第35回桜庭メルの心霊スポット探訪:高比良荘 四
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません……」
『集まってもらったってか最初から全員リビングにいたけどな』『むしろ全員が集まってるとこにメルが来たんだけどな』
リビングに揃っている容疑者達を前に、メルはミステリードラマの探偵のような口調で話し始める。
「河本浩之さんが殺された事件の謎が解けました」
「ほっ、本当か!?」
いいリアクションの長谷川に、メルは重々しく頷き返す。
「今回の事件で不可解な点は大きく2つ」
メルが右手の人差し指と中指を立てる。
「1つ目は河本さんの遺体が発見された時、扉にはドアチェーンが掛けられ、唯一の窓にも鍵が掛かっていた、完全な密室状態だった点。2つ目は凶器が見つかっていない点です」
容疑者達は全員、真剣な表情でメルの声に耳を傾けている。
「メルの推理が正しければ、この2つの謎は全く同じトリックで説明できます」
『めちゃくちゃ探偵気取ってるじゃん』『すっげぇドヤ顔』
「まずは密室のトリックから解き明かしましょう」
メルは喋りながら意味もなくリビングの中をぐるぐると回り始めた。
「実は皆さんがリビングで言い争っている間、メルはこっそり皆さんのお部屋を調べさせていただきました」
『あっそれ言っちゃうんだ』
メルの家探し宣言に容疑者達はざわめいたが、メルは完全に無視した。
「その後に皆さんからお話をお聞きして、それでも犯人が分からなかったので、メルはもう1度201号室を調べに行きました。その時にメル、違和感を感じたんです」
「違和感、というのは……」
高比良がメルに尋ねてくる。
「メルも最初は違和感の正体が分からなかったんですけど、すっごく考えてようやく分かりました」
メルはそこで一旦言葉を切り、長谷川夫妻に視線を向ける。
「長谷川さんご夫婦が泊まってる204号室……」
メルが視線を長谷川夫妻から橋本に移す。
「それから、橋本さんが泊まってる203号室……この2つの部屋に入った時に、メル思ったんです。角部屋は日当たりがよくていいな~って。じゃあ、角部屋の日当たりがいい理由って何だと思います?」
メルの問いに容疑者全員が沈黙したのは、質問の答えが分からなかったからではなく、メルがその質問をする意図が分からなかったからだろう。
「答えは簡単、角部屋は窓が多いからです」
角部屋は建物の端に位置しているため、複数の壁に窓を設置することができる。窓が多いから日当たりがいい。非常にシンプルな話だ。
「でも、だとしたらおかしいと思いませんか?」
「おかしいって……何が?」
佐藤が心底不思議そうに尋ねてくる。他の容疑者達も、何がおかしいのか理解できていないようだ。
メルは勿体ぶるように沈黙してから、その答えを口にする。
「事件現場となった201号室も角部屋です。それなのに201号室には、窓が1つしかないんですよ」
『あ~!』『言われてみれば確かに』『確かにおかしいよな』
容疑者達だけでなく視聴者も、メルに言われて初めてその不自然さに気付いていた。
「扉にはドアチェーンが掛けられ、唯一の窓にも内側から鍵が掛かっていた」というのは、高比良荘殺人事件の中でも特に有名な一文だ。
しかしそもそも角部屋である201号室に、窓が1つしかないことそれ自体が妙なのだ。
「オーナーさん。201号室に窓が1つしかないのはどうしてですか?」
「え?えっと……どうしてでしたかなぁ……」
メルに尋ねられた高比良は、首を捻ったまま黙り込んでしまった。
「こんな風に、オーナーさんですら201号室に窓が1つしかない理由を説明できません。それは一体何故なのか……」
メルは口を噤み、充分すぎるほどに勿体を付けてから、その答えを口にした。
「それは201号室に存在するもう1つの窓が隠されてるからです。そこに窓があったという事実すら、認識できなくなるほどに」
