第33回桜庭メルの心霊スポット探訪:猪狩塚古墳 中編
「ごめんなさい、メルちょっと分からないので……断ったらどうなるか、教えてもらってもいいですか?」
「……はぁ、めんどくさいなぁ」
仮面の人物は気だるげに銃口をメルの右足に向け、躊躇いも無く引き金を引く。
一瞬の激しい閃光と共に、銃口から弾丸らしきものが射出されるが……
「嘘!?」
メルは目にも留まらぬ速さで右足を引き、銃弾を回避した。
更にメルは足を引いた勢いを利用して体を回転させ、仮面の人物目掛けて後ろ飛び回し蹴りを放つ。
「てやっ!」
「ちょっ……!?」
仮面の人物は右腕でメルの蹴りを受け止めたが、威力を殺しきれずに横に大きく吹き飛ばされた。
「いっ、つ……ビックリした、やるねぇメルちゃん」
「あなた、何なんですか?いきなり他人に向けて銃を撃つなんて、非常識じゃないですか?」
『正しいこと言ってるけどメルに常識を説かれるのは癪だな』『分かる』『それはそうといきなり銃撃ってくるのはヤバすぎ』
「悪いねぇ、こっちも仕事なもんで!」
仮面の人物が左手をポケットから引き抜くと、そちらにも銃のようなものが握られていた。
「待雪さん!」
「はいっ!」
待雪がその身を刀へと変化させ、メルの右手に飛び込んでくる。
「わっ、その刀どこから出てきたの?」
仮面の人物は突如出現した刀に驚きつつ、左右2つの銃をメルに向けて引き金を引く。
銃口からは弾丸のようなものがフルオートで発射された。
「メルに飛び道具は当たりませんよ!」
「ウッソでしょ!?」
メルはアクロバティックな動きで連射される銃弾を躱しながら、急速に仮面の人物との距離を詰めていく。
「てやぁっ!」
「おおっと!」
メルが峰打ちで振り下ろした待雪を、仮面の人物が左手の銃で受け止める。
同時に仮面の人物は、右手の銃をメルの腹部に押し当てた。
「させません!」
「ちっ!」
仮面の人物が右手の銃の引き金よりも早く、メルは左足の膝で仮面の人物の右腕を蹴り上げる。
膝蹴りによって右手の銃の狙いは大きく逸れ、放たれた弾丸は明後日の方向へと消えていった。
「てやぁっ!」
「ぐはっ!?」
メルは膝蹴りの体勢から左足を伸ばし、仮面の人物の腹部へと強烈な蹴りを叩き込む。
仮面の人物は大きく後方へ吹き飛ばされたが、倒れ込むことはせずに上手く着地していた。
「参ったな……メルちゃんって強いんだ……」
「ええ、強いですよメルは。あなたもなかなかですけど」
メルが顔を顰めているのは、たった今繰り出した蹴りの手応えの無さのためだ。
メルの蹴りが腹部に直撃する瞬間、仮面の人物はタイミングを合わせて自ら後方に跳ぶことで蹴りの衝撃を和らげていた。そのため今の蹴りでダメージはほとんど入っていない。
「ここまで強い子が相手だと、うっかり殺しちゃうかもしれないな?」
仮面の人物がまたしてもメル目掛けて両手の銃を乱射する。
「だから当たりません!」
メルも同じように銃弾を躱しながら再び仮面の人物との距離を詰める。
「この銃の弾丸、ライフル弾よりも速いんだけどなぁ……っとぉ!」
「ひゃっ!?」
メルが近接戦闘の間合いまで接近した途端、仮面の人物は右手の銃そのものを鈍器のように振るって攻撃してきた。
「私、接近戦もイケるんだよね!」
「それは残念です……!」
仮面の人物はメルの懐に潜り込み、両手の銃でメルの急所を狙って殴打を繰り出してくる。
ここまで近付かれると、刀という得物の長さが逆にメルにとって不利に働いてしまう。
「ごめんなさい、待雪さん!」
メルが謝罪と共に待雪を手放すと、待雪は瞬時に元の小動物の姿へと変化し、戦闘に巻き込まれないよう離れていった。
仮面の人物がメルの側頭部を狙って振るった銃を、メルは左腕で受け止める。同時に素早い前蹴りを繰り出し、仮面の人物の体勢を崩した。
「くっ……」
仮面の人物が体勢を立て直すよりも早く、メルは仮面の人物の頭を左脇に抱え込む。
そして右手でコートの腰辺りを掴むと、仮面の人物の体を一気に逆さまに持ち上げた。
「てやああっ!!」
そしてメルは仮面の人物を持ち上げたまま垂直に腰を落とし、仮面の人物の後頭部を地面に叩きつけた。
「が、っ……」
メルが手を離すと仮面の人物はゆっくりと仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。
仮面を着けているせいで分かりにくいが、意識を失ったようだ。
『ブレーンバスターだ……』『えっぐ……』『プロレス以外で初めて見た……』『リングじゃない場所でやるような技じゃないだろ……』
「大丈夫ですよ、地面が土なので結構柔らかいですし」
『だとしてもだよ』『死んじゃうって相手』
メルは服に付いた土埃を払いながら立ち上がる。
「さて……結局何なんでしょう、この人?」
メルは大の字で倒れている仮面の人物を見下ろし、首を傾げた。
