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第9回桜庭メルの心霊スポット探訪:糸繰村 一


 ピンク色のブラウスに黒のスカート、黒いマスクにツインテールといういつもの出で立ちで、メルは配信を始めた。


 『待ってた』『メルちゃんこんにちは!』『あれマスク着けてる』『なんでマスク着けてるの?』『顔出しでやらないの?』


 配信が始まると同時に寄せられたコメントの中で、最も多いのはメルのマスクに言及するものだ。

 これまで配信中のメルは常に黒マスクを身に付けて素顔を隠していたのだが、前回の配信でメルは初めてマスクを外して素顔を晒した。

 1度素顔を公開したメルが、以降はマスクを着けずに配信すると思っていた視聴者が少なくなかったようだ。


 「マスクはですね~、とりあえずこれからも着けることにしました。結構気に入ってるんですよ、黒マスク」

 『え~』『残念』『メルちゃんの顔見たかった~』

 「視聴者の皆さんはメルの可愛い顔が見れなくて残念かもですけど……」

 『実際可愛いから何も言えねぇ』


 一応言っておくと、メルはぶりっ子のフリをして遊んでいるだけである。本気で言っている訳ではない。


 「それで今日の心霊スポット探訪なんですけど、前回前々回に続いて今回も視聴者さんからリクエストをいただきました~。わ~、パチパチパチ~」

 『またリクエスト来たのか』『視聴者が増えてきたってことかな』

 「このチャンネルも登録者数1万人が見えてきましたからね~。いただけるリクエストも増えてきて嬉しいです。で、今回リクエストを受けてとある場所にやって来たんですけど~……皆さん、ここがどこだか分りますか?」


 メルの合図に合わせて、撮影係のサクラが周囲の風景にカメラを向ける。

 カメラに映るのは広い畑と点在する民家、それから遠くの山々。人の姿は見当たらない。


 『分からん』『どこだ』『ド田舎だな』


 視聴者からのコメントにある通り、かなり辺鄙な田舎の風景だ。そして場所を特定できる視聴者は現れない。


 「ここはですね、いと……くりむら?でいいんでしたっけ?……糸繰村っていう場所です。メルは今糸繰村のバス停にいるんですけど、ほらここ、見てください」


 バス停といっても、ベンチと屋根と看板があるだけの簡素極まるものだ。そしてメルが指差した看板には、風化していてかなり読みづらいが、「糸繰村」の表記がある。


 「この糸繰村はですね、街とのバスが1日に1本しか無いんですって。メルはバイクで来たんですけど」

 『じゃあなんでバス停にいるんだよ』

 「実はこのバス停で、リクエストをくれた視聴者の方と待ち合わせしてるんです。早速登場してもらいましょう、視聴者の方~!」


 メルの呼びかけに合わせて、画角の外から1人の少女が現れる。


 「ど、どうも……」


 高校生くらいに見えるセミロングのその少女は、かなり緊張していることが一目瞭然だった。


 「リクエストくれてありがとうございました~。えっと、なんてお呼びすれば?」

 「ひ、ヒヨリです」

 「ヒヨリさん。メルの配信は見てくれてるんですか?」

 「は、はい。アーカイブも全部見ました」

 「わ~!ありがとうございます、嬉しいな~」


 メルはマスク越しにも分かるほどの笑顔を浮かべ、ヒヨリの手を取った。

 ヒヨリの表情はぎこちなかったが、目元は嬉しそうに緩んでいる。


 『メルがファンと絡むの初めてだな』『微笑ましい』『尊い』


 メルとヒヨリの交流を、視聴者は概ね好意的に見守っていた。


 「それじゃあヒヨリさん、早速リクエストについて詳しく聞かせてほしいんですけど……その前に、立ち話もなんですから一旦座りましょうか」

 「は、はい」


 2人はバス停のベンチに並んで腰掛ける。


 「じゃあ、聞かせてもらっていいですか?」

 「は、はい。えっと……」


 ヒヨリは緊張を解すように1度深呼吸をしてから、リクエストに至った経緯を語り始めた。


 「メルさんも来るときに感じたと思うんですけど、この糸繰村は立地的にかなり孤立しているんです。私は普段街の高校にバイクで通っているんですけど、高校までは片道1時間もかかるんです」

