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裏作業:洛奈落 前編

本日2話投稿しております

こちらは1話目です

 「昨日あなたが彩女の森に行っている間、こっそり実家に帰って洛奈落(らくならく)のことを調べてみたの」

 「何か分かりました?」

 「ええ。洛奈落は昔、怪異使いが多く住んでいた隠れ里だったそうよ。常夜見家も御伽星家も、昔は洛奈落に住んでいたんですって」

 「じゃあ常夜見さんが洛奈落を知らなくて御伽星さんが驚いてたのは、昔は住んでた場所なのにってことだったんですね」

 「昔と言っても100年以上も前の話よ?曽祖父母世代が住んでいた場所のことなんて知らなくて当然でしょう?」

 「でも御伽星さんは知ってたみたいですけど」

 「あの女はああ見えて私より70歳以上年上よ?ジェネレーションギャップがあって当然だわ」


 雑談をしながら森の中を歩いていたメルと魅影は、不意に開けた高台に出た。


 「で、ここがその洛奈落ですか?」

 「そうね。けれどかつて洛奈落だった場所、と言った方が正確かも知れないわ」


 視線を落とすとそこにあるのは、湖の如き莫大な赤いプラズマ。

 かつて怪異使いの集落があったという山間のその場所は、反霊力に埋め尽くされて今や見る影もなかった。


 「す~ごい量ですね~……この前見に行ったところの倍くらいあるんじゃないですか?」

 「そうね。恐らく御伽星憂依が保有する反霊力溜まりの中でも、ここの規模が最大でしょうね」

 「なんて言うか、住民を立ち退かせた村を沈めてダム造ったみたいですね

 「みたいというかほぼそのままよ。溜まっているのが水か反霊力かという違いしかないわ」

 「御伽星さんもよくやりますよね~……で、その肝心の御伽星さんはどこですか?あの人いないと話始まらないんですけど」

 「今ここに向かっているわよ。探査術式に反応があるわ」

 「あっホントだ。ちょうど見えてきましたよ、ほら」


 メルが斜め上を指差す。

 メルの人差し指の先には、金髪をツインテールに纏めたゴスロリ服の少女、御伽星憂依・アタナシアの姿があった。


 「ええ、と……どこかしら?」


 もっとも、まだ距離がありすぎてメルにしか視認できていなかったが。


 「あらあらあらぁ?」


 それからしばらくして、メル達の耳に甘ったるい声が届く。


 「メルちゃんも魅影ちゃんも、もう来てたのねぇ?そんなに私に会いたかったのかしらぁ?」


 憂依は空中に腰掛けるような体勢で浮遊し、メル達を見下ろしながら話しかけてくる。


 「5分前行動は社会の常識よ。時間も碌に守れないあなたと一緒にしないで」

 「私だって時間通りに来たのにどうしてそこまで言われなきゃいけないのかしらぁ?」


 何が楽しいのか、クスクスと笑う憂依。


 「よく逃げずにここに来たわねぇ。まあ逃げても逃げなくても、どうせ今日で禍津神が世界を滅ぼしちゃうから同じことだけどねぇ?」

 「そうはいかないわ。桜庭さんが禍津神を殺して、それであなたのくだらない企みはお終い。世界は何事もなく明日を迎えるわ」

 「ふぅん?実際に禍津神を前にしても、そんな強がりが言えるかしらねぇ?」


 人を食った笑顔を浮かべながら、憂依は祈るように両手を組み合わせる。


 「……エルドリッチ・エマージェンス」


 そして憂依が不思議な響きを孕んだ呪文を口にすると同時に、憂依の赤い瞳が煌々と輝き、憂依の側頭部から捻じ曲がった1対の角が出現する。


 「……星よ紅く澱み給え」


 更に憂依は続けて、反霊力を操る穢術に必要な呪文を唱える。


 「『雷陽(ライヨウ)』」


 すると憂依の遥か上空に、直径10mほどの反霊力の球体が出現した。

 同時に眼下の反霊力溜まりが、ボコボコと沸騰した水のように泡立ち始める。そうして生まれた反霊力の泡が次々と反霊力溜まりから切り離され、遥か上空の『雷陽』目掛けて立ち昇っていく。