容疑者達がどよめく。
「犯人は扉にチェーンを掛けて、窓にも鍵をかけて、その後もう1つの窓から201号室を脱出したんです。そしてその後に、2つ目の窓の存在そのものを隠した。これで密室のでき上がりです。多分、包丁も2つ目の窓と同じように隠したんじゃないでしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってよ桜庭さん!」
メルの突拍子もない推理に、佐藤が異議を唱える。
「2つ目の窓を隠して、そこに窓があったことにも気付かせないなんて……そんなことできる訳ないでしょ!?」
「はい、普通はそんなことできません。でもこの中に1人だけ、そんなことができちゃう人がいるんです。そうですよね、長谷川照子さん?」
メルがその名を告げた瞬間、容疑者達の視線が照子夫人に集中する。
「なっ……何を言っているの?私にそんなこと……」
「長谷川照子さん……いえ、こう呼んだ方が分かりやすいですね。旧姓、幾世守照子さん」
瞬間、照子夫人が息を呑む音が聞こえた。
『キセモリ?』『それって……』
「単刀直入に言います。照子さん、あなたは祓道師ですね?」
「なっ……何よ、祓道師って……」
「さっき佐藤さんから、あなたの旧姓が幾世守だという証言をいただきました。それと幾世守家の人達はみんな、名前に火偏のつく漢字が入っています」
「わ、私の名前には火偏なんて……」
「照子さんの『照』という漢字の部首は、『れんが』と呼ばれる1番下の4つの点です。そしてれんがは火偏と同じ、火部と呼ばれるグループ。これはあなたが幾世守家の祓道師だっていう証拠です」
「ふ、ふざけないで!名前の字がどうとかで、祓道師とかいう訳の分からないものにされたらたまったもんじゃないわ!」
「そしてもう1つ、照子さんが幾世守家の人だっていう証拠は……」
メルが照子夫人の頭頂部、僅かに見える白髪を指差す。
「その白い髪の毛です」
「っ……!」
照子夫人が咄嗟に頭頂部を隠す。
「その白髪、年齢によるものじゃないですよね。幾世守家の人達とおんなじ色です」
「っ……」
「幾世守っていう旧姓、照子っていう名前、髪の毛の色、そして何か不思議な力を使ったとしか思えないような怪事件……これだけの状況が揃えば、メルには照子さんが祓道師だとしか思えません」
あるのは状況証拠だけで物的証拠は何も無いのだが、メルは自信満々だった。
「照子さんが密室を作る方法は簡単です。201号室の中でドアチェーンを掛け、2つある内の片方の窓に鍵をかけて、鍵をかけてない方の窓から脱出した後、そっちの窓に『不可識』の祓道を使う。これだけで祓道師以外誰にも見破れない密室のでき上がりです」
既に照子以外の容疑者は、全く話についてこれていない。しかしメルはお構いなしだ。
「凶器として使った刃物も、多分同じように『不可識』で隠したんだと思います。それとも凶器とかは使わないで、何かの祓道で殺したのかも?」
「…………」
「照子さんどうですか?メルの推理」
「……ふふふふふっ、まさか祓道を知ってる人間が紛れていたなんてね」
照子夫人のその呟きは、自白にも等しかった。
「ってことは、認めるんですね?」
「ええ。河本を殺したのは私よ」
『認めちゃったよ』『なんっも証拠無かったのに……』『ごねたらいくらでも言い逃れできただろ』
潔い性格なのか、はたまた諦めが早すぎるのか、あっさりと犯行を認める照子夫人。
「動機はやっぱり、昔の駆け落ちですか?」
「そうよ。今からもう何十年も前、私と河本は恋人同士だった。河本と一緒になるために、私は命の危険を冒して幾世守の家を出た。それなのに……あの男は私を捨てたのよ!!」
照子夫人が激昂する。
「そうか……やはりあの男が、照子の昔の恋人だったのか……」
照子夫人の隣で、長谷川が呆然と呟いた。
