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第39回桜庭メルの心霊スポット探訪:八頭竜の滝 前編

 「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 『こんにちは~』『こんちは』『メルちゃんこんにちは!!』

 「桜庭メルの心霊スポット探訪、今日は第39回目をやっていこうと思いま~す」


 森林の中の遊歩道のような場所で、メルはカメラに向かって両手を振る。

 メルの背後では木々の隙間から日光が差し込み、中々幻想的な光景だ。


 「前回の最後にもチラッと言ったんですけど、今日行くところも魅影さんに紹介してもらった場所なんです」

 『言ってたね』『前回の神社って心霊スポットだった?』

 「それと今回はゲストの方に来てもらってま~す。幾世守煌羅さんで~す」

 「こんにちは~」


 煌羅が手を振りながら慣れた様子でカメラの前に現れる。


 「煌羅さんに配信に出てもらうの、結構久し振りですよね~」

 「そうだね。七曲病院の時以来かな?」

 「そう言えば燎火さんも最近あんまり出てもらってませんね」

 「今日は燎火ちゃんも一緒に連れてこようと思ってたんだけど、どうしても外せない用事があったんだ~」

 『リョウカさんも見たかったな』『残念』『リョウカさんも結構長いこと配信出てないよね』


 しばらく煌羅と近況などについての雑談を交わしてから、メルは改めてサクラが構えるカメラへと向き直る。


 「さて、今日行く場所なんですけど、『やずりゅうの滝』って呼ばれてるところなんです。漢数字の八に頭にドラゴンの竜って書いて『八頭竜の滝』。視聴者さんの中に知ってる人いますか?」

 『八頭竜の滝?』『聞いたこと無いな』『九頭竜じゃなくて八頭竜なんだ』『こういうのって大抵九が相場だって聞いてたけど』


 コメント欄を見る限り、八頭竜の滝について知っている視聴者はいない様子だった。


 「メル、魅影さんから八頭竜の滝について教えてもらって、それをスマホにメモしたやつをプリントアウトして来たので、今からそれを読みますね」

 『ちょっとまって』『なんか今めちゃくちゃ回りくどいことしてなかった?』『何度手間だよそれ』


 メルはポケットから四つ折りのコピー用紙を取り出し、それを顔の前で広げた。


 「えっと……八頭竜の滝は『女人殺しの滝』とも呼ばれているそうです。女人殺しの滝の名前の由来は、これまでに10人以上の女性が滝壺の側で亡くなったからなんですって。その女性達は全員体のどこかを強く殴られて亡くなってて、犯人は見つかってないんですって。だから地元では幽霊の仕業って言われてるらしいですよ」

