第34回桜庭メルの心霊スポット探訪:白仙樹海 前編
「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す。心霊スポット探訪、今日は34回目をやっていこうと思いま~す」
『心霊系の配信とは思えないほど爽やかな青空』『視聴者を怖がらせようという意思が微塵も感じられない』
燦燦と太陽が照り付ける青空の下、メルの配信は始まった。
「今日もまた視聴者さんからのリクエストにお応えしていこうと思うんですけど、今回のリクエストはかなりシンプルなんです。どれくらいシンプルかって言うと、プリントアウトする必要が無いくらいシンプルでした」
『ちょっと分かりづらいんだよ』『丸暗記できるくらい短いリクエストってこと?』『そもそも2台もスマホ持っててなんで毎回プリントアウトしてくるんだよ』
「まあ今回もプリントアウトしてきたんですけど」
『なんでだよ』『シンプルに紙が勿体無い』『持続可能な配信を心掛けろ』
「ちゃんとコピー用紙は再利用してます~」
メルはポケットから四つ折りのコピー用紙を取り出し、顔の少し下で開いた。
「読みますね。
桜庭メルさん、いつも配信楽しく見させてもらっています。
リクエストなのですが、配信で白仙樹海について取り扱ってもらいたいです。
よろしくお願いします。
……とのことですね~」
『マジで短いじゃん』『絶対丸暗記できたじゃん』
「白仙樹海、皆さん知ってますか?結構有名な場所ですよね~」
メルはコピー用紙を仕舞いながら、視聴者達に向けて問い掛ける。
「知らない人のために説明すると、白仙樹海っていうのは『絶対に道に迷う森』として有名なところです。方位磁石を用意したり、ヘンゼルとグレーテルみたいに目印を付けながら進んだりしても、絶対にどこかのタイミングで道に迷って、最後には森に入った時の場所にまた戻ってきちゃうんですって」
『あ、帰っては来れるのね』『てっきりそのまま行方不明になるものかと』『白仙樹海、テレビでたまに特集してたりするよね』『本当に迷うのか検証してるストリーマー見たことある』
「白仙樹海を取り扱うテレビ番組とかストリーマーさん、結構いますよね~。メルも何回か見たことあります」
『でも今更白仙樹海って……正直何番煎じだよって感じ』
視聴者から厳しい意見が飛んでくる。
メルも自分で言った通り、白仙樹海の「絶対に道に迷う」という噂の真偽を確かめるという企画は、これまで多くのストリーマーが手を付けてきた。
今更メルが同じような企画を取り扱ったところで、どこかで見たようなありきたりな配信になりかねない。
「大丈夫です。n番煎じの配信にならないように、メルがちゃんと考えてきましたから!」
しかしメルは自信満々に胸を張った。
『なんかオリジナリティのある企画を考えてきたってこと?』『メルにしては珍しいな』『いつも心霊スポットに行って化け物殺して帰ってくるだけのIQ3の企画しかやってないのに』
「絶対に言い過ぎで~す。そこまで言うこと無いと思いま~す」
『それで何を考えてきたの?』
「それはですね~……絶対に道に迷う白仙樹海で、絶対に道に迷わなければいいんです!」
『はい解散』『そんなこったろうと思った』『期待した俺が馬鹿だった』
「違うんです~!」
ちゃんと考えたとは到底思えないようなメルのアイデアに、視聴者達から呆れたようなコメントが次々と書き込まれる。
『何が違うんだよ』『何も違うこと無いだろ』
「違うんですって!メル、他のストリーマーさんが白仙樹海に行く配信とか結構見てみたんですよ。そしたらホントに皆さん道に迷ってて、樹海の奥まで行けた~って人いなかったんです」
これまで白仙樹海に挑戦した数多くのテレビ番組やストリーマーは、その全てが噂通り道に迷って終わっている。
「メル、いくら何でも全員道に迷うのはおかしいと思って、こないだ魅影さんに聞いてみたんです。そしたら教えてくれたんですけど、白仙樹海には昔から不思議な力が働いてて、どうやっても人間は奥地に近付けないようになってるんですって」
『マジ?』『そうなんだ』『ミカゲさんの言う事なら信じざるを得ない』
「だからメル思ったんですよ。白仙樹海で迷う原因が地形とか景色とかじゃなくて不思議な力なら、もしかしてメルには効かなかったりするんじゃないかな~って」
『根拠は?』
「無いです!」
『なら胸を張るな胸を』『どうして根拠がないのに自信はそんなにあるんだ』『根拠なくて自信だけあるの1番質悪いじゃん』
