第35回桜庭メルの心霊スポット探訪:高比良荘 二
あんまり真面目に考えないでください
「とりあえず、状況を整理しましょう」
ベッドに腰掛けたメルは、カメラに向かってそう切り出した。
現在メルがいるのは205号室。高比良荘殺人事件の当時、唯一宿泊客のいない空室だったとされている部屋だ。
それがどうやら、今はメルが205号室に宿泊してることになっているらしかった。
「メルが今いるのは、多分18年前の11月11日、殺人事件が起きた当時の高比良荘……を、再現した異空間です」
『再現した異空間?』『18年前じゃなくて?』
「メルも最初は18年前にタイムスリップしたのかなって思いました。でも多分そうじゃないです」
『なんで?』『どうして?』
「配信が途切れてないからです。いくら何でも18年前と現代で通信が成立するとは思えません」
18年前と現代で通信が成立する可能性と、ここがあくまでも高比良荘殺人事件当時を再現しただけの異空間である可能性は、後者の方が断然高い。少なくともメルはそう考えていた。
「ただ、1つだけこの異空間が事件当時と違ってるのは、メルも高比良荘に泊まってるお客さんになってるっぽいってことですね」
オーナーの高比良や他の宿泊客は、当然のようにメルを205号室の客として扱っていた。
「何でそういうことになってるのかは分からないですけど……メルに何をさせたいのかってことは何となく分かりますね」
201号室の窓に現れた、「WHO KILLED ME?」と「SOLVE」のメッセージ。
これらから察するに、未解決事件となった高比良荘殺人事件を、メルに解決させたいのだろう。
「真相を明らかにすればここから出られる……かは分かりませんけど。とりあえずやってみましょうか」
『メルにそんなことできる?』『頭脳労働はメルの専門外だろ』『大抵の問題を暴力で解決するメル推理なんて……』
「早速ひどい言われよう……事件を解決できるかは分かりませんけど、調べるのはできると思いますよ。なんでか分からないですけど、メル全然疑われてませんから」
河本の死体が発見され、宿泊客達はしばらくのパニックの後、当然の如く疑心暗鬼に陥った。
互いが互いを殺人犯だと疑い合い、宿泊客全員が集まったリビングははっきり言って見るに堪えない状態だった。
しかしそんな阿鼻叫喚の中でも、メルに疑いの目を向けてくる者は不自然なまでにいなかったのだ。
「ここは高比良荘殺人事件の真相を明らかにするための異空間ですから。本来いないはずのメルは疑われないようになってるんだと思います。だからメルが聞き込みとかしても、みんな結構素直に答えてくれるような気がします」
『本当に疑われてないの?』『メルが気付いてないだけで疑われてるんじゃないの?』
「ホントですって。今だって容疑者の人達がリビングでお互い監視してる中、メル1人だけ部屋に戻ってきましたけど、誰も何も言ってこなかったですもん」
『なんでだよ』『何してんだよ』『お前もリビングにいろよ』
「ヤですよ。なんかギスギスしてますもん」
警察には既に通報してあるが、前日の雪崩で高比良荘への道が塞がっており、すぐには駆け付けられないとのことだった。
そのため容疑者達はリビングに集まって相互監視状態にあるのだが、中に殺人犯が紛れているということでその雰囲気は最悪だった。
メルは堪らず逃げ出してきたのだ。
「でもこのままベッドでゴロゴロしてても仕方ないですから。1人ずつお話聞きに行きましょうか」
メルは重い腰を上げて205号室を出ると、リビングに移動するため階段を下りる。
「いい加減正直に言いなさいよ!」
リビングが見え始めたところで、女性の金切り声が聞こえてきた。
「河本を殺したの誰よ!?名乗り出なさいよ!」
叫んでいるのは202号室の宿泊客にして容疑者の1人、佐藤純(49歳)だ。髪の毛をお団子に纏めた、恰幅のいい女性である。
「さ、佐藤様、落ち着いてください」
オーナーの高比良が佐藤を宥めようとするが、佐藤は更にヒートアップしていく。
「落ち着けるわけないでしょ!?この中に殺人犯がいるのよ!?」
