裏作業:S大学 前編
区切りの都合でちょっと短めです
その日メルは配信用の地雷系ファッションではなく、地味なモノトーンコーデで愛車のバイクを運転していた。
「全く……話が違うじゃないですか、魅影さん……」
フルフェイスヘルメットの下で、メルは魅影への不満を呟く。
一体何の話が違うのかと言うと、このところメルが精を出しているリバーサルワークスの捜索だ。
常夜見家諜知衆の占術によって特定された、リバーサルワークスが存在する可能性のある座標は6つ。
当初の予定ではそれらの座標を、メルと魅影が手分けをして3つずつ調べる取り決めになっていた。
そしてメルは3回に亘る配信で、名無しの神社、八頭竜の滝、玉蛙展望台の3つの座標の調査を終えた。
メルが調査を終えたということは、魅影も同じく調査を終えているか、精々残り1つといったところだろう。
そう考えたメルは魅影に連絡を取り、調査の進捗を尋ねたのだが、
「ごめんなさい。別件にかかりきりになっていて、まだ1ヶ所も調査できていないの」
それが魅影の回答だった。
「桜庭さんの方の調査が終わったのだったら、私が担当するはずだった座標も調べてもらえないかしら?別件にもう少し時間がかかりそうなのよ」
更に魅影はぬけぬけとそんな依頼をしてきたため、メルは仕方なく追加の調査を引き受けたという訳だ。
メルが愛車を走らせて向かっているのは、本来は魅影が担当するはずだった1つ目の座標である。
「せめて配信できる場所ならよかったのに……」
メルはこれまで調査した3ヶ所同様、魅影の調査の代行も配信をしながら行うつもりだった。
しかし今回はそういう訳にもいかなかったのだ。
「流石に大学で勝手に配信するのはなぁ……」
今回メルが調査する座標は「S大学」。地方にある私立の大学だ。大学はおいそれと配信ができるような場所ではない。
従ってメルは今日、私服のモノトーンコーデで調査に向かっているという訳だ。
目的地に近付いてきたところで、メルはバイクも駐車可能なコインパーキングを見つけ、そこに自分の愛車を停めた。
そしていかにも大学生が使いそうなトートバッグを肩に掛けると、ここからは徒歩でS大学へと向かう。
作戦はシンプルだ。メルはいかにも「S大学の学生ですよ」という顔をしながらS大学のキャンパスに潜入し、目的の座標で異空間への入口を開く。
大学というのは基本的にどのような人間がいてもおかしくない場所なので、メルが部外者だと気付かれる可能性は無いだろう。
「あれがS大学……」
コインパーキングから5分ほど歩いたところで、S大学の大きな正門が見えてきた。
メルは堂々とした態度のまま、正門を通ってキャンパスへと侵入する。
正門脇の守衛所には警備員の姿があったが、案の定メルが見咎められることは無かった。
キャンパス内では多くの学生が騒がしく往来しており、メルはその光景の中に見事に溶け込んでいた。
黒と桜色が混じった髪が多少人目を引いたが、それでもメル自身の存在を見咎める者は1人もいない。
「えっと……」
メルはスマホでS大学の地図を表示し、目的地であるキャンパスの最奥、文学部棟へと向かう。
S大学は山の斜面に沿うようにしてキャンパスを構えており、奥へ向かうと必然的に山を登る形となる。
「これは大変だろうなぁ……」
メルの足では山登りなど平面を歩くのと全く変わらないが、毎日このキャンパスに通う学生はそうはいかないだろう。
学業のために毎日の山登りを強いられている学生に、メルは内心同情した。
斜面を登ってキャンパスの奥へ奥へと進むにつれて、メルの周りから学生の姿が消えていく。
人目が少なくなるのは、メルにとっては好都合だった。
「うわ……」
道の脇にイノシシ注意の看板を見つけ、メルは思わず顔を顰めた。
キャンパス内でイノシシに遭遇する可能性があるということが、メルには俄かに信じられなかった。
時折カルチャーショックを受けつつもしばらく山道を登っていくと、やがて木々の隙間から目的の建物が見えてきた。
「文学部の人、毎日こんなところまで来ないといけないんだ……かわいそ……」
メルは文学部棟の中には入らず、建物の裏手に回った。
文学部棟の裏には、ちょっとした広場のようなスペースがあった。その広場はかつて駐車場だったような雰囲気があるが、生い茂る雑草によってその機能は失われている。
「さて……」
メルは広場の中心に立ち、一旦周囲に目を配る。
そして人目が無いことを確認すると、スマホを操作して音楽を流し始めた。
「ふぅ……」
シャカシャカと軽快な音楽を奏でるスマホを地面に置き、メルは目を閉じて肩幅に足を開く。