「やはりって……長谷川さん、河本さんが照子さんの昔の恋人だって、気付いてたんですか?」
「確信があった訳じゃない。ただ照子からは、昔一緒に駆け落ちした恋人の話を聞いたことがあった。そしてこのペンションで河本に会った時の照子の反応を見て、もしかしたら河本がそうなのではないかと思ったんだ。そうしたら嫉妬心が湧き上がってきて、夕食の時につい河本を睨んでしまって……」
「そういうことだったんですね……」
長谷川が河本を睨みつけていたというのは、妻の昔の恋人への嫉妬によるものであったらしい。それだけ長谷川の妻に対する愛情が深かったということだ。
しかしそうなると、愛する妻が殺人を犯したと知った長谷川の心中は察して余りある。
「河本のことはもう忘れたつもりだった。隆さんとの生活は幸せだったし、河本が私を捨てたことも許せたつもりだった。でも……このペンションで偶然河本と再会した時、腹の底から怒りが湧いてきた。やっぱり私には、河本を許すことができなかった!」
「それで、殺した」
「ええ、そうよ!祓道を使えば私が殺したと露見することは無いと思っていたのに……まさかあなたみたいな小娘に見抜かれるなんてね」
照子夫人が自嘲的に笑う。
「照子さん、1つ聞かせてもらっても?」
「……何?」
「どうして河本さんの遺体そのものを『不可識』で隠さなかったんですか?そうすれば河本さんは失踪ってことになって、あなたの犯行がバレる可能性ももっと低かったのに……」
「……河本は絶対に許せないけれど、それでも1度は愛した男だもの。殺した私が言えることではないけれど……死んだことにすら誰にも気付かれないまま1人で朽ちていくなんて、愛した男の末路としてはあんまりでしょう?」
殺したいほど憎んでいた相手への、それでも残っていた慈悲、ということだろうか。
「……照子さん、警察が来るまで大人しくしていてもらえますか?」
メルが照子夫人へと近付いていく。この異空間で警察が来るのかは分からないが、それでも殺人犯である照子夫人を拘束するに越したことは無い。
「……いいえ、まだよ」
だが照子夫人は、据わった目でメルと容疑者全員を見回す。
「こうなったらここにいる全員、私と道連れに地獄に落としてやるわ!」
照子夫人は気が触れたようにそう叫ぶと、手始めにメルに向かって右手の人差し指と中指を伸ばした。
「『青さ――ぐふっ!?」
しかし照子夫人が祓道を行使するよりも先に、メルが目にも留まらぬ速さで照子夫人の意識を刈り取った。
「河本さ~ん!言われた通り犯人見つけましたよ~!」
メルが天井に向かって声を張る。
この異空間に侵入した当初、メルの前に現れた「WHO KILLED ME?」「SOLVE」のメッセージ。
メルはそのメッセージ通り、河本を殺した犯人を特定して見せた。
「ん?」
するとその時、メルの周囲の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、辺りが暗闇に包まれた。
高比良荘の内装も、容疑者達の姿も、撮影用のスマホも、何一つ見当たらない。
メル以外でその暗闇の中に存在しているのは、50代ほどの血塗れの男性だけだった。そしてその男性の顔に、メルは見覚えがある。
「……河本さん?」
「……ああ」
血塗れのその男性は、高比良荘殺人事件の被害者である河本浩之その人に他ならなかった。
「……ありがとう。俺を殺した犯人を見つけてくれて」
「いえいえ」
「……そうか、照子だったのか……」
そう呟く河本は無表情で、その胸中は窺い知れない。
「河本さんは、犯人を見つけてどうするつもりなんですか?」
「……最初は俺を殺した奴は、殺し返してやるつもりだったが……照子に殺されたのなら、仕方ない。全員、元の場所に戻すとしよう」
「元の場所に……?」
「もちろん、君もだ。何もお礼ができないのは心苦しいが……」