「だからと言って、そうやって騒ぎ立てることに何の意味があるんだ」
佐藤に苦言を呈したのは、204号室の長谷川隆(56歳)。眼鏡を掛けた総白髪の男性だ。
「こうして互いに監視し合っている限り、誰かが誰かを殺すことは不可能だ。このまま大人しく警察の到着を待って……」
「何よ余裕ぶっちゃって!あなたが昨夜の夕食の時に河本を睨みつけてたこと、私知ってるんだからね!」
「なっ……」
佐藤から思わぬ反撃を食らい、長谷川が言葉に詰まる。
「何を出鱈目な……」
「出鱈目じゃないわよ、私見たんだから!もしかしてあんたが河本を殺したんじゃないの!?」
長谷川の狼狽え振りを見るに、長谷川が河本を睨んでいたというのはあながち嘘ではなさそうだ。
「ちょっと、主人に言いがかりをつけるのは止めてください!」
長谷川を庇いに入ったのは、同じく204号室に宿泊している妻の長谷川照子(51歳)だ。綺麗な黒髪の美人だが、頭頂部には白髪が見える。
「そんなに騒いで人を疑って……もしかして、自分から疑いを逸らそうとしてるんじゃないですか!?」
「あら、そんなこと言っていいの?私知ってるのよ?」
「なっ、何を……」
佐藤に何かしらの情報を握っていることを仄めかされた照子夫人は、気勢を削がれてそのまま引き下がってしまった。
「佐藤様、その辺りで……」
「オーナーにだって河本を殺す理由はあるわよねぇ!?あなた河本から借りたお金返してないんでしょう!?」
「なっ、ど、どうしてそれを……」
高比良はどうやら嘘が吐けない性格のようだった。
「そ、それを言ったら!あんただって河本とトラブルを抱えていただろう!」
佐藤に反撃する高比良。動揺のためか、河本に「様」を付け忘れている。
「あれはもうとっくに解決したのよ!弁護士まで使ったんだから!」
しかし高比良の反撃を受けても、佐藤の攻撃性が削がれることは無かった。
「……ねえあんた、さっきからずっと黙ってるけどどういうつもり!?」
全員に一通り攻撃しなければならないノルマでもあるかのように、佐藤はリビングの隅で背中を丸めている最後の容疑者にも噛みつき始める。
「お、俺……?」
佐藤に噛みつかれて驚いたように自分の顔を指差したのは、大柄な髭面の男、橋本和弘(35)。
「あんた昨日からずっと怪しかったわよね!?夕食の時も1人だけずっと黙ってたり、かと思えばキョロキョロ私達のこと見てたり!」
「そ、それはただの人見知りで……そ、それに、俺は殺された河本とかいう奴のことも知らないし……」
所々言葉を詰まらせながら弁明する橋本は、本人の言う通り人見知りのように見えた。
「じゃあ誰が犯人なのよ!!いい加減名乗り出なさいよ!!」
佐藤が再び金切り声を上げ、それを切っ掛けに容疑者達がまた激しい口論を始める。
「うわぁ……」
それを見たメルは顔を顰め、リビングにくるりと背中を向けると、下りてきた階段をまた上り始めた。
「……とりあえず容疑者の人達からお話を聞くのは後にして、先にお部屋とか調べましょうか」
『逃げるな』『目を背けるな』『気持ちは分かるけど』
「さっきしれっとくすねておいたマスターキーがあるので、これで容疑者の人達のお部屋全部調べちゃいましょう」
『おいコラ犯罪者』『しれっと何やってんだお前』『え、殺人以外は犯罪じゃないと思ってる人?』
「201号室はさっき散々調べて何も見つからなかったので~……204号室からにしましょ」
メルが204号室を選んだのに大した理由は無い。メルに割り当てられた205号室の隣だったからというだけだ。
「204号室は、長谷川さんご夫婦が泊まってる部屋ですね~」
視聴者に向けて改めて説明しながら、メルは勝手に拝借してきたマスターキーで204号室の鍵を開ける。
「わ~、やっぱり角部屋は日当たりがいいですね~。あっ、あれが長谷川さん達の荷物ですね」
ベッドの脇に旅行鞄を見つけたメルは、一切躊躇うことなく鞄を開いて中を検め始めた。
『勝手に荷物漁って大丈夫?』『バレたらどうすんの?』
「バレる前からバレた時のこと考える人なんていますか!?」
『いるだろ』『普通考えるだろ』『考えろ』
