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裏作業:平行世界 六

 「このっ……!」


 あらん限りの紫色の炎を両手に収束させ、迎撃を試みるジェノサイド。

 だが10億という圧倒的な物量を以て放たれたマレフィックブラスター・アイオーンは、最強の祟り神であっても、容易く太刀打ちできるものではなかった。


 「く、うぅぅっ……何なの、これぇっ……!?」


 青白い光の威力を抑えきれず、ジェノサイドは徐々に押されていく。


 「っ……ああああああああああっ!?」


 そして遂に青白い光がジェノサイドの体を完全に飲み込んだ。

 光はそのまま地平線の果ての果てまでをも貫き、遍く地上を明るく照らす。


 「っ……はぁっ、はぁっ」


 青白い光が消えるのと同時に、クローラがその場にへたり込む。

 10億という桁外れの数の幽霊の魂を扱う行為は、クローラの肉体には尋常ではない負荷を掛けた。

 あまりにも大きすぎる力を扱った代償として、クローラはこれ以上の戦闘が不可能なほどに消耗してしまっていた。


 「でも、これで……」


 大量の冷や汗を流しながら、クローラはジェノサイドが立っていた場所に視線を向ける。


 「驚いたな……今の私が、まさかここまで追いつめられるなんて……」

 「嘘、でしょ……」


 信じ難いことに、そこには2本の足で地面を踏みしめて立つジェノサイドの姿があった。

 全身に火傷のような傷を負ってはいるが、それらの傷に致命的なものは無い。

 これ以上の戦闘が不可能なクローラに対し、ジェノサイドはまだ戦闘が可能だった。


 「マレフィックブラスター、だっけ?すっごい威力だったけど、私を倒すにはあと1歩足りなかったね」

 「くっ……」


 ジェノサイドの勝利宣言に唇を噛むクローラ。


 「あら、あと1歩でいいんですか?」


 その時ジェノサイドの背後に、高速で迫る影があった。


 「なっ……!?」


 ジェノサイドが振り返ると、そこにあったのは赤い包丁を構えるメルの姿。


 「それなら、これが最後の一手です!」

 「しまっ……」


 退避しようとしたジェノサイドだが、クローラに与えられた傷のために思うように動くことができない。


 「てやぁぁっ!!」

 「くぅ、っ……!」


 メルが突き出した包丁の刃が、ジェノサイドの胸を貫く。

 同時に刃に宿る反霊力が解き放たれ、ジェノサイドの体を内側から破壊する。


 「ああああああああっ!?」


 大量の血を吐きながら悲鳴を上げるジェノサイド。至る所から皮膚を突き破って飛び出す反霊力が、ジェノサイドの体をズタズタに引き裂いていく。


 「あなた……どうして、足が……」


 絞り出すような掠れた声で、ジェノサイドがメルに尋ねる。

 ジェノサイドの攻撃を受けて消し飛ばされたはずのメルの下半身は、いつの間にか傷1つ無い状態で復元されていた。


 「あなたと違って、こっちには頼もしい協力者がいるので」

 「協、力者……?」


 メルの下半身が蘇ったトリックは至極単純。

 予め口の中に仕込んでおいた偽仙丹を、下半身を消し飛ばされた直後に噛み砕いて嚥下しただけだ。

 命を落としていない限りどのような怪我も癒す、という虚魄の謳い文句に偽りはなかった。


 「がふっ……」


 メルが包丁を引き抜くと、ジェノサイドは地面に仰向けに倒れた。


 「ふぅ……ありがとうございました、クローラ」

 「お姉ちゃんって呼んで?」

 「……ありがとうございました、お姉ちゃん」

 「ふふっ、お姉ちゃんだもの」


 クローラは汗に濡れた顔で、それでも優しく微笑んだ。


 「他の皆も、助けてくれてありがとうございました」


 クローラ以外のジェノサイドに敗れたメルティーズ達にも、メルは感謝の言葉を告げる。

 クローラが10億もの幽霊を集めてマレフィックブラスターを放つことができたのは、彼女達が時間を稼いでくれたおかげだ。

 時間稼ぎの代償として全員が重傷を負ってしまったが、幸いにも誰1人として命を落としてはいなかった。


 「メルちゃん、他の妹ちゃんのことは私に任せて。もう少し休んで回復すれば、私が妹ちゃん達の怪我も治せると思うわ」


 クローラがそう申し出る。

 クローラは幽霊の魂を、攻撃力だけでなく回復力にも転化することができる。その能力を用いれば、他のメルティーズの怪我もすぐに治せるだろう。


 「よかったらこれも使ってください、お姉ちゃん」

 「あら、ありがとうメルちゃん。お姉ちゃん嬉しいわ」


