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第38回桜庭メルの心霊スポット探訪:○○神社 四

 (サクラさん、これってどういうことですか?)

 (そうね……休眠状態、というのがそれらしい表現かしら。動物や怪異なんかと違って、神というのは基本死ぬことは無いの。存在を保つことが難しくなった神は、命を落とす代わりに力のほとんどを失った休眠状態へ移行して、再び神として復活できるまで長い時間をかけて力を溜め込むの)

 (神様がその、休眠状態?になると、どうなるんですか?)

 (休眠状態の神格は決して滅びることが無いけれど、逆に言えば「滅びない」以外のことは何もできないわ。戦闘面に関しては老犬のチワワよりもか弱いわよ)

 (そんなにですか!?)


 メルは改めて翡翠色の鳩に視線を向ける。


 「くぅぅっ……何たる屈辱……妾がこんな、こんなっ……!」


 何やら呻きながらぺしぺしと羽で地面を叩く鳩は、確かに相当か弱そうに見えた。


 「あの~……神様?」

 『神様!?』『え、この鳩さっきの神様なの!?』『何だってこんな鳩に……?』


 メルは鳩のすぐ側にしゃがみ込み、遠慮がちに声を掛ける。


 「……何だ」


 鳩は地面を叩く手を(羽を?)止め、じろりとメルを睨み付ける。


 「ちょっと神様にお話を聞きたいんですけど……いいですか?」

 「……好きにしろ。其方は妾に勝ったのだ」


 鳩となった女神は意外にも従順だった。自らを戦神と名乗っただけのことはあり、勝者と敗者の立場には厳格なようだ。


 「神様、えっと……お名前なんでしたっけ?」

 「儺遣御那実神だ。2度も名乗らせるな」

 「なやらいみなみのかみ……じゃあ、ミナミさんって呼んでもいいですか?」

 「好きにしろ」


 女神改めミナミは、拗ねたようにメルから顔を背けた。


 「ミナミさんは、どうしてそんなに祓道師が嫌いなんですか?この異空間に閉じ込められてたことと関係あるんですか?」

 「……妾は、祓道師に裏切られたのだ。幾世守焔と、その配下共にな」

 「うわぁ……」


 ミナミの口から出てきた嫌な名前に、メルの顔は無意識に引き攣った。


 「妾と幾世守焔は、かつては同盟関係にあった。妾と祓道師は手を取り合い、災害や強力な怪異から人々を守っていた。妾は幾世守焔と祓道師に知恵と力を授け、幾世守焔は人々に妾を崇めさせた。妾と祓道師と人々は、互いに良い関係を築いていた。だが……『荒星(あらぼし)』が現れたことで全ては変わった」

 「あらぼし?」

 「宙よりこの星へと降り立った怪物だ。奴の力は凄まじく、幾世守焔や祓道師を歯牙にもかけなかった。妾は死力を尽くして荒星と戦い、どうにか奴を退かせることに成功した」

 「凄いじゃないですか、ミナミさん」

 「だが!」


 ミナミが怒りを露わに、羽で地面を強く叩く。


 「戦いを終え力の大半を使い果たした妾の背中に、幾世守焔は刃を突き立てた!」

 「えっ……な、なんでですか?」

 「妾の力が荒星を退ける程であると知り、幾世守焔は妾を怖れたのだ!妾の力の矛先が自らに向かえば、到底太刀打ちできないとな!故に幾世守焔は配下の祓道師共と協力し、妾を裏切った!疲弊していた妾は碌に抵抗もできず、されるがままに水晶の中へと封印されてしまった……」

 「うわぁ……幾世守焔最低ですね……」


 メルは元々幾世守焔に対していい印象を抱いていなかったが、ミナミの話を聞いて幾世守焔は見下げ果てた男だと認識を改めた。


 「水晶の中で妾は心に決めたのだ。妾が封印から解き放たれたその時には、祓道師を1人残らず亡き者にしてやるとな!」

 「あ~……な~るほど~……」


 ミナミの祓道師に対する憎しみの根源は理解できた。そのような過去があるのなら、祓道師に対して殺意を抱くのも無理はない。


 「でもミナミさん。メルは確かに祓道師と言えば祓道師ですけど、ミナミさんを裏切って封印したりしてないですよ?」

 「何……?」

 「ミナミさんの復讐したいって気持ちは理解できますし、ミナミさんにはミナミさんを封印した人達を殺す権利があるってメルは思います。でもミナミさんがやっていいのはそこまでです」


