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第30回桜庭メルの心霊スポット探訪:伺見山 四


 「いたぞ!例の侵入者だ!」


 その時野太い声が辺りに響き、数人の忍者が姿を現した。


 「報告では侵入者は1人とのことだったが……」

 「4人もいるぞ!?」

 「この短時間で仲間を呼んだのか?」

 「おい!銀髪の女2人が持ってる白い斧と籠手、もしかして祓器じゃないか!?」

 「やはり幾世守家が攻めてきたのか……!」


 忍者達はあれこれと話し合いながら、メル達の方へと走ってくる。


 「ここは私にお任せを、桜庭様」


 迫り来る忍者達を前に、虚魄が1歩進み出る。


 「勝手ながら駆けつけた身、メル様のお役に立てることを証明いたします」

 「それじゃあお願いしていいですか?虚魄さん」

 「拝命しました」


 虚魄がぺろりと長い舌を出すと、その表面に幾何学的な紫色の紋様が浮かび上がった。


 「おいでなさい、『薑大将』」


 不思議な響きを孕んだ声と同時に、虚魄の目の前の地面に直径2mほどの幾何学的な紋様が出現する。

 そして地面の紋様から、のそりと巨大な山椒魚のような怪異が姿を現した。

 赤褐色の皮膚を持つその山椒魚の全長は目算でおよそ5m。オオサンショウウオなどと比較しても遥かに巨大だ。


 「なっ、怪異だと!?」

 「あの黒髪の女、まさか怪異使いか!?」


 突如として集落の中に現れた怪異に、忍者達が激しく動揺する。


 「怪異を前にして動揺を見せるなど、祓道師失格です」


 近くにいたメルにしか聞こえないような小さな声で燎火が呟いた。


 「私は常夜見家大蔵衆、常夜見虚魄。征伐衆筆頭の愚姉と違い戦闘は専門ではありませんが、それは決して私に戦闘能力が無いことを意味しません。今からそれをお見せします」


 虚魄が忍者達に対して右腕を伸ばす。


 「やりなさい、薑大将」


 薑大将が鈍い鳴き声と共に口を開き、そこから舌が勢いよく飛び出す。

 長くて太い舌は鞭のように激しくしなり、忍者達を襲う。

 忍者達は当然回避しようと試みたが、約半数の忍者が躱しきれずに薑大将の舌に打ちのめされた。


 「ぐあああっ!?」


 為す術無く吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる忍者達。その後誰1人として立ち上がらないところを見るに、全員意識を失ったようだ。


