第31回桜庭メルの心霊スポット探訪:旧七曲病院 前編
「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
『こんばんは~』『待ってた』『リアタイ間に合った!』
「桜庭メルの心霊スポット探訪、今日は第31回目をやっていこうと思うんですが~……その前に!今日はゲストに来てもらってま~す。わ~、パチパチパチ~」
『おっゲストか』『リョウカさんとキララさんどっちかな』
「は~い、今日のゲストの幾世守煌羅さんで~す」
「幾世守煌羅です!よろしくお願いします!」
『今日はキララさんの方だったか』『キララさん最近出まくってない?』『ゲストってかもう準レギュラーだろキララさん』
もう何度もメルの配信に出演している煌羅は、カメラの前での振る舞いも堂に入ったものだった。
「視聴者の皆さんは気付いてないと思うんですけど、最近のメルの配信はゲストの方によく来てもらってるんですよ」
『気付いてるに決まってるだろ』『あんま舐めるなよ視聴者を』
「これには実は深い訳がありまして……」
『何だよ』『なになに~?』『どうせ大した理由じゃないんだろ』
「あの、メッセージアプリのグループで、メルと燎火さんと煌羅さんと魅影さんが入ってるグループがあるんですよ」
『何だよ仲良しかよ』『リョウカさんキララさんとミカゲさんってなんか不倶戴天の敵みたいな感じじゃなかったっけ?』『あんまり敵味方なあなあになるなよ』
「最近そのグループに魅影さんの妹の虚魄さんも入ったんですけど」
『だから仲良しかよって』『それでいいのか祓道師』
「いつもはメルがスタンプ爆撃して煌羅さん以外の全員から無視されるだけのグループなんですけど、最近そこで配信の前に毎回『何日の何時から配信やりますけど来れる人いますか?』って聞いてるんです。そうすると大体煌羅さんか燎火さんのどっちかは来てくれるんですよ~」
『なるほどね』『スタンプ爆撃すんなよ』
ちょっとした配信の裏側エピソードを披露したところで、メルはポケットから四つ折りのコピー用紙を取り出す。
「さて、今日はまた視聴者の方からいただいたリクエストにお応えしていこうと思うんですけど、今日のリクエストはいつもとはちょっと雰囲気が違うんですよ」
「雰囲気が違う……?」
今日の配信で何をするのかメルから聞かされていない煌羅は、画面の向こうの視聴者と同じように首を傾げる。
「読みますね。
桜庭メル様、いつも配信楽しく見せていただいております。
私は仕事の関係上、いくつかの廃墟を所有しているのですが、最近私が所有する廃墟の1つがネット上で心霊スポットだと噂されていることを知りました。
その廃墟は以前は七曲病院という総合病院だったのですが、とある医療ミスがきっかけで廃業してしまったと聞いています。
そのような曰くがあるためでしょうか、『旧七曲病院には医療ミスで命を落とした患者の霊が出る』という噂がネットの一部で流布されていることを確認しました。
噂を面白がって無許可で旧七曲病院に侵入する者もおり、私としてはそのような噂を立てられたことに正直迷惑しています。
ですがその一方で、もしかしたら本当に旧七曲病院には幽霊が出るのではないか、という疑念も抱いております。
というのも私は旧七曲病院で、実際に何度か心霊現象に遭遇したことがあるのです。触れていない物が勝手に動く、誰もいないはずなのに人影を目撃する、などの現象を、私は何度か経験しました。
私はいわゆるオカルトが大の苦手で、私の所有する物件に幽霊が出たらと思うと怖くて夜も眠れません。
桜庭メル様、旧七曲病院に霊が出るという噂の真偽を、どうか私の代わりに確かめてはいただけないでしょうか。
厚かましいお願いではありますが、何卒ご検討の程よろしくお願いいたします。
……とのことですね~」
リクエストの文章を読み終え、メルはコピー用紙をポケットに戻す。
「……オカルトが大の苦手な視聴者さん、どうやってメルの配信見てるんですか?」
『草』『ほんとそれ』『メルの視聴者ってたまに変なのいるよな』
「確かにメルちゃんの配信見てる人って、変わった人多いよね~」
『あんたがその最たる例だよ』『何自分はまとも側みたいな顔してんだキララさん』『配信中にメルの首筋舐めだすような人間がまともだとでも?』