「という訳で今日は、白仙樹海にやってきました~!わ~、パチパチパチ」
ここにきてようやく所在を明かしたメル。とはいえメルが白仙樹海に来ていることは、ここまでの話の流れから容易に想像できたことではある。
「白仙樹海にはトレッキングコースがあるみたいなので、早速歩いてみましょう!」
木々の間を縫うようにして伸びているトレッキングコースに、メルは足を踏み入れる。
トレッキングコースと言っても、獣道に毛が生えた程度のものだ。
『絶対に道に迷う森なのにトレッキングコースあるんだ?』『どうやって整備したんだろ』
「これも魅影さんから聞いた話なんですけど、白仙樹海は最初から『絶対に道に迷う森』じゃなかったんですって。人を道に迷わせる不思議な力が働くようになったのはここ何百年かのことで、その前から森の中にあった道をトレッキングコースとして再利用したんだって魅影さん言ってました」
魅影から教えられた情報をそのまま視聴者に垂れ流しながら、メルはトレッキングコースをすたすたと進んでいく。
転がっている石や盛り上がった木の根などで路面にはかなりの凹凸があるが、メルには何の問題にもならない。
「桜庭様」
メルの斜め前を歩いていた待雪が、ひそひそとメルに声を掛けてくる。
本来の姿の待雪はメルにしか認識できず、メルが待雪と会話をする様子は、傍目にはメルの奇妙な独り言に映ってしまう。
そのため待雪が配信中にメルに話しかけることは滅多にない。それはメルと待雪との間の、暗黙の了解のようなものだった。
にもかかわらず今こうして話しかけてきたということは、不文律を破ってでもメルに伝えるべき何かがあったということだ。
メルは待雪を見下ろし、声を出さずに視線で続きを促す。
「この森は何だか、万花京に似ています。どうしてそのように感じるのかは分からないのですが……もしかしたら、この森は侏珠と関わりがあるのかもしれません」
メルは了解の意を込めて軽く頷き、視線をまた正面に戻した。
「少なくとも……今のところは迷ってる感じはしませんね~」
『今のところ普通に進んでるよな』『でも迷ってても自覚できないんじゃない?』
「確かに……迷っちゃうのが不思議な力のせいなら、どれだけ正規ルートを外れてても気付けないかもですよね~」
そうして視聴者と取り留めのない話をしながら歩くこと30分。
「あれ?」
メルの周囲に異変が現れ始めた。
僅かではあるが、霧が発生し始めたのだ。
「霧……?」
突然の気候の変化にメルは眉を顰める。
「普通の霧じゃなさそうですね……」
『普通の霧じゃないって?』『どういうこと?』
「上手く説明できないんですけど……ん~?」
メルがそう感じたのは、明確な根拠があってのことではない。
ただ何となく、メルは霧に「拒まれている」ように感じたのだ。
「白仙樹海に変な霧が出るなんて話、聞いたこと無いですけどね~」
『森の中で霧って結構危なくない?』『あんまり動かない方がいいんじゃ……』『ガチ遭難しちゃうかも』
視聴者からメルを心配するコメントがいくつか書き込まれる。
「ん~……確かに、普通なら迂闊に動かない方がいいのかもですけど……」
メルの直感は、この先に何かがあると囁いていた。
「……もう少しだけ進んでみます。多分ですけど、待ってみたところでこの霧は晴れません」
メルは心配してくれている視聴者への罪悪感を抱きつつ、霧の中で足を進める。
次第に霧は濃くなっていき、程なくして2m先も見えないような濃霧へと変わった。
足元に気を付けながらそれでも前に進み、霧を観測してからおよそ5分。
「わっ」
メルの視界を覆っていた霧が唐突に消失する。
「……は?」
そして目の前に広がっていた光景に、メルは絶句して立ち尽くした。
太陽がギラギラと照り付ける雲1つ無い青空、太陽光を反射して輝く白い砂浜、ヤシの木によく似た道の樹木、波が寄せては返す透き通った青い海。
そこはまるで、南国リゾートのステレオタイプをそのまま具現化したような空間だった。
「……えっ、どういうことですか?」
混乱のあまり思わず声が大きくなるメル。
「この空間……風景はまるで違いますが、万花京にそっくりです。まるで万花京に帰ってきたかのよう……」
メルに比べると、待雪は幾分か落ち着きを保っていた。
本人が言っているように、この空間の雰囲気が万花京に近いためだろうか。
「まさか……絶対に道に迷う森で絶対に道に迷わないつもりが、迷いに迷って南国リゾートに来ちゃうなんて……」
困惑しながら周囲を見回すメル。
(メルちゃん、少しいいかしら?)