「メルをどこかに連れて行こうとしてましたよね?」
『あと最初に「あなたがそうなんだ」とか言ってたぞ』『言ってた言ってた』
「この人は誰かとここで待ち合わせをしてて、その待ち合わせ相手をメルと間違えた、とか……?ん~……」
予想はいくらでも立てられるが、残念ながらそれを確かめる方法が無い。
「この人が起きるのを待って、話を聞いてみるしかないですね……」
『だな』『一応縛ったりとかした方がいいんじゃない?』『起きたらまた襲ってくるかもしれないし』
「あっ、確かに。でもメル、紐とか持ってたかな……」
メルはその場に跪くと、スカートに手を入れてごそごそと中を漁り始めた。
『どこ探してんだよ』『何取り出すつもりだよ』
「あっ!メルたまたま登山用のザイル持ってたので、これで縛っちゃいましょ」
『なんでそんなもの持ってんだよ』『ザイルなんかたまたま持ってる訳ないだろ』『ご都合主義』
メルはザイルを用いて仮面の人物を後ろ手に拘束する。
「後はこの人が起きるまで待ちましょうか……しりとりでもします?」
『なんでだよ』『本当しりとり好きなぁ』『やってもいいよ』『やろうやろう』
手持無沙汰になったメルがしりとりを提案するのはよくあることなので、視聴者達もすんなりその提案を受け入れた。
「メルから行きますね。しりとりの『り』からで~……じゃあ、リンゴワタムシ!」
『何だよそれ』『聞いたことねぇよ』『リンゴでいいだろ』『個性出そうとすんな』
メルが視聴者と激しい単語の応酬を繰り広げること約5分。
「ん、ぅ……?」
仮面の人物が小さく呻きながら身じろぎをした。
「あっ、起きた」
「あ……そっか、私負けて……いった!?頭いった!?」
仮面の人物は最初意識が朦朧としていた様子だったが、すぐに頭部の激痛にのたうち回った。
「あはは、そりゃ痛いですよ~。ブレーンバスターされたんですから」
『あははじゃねぇよ』『されたんですからじゃねぇよお前がやったんだろ』『サイコパスかよ』
「いっ……たぁ~……ねぇメルちゃん。私のことどうするつもり?」
「ん~、そうですね~……とりあえずお話を聞いて、その後どうするかはお話の内容次第ですね~」
「なるほどね……まぁ、負けちゃった以上は生殺与奪を握られても仕方ないか」
仮面の人物は抵抗する素振りを一切見せなかった。いきなりメルを撃ってきたにしては、意外にも話が分かるらしい。
仮面の人物は後ろ手に拘束されたまま、器用に体を起こして横座りの体勢になった。
「でも仮面剥がされてなかったのは意外だな。自分が倒した人間がどんな顔してるか気にならないの?」
「気にならなくはないですけど。襲われたからって勝手に仮面を外していい理由にはなりませんから」
「……変わった子だなぁ」
仮面の下で笑っている気配がした。
「質問してもいいですか?」
「何なりと。私は負け犬だからね」
「あなたがメルを襲ってきたのは、メルがあなたについていくことを拒否したから、ってことですよね?」
仮面の人物が頷く。
「メルをどこに連れて行こうとしたんですか?」
「私の事務所」
「事務所?」
「そ。私探偵やっててさ、その事務所に来てもらおうと思ったの。探偵って言っても、実際は殺しとクスリ以外NGナシの何でも屋なんだけどね」
「探偵……?」
メルは改めて仮面の人物改め探偵の姿を観察する。
人目を憚るかのようにフードを被り、怪しげな仮面で素顔を隠したその姿は、一般的な探偵のイメージからはかけ離れている。むしろ探偵に追いかけられる立場の、自分なりの美学を持っているタイプの犯罪者のように見える。
しかし他人を見かけで判断するのはよくないことなので、メルはその感想を口に出すことはしなかった。
「探偵さんがどうしてメルを事務所に?」
「あなたが成川大将くんを誘拐した犯人だから」
「……は?」
予想だにしなかった言いがかりに、メルの思考は停止した。
「えっと……順を追って説明してもらってもいいですか?」
「1週間前、成川大将くんのご両親が私の事務所に依頼に来たの。私達はまだ対象を見つけることを諦めていない、どうか力を貸してほしいって。20年も我が子を見つけられなくて、藁にも縋る思いだったんだろうね」
「それでその依頼を受けたんですか?」
「勿論。私だって人の親だからね、我が子を失った悲しみは痛いほど分かるよ。依頼を引き受けてすぐに調査を開始した。調査って言っても私のやり方は、いわゆる普通の探偵がするような調査とは全く違うんだけどね」
「と言いますと?」
「魔術って言って伝わるかな。厳密には魔術とは違うんだけど、要するにそんな感じの一般的には知られてないような不思議な力を使うんだ」
「あ~、何となく想像できます」
要は祓道と似たような力を使うのだろう、とメルは解釈した。
