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第32回桜庭メルの心霊スポット探訪:三途川 前編

 「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す。今日は心霊スポット探訪第32回、やっていこうと思いま~す」

 『こんばんは~』『待ってた』『今日は特に遅いな』『めちゃ深夜』

 「ですね~、こんなに遅い時間からの配信、もしかしたら初めてじゃないですか?」


 現在時刻は午前2時。丑三つ時と呼ばれるような時間に差し掛かったところだ。

 心霊系ストリーマーにもかかわらず何なら昼に配信することの方が多いまであるメルにしては珍しく、正真正銘の真夜中だ。


 「今日はですね、視聴者さんからのリクエストで、ねっと、ろあ……?ねっとろあを検証してほしいっていうのがあったので、それをやっていこうと思います!」

 『発音がおばあちゃん過ぎる』『急にカタカナに弱くなるじゃん』『そんな難しいカタカナでも無いだろネットロア』

 「という訳で、そのねっとろあを検証するために、今日はこんな場所にやってきました~!」


 メルが示したその場所は、何の変哲もない河川敷のような場所だった。


 「ここはですね、三途川(さんずがわ)っていう川です。見たところ普通の川なんですけど、ネットによるとここでとあることをすると、異世界に入ることができるっていう噂があって……」

 『なんかちょっと聞いたことあるかも』『三途川って名前まんま過ぎるだろ』『とあることってどんなの?』『何すればいいの?』

 「その説明をする前に~……」


 メルがニヤリと悪戯っぽく笑う。


 「ゲストの方を紹介しようと思いま~す。わ~、パチパチパチ~」

 『今日もゲストいるのか』『前回キララさんだったらか今回はリョウカさんかな?』

 「という訳で~……今日のゲストの常夜見魅影さんで~す」

 『マジ!?』『ちょっと意外』『ミカゲさん来てくれるんだ』


 メルの呼び掛けに応じて、魅影が画面の中に現れる。


 「こんばんは、常夜見魅影です」

 「あれ?魅影さん、あれ?」

 「……何よ、桜庭さん」

 「お願いした自己紹介と違うんですけど……」

 「……やらないわよあんなの」

 「メル、常夜見家の名誉顧問なんですけど?名誉顧問のお願いですけど?」

 「……くっ、だから配信には出たくなかったのよ……!」


 名誉顧問という肩書を振りかざすメルに、魅影は悔しげに唇を噛んだ。


 「じゃあ魅影さん。もう1回出てくるところからやり直してください」

 「分かったわよ……!」


 魅影が画面の外へと出ていき、メルはこほんと咳払いをして仕切り直す。


 「それでは、今日のゲストの常夜見魅影さんで~す!」


 もう1度メルに呼び込まれ、今度は何も言わずに魅影が画面の中に入ってくる。

 そしてくるりとカメラの方に視線を向けると、数秒間の躊躇いの後に、


 「……みなさ~んっ!!あなたのハートに神解雷螺!常夜見魅影で~すっ!!」


 最大限に可愛い子ぶった挨拶を、画面の向こうの視聴者達に披露した。


 『またやらされてて草』『ミカゲさん出てくる度に毎回これやらなきゃいけないの?』『やらせてるメルが鬼畜過ぎる』『でも俺性に合わないぶりっ子させられてるミカゲさん好きだよ』

 「は~い、という訳で魅影さんがゲストに来てくれました~」

 「私、今の桜庭さんだったら頑張れば殺せると思うのよねぇ……!」


 魅影は額に青筋を浮かべ、頬をピクピクと引き攣らせた。


 「今日は魅影さんと一緒に、ねっとろあ?の検証をしていこうと思います。ちなみに魅影さん、この三途川の噂は聞いたことありますか?」

 「……はぁ。少なくとも記憶には無いわね、家の文献を調べてみたら何か分かるかもしれないけれど」

 「あら、それは残念」


 さして残念でもなさそうにそう言うと、メルはカメラに視線を戻す。


 「さて、この三途川から異空間に行く方法なんですけど。夜中の2時から3時の間に、三途川の河川敷に石が積み上がってることがあるそうなんです。その石の塔を崩すと、異空間に入れるそうなんですね。……誰が調べたんでしょうね、こんな方法」