するとメルの脳内にサクラの声が響いた。
(サクラさん、どうかしました?)
(その、言いづらいのだけれど……配信、止まってしまったみたい……)
(えっ!?)
メルは慌ててサクラからスマホを受け取る。
すると確かに配信画面は、メルが霧の中を歩いている映像で固まってしまっていた。
「あ~またやっちゃった~!」
メルは頭を抱えてうずくまった。
「前々回でやらかしたばっかなのに~……」
メルは前々回の心霊スポット探訪で、異空間に侵入したことが原因で配信が停止する放送事故をやらかしたばかりだった。
それからまだ日が浅い内にまたしても放送事故。頭の1つや2つ抱えたくもなる。
「あ~……また謝罪動画撮らなきゃ……でもそれより先に、ここが何なのか調べなきゃですね」
配信が途切れてしまったということは、このビーチが異空間である可能性が高い。
ここがどのような異空間であるかを突き止め、そして脱出する。視聴者への謝罪はその後だ。
「何か手掛かりになりそうなものは……」
メルは手でひさしを作り、ビーチを注意深く観察する。
「……ん?」
すると遠方に気になるものを発見した。
南国風のビーチにお似合いの、赤と白のパラソルだ。
「ん~?」
更に目を凝らして見てみると、パラソルの下にはビーチチェアが置かれており、そのビーチチェアには誰かが寝転がっていた。
「あそこ……誰かいますね」
遠すぎてメルでなければ見えないであろうパラソルに向かって歩き出す。
ビーチチェアに寝そべる人物ならば、この空間について何か知っているはずだと踏んだのだ。
「あ~……靴の中がじゃりじゃりするぅ~……」
パンプスに入り込む砂に顔を顰めながら、歩きづらい砂浜を歩き、パラソルへと近付いていく。
「すいませ~ん!」
ビーチチェアの人物の具体的な容姿が見えるようになったところで、メルはその人物に向かって声を張り上げた。
その人物は全身が日焼けした筋骨隆々の大男で頭髪は白く、同じく白い豊かな髭を備えていた。顔の周りをぐるりと囲む頭髪と髭は、まるでライオンのたてがみのようだ。
「んん……?」
どうやら眠っていたらしいその男性は、メルの声にゆっくりと体を起こし、掛けていたサングラスを額に上げながらメルの方へ視線を向けた。
「起こしちゃってごめんなさい、桜庭メルと申します。ちょっと聞きたいことが……」
「……お前、どうやってここに入ってきた?」
メルの言葉を遮り、男性が低い声で尋ねてくる。
男性の声色は明らかに不機嫌だった。
「どうやって入ったのか……は、メルもちょっと分からないんですけど……」
「……この空間は人除けの術式と拒絶の霧に守られてる。それを越えてきたってこたぁ……お前、人間じゃねぇな?」
「えっ?いえ、メルはただの人間で……」
「どこのどいつか知らねぇが……俺の領域にずかずか踏み入ってくるたぁいい度胸だ……」
余程機嫌が悪いのか、男性はメルの声には耳を貸さずにどんどん怒りのボルテージを上げていく。
「叩き潰してやる!!」
ビーチチェアを蹴るようにして立ち上がった男性の体が、まるで空気を入れた風船のように膨張した。
「ひゃっ!?」
驚くメルの目の前で、巨大化した男性の体が粘土をこねくり回すように形を変えていく。
「グオオオオオオオッ!!」
天に向かって咆哮を上げる男性は、全身を白い鱗に覆われ、頭部に巨大な1本の角を持つ、見上げるほど巨大な四本足の獣へと変化していた。
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