第27回桜庭メルの心霊スポット探訪:見晴らし温泉 中編
「これ以上脱線する前に、心霊スポットに向かいましょう!キララさんも一緒に来ますよね?」
「行っていいの!?行く行く!」
予期せぬゲストを迎えた第27回の心霊スポット探訪は、ようやく本題へと話が進んだ。
メルと煌羅は「見晴らし温泉」を目指し、細い山道を歩き出す。
『今日はどういうとこ行くの?』『見晴らし温泉って言ってたっけ?』
「そうです、見晴らし温泉です。この山の結構上の方にある露天の温泉で、調べてみた感じ、誰でも勝手に来て勝手に入っていっていいよ~、みたいな感じらしいです。お金とかも取ってないんですって」
『そんなとこあるんだ』『地元の人がよく使う感じなのかな』『でも心霊スポットなんでしょ?』
「リクエストをくれた視聴者さんも言ってたんですけど、見晴らし温泉には神隠しの噂があるんですって。見晴らし温泉に行ってくるって言って出ていったきり、行方不明になった地元の人が何人もいるとか」
『こわっ』『めちゃくちゃ曰く付きじゃん』
「今では地元の人でも、見晴らし温泉に行く人は滅多にいないみたいですね~」
『そりゃそうだ』『わざわざ山登ってまで神隠しの噂がある温泉まで行かんわな』『神隠しに遭うリスク冒してまで温泉に行きたいとは思わん』
「ちなみに混浴らしいです」
『話変わってきたな』『俺ちょっと行ってみようかな』『見晴らし温泉って公共交通機関あるかな』『近くにコインパーキングとかある?』『タクシーだといくらかかるかな』『神隠しがなんぼのもんじゃい』
「皆さんのそういう自分の心に正直なところ、メルは結構好きですよ」
明け透けなコメント欄にメルは苦笑する。
『てか温泉にカメラ入れるのマズくね?』『撮影許可とか撮ってるの?』
「撮影の許可は取ろうと思ったんですけど、なんか今の見晴らし温泉って誰も管理してないみたいなんですよ」
『そんなことある?』
「それで許可を取ろうにもとれなくって。だから温泉の中には入らないで、温泉の周りをちょっと調べてみようかなって思ってます。それで神隠しの原因が分かったりしないかな~って」
『そう上手くいくかぁ?』
「あはは、メルもあんまり上手くいくとは思ってないです」
そこでメルは、隣を歩く煌羅に顔を向けた。
「煌羅さん、見晴らし温泉のことって何か知らないですか?」
メルが煌羅にそう尋ねたのは、煌羅が祓道師だからだ。
怪異の専門家と言える煌羅なら、見晴らし温泉の神隠しについて知っていてもおかしくはない。
そう思ったメルだったが、煌羅は首を横に振った。
「ごめんね、見晴らし温泉ってとこに何かあるって話は、ウチでは聞いたこと無いな」
「そうですか……」
「ごめんね、常夜見魅影だったら何か知ってたのかもだけど……」
何でそこで魅影の名前が、とメルは一瞬疑問に思ったが、その理由はすぐに分かった。
祟り神になったメルが成層圏で生活している間、唯一メルに連れ添っていたのが魅影だった。恐らく煌羅は自分が連れ添えなかったことを気にしているのだ、とメルは察した。
「ん~……」
魅影がメルに連れ添っていた理由はいくつかあるが、少なくともメルが友人として煌羅より魅影を優先したということは一切ない。
煌羅自身もそれは分かっているのだろうが、頭では分かっていても心が納得できないというのは往々にあることだ。
だからこそ煌羅のフォローをしようと思い立ったメルだが、その具体的な方法が思いつかない。
「……煌羅さん、手繋ぎましょ?」
色々と考えた挙句に思い付いたのがこれだった。
「えっ?どうして?」
「なんか……手、繋ぎたいなって思って。イヤなら別にいいですけど……」
「ううんイヤじゃない!繋ぐ!繋ぎたい!」
「じゃあ……はいっ」
メルが差し出した左手に、煌羅が恐る恐る左手を伸ばす。
「わっ……柔らかいっ……!」
メルの手に触れた瞬間、煌羅が視聴者には届かない小さな声で呟いた。
まるで豆腐でも持ち運ぶかのような力加減で手を握る煌羅に、メルは思わず苦笑いする。
「もっと強く握っていいですよ?」
「でっ、でも……柔らかすぎて、強く握ったら壊れちゃいそう……」
「壊れませんよ、メルの方が強いんですから」
メルの方から煌羅の手を強く握り、そしてそのまま2人は山道を歩き出す。
『なんだこの絵面』『小さい女の子2人なら微笑ましいけど』『メルとキララさんくらいの年齢で手繋いで山道歩ているとなんかこう……なんだろう……』『なんか妖しい雰囲気がある』『そうそれ』
「す~ごい色々言うじゃないですか。ねぇ煌羅さん」
「う……うん……そだね……」
『声ちっちゃ!?』『顔あっか!?』『達磨置いてあるのかと思った』
「あっ、なんか建物見えてきました。あれが見晴らし温泉かな?」
メルが前方に古びた木造の小屋を発見する。小屋の入口に書かれている「温泉」の文字を、メルは目聡く認識した。
「麓から歩くと30分くらいかかるって聞いてたんですけど、もう着いちゃったんですね。まだ10分も経ってないのに」
『あんたらの歩くのが速いからだよ』『競歩の大会見てる気分だった』
煌羅は身体能力を強化する祓道を得意としており、メルはシンプルにとても速く歩ける。そのため2人の移動速度は、常人の3倍を優に上回っていた。