 『それっていつ頃の話?』

 「100年くらい前だそうです」

 『へ~』『心霊スポットっぽい』『その女人殺しの滝は幽霊とか出るの?』

 「いやっ…………………………出ますよ?」

 『何だその間』『何だその疑問符』『絶対幽霊出ないじゃん』『あまりにも嘘吐くのが下手すぎる』『え、幽霊出ないの?』


 今回の配信も前回同様、リバーサルワークスが存在するかもしれない座標の調査のついでに配信をしている。

 そしてこれも前回同様、八頭竜の滝は別に心霊スポットではない。


 「メルちゃん、そろそろ滝に行ってみよう?」


 嘘を吐くのが下手すぎるあまり窮地に追い込まれたメルに、煌羅が助け舟を出した。

 煌羅も既にリバーサルワークスに関する事情は把握しており、煌羅が調査に同行する許可も事前に魅影から得ている。

 煌羅を単独で調査に向かわせることには同意できないが、メルと一緒なら別に構わないだろう、というのが魅影の見解だった。


 「そっ、そうですね!早速八頭竜の滝に行ってみましょう!」

 『逃げるな』『声裏返ってんぞ』『今日行くとこ心霊スポットじゃないの?』『ねぇ』


 視聴者の追及から逃れるように、メルは早足で遊歩道を進んでいく。

 元々滝に近い場所で配信を開始していたので、水が落ちる音が聞こえてくるまで5分と掛からなかった。


 「あっ、皆さん見えてきましたよ!八頭竜の滝です!」


 メルが指差す先には、かなり水勢の強い滝があった。仮にここで滝行をするとしたら死を覚悟するレベルだ。


 「へ~、これが八頭竜の滝なんだ」


 メルの後ろを付いてきた煌羅が感想を漏らす。

 メルは事前に画像で見ていたが、煌羅が八頭竜の滝を見るのはこのタイミングが初めてだ。


 「別に滝が8本に分かれてるとかそういう訳じゃないんだね」

 「あっ、それはメルも最初に見た時思いました」

 『俺も思った』『俺も』『私も』『なんでこれで八頭竜の滝って名前なんだろ』

 「何でなんでしょうね。魅影さんなら知ってるかもですけど聞くの忘れちゃいました」


 八頭竜という名前とは裏腹に、その滝は8つに分かれてもおらず、特に竜にも見えなかった。


 「特に幽霊とか怪異とかの気配もしないね」


 煌羅が探査術式で滝の周囲を探る。

 探査術式はあまり得意ではない煌羅だが、それでも幽霊や怪異が近くにいれば見落とすようなことは無い。


 「じゃあ始めますね~」

 『何を?』


 メルは主語の足りない開始宣言をすると、2台目のスマホを取り出した。


 「え~っと……どの音源だったっけ……」


 独り言を言いながらスマホを操作し、それを終えると近くにあった手頃な岩にスマホを立て掛ける。


 「ふぅ……」


 肩幅に足を開き、目を閉じて深く息を吐くメル。

 するとその直後、立て掛けたスマホからムーディーな音楽が流れ始めた。


 「っ……!」


 音楽に合わせ、メルがダンスを踊り始める。

 その振り付けは音楽の雰囲気とよく似合った、妖艶でセクシーなものだった。


 『どうした!?』『うわぁえっろ……』『なんで急にそんなエッチなことし始めたの……?』『とりあえずこの配信のアーカイブは永久保存しよ……』


 突如としてセクシーダンスを踊り始めたメルに、視聴者達の大半は困惑している様子だ。


 「ひゃぁ~……!」


 煌羅は喉を絞められたような声を漏らし、顔を真っ赤に紅潮させながら、自分のスマホでメルのダンスを撮影している。

 その後、メルのダンスは2分ほど続いた。


 「……はぁ」


 踊り終えたメルは疲労こそしていなかったが、その頬は薄らと赤く染まっている。振付が恥ずかしかったのだ。


 「めっ、メルちゃんどうしたの?急にダンスなんかして……」


 煌羅が上擦った声でメルに尋ねる。

 煌羅の顔はメルの頬とは比べ物にならないほど赤く、それを見たメルは直前まで茹でられていたのかと思ったほどだ。あと少し刺激すればきっと鼻血を出すだろう。


 「さっき説明したじゃないですか、煌羅さん。異空間を開くためには、ダンスを踊らなきゃいけないって」


 メルが視聴者には聞こえない声で煌羅に囁く。

 メルも踊りたくて唐突に踊り出した訳ではない。前回の神社でもそうだったように、これは異空間への入口を開くための儀式なのだ。

 儀式の振り付けは異空間によって大きく異なり、今回はたまたま妖艶な振り付けが必要だったのだ。


 「そ、そっか……そうだったね……でもまさかあんなにえっちな振り付けだとは思わなくて……」


 煌羅が右手で鼻を押さえながら呟く。


 「……そんなにえっちでした?」


 踊っている間の自分は傍目にはそんなにいやらしかったのかと、メルは恥じらいながら恐る恐る煌羅に尋ねる。


 「うん。正直カメラなかったら襲っちゃってたかもしれない。絶対に返り討ちだろうけど」

 「……えっ、煌羅さんってそっちのタイプでしたっけ?」


 煌羅がメルに恋愛的な好意を抱いていることは、メルも重々承知している。何せ散々直接言われているのだから。

 しかし煌羅がメルに対して「襲いたい」という感情を抱くのは、メルにとっては予想外だった。


 「煌羅さんって、確かメルに殺されたいとか言ってませんでしたっけ?」

 「うん、最初の頃はそうだったんだけど、最近は普通にえっちなこともしたくなってきたの。えっちなことしてから殺されたい」

 「うわぁ……」


 メルは街中で露出狂を目撃した時のような表情を浮かべた。


 「今メルちゃんと引いてます……メルに引かれるって相当ですよ……」

 「あっ、心配しないで!無理矢理そんなことするつもりは全然ないから!」

