第40回桜庭メルの心霊スポット探訪:玉蛙展望台 前編
「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
『こんばんは~』『こんばんは!!』『待ってた』
「皆さん見てくださいこれ~!すっごく綺麗ですよね~!」
そう言ってメルが視聴者達に示したのは、眼下に広がる美しい夜景だった。
「メル、夜景ってちゃんと見るの初めてなんですけど、こんな綺麗だと思ってませんでした。星空と違って所詮は人工の光だって見下してたのが申し訳ないです……」
『何だその変な思想』『それは本当に申し訳なく思った方がいいね』『夜景は見下ろすものであって見下すものじゃないぞ』『てかどこそこ』
「ここはですね、玉蛙展望台っていうところです」
『タマガエル?』『変わった名前』
「この玉蛙展望台は元々は月を眺めるための展望台として作られたらしいんですけど、今では地元の人にもあまり知られてない夜景の名所なんですって!」
『地元の人にもあまり知られてない場所が本当に名所なのか……?』
「そういうこと言う人は性格悪いと思いま~す」
『ごめんなさい』
「それに夜景が綺麗なのはホントなんですから、名所ってことでいいじゃないですか」
メルは改めて夜景を一望する。
展望台から見える夜景は規模こそあまり大きくないものの、その美しさは中々のものだ。
「そして!今日はこの綺麗な夜景を一緒に眺めるゲストの方に来てもらってます!燎火さ~ん!」
「ど、どうも……」
メルに名前を呼ばれ、遠慮がちに燎火がカメラに前に移動してくる。
「前回来てもらった煌羅さんも久し振りでしたけど、燎火さんに配信出てもらうのはもっと久し振りですよね~」
「そうですね、嵯峨登家の時以来でしょうか」
「最近忙しそうでしたもんね、燎火さん。何かあったんですか?」
「まあ……何と言いますか、私用で……」
口籠る燎火。どうやらおいそれと口には出せない事情があるらしい。
「燎火さんも見てください!どうですかこの夜景!」
「私もきちんと夜景を見るのは初めてですが、本当に綺麗です」
「でも燎火さんの方がもっと綺麗ですよ」
「はぁ?」
『草』『塩対応で草』『まあ今のは「はぁ?」言われてもしゃーない』
「じゃあ燎火さんにも来てもらったところで、今日も早速やっていきましょう!」
『やっていくって何を?』『ところでその展望台はどういう心霊スポットなの?』『ていうかまずそこ心霊スポット?』
「えっと……ここでいっか」
メルは近くにあったベンチの上に、撮影用とは別のスマホを置く。
「桜庭さん。良ければそのスマートフォン、私が持っていましょうか?」
燎火が親切心からそう申し出たが、メルは首を横に振る。
「いえ。燎火さんは念のため、何が起きても対応できるようにしておいてください」
「そうですね、分かりました」
『何が起きてもって何が起きる想定なんだよ』『何しようとしているんだよマジで』『ここ最近のメル俺達に全然説明しないけど何で?』『疚しいことでもあるの?』
疚しいことがあるのかと聞かれたら、メルはあると答える他ない。
何せ心霊スポット探訪と謳いながら、心霊スポットではないリバーサルワークスが存在する可能性のある座標の調査をしているのだから。
「……さてと」
メルが肩幅に足を開いて深呼吸をしたのと同時に、スマホから音楽が流れ始める。
そしてその音楽に合わせ、メルはアイドルのような可愛らしいダンスを踊り始めた。
『急に踊るよ』『またダンスか』『最近すぐダンスするよな』『てか上手いし』『心霊系ストリーマーからダンス系ストリーマーに転身でもするんか?』
「お上手ですね……」
視聴者達と燎火が感心しながら見守る中、メルは2分ほどダンスを続ける。
「さて、これで……あっ!」
そしてメルがダンスを終えたのとほぼ同時に、展望台の中央に黒く渦巻く穴のようなものが出現した。
『うわっ!?』『何だこれ!?』
「これは異空間の入口ですね~」
「無事に開いたのですね。良かったです」
コメント欄に視聴者達の動揺が見られるのとは対照的に、メルと燎火は平常心そのものだった。
メルがダンスという形の儀式を行って異空間を行うのは、もうこれで3度目になる。ダンスを終えた後に異空間の入口が開くという現象に対して、今更何かを思うこともない。
そして何が起きるのかを配信の前に聞かされていた燎火も、同じく動揺する理由は無い。
「さて。配信始まって早々で申し訳ないんですけど、もしかしたらこの後配信途切れちゃうかもしれないです」
『え、なんで?』『どして?』
「何でって……今から異空間に入るからですけど」
『何を当たり前みたいに言ってるんだお前は』『「言わなくても分かりますよね?」みたいな顔するのやめろ』
「言わなくても分かりますよね?」
『うわ言いやがったコイツ』『顔するだけにとどまらず』『分かる訳ねぇだろ』『俺達はメルみたいなファンタジーの人じゃないんだよ』
メルが視聴者とじゃれ合っている横で、燎火は胸元からネックレスを引っ張り出した。
「――祓器召喚」
炎を模ったペンダントトップを握り締めながらそう唱えると、燎火の右腕に白一色のガントレットが出現する。
「桜庭さん。私はいつでも大丈夫です」
「あっ、じゃあ早く行きましょうか」
メルと燎火は横並びで、黒く渦巻く異空間への入口へと足を踏み入れた。
「んっ……」
