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第9回桜庭メルの心霊スポット探訪:糸繰村 二

 あぜ道を5分ほど歩くと、古めかしい住居が立ち並んでいるのが見え始めた。外に出て作業をしている村人の姿も見える。


 「お~、結構人いるんですね。失礼ですけど、もっと過疎化してるのかと思ってました」

 「バス停の周りの景色だけ見るとそう思いますよね。この村は畑のエリアと住宅のエリアが綺麗に分かれていて、畑のエリアは午後になると全然人がいなくなるんです」


 メルの失礼な感想にもヒヨリは気を悪くすることはなく、糸繰村についての丁寧な解説をしてくれた。


 「……あっ。人がいるなら、サクラさんがスマホ持たない方がいいですね」


 畑のエリアを抜ける直前になってメルは立ち止まり、サクラからスマホを受け取った。

 普段は人のいない場所で配信する機会がほとんどのためあまり気に留めていなかったが、撮影係のサクラはメル以外の人間には見えない存在なのだ。

 つまりサクラが撮影している状況は、傍目にはスマホが独りでに浮遊しているように見えてしまう。

 メルのファンであるヒヨリはサクラの存在を知っているので問題ないが、何も知らない人間が浮遊するスマホを見たら腰を抜かしてしまいかねない。


 (サクラさん、スマホ預かります)

 (そうね、その方がいいわ)


 メルはサクラからスマホを受け取り、久々に自らの手で撮影を始めた。

 とは言っても、無許可で村の人々を撮影する訳にもいかない。メルの顔だけが映るようにスマホの向きを調節する。


 「ここが私の家です」


 村の中心から少し東に行ったところにある、庭に立派な柿の木が植わった平屋の前でヒヨリが立ち止まった。


 「わ~、立派なお家ですね~」

 「父を呼んでくるので、メルさんは少し待っていてください」


 玄関先にメルを残し、ヒヨリは一足先に自宅へと入っていく。


 「……結構見られてますね」


 ヒヨリを待っている間、メルは通りがかった村人達からの視線をひしひしと感じる。

 概ね茶色系統の服装の村人が多い中で、黒とピンクを基調としたメルのファッションはそれはよく目立っていた。


 「お待たせしました、メルさん」


 5分ほど待っていると、ヒヨリが戻ってきた。


 「父が話を聞いてくれるそうなので、家に上がってもらえますか?家の中や家族を撮影する許可も貰ったので、配信は続けたままで大丈夫です」

 「そこまで話つけてくれたんですか!?ヒヨリさんめちゃくちゃできる人ですね、メルのアシスタントになりません?」


 ヒヨリに雑な勧誘をしながら、メルはヒヨリの家にお邪魔する。

 入る前にメルが思っていたよりも洋風なリビングに通されると、そこには細身で眼鏡を掛けた、いかにも真面目そうな顔つきの男性の姿があった。

 男性はメルの姿を一瞥してから、ヒヨリの方へと視線を向ける。


 「ヒヨリ。この地雷系ファッションの女性がお前の言っていたストリーマーか?」

 「うん、そう」


 真面目そうな中年男性の口から放たれた「地雷系ファッション」という言葉のギャップに、メルは思わず吹き出しそうになった。


 「初めまして、桜庭メルです」

 「ヒヨリの父の東村です。まずはおかけください」


 東村に促され、メルは東村の対面のソファに腰を下ろす。


 「あー、桜庭さんは、何か私に話を聞きたいとか……」

 「はい。単刀直入にお聞きします。この村では今、生贄を捧げようとしているんですか?」


 メルが初手でその質問をぶつけると、東村の目がすぅっと細くなった。


 「……ヒヨリ、お前が余計なことを喋ったのか」

 「ヒヨリさんを責めないでください。メルが聞いたんです」


 メルがヒヨリを庇うと、東村は頭を振って溜息を吐いた。


 「申し訳ありませんが、村の人間ではないあなたにお話しすることは何もありません」

 「メルが聞きたいのはただ1つです」


 東村の断りの文言を、メルは完全に無視した。


 「この村は、本当にシトリ様に生贄を捧げるつもりなんですか?」

 「っ!?ヒヨリお前、そんなことまで話したのか!」

 「ヒヨリさんはもう全部話してくれましたよ、カメラの前で。メルが東村さんに聞きたいのは、本当に生贄を捧げるのかどうかだけです」 

 「……村の人間でないあなたには関係ないでしょう」

 「いいえ?生贄という名目で誰かの命を犠牲にしようとしているのなら、それは殺人か、いいとこ自殺幇助。立派な犯罪です。メルは善良な市民として、犯罪の可能性は見過ごせません」