 「お~、やりますね虚魄さん」

 「勿体ないお言葉でございます」


 メルが手を叩いて虚魄を称賛すると、虚魄の頬に朱色が差した。


 「それじゃあ次は私の番ね!」


 虚魄に対抗心を燃やしたのか、煌羅が張り切って進み出る。


 「幾世守家の祓道師が怪異使いと手を組んでいるのか!?」

 「くっ、奴らを近付けるな!」

 「遠距離攻撃で対処しろ!」


 薑大将の攻撃を乗り切った忍者達が、手裏剣や火の玉を飛ばして攻撃してくる。


 「あはっ!」


 煌羅は飛来する手裏剣や火の玉を『亀骨』で叩き落としながら、忍者達との距離を詰める。


 「何だと!?」

 「くっ、各自近接戦闘態勢に切り替え……」

 「遅いなぁ!」

 「ぐあああああっ!?」


 忍者達は忍者刀を持ち出して煌羅を迎え撃とうとしたが、それよりも『亀骨』の刃が忍者達に届く方が早かった。


 「あはっ!あはははっ!」

 「ぐああああっ!」

 「ぎゃああああっ!?」


 煌羅が『亀骨』を振り回す度に、忍者の体から血飛沫が上がる。煌羅の体は瞬く間に返り血で赤く染まっていった。


 「煌羅さんの戦い方って、なんて言うかこう……ちょっと大人向けですね」

 『グロテスクの婉曲表現』『確かに映画だったらR-18G指定されそうではある』『でもメルには人のこと言う資格ないと思う』


 ちぎっては投げちぎっては投げ、と表現するには少し敵の数が少ないが、ともかく煌羅は圧倒的な実力差で忍者達を蹂躙した。


 「メルちゃ~ん!勝ったよ~!」


 フリスビーを取ってきた子犬のような表情で、煌羅がメルの下へと駆け寄ってくる。


 「メルちゃん、見ててくれた?」

 「もちろんですよ。やっぱり煌羅さんは強いですね」

 「そ、そうかな?えへへ……」


 嬉しさと照れ臭さが同居したような笑顔を見せる煌羅。


 『これで顔に血がべっとりじゃなかったら純粋に可愛いと思えたんだけどな……』『返り血が視覚情報としてノイズ過ぎる』『サイコキラーにしか見えん』『俺は好き』

 「煌羅さん。嵯峨登家の祓道師はどうでしたか?」


 燎火が煌羅に尋ねると、煌羅の表情が真剣なものに切り替わった。


 「正直言うと、幾世守家の祓道師よりもかなり弱いよ。今戦った人達、『青鷺』も『鬨』も使えないみたいだったし、幾世守家だったらまだ実戦には出してもらえないくらいの練度だと思う。煙ちゃんより少し弱いくらいだったかも」

 「煙よりも、ですか……非常事態故に未熟な祓道師まで動員されているのか、それとも嵯峨登家の祓道師は全体的に煙程度の水準なのか……」

 「私は2つ目な気がするな~、何となくだけど」


 燎火と煌羅の話についていけなくなったので、メルはこっそり虚魄に話しかける。


 「虚魄さんは煙さんっていう人知ってますか?なんか今結構酷い言われようされてますけど」

 「いえ……私は愚姉のように祓道師と交戦する機会は多くありませんから。私が知っている祓道師の人間はそこの2人と、後は現当主の幾世守熾紋くらいのものです」


 すると燎火がくるりとメルに顔を向ける。


 「ちなみに桜庭さんは、煙には会ったことがありますよ」

 「えっホントですか!?」

 「はい。幾世守家を襲撃した時に。幽山に入って最初に私達の前に立ちはだかり、その直後に煌羅さんに纏めて吹き飛ばされた3人組を覚えていませんか?」

 「あ~……そんなこともあった、ような……」


 メルがその時の記憶を必死になって思い返すと、燎火の言う3人組の顔が朧気に浮かんできた。


 「煙ちゃんはね~……才能はあるんだけど、プライドが高くてイマイチ伸びないんだよね~……」

 「あの子は失敗を嫌がりますからね……」


 燎火と煌羅は揃って溜息を吐いた。どうやら煙というのは中々の問題児らしい。


 「……と、話が逸れてしまいましたね」

 「何の話してたっけ?あ、嵯峨登家の祓道師が弱いって話か」

 「もしかしたら私達がこれまで嵯峨登家の噂を聞いたことが無かったのも、その辺りに理由があるのかもしれません。祓道師の練度がこの程度では、実際に怪異を討伐するのは難しいでしょうから」