 『雷陽』に接触した反霊力の泡はそのまま『雷陽』に取り込まれ、そして泡を取り込む度に『雷陽』は大きさを増していた。


 「私が作った反霊力溜まりは、全部霊脈で繋がっているわぁ。私が溜め込んだ反霊力が、もうすぐ全部この洛奈落に集まってくるわよぉ!」


 憂依のその言葉を裏付けるように、反霊力溜まりからは絶え間なく無数の泡が立ち昇り、それらを吸収した『雷陽』も際限なく巨大化していく。

 そうして10分ほどの時間をかけ、反霊力溜まりが空になる頃には、『雷陽』の大きさは当初の10倍以上、直径100mを優に超えていた。

 直視できないほどの眩い光を放つそれは、さながら夜空に突如出現したもう1つの太陽だ。


 「とんでもないエネルギー量ね……」

 「ですね~。なんかもう笑えてきます」


 数十年もの時間をかけて溜め込んだ反霊力を全て注ぎ込んだだけあって、『雷陽』が秘めるエネルギーの量は常軌を逸していた。

 世界を滅ぼすほどの力を持つ今のメルでさえ、あれをそのままぶつけられればただでは済まないだろう。


 「さあ!最後の仕上げよぉ!!」


 憂依が高らかに宣言し、『雷陽』に向けて右手を掲げる。


 「エルドリッチ・アピアランス!!」


 瞬間『雷陽』から、ドクンッ!と鼓動のような衝撃波が放たれた。

 まるで雛が孵る直前の卵のように、『雷陽』の表面に罅が走り、罅の隙間からサーチライトのように赤い光が溢れ出る。


 「さあ、生まれるわよぉ……この世界に滅亡をもたらす究極の怪異、禍津神(マガツカミ)の誕生よぉ!!」


 憂依が高らかに宣言すると同時に、『雷陽』が内側から爆発するように弾け飛んだ。


 「ギャオオオオオオッ!!」


 そして『雷陽』の中から現れたのは、全身を真紅の鱗に覆われた、3対6枚の翼を持つ巨大なドラゴンだった。その全長は50mは下らない。

 その巨体から放たれる威圧感は、祟り神ですら比較対象にならない程だった。


 「究極の怪異、ね……大口を叩くだけのことはあるわね」

 「怪異っていうか、もう怪獣じゃないですか……」


 これまで遭遇した怪異や祟り神とは桁違いのスケールに、さしものメルも開いた口が塞がらない。

 禍津神が咆哮し、6枚の翼をはためかせる。

 するとまるで雪のように無数の反霊力の粒子が撒き散らされ、それらの粒子が洛奈落を破壊し始めた。


 「あっははははははは!!さあ、世界滅亡の始まりよぉ!!」


 禍津神の威容を見上げ、恍惚とした表情で狂ったような高笑いを上げる憂依。


 「桜庭さん!」

 「ええ!分かってます、よっ!」


 メルは地面を蹴り、禍津神目掛けて一目散に飛翔する。


 「無駄よぉ!禍津神に敵うはずがないわぁ!」


 憂依は余裕を崩さずメルを追跡しようとするが、


 「待ちなさい、御伽星憂依」


 その背中を魅影が呼び止めた。


 「なぁに、魅影ちゃん?悪いけどぉ、今更あなた程度の怪異に構ってる暇は無いのぉ」

 「暇が無くても構ってもらうわよ」


 魅影はレッサーパンダらしく、2本の後ろ脚で立ち上がった。


 「たとえ桜庭さんといえど、禍津神を相手取るのは一苦労でしょう。そんな時にあなたにちょっかいを掛けられるのも気の毒だわ。だから……」


 魅影の赤い瞳が、上空の憂依を睨み付ける。


 「あなたの相手は私よ、御伽星憂依」

 「……あはっ……あはははははははっ!!」


 魅影からの宣戦布告に、憂依は腹を抱えて笑い出した。


 「面白いことを言うわねぇ魅影ちゃん!怪異に落ちぶれた今のあなたに、私の相手が務まるとでもぉ!?」

 「ええ。務まるわよ、勿論」


 憂依の嘲笑を意にも介さず、魅影は当たり前のことのように言ってのける。


 「だって私は常夜見魅影。常夜見家征伐衆筆頭、最強の怪異使いだもの」