 「っ、君はシトリ様の怖ろしさを知らないから、そんなことが言えるんだ……!」

 「そうです。だからメルに教えてください。そうすればメルが、シトリ様を殺してあげます」


 メルがそう言うと、東村は驚いて目を見開いた。


 「君は、何を……シトリ様を、殺すだと?」

 「はい。メルはこれでも、神様を殺すのは得意なので」

 「ふざけるな!」


 東村がテーブルを強く叩く。しかし数々の修羅場をくぐってきたメル、今更細身の男性の恫喝程度では動じない。


 「君みたいな地雷系ファッションの人間に一体何ができると言うんだ!」

 「だから、シトリ様を殺すことができます。ね、ヒヨリさん」


 メルに声を掛けられたヒヨリは頷き、ポケットからスマホを取り出した。


 「お父さん、これを見て」


 ヒヨリはスマホを操作し、メルが投稿した配信の切り抜き動画を東村に見せる。人食い峠で白猪の姿の祟り神と戦った時のものだ。

 東村は難しい顔で動画をじっと見ている。


 「……これはCGではないのか?」

 「CGじゃないですよ。証明しろって言われたらちょっと難しいですけど。あっ、今ここで同じような動きして見せましょうか?」

 「いや……いい」


 東村は考え込むように目頭を押さえた。


 「……仮に君が本当にシトリ様を殺せるとして、だ。君は何故生贄が事実かどうかを気にしているんだ?」

 「もし本当にシトリ様に生贄を捧げるなら、この村の人はシトリ様と接触する手段を持ってるってことですよね?メルはその方法を教えて欲しいんです」

 「なるほど、そういうことか……」

 「教えてくれませんか?」


 メルが改めてそう頼むと、東村は背もたれに体を預けて天を仰いだ。


 「……確かにシトリ様に生贄を捧げるべきではないかという意見が出ているのは事実だ。しかしこの村の名誉のために言っておくと、その意見に肯定的な人間は1人もいない。言い出した村長でさえもな。だがこの村では生贄を捧げる以外に、シトリ様の災いを鎮める方法を知らないんだ」

 「生贄を捧げるとして、誰が生贄になるんですか?」

 「何人かの村の老人が名乗り出ている。老い先短い自分が犠牲になることで村が守れるなら本望だとね」

 「すごっ。覚悟ガンギマリですね、この村のおじいさんおばあさん」

 「ただ村の歴史では、シトリ様への生贄には常に若い娘が選ばれてきた。最も直近の22年前ですらね。だから今回もそうすべきだという意見も少数だが出ている。老人を生贄に捧げた後で、実は若い娘でないと意味が無かったでは洒落にならないからね」