「とりあえず、あの建物見てみましょうか。ね、煌羅さん?」
「うん……」
『まだ声が小さい』『そろそろ頭から煙噴き出しそう』
煌羅の手を引き小屋へと近付いていくメル。しかし小屋まで辿り着く前に、メルはより興味深いものを発見した。
「あれ?」
小屋の裏手から少し斜面を下った場所に、何やら湯気が立ち昇る白濁した池のようなものがあった。
「もしかして……あれが見晴らし温泉?」
立ち昇る白い湯煙といい、美肌効果のありそうな白濁した湯といい、そこにあるのはどう見ても温泉だ。
何よりの証拠として、猿が気持ちよさそうに浸かっていた。
『猿が入ってる』『可愛い』『温泉が気持ちいいのは人もサルも同じか』
「いや、でも……こんな道からでも丸見えなところに温泉って……」
温泉らしきそれの周囲には柵や囲いが存在せず、まるで山の中にぽつんと置かれているような印象を受ける。だからこそ最初に見た時、メルは温泉ではなく池だと思ったのだ。
温泉のある場所が道路より少し低いことも相まって、見ようと思わなくとも温泉の様子は目に入ってくる。覗きも何もあったものではない。
「ちょっと待ってくださいね」
メルは撮影用とは別のスマホを取り出し、見晴らし温泉の画像を検索する。
すると目の前に広がる光景とほぼ同じ画像がヒットした。
「……えっ、ホントにあれが温泉なんですか?」
『マジかよ』『プライバシーの欠片も無いな』『あの温泉に入ってたら池に落ちたみたいな絵面になるな』
その時、メルの左手の中から、繋いでいた煌羅の手がするりと抜けていった。
どうしたのかと思いメルが煌羅に視線を向けると、
「ちょっ、煌羅さん何してるんですか!?」
煌羅は自らの服に手をかけ、脱ぎ去ろうと捲り上げているところだった。
配信中にストリップショーを始められては敵わないと、メルは慌てて煌羅の手を掴む。
「……あれ、私何を……」
煌羅は眠りから覚めたような表情で、服を脱ごうとする手を止めた。
「どうしたんですか煌羅さん、いきなり服を脱ぎ始めるなんて……」
「えっ!?私そんなことしてた!?」
「自覚無かったんですか!?」
煌羅の表情は嘘や冗談を口にしているものではない。本当に煌羅は無自覚にストリップショーを始めていたらしい。
(精神干渉よ、メルちゃん)
メルの脳内に、サクラからの忠告が響く。
(メルちゃんには私の霊力があるから干渉を弾けたようだけれど、煌羅さんは祓器を召喚しておいた方がいいかもしれないわね)
(分かりました、ありがとうございます)
サクラからのアドバイスを、メルはそのまま煌羅へと伝える。
「煌羅さん、精神干渉を受けてるから祓器を出した方がいいってサクラさんが」
「うん、そうだね……」
煌羅が胸元からネックレスを引っ張り出す。頬が薄ら赤く染まっているのは、往来で服を脱ぎかけたのが恥ずかしいのだろう。
取り出したネックレスの、炎を模ったペンダントトップを握り締める。
「祓器召喚!」
そして呪文を唱えると、煌羅の手の中に白い光が集まり始め、純白の手斧が出現した。
「わ~、『亀骨』見るの久し振り~」
「これで精神干渉はもう大丈夫……のはずだよ」
『亀骨』を始めとする祓器には、怪異による悪影響を軽減する効果がある。『亀骨』を召喚した以上は、煌羅が再び精神干渉を受けることは無いと考えていい。
「じゃあ対処ができたところで、原因の方を探しましょうか」
祓器によって精神干渉を遮断したところで、元を断たねば意味がない。
「やっぱり怪しいのは温泉ですよね~」
メルが改めて温泉に視線を向けると、ちょうど猿が湯から上がったところだった。
「それじゃあ行きますよ~。サクラ~……ゲイズッ!」
『何だその掛け声』『そんなん言ったこと無かっただろ』『今思いついたからやってみたんか?』
この瞬間に思い付いた掛け声と共に、メルは「桜の瞳」を通して温泉を観察する。
「ん~……特におかしなとこは無いですね~……」
しばらく眺めてみたが、温泉には何色の光も見えなかった。
「ねぇメルちゃん」
「なんですか煌羅さん」
「メルちゃんのその目って、幽霊と怪異と神格と祟り神を色で見分けられるんだよね?」
「そうですそうです。でも温泉には何の光も見えないです」
「それって、温泉が幽霊でも怪異でも神格でも祟り神でも無いってことは分かるけど、温泉が精神干渉の原因かどうかは分からないんじゃ……」
「……そうとも言いますね」
『分からんけど多分そうとしか言わねぇだろ』
「桜の瞳」による調査が特に意味を為さないことが、煌羅の指摘で判明してしまった。
「え~……じゃあどうしましょうか?メルもうできることないんですけど」
『なんか万策尽きてて草』『ちょっと拗ねてる?』『メルはすぐ拗ねるな』
「私も探査術式はあんまり得意じゃないから……どうしよっか?」
メルも煌羅も精神干渉の出処を調べる方法の目途が立たず、温泉を眺めながら途方に暮れてしまう。
その時メルの視界の端で、ちらりと白いものが動いた。
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