 怒るでもなく窘めるでもなく、メルは穏やかな口調でただミナミに語り掛ける。


 「ミナミさんを封印した人達とは関係ない、怪異から世の中を守るために頑張ってる祓道師の人達まで殺すっていうのは、メルは違うと思うんです」

 「っ……」


 ミナミはメルの視線から逃れるように顔を背ける。


 「ミナミさん、これ見てください」


 メルはスマホを取り出し、ミナミに1枚の写真を見せる。

 それはメルが燎火と煌羅と3人で撮った写真だった。


 「この白い髪の子達は、メルのお友達の祓道師です。ミナミさんはこの2人のこと、ホントに心から殺したいって思いますか?」

 「……分かった。妾の負けだ」


 降参、と言うように、ミナミは両手を上げる代わりに羽を広げる。


 「負けって……関係ない祓道師を殺すのはやめてくれるってことですか?」

 「その通りだ。妾とて関係のない祓道師を手に掛けることに正当性が無いことは分かっていたのだ。大人しく妾は妾を陥れた祓道師だけに復讐を果たすこととしよう」

 「それなら全然いいと思います!」

 『良くはないだろ』『メルって法治国家の住民とは思えないくらい復讐を是とするよな』『法治国家の住民じゃないんじゃない?』『なるほど』


 メルは復讐に関しては、無関係な人間を巻き込まない限りはむしろ推進派と言っても過言ではない。

 やらないでモヤモヤするくらいならやってスッキリした方がいいよね、というのがメルの復讐観だ。


 「……とは言っても、妾を裏切った祓道師共は、もう1人として生きてはおらぬだろうがな」

 「そうなんですか?」

 「ああ。妾が封印されてからどれだけの月日が流れたのかは知らぬが、少なくとも200年は下るまい。それだけの年月を人間が生きることはできぬだろう?」

 「そうですね~、200年も生きられる人はあんまりいないと思います」

 『少しはいるみたいな言い方やめろ』『そんな奴は1人もいないんだよ』『知り合いに何人か200歳越えてる人間がいるかのような口振り』

 「となると妾は正当な復讐の機会を永久に失ったという訳だ」

 「ミナミさんの代わりに年月が復讐を果たしてくれたとも言えるかもしれませんよ」

 「ふん。こじつけを」


 声色こそ不機嫌そうなミナミだが、その小さな体は可笑しそうに揺れていた。


 「ん?待てよ?」


 ミナミが何かに気付いた様子でメルの顔を見上げる。


 「其方……妾が幾世守焔の名を出した時、何やらその名に覚えがありそうな素振りをしておったな?」

 「え゛っ」


 その質問が投げ掛けられた瞬間、メルの頬を冷や汗が伝った。


 「えっ、と……そんなことありましたっけ?」

 「幾世守焔の名を聞き、其方は嫌そうに顔を顰めていただろう。幾世守焔の人となりを知らなければ、そのような反応にはならないと思うが?」

 「それは~……あれですよ、それは、その……あれですよ」

 『どれだよ』『せめてなんか言えよ』『言い逃れが下手すぎる』『裁判下手そう』『裁判ってあんま上手い下手の尺度で語らんだろ』


 どうにか誤魔化そうと試みたメルだが、悲しいことに誤魔化すための方便が何1つ思い浮かばなかった。


 「其方、幾世守焔と面識があるのか?」

 「……はい。メル幾世守焔と面識あります」


 結局何も思いつかないまま馬鹿正直に回答するメル。


 「幾世守焔は今もまだ生きているのか?」

 「いえ……メルが殺しちゃったので……」

 「何だと!?」

 「ごめんなさいごめんなさい!仕方なかったんですよ向こうがメルのこと殺そうとしてきたからぁ~!」


 メルは謝り倒しながら、メルと幾世守家とのあれやこれやを順を追ってミナミに話した。


 「そうか……其方もまた、幾世守焔に陥れられたのか」

 「陥れられたっていうか、シンプルに殺されそうになったんですけど」

 「やはりあの男は救いようのない下種だな」