 『それは言わないお約束でしょ』

 「という訳で、え~と……今が午前2時を少し過ぎたくらいなので、今から大体1時間、石が積み上がってるのを探して河川敷を歩いてみたいと思います!魅影さん、つまらないかもしれないですけど一緒にお願いします」

 「まあ、そのつもりで来ているもの」


 メルと魅影は、並んで河川敷を歩き出す。


 「あっ見てください魅影さん!あそこ、石が積んでありますよ」

 「あら本当」

 『もうかよ』『はえーよ』『仕込みを疑うレベル』『仕込みだとしたら下手すぎるだろ』


 そして1分と歩かない内に、メルは前方に石が積み上げられているのを発見した。


 「これ……ですよね、多分」


 メルは石の塔に近付き、その形状を確認する。

 1番下の石は直径15cm程度のもので、その上に少しずつサイズの違う石が大きさ順に乗せられ、合計で10個の石が積み上がっている。


 「魅影さん魅影さん、これ積んだ人結構すごくないですか?」

 「そうね……人為的に積まれたものだとしたら、中々の技術だわ」


 積み上げられた石の形は当然ながら不揃いで、10個もの石が積み上がったその塔は、少しでもバランスが崩れれば瞬く間に倒壊してしまうだろう。


 「この石の塔を崩せば、異空間に行けるんですよね?」

 「桜庭さんの話ではそうね」

 「……なんか、この塔崩すのちょっともったいないかも……」

 『草』『ちょっと分かる』


 築き上げるには繊細な技術が必要とされるであろう石の塔。それを崩してしまえば、恐らくメルでは同じように積み上げ直すことは不可能だ。

 それを思うと、メルは塔を崩すのが惜しくなってしまった。


 「桜庭さんが崩したくないのなら、私が代わりに崩してあげましょうか?」

 「いやっ、メルが崩しますよ?メルが崩しますけど……なんか、ちょっと悪いことする気分……」


 精緻に築かれた石の塔を崩すことへの罪悪感を抱きつつ、メルは石の塔へと右手を伸ばす。


 「……えいっ!」


 ギュッと目を瞑りながら石の塔を小突くと、塔はあっさりと倒壊した。


 『さあどうなる』『何か起きるのか?』『わくわく』


 固唾を飲んで見守る視聴者達。しかしその期待に反して、10秒ほど待ってみても何か特別な現象が起きることはなかった。


 「……あれ、何も起きない……?」


 やはりネットロアは所詮噂だったのかと、メルが気を緩めたその時。


 「う、あっ……!?」


 突如としてメルを強烈な眩暈が襲った。


 「これ、は……?」


 魅影もメルと同様の眩暈に襲われ、足元がふらついている。


 『どうした?』『具合悪い?』『大丈夫?』


 視聴者達から心配のコメントが寄せられる中、メルの意識はぐるりと暗転し……


 「……あれ?」


 気が付くとメルは、見知らぬ場所に立っていた。


 「ここは……?」


 そこはそれまでいた三途川とは全く別の河川敷だった。近くに川が流れている点と、足元が大小様々な石で敷き詰められている点は同じだが、それ以外がまるで異なっていた。

 三途川の河川敷は近くに土手や橋などが見えたが、メルが今いる河川敷にはそれらが全く存在しない。代わりにあるのは見渡す限りの石が敷き詰められた地面と、そこかしこに乱立している無数の石の塔だ。

