第35回桜庭メルの心霊スポット探訪:高比良荘 三
「結局、凶器になりそうなのはキッチンの包丁だけでしたね~」
1階を全て調べ終えたメルは、物置部屋に身を潜めながら捜索を振り返った。
1階を隈なく捜索した結果、キッチンからは2本の包丁が見つかった。包丁はどちらも河本を殺害した凶器だとしてもおかしくないサイズだったが、実際に殺害に使われたものかは分からない。
そしてメルが発見できた事件に関係のありそうなものは、結局その2本の包丁だけだった。
「ん~……これだけ探して何も見つからないなら、証拠を探すのは諦めた方がいいかもですね~。容疑者の人達に話を聞いて、動機とかから犯人を探した方がいいかも」
メルがそう呟くと同時に、水の流れる音が聞こえ、トイレから長谷川隆が出てきた。
「あっ、丁度いいところに」
メルは物置部屋を飛び出し、長谷川の前に立ち塞がる。
「ああ、桜庭さん……どうかしましたか」
「長谷川さん、少しお話をお聞きしたいんですけど……いいですか?」
メルはできる限り愛想を振りまきながら長谷川に尋ねる。
「ああ……構わないが」
「わ~、ありがとうございます~!それじゃあここでいいですか~?」
『何で喋り方キャバ嬢みたいになってんの?』
メルは長谷川を物置部屋に連れ込み、聞き込みを開始した。
「河本さんが亡くなった件で、いくつかお聞きしたいな~って思ってるんですけど……」
「それは構わないが……もしかして、私は疑われているのかな?」
「はいっ!」
『わぁいいお返事』『いえいえ……とか言え』『バカ正直』
「まあ……確かに疑われても仕方がない、か」
メルから疑いの視線を向けられても、長谷川は気を悪くした様子はなかった。
「長谷川さん。河本さんを最後に見たのっていつですか?」
「最後に見たのは……夕食の時だな。夜8時くらいだっただろうか」
「夜8時……その後って何してました?」
「妻と一緒にずっと部屋にいたよ。寝たのは夜の10時頃だったかな。もっとも私も妻も、吹雪のせいで何度も目が覚めてしまったがね」
「お部屋からは1回も出なかったんですか?」
「何度か1階のトイレに行ったが、その時には河本さんには会わなかったよ。妻も何度かトイレに行っていたが、妻が河本さんに会っていたかは分からないがね」
「なるほどなるほど……」
メルは長谷川の一挙手一投足を観察し、長谷川の証言の真偽を探ろうとする。
しかし残念ながらよく分からなかった。
「ちなみに長谷川さん。河本さんとは元々お知り合いだったり?」
「……いや。このペンションで初めて会ったよ」
「長谷川さんが河本さんを睨んでた~なんて、さっき佐藤さん言ってましたけど。それってホントですか?」
「……いや、佐藤さんの思い違いだろう」
「そうですか……ありがとうございました」
「もういいのかな?」
「はい」
メルが長谷川へのインタビューを終えた丁度その時。
「こんなところで何してるの?」
物置の入口に、照子夫人が現れた。
照子夫人はメルと長谷川に訝しむような目付きを向けている。
「河本さんの件について、旦那さんからお話を聞かせてもらってたんです」
隠し立てするようなこともないので、メルは何をしていたのか正直に告げる。
「……もしかして隆さんを疑ってるの?」
「はいっ!」
『なんで毎回いい返事なんだよ』『オブラートに包め』『知ってる?オブラート』『今度オブラート送るね』
「まあ、私が疑われるのも無理はないさ。照子、私はリビングに戻っているよ」
長谷川が物置を後にする。
「あの、照子さん。少しお話聞いてもいいですか?」
「……私のことも疑ってるの?」
「はいっ!!」
『オブラートォ!!』『なんでさっきより更にいい返事なんだよ』『今ネットショッピングでオブラートロットで買ったから送るね』
「ダメですか?お話……」
「……いいけど、お手洗いに行ってからでもいい?」
「ああごめんなさい、どうぞどうぞ」
何故照子夫人が物置の前を通りかかったのかと思えば、トイレに行く途中だったらしい。
「……悪いことしちゃいましたね」
待つこと5分。用を足し終えた照子夫人が物置に戻ってくる。
「……聞きたいことがあるなら聞いていいわよ」
「ありがとうございます。照子さん、昨夜最後に河本さんを見たのはいつですか?」