「まあ、大丈夫です。誰か来たら分かりますから」
メルの耳には、1階のリビングで未だに言い争っている容疑者達の声が聞こえている。誰かが階段を上って2階に来ようとしたら、メルは即座に部屋を出ることが可能だ。
「着替えに……歯ブラシに……老眼鏡……ん~、凶器っぽいものは見当たらないですね……」
メルが探しているのは殺人事件の証拠となるもの、特に河本を刺した凶器だ。
しかし204号室からは、それらしき刃物は見つからなかった。
「このお部屋には何も無し、と……じゃあ次行きましょうか」
204号室を出て扉に鍵を掛け直したメルは、その足でそのまま203号室に向かった。
「ここは橋本さんのお部屋ですね~。やっぱり角部屋いいな~」
『当たり前みたいに勝手に鍵開けて入るじゃん』『良心の呵責とか無いんか?』
「無いで~す」
『無いで~すじゃねぇよ』
「わっ、リュックおっきい~」
203号室内に置かれていた橋本の荷物は、かなり大きなリュックサックだった。
「橋本さんは登山の途中で吹雪に遭って、高比良荘に避難して来たってお話でしたもんね。本格的な登山だとやっぱり荷物も多いんですね~」
ちなみに橋本が高比良荘に来た経緯は橋本本人から聞き出したのではなく、メルが高比良荘殺人事件について調べている時に知った情報である。
「……あれ、これって」
橋本のリュックサックを漁ったメルは、1つ気になるものを発見した。
「折り畳みナイフ……ですよね?」
それは持ち運びに便利な折り畳み式のナイフだった。登山中に何かがあった場合に備えてリュックサックに忍ばせていたものだろう。
『刃物出てきたじゃん』『マジか』『じゃあ橋本が犯人?』
「いえ……多分これは凶器じゃないです」
視聴者と同じようにメルも一瞬橋本を疑ったが、このナイフが凶器でないことはすぐに分かった。
「河本さんの背中の傷に比べると、このナイフは少し小さすぎます」
折り畳み式ということもあって、そのナイフの刃はあまり大きくない。対して致命傷となった河本の傷は、少なくとも包丁のようなサイズの刃物で刺されたことによってできたものだった。
「このナイフ以外には刃物も無いみたいですし……橋本さんが犯人とはまだ言い切れないですね」
証拠となりそうなものを発見できなかったメルは、203号室を後にする。
「後は佐藤さんの202号室だけですね」
『1階は調べなくていいの?』
「あっ、そうでしたそうでした。2階が終わったら1階も調べなきゃですね~」
視聴者の指摘で失念していた捜索箇所を思い出しつつ、鍵を開けて202号室に侵入する。
「佐藤さんは荷物あんまり多くないんですね」
橋本とは対照的に、佐藤の荷物は小さな旅行鞄1つだけだった。
「佐藤さんって、かなり事情通みたいでしたね」
旅行鞄を漁りながら、メルは何の気なしに呟く。
リビングで佐藤は他の容疑者達に誰彼構わず噛みついており、1階で巻き起こっている言い争いの元凶は佐藤と言っても過言ではない。
しかし反面、他の容疑者達が抱えていた河本とのトラブルについて、かなり詳しい様子でもあった。
「後で詳しくお話聞いてみなきゃですね~……っと、やっぱり何も出てきませんね」
佐藤の荷物は少なかったため、軽く雑談をしている間にあっさりと調べ終わってしまった。そしてやはり凶器や事件の証拠となりそうなものは何も出てこなかった。
「これで2階の部屋は全部調べ終わりましたね。後は1階を調べなきゃ、なんですけど……1階下りるのやだなぁ~……」
『がんばれ』『頑張って』
階下からは未だに言い争いの声が聞こえている。それどころか時間と共に口論はエスカレートしており、そろそろ誰かが手を出してもおかしくなさそうだった。
はっきり言って関わりたくない。しかし関わらない訳にもいかない。
『犯人見つけなきゃなんでしょ』『事件解決しないとそこから出られないんでしょ』
「そうなんですよね~……はぁ……」
メルは溜息を吐き、重い足取りで階段を下り始めた。
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