 立ち上がったことで自由になった2本の前脚を、魅影はお参りをするように擦り合わせる。


 「エルドリッチ・エマージェンス!」


 そして呪文を唱えた瞬間、魅影の両目が煌々と赤く輝き、直後に吹き荒れた赤い暴風によって魅影の体が覆い隠された。


 「くっ……」


 憂依は右手を目元に翳し、暴風から網膜を守る。

 そして暴風が収まった時、そこに黒いレッサーパンダの姿はなかった。


 「ふぅ。やはりこの姿が1番心地がいいわ」


 黒い長髪に真紅の瞳。捻じ曲がった1対の角。黒と赤のゴスロリ服。

 そこにあったのは、怪異使いとしての魅影の姿だった。


 「……へぇ。魅影ちゃん、人間の姿に戻れるんだぁ。知らなかったなぁ」


 憂依の表情から余裕が消える。


 「でしょうね。隠していたもの」


 魅影はトンと地面を蹴り、憂依と同じ目線の高さまでふわりと浮遊した。


 「今までは私が戦うまでもなく桜庭さんがいれば充分だっただけのことよ。その気になれば私はいつでもこの姿に戻ることができたわ」


 これは魅影のブラフである。

 現在、魅影が人間の姿を保っていられるのは1時間。それを超えるとレッサーパンダの姿に戻ってしまい、その後23時間は人間に変身することができなくなってしまう。

 しかしそれならそれで、1時間以内に決着をつけてしまえばいいだけの話だ。


 「この姿なら、あなたを退屈させることは無いと思うわ。だから存分に殺し合いましょう、米寿女」

 「米寿って言うなぁぁっ!!」


 魅影の挑発にまんまと激昂した憂依が、見えない弓矢を引き絞るようなポーズをとる。


 「『彗雷棘(スイライキョク)』!!」


 目にも留まらぬ速度で魅影へと放たれた反霊力の矢が、戦いの開始を告げる嚆矢となった。

 魅影はひらりと身を翻して『彗雷棘』を躱し、祈るように両手を組み合わせる。


 「星よ紅く澱み給え」


 そして魅影も穢術によって体内の霊力を反霊力へと変換し、バレーボール大の反霊力の球体を16個生成した。


 「『雷珠累(ライズガサネ)』!」


 16の反霊力の球体が、一斉に憂依へと襲い掛かる。


 「甘いわぁ!!」


 しかしそれらの球体は憂依の下まで到達することなく、空中でピタリと静止してしまった。


 「……術者から反霊力の制御を奪うだなんて。とんだ離れ業だわ」


 魅影が放った『雷珠累』は、既にその支配権を憂依に奪われていた。

 そんな芸当が可能なのは、憂依の穢術が魅影よりも優れている証拠だ。


 「私に穢術で勝とうなんて100年早いわよぉ!!」


 魅影から支配権を奪った『雷珠累』を、憂依はそのまま魅影自身へと差し向ける。


 「『雷珠累』」


 魅影は動揺することなく再び『雷珠累』を放ち、それらをぶつけることで全てを相殺した。


 「やっぱり、魅影ちゃんじゃあ私の相手は務まらないわぁ!」

 「そうかしら?まだ試してみる価値はあると思うわよ」


 続けて魅影は両手を組み合わせ、それを憂依に向けて突き出す。


 「『神解雷螺(シンカイライラ)』!!」


 組み合わせた魅影の両手から、反霊力のビームが放たれる。


 「『彗雷棘』ぅ!!」


 それに対し憂依が反霊力の矢を放つ。

 『神解雷螺』と『彗雷棘』が激突し、衝撃波が撒き散らされる。

 魅影と憂依、2人の穢術は少しの間拮抗し、そして『彗雷棘』が押し合いを制した。


 「くっ……!」


 『神解雷螺』を打ち破った『彗雷棘』が、魅影の左肩を掠めて後方へと逸れていく。


 「やはり穢術では分が悪いわね……」


 『神解雷螺』は魅影の穢術の中で最強の技だ。それを正面から破られたとなると、穢術では魅影の勝ち目は薄い。