「え~?私結構まともでしょ~?ね、メルちゃん」
「…………」
「メルちゃん?」
メルは煌羅と視線を合わせようとはしなかった。
「……という訳で、今日はこの旧七曲病院っていう廃墟で心霊スポット探訪をやっていこうと思います!」
「メルちゃん?どうして目合わせてくれないの?」
「廃墟はね~、メルの配信で扱うのは珍しいですよ。基本的に廃墟って勝手に入ったらダメなので。でも今回はちゃんと許可もらって入りますから!」
「メルちゃんも私のことまともじゃないと思ってるの?」
「煌羅さん今日の服すっごく似合ってて可愛いですね」
「え~そうかな~えへへ」
『ちょっろ』『あっさり誤魔化されてやんの』『デレデレしすぎて泥酔者みたいになってら』
デレデレを通り越してドロドロになりかけている煌羅を余所に、メルは恙なく話を進める。
「で、ここがその旧七曲病院で~す」
メルが背後にある大きな建物を両手で示す。
ずらりと窓が並んだ四角いその建物は、確かに総合病院の面影があった。
「ちなみに煌羅さん」
「何?メルちゃん」
メルに呼びかけられた煌羅は、ドロドロから一瞬で真人間に戻った。
「幾世守家で旧七曲病院のことを聞いたことってないですか?幽霊が出る~とか」
「ん~、少なくとも私は聞いたこと無いなぁ。ただ幽霊が出るくらいだと、幾世守家も特に関わらないしね~」
「やっぱりそうですよね~」
幾世守家が対処するのは、基本的には人間の害となる怪異のみだ。人畜無害な幽霊を、幾世守家はわざわざ討伐しない。
「まあその辺も、実際に入ってみてから確かめましょうか。折角許可も貰ってますし」
殊更に許可を得ていることを強調するメル。不法侵入だとコメント欄で騒がれないようにするための配慮だ。
「行きましょう煌羅さん」
「うん!」
メルと煌羅は並んで旧七曲病院へと侵入した。
「ここは……待合室かな?」
「そうみたいですね。それであそこが多分受付ですね」
旧七曲病院の内装は、廃業前の面影を色濃く残していた。受付と待合室の設備だけを見ると、明日にでも営業を再開できそうな雰囲気だ。
しかしだからこそ、薄暗く人気のないその空間はより不気味に感じられた。
「雰囲気だけで言うとすっごく幽霊いそうですよね」
『いそういそう』『ちょっと怖くなってきたかも』『怖くておしっこ漏れそう』『それは普通にトイレに行け』
「メルちゃんどうする?私、探査術式使ってみようか?」
煌羅の言う探査術式について、メルは詳しいことを知らない。何となくぼんやりと、「怪異とかを探す技なんだろうな~」とだけ思っている。
「探査術式はちょっとやめてもらってもいいですか?それでもしここに幽霊がいないって分かっちゃったら、そこでもう配信のネタ無くなっちゃうんで」
「あっ、それもそうだね。やめよっか探査術式」
『大人の事情だなぁ』
探査術式を封印し、メルと煌羅は懐中電灯を頼りに病院内を進んでいく。
「メルちゃん、案内板があるよ!」
エレベーターホールと思しき空間で、煌羅が病院内の案内表示を発見する。
「へ~、ここ7階建てなんですね~」
案内表示には何階に何科があるといった情報が詳細に記載されていたが、メルが拾い上げた情報は「7階建て」という部分のみだった。
「ちなみにこのエレベーターは流石に動かないですよね?」
「あはは、流石に動かないよ~」
『そこ電気通ってないんでしょ?』『廃墟のエレベーターが動く訳ないわな』『まあでも何事も試してみるのは大事』
メルは冗談半分で、エレベーターの操作盤の▽のマークに触れる。
勿論メルも、ボタンを押したところでエレベーターが動くとは微塵も思っていなかったのだが……
「……あれ」
メルが触れた▽のボタンに、オレンジ色の明かりが灯った。
同時にエレベーターの分厚い扉の向こうから、ゴウンゴウンと機械的な駆動音が聞こえてくる。
「……煌羅さん」
「……なぁに、メルちゃん」
「……エレベーター、動いてませんか?」
「……エレベーター、動いてるね」
『おいおいマジかよ!?』『心霊現象来たじゃん!!』『ヤバい、マジでおしっこ漏れそう』『お前はさっさとトイレに行け』
扉の向こうでは、エレベーターの「かご」と呼ばれる部分が、確実に1階へ近付いてきている。そしてその「かご」には、一体何が乗っているのか分からない。