 「そうね、私もあなたの言う通りだと思うわ」


 燎火の言葉に答えたのは煌羅ではなかった。

 頭上から聞こえてきたその声に、その場にいる全員が顔を上げる。

 そこにいたのは虚魄と同じように黒と赤のゴスロリ服を身に着けた、赤い瞳の少女。


 「えっ……常夜見さん!?」

 「久し振りね、桜庭さん」


 メルの目の前に降り立ったのは、虚魄の姉でもある常夜見魅影だった。


 「死ねえええ!!」


 何の前触れもなく、煌羅が魅影に斬りかかる。


 「ちょっと、いきなり何よ?」


 煌羅が振り下ろした『亀骨』の刃を、魅影は右の掌で受け止めた。


 「幾世守煌羅、いきなり斬りかかってくるなんてどういうつもり?私が桜庭さんを祟り神にしたことをまだ怒っているの?」

 「それもあるけどぉ……!それ以上にぃ……!祟り神になったメルちゃんと1人だけずっと一緒に成層圏で暮らしてたのが許せない!!」

 『草』『キララさんはぶれないなぁ』

 「私なんてまだメルちゃんとお泊りすらしたこと無いのに……それをあんたは……あんたはああああ!!」


 煌羅は『亀骨』を持つ両手にあらん限りの力を込め、刃を魅影の掌に食い込ませていく。


 「す、少し落ち着きなさいって……幾世守燎火!見ていないで止めなさいよ!あなたの従姉妹でしょう!?」

 「私はシンプルにあなたが桜庭さんを祟り神にしたことを許していないので、煌羅さんがあなたを殺してくれるなら万々歳です」

 「くっ……なら虚魄!お姉ちゃんが殺されそうになっているのよ!?」

 「幾世守燎火と一言一句同じ理由でお姉ちゃんを助けたくはないです」

 「ああもう!」


 完全な四面楚歌である。

 もっとも、単純な戦闘能力で言えば、魅影は煌羅より余程強い。

 その気になれば煌羅を制圧することは容易いはずだが、そこはやはりメルにまつわる負い目があるのだろう。魅影は自分から煌羅を攻撃しようとはしなかった。


 「ちょっともう……桜庭さぁん!」

 「はいはいちょっと待ってくださいね~」


 メルは別に魅影に死んでほしいとは思っていないので、魅影を助けるべく煌羅の背後に回り込む。


 「煌羅さん、その辺にしてあげてください。ねっ?」

 「はいっ!!」


 メルが耳元で囁くと、煌羅は『亀骨』を遠くへ放り投げた。


 「いやそこまでしなくてもいいですけど……」


 ともあれ、これでようやく魅影の話を聞く体勢は整った。


 「常夜見さん……魅影さん、どうしてここに?っていうか久し振りですよね?」

 「そうね、洛奈落以来かしら」

 「あれから魅影さん何してたんですか?」

 「実家で色々と研究をしていたのよ。主に私が人間の姿をより長く保てるようになるための研究をね」

 「あれっそう言えば魅影さん人間じゃないですか!?」

 『ホントだ!?』『レッサーパンダじゃなくなってる!?』『てかメル気付くの遅くね?』


 怪異使いとして1度命を落とし、その後黒いレッサーパンダのような姿の怪異として生まれ変わった魅影。しかし今の魅影は、命を落とす前の怪異使いの姿をしていた。


 「以前は1日に1時間しか人間の姿を保てなかったけれど、今では1週間以上連続して人間の姿を保てるようになったわ。最終的には常に人の姿を保てるようにしたいのだけれど……」

 「え~……レッサーパンダの魅影さんも、モフモフしてて好きだったのに……」

 「メルちゃんにモフモフされるなんて許せない……」

 「気が合いますね幾世守煌羅」


 煌羅は放り投げた『亀骨』を取りに走り、虚魄は魅影に薑大将をけしかけた。


 「それで魅影さんは何しに来たんですか?」

 「そうね、目的は虚魄とほぼ同じよ」


 薑大将をノールックで返り討ちにしながら、魅影はメルの質問に答える。


 「虚魄さんと同じって……えっ、魅影さんもメルを助けに来てくれたんですか!?」

 「そういうことになるかしら。どちらかというと桜庭さんに近況報告をするのが目的で、助けるのはそのついでだったのだけれど」

 「え~、助けるのがついでって酷くないですか?」

 「だってあなたは助けなんて無くても勝手に脱出して勝手に暴れて勝手に帰るでしょう?」

 「そんなまるでメルがバーサーカーみたいな……」


 しかし魅影の言っていることもあながち間違いではないので、メルはそれ以上強く反論できなかった。


 「それで実際に来てみたら、幾世守燎火も幾世守煌羅も、私の妹までいるじゃない。明らかに戦力過多のようだったから、私は別行動をすることにしたの」

 「別行動って……何してたんですか?」

 「あなた達が騒ぎを起こしたせいで人員がそちらに集中していたから、私は集落の中を色々と調べていたの。ついでに見かけた祓道師は全員無力化しておいたから、もう戦闘可能な人員は残っていないと思うわ」