 「それは確かに……で、肝心の生贄に捧げる方法は?」

 「私も詳しいことは知らない。だが村長ならば知っているだろう。ヒヨリ、桜庭さんを村長の所へ連れて行ってあげなさい。この時間なら神社にいるはずだ」

 「神社?」


 メルは首を傾げる。疑問に答えたのは東村ではなくヒヨリだった。


 「村の端の高台にある糸繰神社です。その神社の神主さんが、村長を兼任しているんです」

 「へ~。じゃあ案内してもらっていいですか?」

 「はい。それじゃあメルさん、行きましょう」

 「は~い。お願いします」


 そうしてメルとヒヨリは東村邸を後にすると、村外れの神社を目指して歩き出した。


 「……なんか、これ言っていいのか分からないんですけど」

 「はい?何ですか?」

 「こういう流れになるなら、ヒヨリさんのお家に行かないで神社に直行してもよかった気はしますね」

 「……確かに」


 糸繰村はあまり広い村ではなく、村の端の糸繰神社にも15分も歩けば到着した。


 「うわ石段ながっ」

 「高台ですからね」


 鳥居の前に聳えるのは、長く傾斜のきつい石段。それを登るにあたって、メルは顔を顰めずにはいられなかった。


 「はぁ~……登りますか」

 「ですね……あちょっメルさん速い」


 身軽さを十二分に生かし、跳ねるようにして石段を駆け上がるメル。危うくヒヨリを置き去りに仕掛けている。

 そして石段を登り終えて鳥居をくぐると、境内では1人の老人が掃き掃除をしているところだった。

 老人は神主の装束を身に付けている。ということはこの老人がこの糸繰神社の神主で、すなわちこの村の村長ということになる。


 「……その地雷系ファッション、君が東村君の言っていた余所者か」

 「ぶっ!?」


 メルを一瞥した村長が呟く。明らかに後期高齢者な外見の村長の口から放たれた「地雷系ファッション」という言葉の破壊力に、メルは吹き出してしまった。


 「こ、この村、ふふっ、やけに地雷系ファッションが浸透してませんか……?」


 村長に聞こえないよう、隣に立っているヒヨリに囁きかけるメル。


 「ヒヨリさんのお父さんも知ってましたし、村長まで……」

 「は、はい……ま、まさか村長の口から、地雷系ファッションなんて……ふふっ」


 ヒヨリの方も笑いを堪えて声が震えている。

 村長はメルとヒヨリの反応に気付いているのかいないのか、それに言及することなく話を続ける。


 「東村から話は聞いておる。お前、シトリ様を殺すなどと宣っているようだな」

 「はい。だから村長さんにお話を……」

 「本当に、シトリ様を殺せるのか?」


 村長はメルの声を遮り、鋭い目付きでそう尋ねた。


 「絶対に、とは言えません。でもメルにはシトリ様を殺す意思があります」

 「……そうか。ならば付いてこい」


 ぶっきらぼうな声でそう告げると、村長はメル達に背を向けて境内を歩き出す。

 メルとヒヨリは顔を見合わせて困惑しつつも、とりあえずは村長の後を追った。


 「……こっちだ」


 村長はメルとヒヨリを先導して、本殿の裏手へと回る。そこには山の奥へと続く狭い石段があった。


 「この石段は糸繰神社の奥の院に続いている。その奥の院から更に山を登ったところに、シトリ様に生贄を捧げるための祭祀場がある」

 「えっ!?」

 「何を驚いている。シトリ様に会うために、儂らがシトリ様に生贄を捧げる方法が知りたかったんだろう」

 「いや、それはそうなんですけど……」


 求めていた情報が予想を遥かに超えて手に入ったことに、メルは困惑していた。


 「正直、もっと反対されると思ってました。シトリ様を殺そうだなんてなんと罰当たりな~、みたいな」

 「ふん、あんたがシトリ様を殺してくれるなら、罰くらい儂がなんぼでも食らってやるわ」

 「……この村ではシトリ様は信仰の対象と聞いたんですが」

 「信仰しておるとも。だがそれ以上に、儂はあの神が憎いんだ」


 村長は体を震わせ、拳を強く握りしめた。


 「22年前、シトリ様の災いを鎮めるため、儂は村の若い娘を生贄に捧げた。娘の手足に傷をつけ、山奥にある祭祀場に娘を放置したのだ」

 「そんな……」


 村長が語ったその行いは許されないものだ。しかし後悔と自責に満ちた村長の表情を前に、メルはそれを糾弾する気にはなれなかった。


 「次の日の朝祭祀場に行くと娘の姿はなく、そこには血の跡だけが残っていた。そしてシトリ様の災いは収まった。この村では幾度となく繰り返されてきたことだ。儂はその19年前にも、そのまた21年前にも、同じように若い娘を生贄に捧げた。儂はシトリ様を畏れるがあまり、3度も人を殺したのだ」

 「それは……」

 「若い命を犠牲にするくらいならば、シトリ様を殺すべきだと何度も考えた。しかしダメだ。儂にはシトリ様への恐怖が染みついている。儂だけではない、この村のほとんどの人間が儂と同じだ。シトリ様に反感を抱きながら、シトリ様を恐れて何もできない……」


 固く握りしめた村長の拳から、血が滴っている。


 「シトリ様を殺すことは、この村の人間にはできない。それができるのは、あんただけなんだ」


 村長はメルの瞳を真っ直ぐに見つめ、それから深々と頭を下げた。


 「頼む。シトリ様を殺して、この村をシトリ様の災いから解放してくれ」

 「……正直、ちょっと予想外です。村長さんには絶対反対されると思ってたので」


 メルは少し戸惑って頬を掻きつつも、力強く頷いた。


 「ヒヨリさんに話を聞いた時から、メルはシトリ様を殺すつもりでしたから。村長にお願いされるまでもありません」

 「……ありがとう」


 村長は頭を上げた。


 「奥の院から祭祀場に続く道の入口には、腰くらいの高さの石柱が立っている。それと同じ石柱が祭祀場に着くまで等間隔で設置されているから、それを頼りに進むといい」

 「ありがとうございます。ちなみになんですけど、その祭祀場に行ったらシトリ様に会えるんですかね?」

 「……正直分からん。儂も直接シトリ様を見たことはない。ただあんたみたいな若い娘が祭祀場にいれば、生贄だと思ってシトリ様が来る可能性は高いと儂は思っとる」

 「それだけ聞ければ充分です」


 空を見上げると、いつの間にか日が暮れ始めている。


 「そろそろ夜になりますね。それじゃあメルは早速祭祀場に向かってみようと思います」

 「ああ、頼んだ」

 「メルさん、気を付けてくださいね」


 村長とヒヨリに見送られ、メルは奥の院へと続く石段に足を掛ける。


 「あっ、そうだ」


 本格的に石段を登り始める前に、メルは1度村長とヒヨリの方を振り返った。


 「折角ですから、メルの配信を見ててくれませんか?そうすればシトリ様がどうなるかもリアルタイムで分かりますし」

 「配信?」

 「村長、これです」


 ヒヨリが村長に、メルの配信画面が映ったスマホを見せる。


 「なるほど、分かった。これであんたを見守っていよう。他の村人達にも同じものを見ておくように連絡しておく」

 「お願いします。あっ、投げ銭してくれてもいいですからね?」


 メルは最後に軽い冗談を言ってから、改めて石段を登り始めた。

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