「そうね……夕食の時かしら。その後は隆さんとずっと部屋にいたから。何度かお手洗いに入ったけど、その時には河本は見なかったわ」
「なるほど……」
その証言は夫の隆と一致している。しかし夫婦である以上、いくらでも口裏を合わせることは可能だ。
「ちなみに河本さんと面識ってありました?」
「……いいえ、知らないわ」
そう答えた照子夫人の目が僅かに泳いだのを、メルは見逃さなかった。
「……ありがとうございました。もう結構です」
「そう?それじゃあ失礼するわね」
照子夫人が物置を後にするのを見送ってから、メルは視聴者に向けて呟いた。
「河本さんを知らないって言った時の照子さん、目が泳いでましたね……」
『そうだった?』『分からなかったな~』『気のせいじゃない』
「いえ、絶対泳いでました。あれはきっと嘘を吐いてるか、それともそんなことは無いかのどっちかです……」
『そりゃそうだろ』『当たり前のことをわざわざ時間を使って言ってる』『真面目にやれ』
「さて、それじゃあ次の人のお話を聞きに行きましょうか」
メルは物置を出て、次の容疑者を探す。
キッチンを覗き込んでみると、高比良が湯を沸かしているところだった。
「オーナーさん。何してるんですか?」
「ああ、桜庭様。皆様が落ち着くためにお茶でも淹れようかと思いまして。……このような状況で、皆様が口にされるかは分かりませんが」
「……まあ、そうですね」
宿泊客の中に殺人鬼が紛れている現状、飲食物への毒の混入を疑ってしまうのは仕方がない。
「桜庭様はどうされました?」
「オーナーさんに河本さんのことでちょっとお話聞きたいな~って。いいですか?」
「ええ、いいですよ」
『私を疑ってるんですか?って聞いてこないオーナーさん好き』
高比良が湯を沸かすケトルからメルへと向き直る。
「オーナーさん、昨夜は何してました?」
「そうですね……7時頃に夕食をお出しして、8時頃に皆様がお部屋に戻られた後は、掃除や翌日の食事の仕込みをしていました。雑務を終えて奥の私室で就寝したのは11時頃だったでしょうか」
「最後に河本さんを見たのって何時頃ですか?」
「10時半頃にお手洗いに下りて来られたので、その時でしょうか。その後入れ違いで橋本様もお手洗いにいらっしゃったので、その時に橋本様も河本様とお会いしているかもしれません」
「なるほどなるほど……」
高比良の証言が真実であれば、犯行が行われたのは10時半以降ということになる。
「さっき佐藤さんが、オーナーさんが河本さんにお金を返してないって言ってましたけど?」
「ああ……確かに私は河本様からお金を借りておりました。それをまだ返済していないのも事実です」
「いくらですか?」
「100万ほど……」
「あ~……」
「ですが来月には完済できる予定だったんです。河本様も来月の返済には納得してくれていました」
「そうなんですね~……」
高比良の証言は鵜呑みにできる話ではない。メルは話半分に記憶しておいた。
「ありがとうございました、オーナーさん」
「おや、もうよろしいのですか?」
高比良に頭を下げ、メルはキッチンを後にする。
「あとは橋本さんと佐藤さんですね~」
リビングにやってくると、お茶を淹れているオーナー以外の全員が揃っていた。
メルがまだ話を聞いていない2人の容疑者の内、橋本はリビングの隅で椅子に座って背中を丸め、佐藤は照子夫人とまた言い争っていた。
「橋本さ~ん……」
メルが選んだのは橋本だった。当然の選択である。
名前を呼ばれて顔を上げた橋本に、メルは手招きをする。
橋本は不思議そうに首を傾げながらも、立ち上がってメルの方へとやってきた。
「……何だ?」
「とりあえずこっちへ」
なるべく他人の目の届かないところで話を聞きたいということで、メルは橋本を物置へ連れて行く。
「河本さんが亡くなった件で、いくつかお聞きしたいことがあるんです」
「……俺は河本なんて奴のことは知らんぞ」
橋本はメルと視線を合わせず、低い声でそう呟いた。
「……俺は登山中に吹雪になったから、急遽このペンションに避難しただけだ。他の宿泊客のことは全く知らん」
「昨夜って何してました?」
「……晩飯の後はずっと部屋にいた」
「最後に河本さんに会ったのはいつですか?」
「……10時半頃、トイレに行くときにすれ違った」