 「1時間!?それは……大変ですね~」

 「そうなんです。それくらい他の街から離れているせいか、この村にはちょっと変わった……というより、おかしなルールがあるんです」

 「ルール?」

 「はい。この村には3つの禁忌、やってはいけないことが定められています。私がメルさんにリクエストを送ることになったのも、この禁忌が発端なんです」

 「その禁忌について教えてもらってもいいですか?」


 メルは前のめりになってヒヨリの話に耳を傾ける。

 地理的に孤立した村において定められた3つの禁忌。いかにもホラー映えしそうなシチュエーションだ。


 「1つ目の禁忌は、『蜘蛛を殺してはいけない』というものです」

 「蜘蛛を?なんでですか?」

 「この村では『シトリ様』という神様を信仰しているんですが、シトリ様は蜘蛛の神様なんです。ですから蜘蛛はシトリ様の使いだと考えられていて、決して殺めてはならないと定められているんです」

 「へ~、蜘蛛の神様ですか。神様の使いは確かに殺しちゃダメですよね」


 そんなことを言っているメルだが、メル自身は神の使いどころか神そのものを殺したことすらあるのだ。どの口が言っているのかという話である。


 「2つ目の禁忌は、『夜に山に入ってはいけない』というものです」

 「それは分かりやすいタブーですね。夜の山は危ないですもんね」

 「はい。ただこの2つ目の禁忌には補足があって……」

 「補足?」

 「『もし夜の山に入った者がいたならば、その者はその時点で死んだものと見なせ』。2つ目の禁忌はこう続きます」

 「えっ、夜に山に入っただけでもう死んだことにされるんですか!?」

 「はい。夜に山に入った者は死人と見做し、決して捜索されることはないそうです」

 「二次遭難を防ぐためですかね?それにしたって朝になってから探せばいいのに……」


 夜の山は確かに危険ではあるが、入っただけで死亡扱いというのはいささか過激すぎるようにメルには思えた。


 「それから3つ目の禁忌は……『死人と出会っても、決してその後を追ってはならない』というものです」

 「……えっと、どういう意味ですか?」

 「私もずっと意味が分かりませんでした。死人と出会うってどういうことだろうって。小さな頃から両親に何回も聞いたんですが、『ヒヨリにはまだ早い』ってずっと教えてくれなくて。でも先月に、ようやくその意味が分かったんです」

 「何があったんですか?」

 「学校から帰ってくる途中のことです。バイクで走っていた私は、村近くの山道の脇の木の陰に男の人が立っているのを見つけました。その人は40代か50代くらいで、左の頬に大きな火傷の跡がありました。村にはそんな火傷の跡がある人はいないので、誰だろうと不思議に思いました」

 「普通に村の外から来た人じゃないんですか?」

 「外からこの村に来る人なんて滅多にいません」

 「ああ……」

 「火傷の跡が印象に残ったので、私はその日の夜、両親に見知らぬ男の人のことを話しました。すると両親は血相を変えて、父が『村長のところに行ってくる』と言って家を飛び出しました。父は次の日の朝になるまで帰ってきませんでした」

 「おお、それはただ事じゃないですね」

 「帰ってきた父が教えてくれたんですが、私が見た火傷の跡がある男の人は村西さんといって、私が生まれる前にこの村に住んでいた人だそうです。村西さんは今から22年前に禁忌を犯して夜の山に入り、そのため村では既に死人と考えられていた人でした」

 「えっ、じゃあ……死んだことになってた人が、実は生きてたってことですか!?」


 当然の帰結として、メルはそう考えた。22年前に死んだと思われていた人物が実は生きていた、となったら大事件だ。

 しかしヒヨリは首を横に振った。


 「私も最初はそう思いましたが、そうではありませんでした。その時私は初めて父から、3つ目の禁忌『死人と出会っても、決してその後を追ってはならない』の意味を教えられました」

 「それって、どういう……?」

 「……父曰く、3つ目の禁忌に限らず、この村の禁忌は全て、シトリ様のために定められたものだそうです」

 「シトリ様って、蜘蛛の神様でしたっけ?」

 「そうです。私はその時まで、シトリ様が一体どういう神様なのか、詳しいことは何も知りませんでした。ぼんやりとこの村の守り神のような存在なのだと思っていたのですが、父から教えられたシトリ様の実体は真逆でした。シトリ様はこの村に災いをもたらす祟り神で、シトリ様を信仰しているのは祟りを避けるためなんだそうです」