フリーフォールのような浮遊感がメルを襲い、一瞬意識が暗転する。
そして次に気が付いた時、メルは奇妙な空間に立っていた。
「これは……?」
そこに広がっていたのは、見渡す限りの凸凹に荒れ果てた地面だった。
「あ~……配信途切れちゃってますね……」
撮影用のスマホの画面を確認すると、やはり配信は途切れてしまった。
後ほど視聴者達に向けて謝罪をしなければならないが、事前に「配信が途切れるかもしれない」と伝えてあるので情状酌量の余地はあるだろう。
「桜庭さん……」
その時燎火がメルの肩を叩き、強張った表情で空を指し示す。
「どうかしました?」
メルは燎火が指差す先を見上げ、
「えっ!?」
驚いて目を大きく見開いた。
真っ暗な空に浮かんでいたのは、馴染み深い月ではない。そこにあったのは青い惑星だった。
「あれは……地球ですか!?」
「私にもそう見えます……」
その惑星は衛星写真などで見る地球と瓜二つだ。
「そしてこの荒廃した大地は、私には月面のように思えます……」
続いて燎火は穴だらけの地面を見下ろしてそう呟く。
「えっ、じゃあメル達、月に来ちゃったってことですか!?」
「いえ……私達の呼吸に問題はありませんから、ここが実際の月面であるということでは無いでしょう。恐らくは月面を模して作られた異空間かと」
「なるほど……」
確かにメル達は呼吸ができており、体にかかる重力にも特に変化はない。燎火の言う通り、月面を模した異空間であると考えるのが妥当だろう。
「桜庭さんはこの異空間で、探し物があるのですよね?」
「あっ、はい。リバーサルワークスを探さないと……」
メルが異空間の探索へと繰り出そうとしたその時。
「カロロロロロ……」
どこからともなく、アルミ缶がアスファルトの坂を転がるような音が聞こえてきた。
「っ、祟り唄……!?」
「えっ、祟り神ですか!?」
その特徴的な音は、祟り神特有の鳴き声だ。
メルと燎火は素早く音の出所を探し、祟り神の気配を探る。
「カロロロロロ……」
「燎火さん、あれ!」
するとメルは近くにある巨大なクレーターの中に、メル達の方へと向かってくる何かを見つけた。
「あれは……人間……?」
それは人間の少女のような姿をしていた。
髪は白く、年齢は高校生程度。無表情なその顔には、どこかあどけなさが感じられる。
「っていうか……バニー……?」
その少女が唯一人間と異なる点は、頭部に生えた白いウサギの耳だった。
身に着けている白い服もバニースーツのような形状で、メルの言う通りバニーガールのように見える。
「カロロロロロ……」
バニーガールが口を開くと、その口から祟り唄が発せられた。
「……桜庭さん、あの少女が祟り神で間違いはなさそうです」
「ですね。真っ黒です」
メルの「桜の瞳」には、バニーガールの体を縁取る黒色の光が見えていた。
「カロロロロロ……」
バニーガールの赤い瞳が、メルと燎火を真っ直ぐに捉える。
すると次の瞬間、バニーガールの体から眩い光が放たれた。
「ひゃあっ!?」
「きゃっ!?」
あまりの光量に目が眩むメルと燎火。
視力が回復し、2人が再びバニーガールを視界に収めた時、バニーガールの姿は一変していた。
「うわぁ……分かりやすく強そう……」
バニーガールは右手に雷の槍を、左手に炎の剣を持っていた。槍と剣から放たれる雷と炎が、バニーガールの周囲で高密度に渦を巻いている。
「……桜庭さん」
バニーガールの威容を目の当たりにした燎火が、緊張した面持ちでメルに話しかける。
「あの祟り神の相手、私に任せていただけませんか?」
「えっ……燎火さん1人で戦うってことですか!?」
燎火が頷く。
「えっと……それは、その……」
直接的に告げることは憚られたが、燎火のその申し出はメルには無謀に思えた。
会う度に強くなっている燎火だが、それでも単身で祟り神を相手取れるとは思えない。これは燎火が弱いという話ではなく、そもそも祟り神を単身で相手取ることのできるメルや魅影の方がおかしいのだ。
「桜庭さんが不安に思われるのも無理はありません。ですが私はここしばらくの間、自らの力を高めるための修行に励んでおりました」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。煌羅さんが『鹿銕天狗』を習得して以降、私と煌羅さんとの実力差は開いていくばかりでした。その状況を改善するため、私は修行に集中していたのです。そのため桜庭さんからの配信のお誘いもお断りするしかありませんでした」
「あっ、最近来てくれなかったのそういうことだったんですね?」
「ですからその成果を、今ここでお見せしたく思います」
そう言って燎火は1歩前に進み出る。
「……分かりました。でも危なそうだったらすぐにメルも乱入しますからね?」
「ありがとうございます」
燎火の熱意に免じて、メルはひとまずこの場を燎火に任せることにした。
「ふぅ……」
燎火は目を瞑り、心を落ち着けるように深呼吸をする。
「カロロロロロ……」
バニーガールは燎火の出方を窺っているのか、槍と剣を携えたまま動きを見せない。
「……では、参ります」
燎火は目を開き、左手の人差し指を立てると、それを右手で握った。
「『礫火天狗・天火浄瑠璃』」
瞬間、燎火の体が灼熱の炎と化した。
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