その証言は高比良のものと一致している。2人が口裏を合わせている可能性も無いでもないが。
「河本さんのことはホントに知らなかったんですか?」
「……ああ」
「オーナーさんや他のお客さんのことも?」
「……知らないって言ってるだろ」
「ホントに?」
メルが橋本の顔を覗き込むと、橋本はすぐに顔を背けた。
疚しいことがあるのか、それとも単なる人見知りか。判断が難しいところだ。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「……ああ」
橋本は薄らと頬を染めたまま、物置から去っていった。
「ふぅ。これで後は佐藤さんですけど……」
「漏れちゃう漏れちゃう……!」
噂をすれば影というように、メルが名前を出すのと同時に佐藤が物置の前を小走りで通り過ぎて行った。口にしていた言葉からするとトイレに向かったのだろう。
「ちょうどよかった、お花摘みから戻ってきた時に捕まえましょうか」
『捕まえるって言うな』『トイレを誰よりも上品な言い方してるのがなんか腹立つ』
しばらく待っていると、佐藤がハンカチで手を拭いながら戻ってきた。
メルはさりげなく佐藤の前に立ち塞がる。
「佐藤さん、ちょっとお話いいですか?」
「あらっ、桜庭さん?話って?」
「河本さんのお話なんですけど……」
メルがそう言った瞬間、佐藤は目の色を変えた。
人目を憚るように周囲を見回すと、むしろ佐藤の方からメルを物置部屋に連れ込んだ。
「ちょっと、佐藤さん?」
「私はね、長谷川さん達が怪しいと思ってるのよ」
メルが何かを尋ねるよりも先に、佐藤は嬉々として話し始めた。どうやら佐藤は相当にお喋り好きらしい。
「長谷川さんの旦那さんの方、昨日の夕食の時、河本のこと睨みつけてたんだから!それに奥さんの方も、河本に何か思うところがありそうだったし……」
「あ、あのっ!」
マシンガンのような勢いで話し始めた佐藤を、メルは慌てて制止する。
「佐藤さんは、河本さんとはどのようなご関係で……?」
「ああ、私はね、昔河本と同じ職場で働いてたのよ」
「そうなんですね……さっきオーナーさんが、佐藤さんと河本さんの間にトラブルがあったって言ってましたけど……」
「ああ、それね。少し前に河本と交通事故起こしちゃったのよ。それでどっちが悪いかって揉めてたんだけど、もう解決したわよ。慰謝料ふんだくってやったわ」
そう言って佐藤はけらけらと笑った。
「佐藤さん、昨夜最後に河本さんを見たのっていつですか?」
「えっ?そうね~、夕食の時かしら?その後は見てないわ」
「ちなみに佐藤さん、昨夜は何してました?」
「あらやだ、私のこと疑ってる~?」
「はいっ!」
『相変わらずのいいお返事』
メルから疑っていると言われても、佐藤は気を悪くした様子はなかった。おおらかな性格なのか、それとも絶対に自分が逮捕されない自信でもあるのか。
「まあそりゃ疑うわよね~。昨夜は自分の部屋でずっとテレビ見てたわよ」
「1回もお部屋からは出てないんですか?」
「そうねぇ、トイレにもいかなかったんじゃないかしら。それよりさっきも言ったけど、私は長谷川さん達が怪しいと思うわよ~!」
佐藤はその話がしたくて仕方がない様子だった。
「でも、長谷川さん達は河本さんに会うのが今日が初めてだって言ってましたよ?」
「……桜庭さん、これはここだけの話なんだけどね」
佐藤はニヤリと笑い、声を潜めてメルの耳元で囁く。
「私が思うに、長谷川さんの奥さんの方、河本の昔の恋人なんじゃないかって思うの」
「えっ!?」
「河本ってね、30年くらい前に恋人と駆け落ちしてるのよ。でもその恋人とは結局別れちゃったんですって」
「さ、佐藤さんどうしてそんなこと知ってるんですか?河本さんと親しかったんですか?」
30年前に恋人と駆け落ちをしたなど、ただの知人にする話ではないようにメルには思えた。
「河本ってね、お酒飲むと何でもべらべら話しちゃうのよ。駆け落ちの話も、前一緒に働いてた時の飲み会で、聞いてもないのに河本がずっっっと喋ってたの。河本の同僚は、みんな駆け落ちの話知ってると思うわ」
「お酒飲んじゃダメなタイプの人ですね……」
「私と河本がちょっと前に揉めたことをオーナーが知ってたのも、多分酔った河本が喋ったんじゃないかしら?」
「なるほど……」