「ちゃんと帰してくれるなら、メルはそれでいいですよ」
「……ありがとう」
河本がもう1度礼を告げるのと同時に、真っ暗な空間に白い光が満ち溢れる。
「うっ……」
あまりの眩しさにメルは目を覆い……
「……あ」
気が付くとメルは、高比良荘の前に立っていた。
18年前の事件当時の高比良荘ではなく、老朽化が進んだ現在の高比良荘だ。
「戻ってきたんですね……」
『どうした?』『何ボーっとしてるの?』『中入らないの?』
どうやら時系列は、メルが現在の高比良荘に侵入する前まで巻き戻っているらしい。
『にしてもなんでペンションで自殺なんかしたんだろうな』『な、するなら自分の家ですればいいのに』
「え……?」
コメント欄の中に、メルは看過できないコメントを発見した。
「自殺、って……どういうことですか……?」
『どういうことって』『さっきメル自分で説明してたじゃん』『18年前に宿泊客が自殺したペンションだって』
「うそ……っ!」
メルは大急ぎで撮影用とは別のスマホを取り出し、「高比良荘」と検索する。
配信の前に下調べをした時には、そう検索すれば高比良荘殺人事件に関する記事がいくらでも出てきた。
しかし今の検索結果に高比良荘殺人事件の文言は見つからず、見つかったのは「ペンションで宿泊客が自殺」という古いニュースの記事が1つだけ。
「どういうこと……?」
メルは困惑しながらその記事を開く。
するとそこには、河本浩之という男性が高比良荘の一室で自殺したという旨の内容が記されていた。
「自殺したことになってる……?どういうこと……?」
眉を顰めて困惑するメル。すると脳内にサクラの声が聞こえてくる。
(過去が改変されたのか、それとも情報が改竄されたのか……恐らくは後者でしょうね)
(情報が改竄……?どういうことですか?)
(事件にまつわる記事や文章や映像や記憶などのあらゆる情報が改竄されたのよ。河本という男性は誰かに殺されたのではなく、自殺したという風にね)
(そんなことできるんですか?)
(不可能ではないわ、少なくとも過去を改変するよりは遥かに簡単よ。それでもかなりの力が必要になるけれど……どうやらあの河本という男性は、思っていた以上に強大な力の持ち主だったようね)
高比良荘殺人事件の情報の改竄を行ったのは、河本浩之で間違いないだろう。恐らく自分を殺した犯人がかつての恋人であったと知った河本は、恋人を守るために自らの死を他殺から自殺へと書き換えたのだ。
(そうだ、失踪した事件の容疑者の人達は……)
(彼らの失踪の真相は、恐らく河本による異空間への拉致。自らの死の真相を望んだ河本が、容疑者である彼ら5人を異空間に閉じ込めたのでしょう。だから河本が事件の真相を知った今となっては……)
メルは容疑者5人の名前を検索してみたが、彼らが失踪したという情報は見つからなかった。
恐らく彼らもまた情報改竄によって「失踪しなかった」ことになり、元居た場所に戻ることができたのだろう。
(全部丸く収まった……ってことでいいんでしょうか?)
(まあ、そういうことでいいのではないのかしら)
河本や5人の容疑者がどうなったのか、最早メルには知る術がない。
ただ少なくとも高比良荘殺人事件の真相は明らかになったので、メルはそれでよしとすることにした。
『メルどうしたの?』『中入らないの?』『何調べてるの?』
視聴者達から催促のコメントが書き込まれる。
「ごめんなさい、何でもないんです。それじゃあ早速、高比良荘に入ってみましょう!」
メルはカメラに向かって笑顔を浮かべ、魅影から預かった高比良荘の鍵を取り出した。
ちなみにその後の配信では一切の心霊現象が起こらなかったため、配信としては失敗に終わった。
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次回は明日更新します




