物質的な肉体を持たない幽霊をどうやって燃やすのか、という細かいところはメルは気にしない。


 「ところであなた、もしかして桜庭メルさんですか?」

 「えっ、メルのこと知ってるんですか?」


 少女がメルのフルネームを呼んだことに、メルは驚いて目を見開いた。


 「はい。以前に桜庭さんの配信を拝見したことがあります」

 「そうなんですか。嬉しい~」

 「申し遅れました、私は幾世守(きせもり)燎火(りょうか)祓道師(ふつどうし)です」

 「ふつ、どう、し……?」


 聞き馴染みのない職業に、メルは疑問符を浮かべる。


 「えっと、どういう字書くんですか?」

 「『はらう』に『みち』と書いて祓道(ふつどう)です」

 「払うに道……?」

 「『はらう』と言っても手偏の『払う』ではなく示偏の『祓う』です。ええと、こういう……」


 燎火は近くに落ちていた木の枝を拾い、「祓道師」と書いて見せる。


 「へ~こんな字あるんですね~」

 「日常生活ではあまり馴染みのない感じかもしれませんね」

 「それで、祓道師?っていうのは何をするお仕事なんですか?」

 「主に悪霊や怪異の祓除……退治を生業としています」

 「……ゴーストバスターズってことですか?」

 「概ねその通りです」


 なるほど~、とメルは頷く。


 「幽霊を燃やしてたのもそういうことですか?」

 「その通りです。この亀鳴城公園の悪霊は、人間に対して非常に敵対的でしたので」

 「幾世守さん幽霊殺せるんですね~」


 メルが自分以外の幽霊を殺せる人間に会うのはこれが初めてだった。興味深くまじまじと燎火を見つめる。


 「桜庭さん。祓道師として、あなたにお会いしたらお伝えしたいと思っていたことがあります」

 「えっ、何ですか?」


 燎火はメルに右手を差し出す。


 「あなたが所有している呪物を、私に預けていただけませんか」


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