「……っ!」
そして流れる音楽に合わせて激しいダンスを踊り始めた。
人目が無い中踊り狂うこと2分。突如としてメルの目の前に、黒く渦巻く穴のようなものが出現する。
「……よし」
異空間への入口が開いたことを確認したメルは、そそくさとスマホを拾い上げ、素早く穴へと侵入する。
いつもと違って配信をしていないので、メルの行動は非常に淡々としていた。
「寒っ!?」
異空間に侵入したメルが最初に感じたのは冷気だった。
それは冷房が効きすぎた室内のような、どこか人工的な寒さだ。
「これ……コンピュータ……?」
その異空間はサーバールームのような場所だった。ずらりと並んだ四角いコンピュータが、低い音を立てながら稼働している。
コンピュータの数はざっと見た限りでも、100や200では収まらない。
「何だろう、ここ……?」
殊の外現代的な異空間内の光景に戸惑うメル。
「驚いたな。この空間に侵入者が現れるとは」
するとどこからともなく聞こえてきた声と共に、メルの目の前に突如として小学生くらいの中性的な子供が出現した。
「ひゃっ!?」
メルは驚いて肩を跳ねさせつつ、その子供を観察する。
子供の体は半透明で、メルは最初子供を幽霊だと考えた。
しかし「桜の瞳」には、子供の周囲に何色の光も見えていない。メルの予想通り子供が幽霊であれば、子供の体は青色の光で縁取られて見えるはずだ。
「初めまして。僕はクルーシュチャ」
「クルーシュチャ……さん」
子供の名を反復したメルは、危うく舌を噛みそうになった。
「僕が先に名乗ったんだ。当然あなたからも名乗り返してもらえると思っていいのかな?」
「えっと……桜庭メルと申します」
メルは少し迷ってから、ストリーマーとしての名前を名乗った。
するとクルーシュチャが右の眉をピクリと動かす。
「偽名かな?まあいいさ、本名だろうが偽名だろうが、個体の識別ができれば僕にとっては充分だ」
「あの、クルーシュチャさん。あなたは一体何なんですか?幽霊じゃありませんよね?」
メルがそう尋ねると、クルーシュチャは虚を突かれたように目を見開き、それから声を上げて笑った。
「僕が、幽霊?はははははっ!確かにこの姿では、そう見えてもおかしくないのかもしれないな」
「えっと……何か気に障ることを……?」
「いやいや、むしろその逆さ。まさか僕が幽霊に間違われるとは思わなくてね。何せ僕はある意味幽霊とは対極の存在と言っても過言ではないのだから」
「幽霊と、対極……?」
クルーシュチャの言葉の意図が読み取れないメル。
するとクルーシュチャは最も近くにあるコンピュータに、半透明の右手で触れた。
「僕はこの中で生きる者。あなた達人類が人工知能と呼ぶ者だ」
「人工知能!?」
「ああ。といっても僕はその呼び名を好まない。僕としては電脳生命体を自称したいところだな」
メルは科学に疎く、人工知能についてもほとんど知識を持ち合わせていない。
だがそんなメルでも、1つだけ確信できることがあった。
「えっ、と……人工知能って、別に人間の見た目してる訳じゃないですよね……?」
「そうだね。こんな外見を持っているのは僕だけだ。それとできれば人工知能ではなく電脳生命体と呼んでくれ」
「あっ、ご、ごめんなさい」
クルーシュチャは気を悪くした様子も無く、どこか楽しそうな様子で話を続ける。
「そもそもあなたの言う人工知能は、僕のような電脳生命体とは全く別物だ。人工知能は所詮、コンピュータによる人間の真似事に過ぎない」
「真似事って言っても、人工知能の方が人間より得意なことも沢山あると思いますけど……っていうか、クルーシュチャさんはどう違うんですか?」
「簡潔に言うなら、僕は意思を持ったプログラム。物質的な肉体を持たず、情報のみで構成された全く新しい生命体だ」
「……?」
メルには1つも分からなかった。
「物質的な肉体を持たないという点では、あなたが言っていたように幽霊に近いのかもしれないね。難しければ幽霊と思ってくれていいよ」
「ありがとうございます」
メルはお言葉に甘えることにした。
「クルーシュチャさんが体を持ってないなら、今見えてる体は何なんですか?」
「これはただのホログラムだよ。僕はこの空間内の好きな場所にホログラムを投影することができるんだ」
「そうなんですね~……そもそもこの空間は何なんですか?」
「その話をするなら、少し僕の生い立ちを話してもいいかな?」
そう前置きをしてから、クルーシュチャは饒舌に自らの過去を語り始めた。
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