 メルはクローラに、虚魄から預かった巾着袋を渡した。中には偽仙丹が3粒残っている。

 メルティーズ全員の分は無いが、クローラの負担を軽減する役には立つはずだ。


 「それじゃみんな、ゆっくり休んでください」


 メルはメルティーズ達を彩女の森へと送還し始める。


 「そうだメルちゃん。お姉ちゃんから最後に言っておきたいんだけど」

 「何ですか?」

 「何でもいいから、早く着るものを探した方がいいわよ」


 その言葉を最後に、クローラと他のメルティーズ達は元居た場所へと帰っていった。


 「……確かに、この格好は流石にマズいですよね~……」


 メルは自分の体を見下ろして苦笑する。

 1度ジェノサイドに消し飛ばされ、偽仙丹によって回復した下半身は、一切の衣類を身に着けていなかった。偽仙丹も流石に服までは復元できない。

 何か体を隠せるものは無いかとメルが探し始めたその時。


 「ま……まだ、だよ……」


 ジェノサイドが立ち上がろうと藻掻き始めた。


 「嘘でしょ!?」


 反霊力に体を内側から破壊し尽くされ、それでも動き出したジェノサイドに、メルは驚きを隠せない。

 祟り神だった頃のメルが包丁の反霊力によってほぼ即死だったことを考えると、ジェノサイドの頑丈さは相当なものだ。

 だがジェノサイドがまだ命を繋いでいたとしても、再び立ち上がることは不可能だ。それほどまでにジェノサイドの肉体は破壊し尽くされていた。


 「私は……まだ、戦える……」

 「……無理ですよ。まだ死んで無いのが不思議なくらいなんですから」

 「ここで……死ぬ、訳には……」

 「……仕方ないですね」


 確実にジェノサイドへと止めを刺すべく、メルは包丁を振り上げる。


 「待って!」


 だが包丁の刃がジェノサイドの首を刎ね飛ばす直前、鋭い制止の声がメルの手を止めた。

 直後にメルとジェノサイドの間に割って入るように、黒いレッサーパンダが姿を現した。


 「魅影さん!?どうしてここに……」

 「祟り神の力が弱まったおかげで、私達でもここまで来られるようになったのよ」

 「私達、って……」


 視線を横に向けると、そこには薑大将に跨る虚魄の姿があった。


 「メル様!?お召し物が……!」


 あられもないにも程があるメルの姿を見て、虚魄は大慌てで薑大将から飛び降りる。

 そのままメルの目の前まで駆け寄ってくると、大急ぎで自分のスカートを脱ぎ始めた。


 「こっ、これをお召しください!!」

 「待ってください待って虚魄さん待って、そんなことしなくても大丈夫ですから」


 メルは虚魄のスカートを脱ぐ手を止めながら、待雪にアイコンタクトを送る。

 待雪は小さく頷くと、その身をメルがいつも履いているのと同じようなスカートに変化させ、メルの腰に巻き付いた。


 「あっ、待雪さん……」

 「そういうことなので、虚魄さんがスカート脱がなくても大丈夫です」

 「きゃっ、お、お恥ずかしい姿を」


 今更パンツが丸出しになっていることに気付いたかのように、虚魄は頬を赤く染めた。


 「……桜庭さん」


 虚魄がスカートを履き直している横で、魅影は倒れているジェノサイドに声を掛ける。


 「常、夜見、さん……?」

 「あなたは私が憎くて仕方が無いでしょう。けれどそれでも、少しだけ私の話を聞いてほしいの。その後だったら、私を殺すなりなんなり好きにしてくれて構わないから……!」


 魅影の必死の訴えに、ジェノサイドはふっと口元を緩めた。


 「……別に、常夜見さんのことは憎んでませんよ」

 「……え?」

 「常夜見さんが何を思って私を……メルを祟り神にしたのかは、常夜見さんから力を奪った時に分かりましたから」


 魅影を見つめるジェノサイドの瞳には、怒りも憎しみも見られない。


 「常夜見さんはこの世界を救おうとした。そして失敗してしまった。常夜見さんが悪くないとは言いませんけど……世界が滅んじゃった責任は、メルと常夜見さんで半々ってとこじゃないですか?」

 「桜庭さん……」


 魅影がくしゃりと顔を歪める。


 「……魅影さんの前だと自分のことメルって言うんですね、ジェノサイド」


 一方メルはこの場において死ぬほどどうでもいいことを虚魄に囁いていた。


 「えっ?ジェノサイドって……メル様、何のことでしょう……?」


 平行世界のメルの一人称が「私」であったことも、平行世界のメルが混同を避けるために「桜庭メル・ジェノサイド」と名乗ったことも知らない虚魄は、メルに訳の分からないことを囁かれて混乱している。