 「ね~、ホントに最低ですよね幾世守焔」

 『シンプル陰口』『死人を平然と悪く言うスタイル』『まあアイツは言われてもしゃーない』


 同じ幾世守焔の被害を受けた者同士、メルとミナミは気が合った。


 「しかしそうか……幾世守焔も其方が殺してしまったのなら、いよいよもって妾の復讐の相手はもうこの世に存在しないのだな」

 「ですね~……あの、ミナミさん」

 「ん?何だ?」

 「ミナミさんはこの後、どうするつもりですか?」

 「そうだな……」


 ミナミは右の羽を顎に当ててしばらく考え込み、それから嘴を開いた。


 「しばらくはこの世界がどのように変化したのか見物させてもらうとしよう。数百年もの時が流れれば、この世界も様変わりしていることだろう」

 「いいですね、それ」

 「神格としての身の振り方を決めるのはその後だ」


 ミナミが羽をはためかせて飛び上がる。


 「そうと決まれば一刻も早くここを出るとしよう。妾を封じ込め続けたこの空間は不愉快だ」

 「じゃあもういっそ壊しちゃいましょうか?」


 言うや否やメルは全身から莫大な祟火を迸らせ、それらを右足へと収束させる。

 そして空間が歪むほどに祟火が圧縮された右足をゆっくりと持ち上げ、


 「メルティ・クレセント!」


 地団駄を踏むように右足を地面へと叩きつけた。


 『どこがクレセントだよ』『メルティスタンプだろ』


 どこかコミカルなその仕草とは裏腹に、メルの地団駄の威力は絶大だった。

 着弾と同時に異空間そのものが激しく鳴動し、燃え広がった祟火が岩壁をことごとく焼き尽くす。


 「其方……存外乱暴者だな」

 「乱暴者じゃなかったら殴り合いなんてしませんよ~」

 「違いないな」

 『めちゃくちゃ暢気な会話してる』『周りはこの世の終わりみたいになってるのに』


 バキバキと終末的な破砕音を奏でながら、異空間が崩壊していく。

 そして気が付いた時には、メルとミナミは元の神社の境内に立っていた。


 「……外の空気は久方振りだな」


 ミナミは感慨深く夜空の月を見上げ、ひんやりとした夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 「さて、そろそろ妾は行くとしよう。迷惑をかけたな、其方」

 「桜庭メルです。また会いましょうね、ミナミさん」

 「そうだな。いずれまた見えるとしよう」


 ミナミが羽を広げて飛び去っていく。


 「今度桃気のやり方教えてくださいね~!」


 メルはミナミの姿が見えなくなるまで両手を大きく振り続けた。


 「……さて、今日の配信はこのくらいにしましょうか」


 ミナミを見送ったメルはカメラへと向き直る。


 「皆さん今日の心霊スポット探訪はいかがだったでしょうか?」

 『メルが強かった』『キセモリホムラがクソだった』

 「実は次回の心霊スポット探訪で行く場所はもう決まってて、だからすぐにまた配信できると思います!次回も今日と同じで、魅影さんに紹介してもらった心霊スポットなんですよ~」

 『楽しみ!!』『待ってる』『今日の神社って心霊スポットじゃ無くね?』

 「それでは皆さん、また次回の第39回心霊スポット探訪でお会いしましょう!それじゃ、バイバ~イ」

 『ばいばい』『バイバイ』『バイバ~イ!』


 最後にカメラに向かって可愛らしく手を振り、この日の配信は終了する。


 「ふぅ……リバーサルワークスありませんでしたって、魅影さんに連絡しないと……」


 静寂に包まれた神社で、メルはそう呟いた。

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ありがとうございます

次回は今週中にできたらいいなと思ってます

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