 空を見上げると、そこには星も雲も見えなかった。まるで墨汁で塗り潰されたような、不自然なほど黒い空だ。


 「どうやら本当に、異空間に来ることができたようね」


 メルが周囲の様子を観察していると、背後から魅影の声が聞こえてきた。


 「魅影さんも一緒に来れたんですね」


 メルはこの場所に来たのが自分だけでなかったことに安心しながら振り返り、


 「ひゃあっ!?」


 魅影の姿を一目見て思わず悲鳴を上げた。


 「みっ、魅影さん!?なんで服着てないんですか!?」


 魅影は何故か、一糸纏わぬ生まれたままの姿で底に立っていた。


 「私だけじゃなくてあなたもそうよ、桜庭さん」

 「あれぇっ!?」


 魅影の言葉に自分の体を見下ろすと、確かにメルも何も身に着けていない。

 メルは悲鳴を上げながら、体を隠すようにその場にしゃがみ込んだ。


 「なっ、なんで裸に……!?」

 「どうやらこの異空間に入って来られるのは私達の肉体だけで、服や所持品は持ってこられなかったようね。その証拠にほら、桜庭さんのスマホも見当たらないわよ」

 「えっ?あ、ホントだ……」


 魅影の言う通り、撮影用のスマホはどこにも見当たらない。

 とりあえずメルと魅影の全裸が全世界に配信されるという最悪の事態が避けられたことに、メルはひとまず胸を撫で下ろした。


 「あ~でも、カメラが無いってことは、配信は放送事故になっちゃいますね……はぁ、また視聴者さんへの謝罪動画作らないと……」

 「大変ね、ストリーマーって」

 「魅影さんも一緒に謝ってくださいよ」

 「どうしてよ」


 魅影と話しながら立ち上がったメルへ、何かがちょこちょこと近寄ってくる。


 「桜庭様、桜庭様!」


 名前を呼ばれたメルがそちらに視線を向けると、そこには白くて丸っこい小動物、待雪の姿があった。


 「ああ、待雪さんも来たんですね」

 「はい、なんとかお供することができました」


 待雪は一安心したようにそう報告した。


 (それからサクラさんも一緒ですね)

 (気を遣ってくれてありがとう)


 メルがサクラにも声を掛けると、メルの視界でサクラは苦笑を浮かべた。


 「桜庭さん、待雪って?」


 メルが唐突に発したその名前に、魅影が首を傾げる。


 「そうだ、いい機会だから魅影さんに紹介しておきましょうか。待雪さん、いいですか?」

 「桜庭様の仰せのままに」


 待雪がぴょんと跳躍し、空中でくるりと体を1回転させる。

 すると待雪の小さな体が煙に包まれ、次の瞬間待雪の姿が絶世の美少女のものへと変化した。


 「誰!?」


 突然現れた(厳密には突然現れた訳ではないが)待雪に、魅影が即座に臨戦態勢を取る。


 「待ってください魅影さん、この子は待雪さんっていって……」


 メルは魅影に、待雪が侏珠という怪異であること、あらゆるものに変身する能力があること、待雪の本来の姿は誰にも認識できないことなどを説明した。


 「なるほど……桜庭さんが最近急に使い始めた刀は、この子が変身した姿だったのね」

 「そういうことですね~」

 「はっ、初めまして、待雪と申します」

 「常夜見魅影よ。よろしくね、待雪さん」

 「は、はいっ。よろしくお願いしますっ」

 「ダメですよ待雪さん。魅影さんとよろしくしたら祟り神にされちゃいますよ」

 「はいっ」

 「おい」


 待雪と魅影の初顔合わせは恙なく終わった。


 「ところで桜庭様。わたくしの変化の力を用いれば、衣類へと変化して桜庭様のお体をお隠しすることもできますが、いかがいたしましょう?」

 「ん~、そうですね……」


 待雪の提案にメルは少し考え込み、それから首を横に振った。


 「カメラもありませんし、ここには待雪さんと魅影さんしかいませんから、とりあえず裸のままでいいです。それよりもここには敵がいるかもしれませんから、いつもみたいに刀になってもらってもいいですか?」

 「かしこまりました」


 待雪の体が煙に包まれ、少女の姿から戦闘形態である刀の姿へと変化する。


 「武器になれる待雪さんが一緒に来てくれていたのは心強いわね。それでは早速この異空間を調べに行きましょうか……と、言いたいところだけれど」

 「ん、何かありますか?」

 「実は私、桜庭さんに話しておきたいことがあったのよ。本当は嵯峨登家の件の時に話しておきたかったのだけれど……」


 魅影が言っているのは前々回の配信のことだ。あの時はメルが魅影にした無茶振りのせいで、真面に話をするような空気ではなかった。


 「できれば他人の耳には入れたくなかったから、この異空間なら好都合だわ」

 「何ですか?何の話ですか……?」


 一体魅影は何を言い出すのかと、戦々恐々身構えるメル。

 それに対して魅影は苦笑いをした。


 「そんなに身構えないで。別に深刻な話ではないわ」


 魅影は一拍おいて、肝心の本題を切り出した。


 「話というのは、桜庭さんが禍津神との戦いで作り出した包丁のことよ」

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次回は明日更新します

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