 「常夜見さん……メルに聞いてほしい話って、何ですか……?」


 ジェノサイドにそう尋ねられ、魅影は表情を引き締める。


 「単刀直入に言うわ。私達はまだこの世界を滅びる前の状態に戻すことができる可能性がある」


 その言葉にはジェノサイドだけでなく、横で聞いていたメルと虚魄も驚かされた。


 「どういう、こと、ですか……?」

 「桜庭さんを祟り神に仕立て上げ、御伽星憂依による世界の滅亡を阻止する。私が立てたこの計画は、はっきり言ってあまりにも無謀なものだわ。1つでも何かを失敗すれば、その時点で世界の滅亡が確定してしまう。現に私は祟り神になった桜庭さんの制御を誤り、こうして世界を滅ぼしてしまったもの」


 魅影が自嘲して笑う。


 「だから私は計画が失敗した時のために、滅亡した世界を元に戻すための手段をいくつか見つけておいたの」

 「世界を……元に、戻す、なんて……そんな、ことが……」

 「人類の長い歴史の中で、世界の滅亡を憂いたのは私だけではないわ。御伽星憂依という具体的な脅威が無くとも、いつか来る世界の滅亡を怖れた者は今までにもごまんといる。そしてその中の極めて優秀な何人かが、世界滅亡への対抗策を用意した」


 魅影がどこからともなく古びた1冊の本を取り出し、前脚を器用に使ってとあるページを開いた。


 「これは常夜見家で埃を被っていた文献なのだけれど、ここには先人が用意した世界滅亡への対抗策の1つが記されているわ」


 メルはこっそり文献のそのページを盗み見たが、何語で書いてあるのかさっぱり分からなかった。


 「ディケイドディスクとリバーサルドライブ。ディケイドディスクは過去10年間の世界の状態が全て記録された円盤で、リバーサルドライブはそのディスクを元に世界を書き換える装置よ」

 「世界を、書き換える……?」

 「リバーサルドライブにディケイドディスクを読み込ませ、過去10年間の中から任意の時点を指定することで、リバーサルドライブはこの世界を指定した時点の状態へと書き換える。要するに世界の時間を最大で10年まで巻き戻せる装置ね」

 「ちょっと待ってください。そんな装置、ホントにあるんですか?」


 メルは思わず口を挟まずにいられなかった。

 世界の時間を最大10年巻き戻すことができる装置。それは実在するならこの世界の滅亡を無かったことにできる夢のような装置だ。

 しかしだからこそ、メルとしてはその装置の実在を疑わずにはいられなかった。


 「実在する、と断言することはできないわ」


 メルの質問に対し、魅影はきっぱりとそう言い切った。


 「けれど実在しないとも言い切れない。そして実際に世界が滅亡を迎えてしまった以上、例え不確かだとしても、この装置を探すことに意味はあるのではないかしら?」

 「それは……そうかもですけど……」

 「それに私は世界滅亡への対抗策を、このディケイドディスクとリバーサルドライブ以外に、あと5つ目星をつけているわ。6つも情報があるのなら、どれか1つくらいは実在してもおかしくないと思わない?」


 メルは言葉に窮した。

 メルの個人的な心情としては、世界を元に戻せる装置は実在してほしいというのが本音だ。だがもし実在しなかった時のことを考えると、安易なことは言えなかった。


 「いいですね……希望はあるに越したことはありませんから……」


 メルが押し黙っている間に、ジェノサイドがゆっくりと体を起こす。

 どうやら魅影が話している間に、上半身を持ち上げられる程度には回復したようだった。


 「その、ディケイドディスクとリバーサルドライブ、でしたっけ?一緒に探しに行きましょうか、常夜見さん」

 「ジェノサイド……あなた、怪異が支配する世界はいいんですか?」


 メルが思わずそう尋ねると、ジェノサイドは憑き物が落ちたような笑顔を浮かべた。


 「この世界を元に戻せる可能性があるなら、怪異の世界がどうのなんて言ってられないからね……」


 そう語るジェノサイドからは、狂気は感じられなかった。

 かつて祟り神となったメルが魅影の『可惜御霊』によって正気を取り戻したのと同じように、ジェノサイドもまた敗北によって狂気から解放されたのかもしれない。


 「常夜見さん。きっともう少ししたら、メルはまた動けるようになると思いますから……そうしたら一緒に、世界を元に戻す装置を探しに行きましょう」

 「ええ、そうしましょう」


 ジェノサイドと魅影は、お互いぎこちない笑顔で微笑み合った。

昨日お知らせいたしました通り、新作を投稿するためにこの作品の更新をしばらくお休みさせていただきます

よろしければ新作の方もご覧になっていただけると幸いです


姫宮最強探偵事務所の異常犯罪事件簿

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