 「ええっ!?」

 「ちょっといきなり大きな声出さないで……」


 メルが突然張り上げた声に、魅影は辟易したように耳を塞ぐ。


 「魅影さん残りの集落の人全員倒しちゃったんですか!?」

 「倒したと思うけれど……それがどうしたの?」

 「……メルが叩きのめしたかったのに」

 「えぇ……?」


 メルが肩を落とした理由に、魅影は眉を顰めて困惑する。


 「メルが叩きのめしたかったのにぃ……!」

 「あ~!常夜見魅影がメルちゃん泣かした~!!」

 「いやどう見ても嘘泣きでしょう……?」

 「泣いてるもん……」

 「ほら~!メルちゃん泣いてるもんって言ってるでしょ!?」

 「本当に泣いている人は泣いてるもんって言わないのよ」

 「メルちゃん大丈夫……?」


 煌羅がメルの肩を抱く。


 「常夜見魅影が祓道師全員倒しちゃって、メルちゃん悲しいよね?」

 「悲しい……」

 「悲しくて泣いちゃうよね?」

 「悲しくて泣いちゃう……」

 「ほらぁ!」

 「何がほらぁ!なのよ」

 「常夜見魅影、いくら怪異使いと言えどもやっていいことと悪いことがありますよ……」

 「常夜見家は時として人の道を外れた行いにも手を染めますが、その中でもお姉ちゃんの非道さは図抜けています……」

 「何よ幾世守燎火に虚魄まで!?あなた達こういう悪ノリに加担するようなタイプではないでしょう!?」


 笑いを堪えるような表情の燎火と虚魄までもが魅影を責め始め、魅影はいよいよ困惑を隠せない。


 「はぁ、もう……私にどうしろというの?」

 「メルちゃん、ほら、常夜見魅影がお詫びに何でもしてくれるって」

 「何でもするとは言っていないわよ」

 「じゃあ……」


 メルは嘘泣きを継続しつつ、上目遣いで魅影を窺う。


 「あなたのハートに神解雷螺やってください……」

 「はぁっ!?」


 メルの要求に、魅影は体を仰け反らせた。


 「あなた……それ本気で言っているの!?」

 「魅影さんが人間の状態であなたのハートに神解雷螺やってくれたら、メル泣き止むかも……」


 あなたのハートに神解雷螺とは、メルが以前魅影に強制していた、配信冒頭の可愛い子ぶった挨拶である。

 一時期は配信の度に魅影がやらされていたが、魅影が人間の姿の時にその挨拶をしたことはこれまで1度も無かった。


 「そんなことできるわけ……」

 「うえぇぇぇん!!」

 「あ~メルちゃんがまた泣いちゃった~!」

 「常夜見魅影、それくらいやってあげたらいいではありませんか」

 「そうですお姉ちゃん、減るものでも無し」

 「ぐぅっ……あなた達ねぇ……!」


 同調圧力。それは使い方によっては最強の武器になり得る。

 常夜見家征伐衆筆頭たる魅影でも、同調圧力には敵わない。


 「わ……分かったわよ!やればいいんでしょう!?」


 魅影は咳払いをすると、緊張した面持ちでカメラに向かい合う。


 「は……は~い皆さんこんにちは~!あなたのハートに神解雷螺!常夜見家征伐衆筆頭、常夜見魅影で~すっ!!」


 爆発するのではないかと心配になるほど顔を真っ赤にしながら、魅影はメルの要求を遂行した。


 『悪くない』『むしろいい』『恥ずかしがってる表情がすごいグッとくる』『ちょっとだけキツいけどそこがまたいい』


 コメント欄には概ね好意的な意見が寄せられている。


 「……ぷっ」

 「くす、っ……」

 「ふふ、ふ、っ……」


 一方現場では、煌羅も燎火も虚魄も忍び笑いをしていた。


 「……エルドリッチ・エマージェンス!!」

 「ま、待ってください常夜見魅影!私は別にあなたを笑った訳では……」

 「そ、そうだよ!むしろすごい頑張っててすごいなって……」

 「お、お姉ちゃん、ふふっ、お、落ち着いて……ぷふふっ!」

 「うるさい!あなた達全員今日が命日だわ!常夜見家征伐衆筆頭の本気を見せてあげる!」


 怒り狂う魅影が穢術を行使し、辺りに反霊力を撒き散らし始める。


 「うわちょっとマジでヤバいかも!?」

 「ここは3人で協力しましょう!」

 「祓道師と怪異使い……祓怪連合ですね」


 煌羅と燎火と虚魄は協力体制を築き、3人がかりで魅影に立ち向かった。


 「はい、じゃあ今日の配信はこの辺で終わりたいと思いま~す」

 『ウッソだろお前』『どんなタイミングで終わろうとしてんだ』『情緒がおかしい』『おい今日の配信内容滅茶苦茶じゃねーか!』『メルと愉快な仲間たちがどっか知らん村で暴れ回るだけの配信』

 「それでは皆さん、また次回の第31回心霊スポット探訪でお会いしましょう!」

 『そうか今回ちょうど30回目か……』『キリのいい節目の会にこんなカオスを配信するな』

 「バイバ~イ!」


 魅影と祓怪連合との決戦を背景に、メルは配信を終了した。

【ちょこっと解説】

 嵯峨登家は1000年ほど前は幾世守家と同様に積極的に怪異の討伐を行っていましたが、世代を重ねるごとに徐々に家系の霊力が低下し、祓道師としての活動が困難になっていきました。

 現在嵯峨登家は先祖代々伝わる祓道を後世に残すことのみを目的として修練を積んでおり、怪異を討伐する本来の祓道師としての活動は行っていません。

 魅影はその辺りのことを調べてきてメル達に報告しようとしましたが、なんやかんやで結局報告できませんでした。


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ありがとうございます

次回は明日更新します

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― 新着の感想 ―
[一言] 何か大物の封印があるとか秘密を想像してたらただの没落家系なのか... でもメルの配信なんてこれくらいの軽さのほうが似合ってるかも
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