もし佐藤の話が全て真実なら、確かに照子は河本を殺す動機がありそうに思える。
「ちなみに、照子さんが河本さんの昔の恋人だって思ったのは、何か理由があるんですか?河本さんの昔の恋人も照子さんって名前とか?」
「いいえ、私名前は知らないのよ」
「えっ!?」
「私が駆け落ちの話を聞いた時、河本はベッロベロに酔っ払ってたから。呂律が回ってなくて何言ってるのかよく分からなかったから。変わった苗字だったのは覚えてるんだけど……」
「ええ……?じゃあ、照子さんが河本さんの昔の恋人だっていうのは……」
「ただの私の勘!」
「そ、そうですか……」
清々しいほどに言い切られてしまった。
「強いて言えば旦那さんの態度ね。旦那さんが河本を睨んでたの、あれは多分嫉妬よ」
「嫉妬……」
「河本が昔の奥さんの恋人って気付いて、嫉妬してたんじゃないかしら?」
「な、なるほど……?」
一応の筋は通っている。ただし、全て佐藤の妄想なのだが。
「佐藤さん、ありがとうございました」
「あらっ、もういいの?」
「はい。また何かあったらお話聞かせてください」
佐藤はまだ喋り足りない様子だったが、それでもリビングへと戻っていった。
「ん~……一通り話は聞き終わりましたけど、誰が犯人かは分かりませんね~」
『というか情報らしい情報が無かったような』『だ~れもアリバイ無ぇでやんの』『でもサトウとかいうおばさんの話は結構有用じゃなかった?』
「照子さんが河本さんの昔の恋人かもしれないって話ですか?ホントだったら大事な情報かもですけど、証拠が無いですから……」
それにメルが佐藤から得た情報は、18年前実際に事件の捜査に当たった警察も掴んでいたことだろう。
にもかかわらず事件が未解決に終わったということは、佐藤の情報だけではこの事件は解決できないのだ。
「え~……ここからどうしたらいいんでしょう……」
高比良荘中の部屋を調べ、容疑者全員から話を聞き、メルは次に何をすればいいのか分からなかった。
「……とりあえず……もう1回201号室を見に行ってみます」
『まあ現場百遍って言うしな』
情報が欠如していると考えたメルは、事件現場である201号室へ再び足を運んだ。
最初に河本の遺体を発見した時に201号室はかなり念入りに調べたが、それでも見落としが無いとは言い切れない。
階段を上り、廊下の1番奥まで進み、201号室のドアノブに手を掛ける。
「……あれ?」
扉を開けたメルは、201号室の内装に違和感を覚えた。
「この部屋……何か変じゃないですか?」
『変?』『何が?』『さっきと何も変わってなくない?』
「何かは分からないです……何かは分からないけど、絶対に何かが変なんです……」
メルは部屋の入口で立ち止まり、顎に指を当てて違和感の正体を探る。
『おいメル固まったぞ』『大丈夫?』『すっごい量の汗かいてるけど』『瓶に集めたいね』『きっしょ』
額に大量の汗が滲むほど脳を酷使し続けること5分。
「っ!」
遂に違和感の正体に辿り着いたメルは、弾かれるように201号室を飛び出した。
『どうした!?』『頭使いすぎて壊れちゃったのかな……』『めちゃくちゃ失礼なこと言ってて草』
階段を駆け下り、というよりほとんど飛び降り、メルはリビングへと駆け込んだ。
「佐藤さん!」
メルが大声で名前を呼ぶと、佐藤は驚いた様子で振り返る。
「こっちこっち!」
「な、何?どうしたの?」
戸惑う佐藤を呼び寄せ、メルは佐藤を引っ張って物置部屋に移動した。
「どうしたの桜庭さん、何か分かったの?」
「佐藤さん、さっき言ってましたよね?河本さんは昔一緒に駆け落ちした恋人がいて、その恋人は変わった苗字だったって……」
「ええ、言ったけど……」
「それってもしかして……」
メルが佐藤に耳打ちをすると、佐藤は何度も頷いた。
「そうそう!その苗字よ!」
「やっぱり……」
『何?』『なんて言ったの?』『苗字?』『何の話?』
メルがくるりとカメラの方に向き直る。
「まさかメルの人生で、こんなセリフを言う機会があるとは思いませんでしたけど……」
メルは喜びを隠しきれないといった様子で、達成感のある笑顔を浮かべた。
「この事件の謎は解けました」
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次回は明日更新します