 「人として当たり前すぎる……」


 メルに人としての当たり前を説かれることがどれだけの屈辱か、煌羅は1度きちんと考えてみるべきである。


 「ところでメルちゃん、異空間の入口はちゃんと開いたのかな?」

 「よく当たり前みたいな顔して話を戻せますね……」


 煌羅の切り替えの早さに呆れつつ、メルは滝へと視線を向ける。


 「これで入口が開いてなかったら、さっきのダンスもう1回やらなきゃなんですけど……」

 「え、見たい」

 「魅影さんが言うには、異空間の入口が出現するとしたら滝壺の中だそうなので……」


 滝壺を覗き込んでみるも、底が深く水中の様子は窺えない。


 「……飛び込んでみるしか無さそうですね」

 「じゃあこないだみたいに魔法少女に変身するの?」

 「いえ、今日は服の下に水着を着てきたので」

 「え、見たい」

 「煌羅さん今日どうしたんですか!?なんかずっと変ですよ!?」


 今日の煌羅はどういう訳か、いつにも増して欲望が前面に押し出されている。


 『さっきから何の話してるの?』『ずっと2人だけでナイショ話して~』『イチャイチャすんな』


 そして異空間の話題が出た辺りからメルも煌羅も小声で話していたために、視聴者達が置いてけぼりになっていた。


 「ごめんなさい、大した話はしてなかったんですけど……」


 リバーサルワークスに関わる話は広められないため、メルが視聴者達を誤魔化そうとしたその時。


 「……あれ?」


 滝壺の水面が、バシャバシャと波打ち始めた。


 「煌羅さん、これ……」

 「うん、何かいるね」


 現在は無風で、地震の類も起きていない。にもかかわらず突然水面に波が立ち始めたということは、滝壺の中で何かが動いているとしか考えられない。


 『魚?』『ブラックバスとかかな』『メルちょっと水の中映してみてよ』


 視聴者達の多くは波の原因を魚だと考えている。

 だがメルと煌羅は、滝壺の中にいるのがただの魚などではないと、直感的に理解していた。


 「メルちゃん」

 「ええ」


 次第に激しさを増す波を注視しながら、2人は戦闘態勢に入る。

 メルはツインテールを解き、煌羅は心を落ち着かせるように深呼吸をした。


 「――『鹿銕天狗』!」

 「――エルドリッチ・エマージェンス!」


 煌羅の髪が神秘的な水色へと変化し、メルの体から赤色の暴風が吹き荒れる。

 それと同時に滝壺の水面から巨大な水柱が上がり、周囲に大量の水飛沫が雨のように降り注いだ。


 「ひゃっ!?」

 「きゃあっ!?」


 予期せず大量の水を被ったメルと煌羅が悲鳴を上げる。

 そして局地的な雨のベールの向こう側では、8つの細長い影が不気味にゆらゆらと揺らめいていた。


 「八頭竜……?」


 揺らめく影を見上げた煌羅が呟く。

 メルにもそれらの影は長い龍の首のように見えていた。

 だが局地的な雨が止んで視界が晴れると、すぐにその予想が間違っていたことが明らかになる。


 「何ですかあれ……触手?」

 「だね……タコの足かな?」


 大きな吸盤をいくつも備え、グニャグニャと柔らかく蠢くそれは、どこからどう見てもタコの足だった。

 ただ1本1本が10mを優に超えるそれらは、タコの足としては規格外の大きさだ。


 「……敵、でしょうか?」

 「多分……?」


 予想打にしなかったその威容に困惑するメルと煌羅。

 するとそれまで揺らめくだけだった触手が、突如として鞭のようにしなりながら2人に襲い掛かってきた。


 「やっぱり敵だったね」

 「ですね」


 メルと煌羅は素早く跳び上がり、その直後に触手が地面を叩いて土埃を舞わせる。

 空中で煌羅は胸元からネックレスを引っ張り出すと、その炎を模ったペンダントトップを握り締めた。


 「祓器召喚!」


 煌羅が叫ぶと同時に白い光が右手に収束し、白い刃を持つ手斧『亀骨』が形成される。

 それを見たメルも自らの得物を掴もうと右手を伸ばすが、


 「待雪さん!……は、今日もいないんだった」


 前回に引き続き、今回も待雪は所用のため欠席だ。


 「『鬨』!」


 武器を手に入れる代わりに、メルは空中で身体強化祓道を発動した。


 「あはっ!」


 煌羅が自らに向かって伸びてきた触手に向かって亀骨を振るう。

 すると触手はあっさりと斬り飛ばされてくるくると宙を舞った。


 「メルちゃん!この触手結構柔らかいよ!」

 「そうみたいですね!」


 メルに対して2本の触手が同時に伸びてくる。

 メルは1本目の触手を躱しながらその上に着地し、右手に祟火を螺旋状に纏わせる。


 「てやっ!」


 そして2本目の触手目掛けて、鋭い貫手を放った。

 エルドリッチ・エマージェンスと身体強化祓道。二重に強化されたメルの身体能力から放たれる貫手は、空間そのものを切り裂きながら触手を消し飛ばした。


 「これであと6本ですね……あれっ!?」


 8本ある触手の内、1本を煌羅が、1本をメルが始末したので、残る触手は6本。小学生でも出来る簡単な算数だ。

 しかしメルが気付いた時、残りの触手の数は8本になっていた。

【ちょこっと解説】

メルがエルドリッチ・エマージェンスの時にツインテールを解くのは、生えてくる角がツインテールに干渉するからです


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ありがとうございます

次回は明日更新する予定です

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