第36回桜庭メルの心霊スポット探訪:旧姫守家私有地 前編
「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
この日のメルの配信は、いっそ清々しいほどの真昼間に始まった。
「心霊スポット探訪、今日は第34回をやっていこうと思いま~す」
『心霊系の配信とは思えないくらい爽やかな絵面してる』『今のメルを初見で心霊系ストリーマーだと思う人いなさそう』
「今日もまた、いつもみたいにリクエストにお応えしていこうと思うんですけど~……今日のリクエストは、視聴者さんからじゃないんです」
『ほう?』『というと?』
「じゃあ早速、今日のリクエストを出してくれた人に登場してもらいましょう!この方で~す!」
メルに呼び込まれてカメラの前に姿を現したのは、赤と黒のゴスロリ服に身を包み、長い黒髪をツインテールに纏めた、赤い瞳の少女だった。
「お世話になっております、常夜見虚魄と申します」
「はい、という訳で、今日はゲストで虚魄さんが来てくれました~」
「今日は虚魄さんが、メルに行ってほしい心霊スポットのリクエストを持ってきてくれたんですよね?」
「はい……私はメル様のお手を煩わせることには最後まで反対したのですが、愚姉がメル様にご協力いただくべきだと強硬に主張しまして……愚姉がいつもいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、メルも配信のネタをいただけるのはありがたいです」
縮こまる虚魄を、メルはそう言って取り成した。
「それで虚魄さん、リクエストの内容を教えてもらえますか?魅影さんに聞いても教えてくれなかったんですよ」
「重ね重ね申し訳ありません……少し長い話になってしまいますが、よろしいですか?」
「もちろんです。お願いします」
虚魄は上品に咳払いをしてから、持ち込んだリクエストの詳細を話し始めた。
「常夜見家には諜知衆という、諜報活動を担当する部門があるのですが……」
「色々ありますよね~常夜見家」
「先日その諜知衆から上層部に提出された報告書の中に、看過できない未来予知の記述がありました」
「ちょっと待ってください、未来予知?」
「看過できない未来予知の記述」という文言こそ、メルには看過できなかった。
「えっ……未来予知してるんですか?」
「はい。諜知衆は未来予知によって情報を収集する部門ですので」
「メルが思ってた諜報活動と違う……」
『未来予知で諜報活動はもうチートだろ』『世界中のスパイに謝れ』
「……あっ、ごめんなさい。続けてください」
メルは話の腰を折ったことを謝罪し、虚魄は説明を再開する。
「諜知衆の報告では、常夜見家の所有する土地の1つで、近い将来甚大な災害が発生する可能性が高いとのことでした」
「災害って?」
「詳しいことは分かっていません。災害の規模が大きすぎるために、未来予知では災害の正確な光景が捉えられないとのことでした。ですが諜知衆の見立てでは、或いは国家存亡に関わるほどの大災害の可能性があるとのことでした」
「それって……国ごと滅ぶほどおっきな災害かも知れないってことですか!?」
虚魄が頷く。
地震や台風などの甚大な被害をもたらす自然災害でも、一国を滅ぼしてしまう程の被害はそう耳にしない。国が滅びる程の災害というのがどのようなものか、メルには想像がつかなかった。
「諜知衆が災害を予見した土地は、常夜見家では旧姫守家私有地と呼ばれている土地でした。そこはかつて姫守家という資産家が所有していた土地で、資産的な価値は決して高くありませんが、霊脈の直上に位置しているため霊的な価値が非常に高く……」
そこからしばらく虚魄は資産運用と心霊に関する専門的な話を続けたが、メルにはほとんど何も理解できなかった。
「諜知衆からの報告を受けて、上層部は旧姫守家私有地の調査のために数名の征伐衆を派遣しました」
「えっ?征伐衆って、戦いの専門の人達ですよね?調査なのに諜知衆の人じゃなくて、征伐衆の人が派遣されたんですか?」
「諜知衆はあくまでも未来予知による情報収集を主とした部門ですから。危険を伴う可能性のある現地調査は、征伐衆の領分なのです」
「常夜見家難しい……」
何やら複雑な常夜見家の指揮系統にメルは眉根を寄せたが、今はそこは主題ではない。
「征伐衆による現地調査の結果、旧姫守家私有地の地下に広大な異空間が広がっていることが判明しました」
「それって、その時まで分かってなかったんですか?」
「そのようです。土地の購入時にも調査は行われたはずなのですが、調査が甘かったのか、それとも購入時にはまだ存在していなかったのか、はたまた当時は異空間が観測できない状態にあったのか……今となっては分かりません」
「なるほど~……それで、その異空間のことも調べたんですか?」
「はい。征伐衆は探査術式によって異空間への侵入に必要な儀式を入手し、それを実践することで異空間への侵入に成功しました。ですが……」
「ですが?」
「……異空間に侵入して程なく、征伐衆は正体不明の敵対的存在による襲撃を受けました。征伐衆は即座に応戦しましたが敵わず、死者こそ出ませんでしたが全員が重傷を負いました。辛うじて生還を果たした征伐衆の報告を受けた上層部は、旧姫守家私有地の異空間内の敵対的存在を祟り神に準ずる脅威と判断しました」
「祟り神に準ずる、ですか……」