 「わっ、衝撃の真実」

 「蜘蛛を殺してはいけないのは、蜘蛛の神様であるシトリ様の機嫌を損ねないため。夜に山に入ってはいけないのは、シトリ様が夜の山に入った人間を殺してしまうからだそうです」

 「なるほど……それで、肝心の3つ目の禁忌はどういうことなんですか?」


 最も謎に包まれた禁忌、「死人と出会っても、決してその後を追ってはならない」。

 メルに急かされ、ヒヨリはようやくその真意を語り始める。


 「……シトリ様は夜の山に入った人間を殺します。しかしただ殺すだけでなく、シトリ様は殺した人間を操るんです」

 「操る?どういうことですか?」

 「シトリ様は人間の死体に糸を絡めて、自在に操ることができるんだそうです。まるで操り人形みたいに」

 「あっ、なるほど。蜘蛛の神様だから糸を使うのが得意なんですね。でも人間の死体を操るなんて、どうしてそんなことするんでしょう?」

 「他の人間をおびき寄せるためです。シトリ様は操った人間を村に近付け、その人間と親しかった村人を山へと誘い込むんだとか」

 「うわっ、めちゃくちゃ悪いことしますねシトリ様」

 「22年前に夜の山に入った村西さんも、この手口で誘い込まれたそうです。村西さんの場合は当時娘さんが行方不明になっていたそうなんですが、村の中を探している時に山に入っていく娘さんの姿を見かけて、一緒にいた自警団の方の制止も聞かずに娘さんを追って夜の山に入ったそうです」

 「シトリ様は殺した娘さんを操って、村西さんを誘い込んだってことですか!?サイテーですね、シトリ様」


 メルの中でシトリ様へのヘイトがみるみる高まっていく。


 「そして消息を絶ってから22年後に私の前に現れた村西さんは、まず間違いなくシトリ様が操る村西さんの死体だと、父はそう言っていました。そしてそれはシトリ様が22年ぶりにこの村に災いをもたらす予兆に他なりません」

 「それで、村の人達はどうするんですか?」

 「……生贄を捧げることになるかもしれない、と父は言っていました。生贄を捧げることでシトリ様の災いは未然に防ぐことができるそうです。逆に生贄を捧げなければ、いずれシトリ様はこの村の住人を虐殺し始めると」


 生贄。

 あまりにも時代錯誤なその単語に、メルは背筋が冷えるような心地がした。


 「村の大人たちはもう何日も、生贄をどうするか話し合いを続けています。父は私が生贄になるようなことは絶対にありえないと言ってくれましたが、裏を返せばそれは父が誰かを生贄にすることを肯定しているのも同然です」


 ヒヨリは怯えるように自らの肩を抱いた。


 「私、怖いんです。シトリ様のことも勿論怖いですけど、それ以上に誰かを犠牲にすることを当たり前のように話し合い続ける大人達が怖くて堪らないんです。でも私にはどうしたらいいか分からなくて。そんな時にメルさんのことを思い出して、つい『シトリ様のことを調べてほしい』とリクエストを送ってしまいました」


 これが今回の経緯です、とヒヨリは長い話を締めくくった。


 「なるほど~……要するにヒヨリさんは、そのシトリ様をメルに殺してほしいってことですよね?」

 「え、ええと……」

 「遠慮しなくていいんですよ、メルは神様殺すの得意ですから」


 ヒヨリはしばらく逡巡する様子を見せたが、やがてメルに向かって頭を下げた。


 「お願いします。シトリ様を殺して、この村を元の平和な村に戻してください」

 「はい、お願いされました」


 メルはヒヨリを安心させるように、優しい口調でそう言った。


 「さて、シトリ様を殺すとなると……ヒヨリさんのお父さんか、村長さんにお話を聞きたいですね」

 「え……どうしてですか?」

 「シトリ様を殺そうにも、メルにはシトリ様の居場所が分かりませんから。村の大人の人がシトリ様に生贄を捧げようとしてるってことは、シトリ様と接触する方法を知ってるってことですよね?」

 「確かに……」

 「あっ、でもそんなことしなくても、夜になったらメルが山の中に入ればいいのか。そうすればシトリ様の方からメルを殺しに来るはずですもんね」

 「でも夜の山を無暗に歩き回るのは危ないかと……」

 「そっか。シトリ様関係なくシンプルに危ないですね。遭難しちゃうかも」


 話し合いの末、夜まではまだ時間があるということもあり、メルはひとまずヒヨリの父親に会いに行くことにした。

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