「……祓器、召喚」
煌羅がネックレスのペンダントトップを握り、愛用の『亀骨』を手元に呼び出す。
「……待雪さん」
「はいっ」
ずっとメルの近くに控えていた待雪が、メルの呼び掛けに応じて飛び出してくる。
ぴょんと跳ねた待雪の体が空中で刀に変化し、メルの右手に収まった。
「メルちゃん……」
「ええ……」
メルと煌羅は各々の得物を片手に、緊張の面持ちでエレベーターの扉を見守る。
程なくして、チーンという快音と共に、ゆっくりと扉が開いた。
エレベーターホールとは対照的に、明るい光で満たされた「かご」の中には……誰1人として乗客はいなかった。
「……あれ、誰もいない」
思わず拍子抜けするメルと煌羅。
「てっきり扉が開くのと同時に中からとんでもない化け物が出てくるのかと……」
「私もそう思った~。でも誰も乗ってないなんてね~」
『正直ちょっとだけガッカリした』『怖いの出てこなくてよかった』『おしっこ漏らさずに済んだ』『トイレ行けよ早くよ』
「……でも、エレベーターが動いてること自体がおかしいですよね」
メルはまだ緊張を解かなかった。廃墟のエレベーターが動いていること、それ自体が充分すぎるほどに異常だからだ。
「どうしましょう、煌羅さん」
「どうする、って……?」
「このエレベーター、乗ってみます?」
「ええっ!?」
基本的にはメル全肯定女である煌羅も、流石にこの提案には二の足を踏んだ。
「このエレベーターに乗るって……だってこれすっごく怪しいよ!?」
「それはそうですけど……でも心霊系ストリーマーとして、廃墟で動くエレベーターなんて心霊チックな代物を無視するわけには……」
「ストリーマーとしての誇りに溢れてるメルちゃんすきぃ……!」
『全肯定女がよ』『メルだったら何でもいいんじゃん』
「で、でも流石にこのエレベーターは危ない気がするよ……?もしかしたら、異空間に連れて行かれちゃうかも……」
「もし異空間に迷い込んでも、メルが煌羅さんを守ります」
「あっ好き、乗りま~す!」
『ちょっっっろ』『ラジコンより動かしやすい人間』『メルが死ねって言ったら死にそう』『そもそもメルに自分を殺してほしいって言ってた女だぞ』『そういやそうだったわ』
エレベーターに乗り込むメルと煌羅。
メルは中にある操作盤のボタンに触れようとしたが、それよりも先に扉が閉まり、「かご」が独りでに動き始めた。
「あれ、まだボタン押してないのに動き始めましたね」
「しかもメルちゃん、これ……下がってない!?」
煌羅の言う通り、「かご」は明らかに上昇ではなく下降していた。
メル達がいたのは1階で、案内表示を見た限りでは旧七曲病院には地下は存在していないようだった。にもかかわらずエレベーターが下に向かっているということは……
「隠された地下があるのか、それとも本当に異空間に向かってるのか……」
「どっちにしても、歓迎されることはなさそうだね……」
エレベーターはメルの体感で1分ほど下降し続け、チーンという軽快な音と共に停止する。
そして扉がゆっくりと開くと、そこには予想外の光景が広がっていた。
「ここは……研究室、でしょうか……?」
「すごい、映画みたい……」
そこは近未来的な雰囲気の研究室のような場所だった。床や壁には水色の光のラインが走り、謎の液体で満たされた大きな培養槽のようなものがいくつも並んでいる。
「やあ、よく来たね」
そして研究室の最奥では、1人の男性が椅子に腰かけていた。
男性の外見年齢は20代後半から30代前半。眼鏡をかけた七三分けの髪型の男性で、一見すると真面目なサラリーマンのように見える。
しかしメガネのレンズ越しに見える男性の瞳は、とても正気には見えなかった。
「誰ですか!?」
メルは待雪を構えながら、「桜の瞳」で男性を観察する。
すると男性の周囲には何色の光も見えなかった。ということは少なくとも、この男性は幽霊や怪異の類ではないということだ。
「そう警戒する必要は無いよ、メル」
男性は椅子から立ち上がると、ゆっくりと近付きながら親しげな口調でメルに呼びかける。
「刀を下ろしてくれ、メル。私達はこの世でたった2人の親子なのだから」
そして男性は、衝撃的な言葉を口にした。
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