祟り神の強さは、メルが誰よりもよく知っている。旧姫守家私有地の異空間がどれだけ危険な場所であるか、メルにははっきりと想像できた。
「旧姫守家私有地の調査を進めるため、上層部は征伐衆筆頭である愚姉の派遣を決定しました。愚姉は征伐衆において、唯一単身で祟り神の討伐が可能な人材ですから」
「魅影さん強いですもんね~」
「ですが愚姉はその命令を断りました。どうしても手が離せない案件を抱えているらしく……」
「断れるんですね上層部の命令って」
「愚姉は代替案として、旧姫守家私有地の調査をメル様に依頼することを上層部に提案しました。何かあるとすぐにメル様を頼ろうとする愚姉には困ったものです」
「まあまあ、メルは嬉しいですから」
「愚姉の提案に、上層部は難色を示しました。メル様は常夜見家の名誉顧問でいらっしゃいますが、本来は常夜見家とは無関係のお方です。外部の方を常夜見家の調査に介入させることを、上層部は良しとはしなかったのです」
「でも結局はメルに話が回ってきたんですよね?」
でなければメルは今日ここに来ていない。
「上層部は最終的に、私を同行させるという条件の下でメル様にお願いする決定を下しました。……監視、という事でしょう。申し訳ありません」
「虚魄さんが謝ること無いですよ。メルは虚魄さんが一緒に来てくれたほうが嬉しいですし」
「ですが私は愚姉とは違い戦闘能力が高くありません。いざという時にメル様の足を引っ張ってしまうかも……ですから危険地帯に赴かれるメル様に私が同行することなど、本来はあってはならないのです。だというのに上層部は……メル様に調査をお願いしておきながら私という足手纏いを同行させて……あの老害共ぉ……!」
爆発寸前のゆで卵のように、怒りで体をぶるぶると震わせる虚魄。
「虚魄さんちょっと怒りすぎてます。あんま老害とか言っちゃダメです」
「はっ……これは失礼いたしました。怒りのあまりついお耳汚しを……」
『コハクさん結構言うこと言うタイプだね』
我に返った虚魄は、恥ずかしそうに頬を染めた。
「という訳でですね~……」
メルはそれまで虚魄に向けていた視線を、くるりとカメラの方に戻した。
「今日は旧姫守家私有地にやってきました~!わ~、パチパチパチ~」
『流石に盛り上がれない』『知らん場所過ぎる』『ただの私有地で拍手は無理よ』
旧姫守家私有地は、人の手による管理がなされていない荒地のような場所だった。これと言った特徴も無く、特筆すべき点は見当たらない。
「通常霊脈の直上に位置する土地は、緑豊かな森林である場合が多いのですが……これほどまでに土地が荒れているということは、やはり何か特別な事情があるのかもしれません」
「それを今から調べに行くって訳ですね!」
「その通りです。異空間への侵入方法は事前に報告を受けているので、案内させていただきます。こちらです」
「は~い」
先導する虚魄の後に続いて、メルは私有地を進んでいく。
人の手を離れたことをいいことに好き放題生い茂っている雑草のせいで、敷地内はかなり歩きづらかった。
「こちらが異空間への入口になっているそうです」
5分ほど歩いて辿り着いたのは、老朽化が進んだ小さな祠だった。
伸び放題になっている雑草のせいで、祠はほとんど覆い隠されているような状態であり、ともすれば存在を見落としてしまいかねない。
「この祠に入るんですか?小さすぎて入れなさそうですけど……」
「祠の前で特定の儀式を行うことで、異空間への侵入が可能だそうです。征伐衆が探査術式によって入手した儀式の手順はかなり複雑なものでしたが、その後簡略化に成功しています。今からその簡略化した儀式を行います」
「メルがお手伝いすることはありますか?」
「いえ、儀式は1人で充分行えるものですので。お気持ちだけ有難くいただきます」
虚魄は軽くメルに頭を下げ、ゴスロリ服からスマホを取り出した。
「それでは……参ります」
心なしか緊張した面持ちで、虚魄がスマホを操作する。
するとスマホからアップテンポの軽快な音楽が流れ出し、それに合わせて虚魄がSNSで流行しそうなダンスを踊り始めた。
「虚魄さん?」
いきなり踊り出した虚魄に困惑するメル。
『コハクさんダンスキレキレで草』『イメージと違いすぎる』『コハクさんダンス習ってるのかな?』
メルと視聴者が見守る中、虚魄のキャッチ―なダンスは30秒ほど続いた。
「……以上が簡略化した儀式です」
「異空間に入るための儀式を簡単にするとSNSで流行りそうなダンスになるんですか?」
「神格に舞を奉納することは古来より行われてきましたから、儀式がダンスになることも当然あり得ます」
「当然あり得るんですね」
専門家である虚魄に言い切られてしまえば、メルはそれ以上何も言えない。
「儀式が成功していれば、もうすぐ異空間への入口が現れるはずです……」
虚魄がそう言い終えたのとほぼ同時、ゴーンという鐘の音のような音と共に、メル達の目の前の空間に直径2mほどの黒い穴が出現した。
「ひゃっ……これが異空間の入口ですか?」
「間違いないかと。報告にあった情報と外見が一致しています」
虚魄はメルを振り返り、2人は視線を合わせる。
「行きましょう、虚魄さん」
「はい」
メルと虚魄は同時に黒い穴へと飛び込んだ。
高所から落下するような浮遊感と共に、メルの意識は一瞬途切れ、
「……っと」
気が付くとメルは、真っ暗な空間に立っていた。
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