「大将くんを見つけるために、私はまず知り合いに頼んで、SNSである動画を拡散してもらった」
「動画?」
「メルちゃんも見たこと無いかな、大将くんの失踪事件について短くまとめた動画なんだけど」
「あっ、見ました見ました!」
その動画は先程配信で話題に出したばかりだ。
「あれって探偵さんが拡散させたんですか!?」
「正確には私の知り合いがね。ネットに強い頼もしい知り合いがいるんだよ。そしてその動画には、実はちょっとした仕掛けがしてある」
「仕掛け?」
「そう。あの動画を視聴した人間は、特定の条件を満たしているか否かによって、2通りの行動の内のどちらかを必ず実行するんだ。ちょっと強めの催眠術みたいなものと思ってもらったらいいかな」
「催眠術……」
メルは徐々に話についていくのが難しくなり始めていた。
「まず、特定の条件を満たしていない人間があの動画を視聴した場合、その人間は動画を他の人間にも見せようとする。家族や友達に勧めたり、それこそSNSで拡散したり。強制力はそこまで強くないけどね」
「そんなことできるんですか!?そんなのバズりたい放題じゃないですか!」
「確かにやろうと思えばやれるね。やるつもりはないけど」
視聴した者にSNSでの拡散を強制する動画など、配信者として日々悪戦苦闘しているメルからすれば反則技のようなものである。
「そして特定の条件を満たした人間があの動画を視聴した場合は、夜になるとこの猪狩塚古墳に来ようとする。こっちは強制力がかなり強くて、精神干渉に耐性でも持ってない限りは抗うことはできないかな」
「……それで、結局その特定の条件っていうのは何なんですか?」
探偵が特定の条件というのを中々口にしないせいで、説明を受けても今ひとつ全体像が見えてこない。
「その特定の条件っていうのはね」
探偵も特定の条件について隠し立てするつもりはなかったようで、メルに問われるとあっさりその内容を口にした。
「『成川大将を誘拐したことがあるかどうか』だよ」
「え、っ……」
「成川大将を誘拐したことが無い人間は動画を拡散し、誘拐したことがある人間は夜になると猪狩塚古墳に向かう。つまり夜に猪狩塚古墳で待ち構えてれば、自ずと成川大将くん誘拐犯がやってくるって訳」
「でも、その動画を見てなくて偶然ここに来る人だっているかもじゃないですか?」
「その点は心配ご無用。私がちょちょっと細工して、夜になると猪狩塚古墳の周りには『厭性結界』が展開されるようになってる」
「えんせい……けっかい?」
「分かりやすく言うと人払いの魔術みたいなものかな。ともかく厭性結界のおかげで夜間に猪狩塚古墳には人が来ない。もし誰かが来るとしたら、それは大将くんを誘拐した犯人に他ならない。だから……」
探偵は顔を上げ、仮面の向こうの瞳でメルを真っ直ぐに見据える。
「あなたが大将くんを誘拐した犯人ってことだよ、メルちゃん」
「なるほど~……」
メルはようやく今回の全貌を把握した。
探偵の視点では、夜間に猪狩塚古墳へとやってきたメルは、20年前の失踪事件の犯人以外有り得なかったのだ。
「だからメルを連れて行こうとしたんですね」
「そう。大将くんの居場所を吐かせようと思ってね」
「なるほどなるほど……ところで大将くんの失踪事件って、今から20年前でしたよね?」
「そうだよ」
「……ちょっと、探偵さんに見てほしいものがあるんですけど」
メルはスカートの中から、愛用の財布を取り出した。
「もしかしたら身バレになっちゃうかもですけど……」
『なになに?』『何する気?』
「探偵さん、これ見せてください」
そう言ってメルがカメラに映らないよう探偵に見せたのは、普通自動二輪車免許証だった。
「っ!?」
免許証を目にした途端、探偵が息を呑む音が聞こえてくる。
「……申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!!」
そして探偵は地面に額を擦り付けると、メルに向かって謝罪の言葉を叫んだ。
『急にどうした!?』『メル何見せたんだよ!?』『免許?』『なんで免許見ると謝るの?』『生年月日じゃね?』『事件があった20年前にはメルはまだ生まれてなかったとか?』『あーなるほど!』『そういう事か』『えっじゃあメルの年齢特定できるくね?』『確かこないだの配信で12年前にはもう小学生だったとか言ってたよな?』『それで20年前には生まれてなかったってことは……?』
「あ~やっぱりメルの年齢が特定されかかってる~……」
年齢が視聴者に知られるというデメリットを背負ったものの、これにてメルは冤罪を晴らすことができた。
【ちょこっと解説】
探偵が使ってる銃はエネルギー弾的なのを撃つ魔法の武器みたいなやつです
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次回は明日更新します