 「あっははははは!最強の怪異使いだなんて呼ばれていい気になっていたのかもしれないけど、所詮は20年も生きてない小娘よねぇ!」

 「あら、後期高齢者らしい若者批判だこと」

 「あらあらあらぁ?そんな生意気な口を利いてる暇があるなら、命乞いでもした方がいいんじゃないのぉ?」

 「命乞い?あなた、何か勘違いをしていないかしら?」


 左肩の傷口を押さえながら、魅影は不敵な笑顔を浮かべる。


 「確かに穢術の技術はあなたの方が優れているわ。けれどそれは私の敗北の理由にはならない」

 「はぁ?何を言って……」

 「穢術で勝てないのであれば、他の手段を使うだけよ」


 魅影はそう言って、右手の人差し指と中指を憂依に向ける。


 「『青鷺(あおさぎ)』」

 「なっ……!?」


 魅影の指先から放たれた青いビームが、憂依の左肩を貫く。


 「これでお相子ね」

 「ふ……祓道ですって……!?」


 流血する左肩を押さえ、憂依は魅影を睨み付ける。


 「知らなかった?私、祓道も得意なのよ。ともすれば祓道師以上に、ね」


 再び魅影の指先から『青鷺』が放たれる。

 魅影が放つ『青鷺』は、燎火を始めとする幾世守家の祓道師のそれとはかなり違っていた。

 幾世守家の『青鷺』が鳥に似た青い炎を放つのに対し、魅影の『青鷺』は青色のビームだ。

 そして少なくとも速度という点においては、魅影の『青鷺』の方が優れていた。


 「祓道なんかに頼ったりしてぇ……怪異使いとしての誇りは無いのぉ!?」


 『青鷺』に反霊力をぶつけて相殺しながら、憂依は魅影を糾弾する。


 「使えるものは何でも使う。目的のためならどんな手段も選ばない。それが私の誇りよ」


 しかし憂依の糾弾を魅影はものともしない。


 「プライドもない小娘がぁ!『彗雷棘』!!」

 「怒ると皺が増えるわよ」


 反霊力の矢を擦れ違うように回避し、魅影は憂依との距離を一気に詰める。


 「『赫雷無縫(カクライムホウ)』!」


 魅影が近接戦闘に持ち込もうとしていることを看破した魅影は、全身に反霊力を纏った。


 「反霊力を身に纏うだなんて、よくそんなことができるものだわ」


 反霊力は霊力を消滅させる性質がある。そんな反霊力を自らの体に纏わせる『赫雷無縫』は、卓越した穢術の技術もそうだが、それ以上に憂依の頭のおかしさがあって初めて可能となる芸当だった。


 「『雷星掌(ライセイショウ)』!!」


 憂依が右の掌に反霊力を圧縮し、魅影へと掌底を放つ。


 「あら、体術は今ひとつのようね」


 魅影は憂依の掌底を苦も無く躱し、そのまま憂依の背後へと回り込んだ。

 そして憂依が振り返るよりも先に、魅影は手の中に超高密度の炎の塊を生成した。


 「『礫火天狗(れっかてんぐ)赫威(あかおどし)』」


 魅影が炎の塊を握り潰すと、炎は万物を焼き払う灼熱の剣へと変化する。

 魅影が灼熱の剣を振り上げるのと、憂依が振り返るのはほぼ同時だった。


 「さようなら、御伽星憂依」


 魅影が振り下ろした灼熱の剣が、憂依の体を左肩から右の腰にかけて袈裟懸けに斬りつける。

 灼熱の剣は憂依が纏う反霊力によって減衰して尚、憂依を斬るには充分すぎる威力を有していた。

 肉の焦げる臭いと鉄錆のような血の臭いが魅影の鼻を突く。


 「が、っ……」


 口から大量の血を吐き出した憂依が、力を失いゆっくりと落下し始める。


 「ぐ……常夜見、魅影ぇ……!」


 明らかな致命傷を負って尚、憂依は魅影を強く睨み付け、見えない弓矢を引き絞り『彗雷棘』を放とうとする。


 「『礫火天狗・天梯(あまつきざはし)』」


 しかし反霊力の矢が生成される前に、煌々と輝く灼熱のビームが憂依の体を貫いた。


 「ぁ……」


 2度の『礫火天狗』を受けた憂依の肉体が、燃え残った灰のようにボロボロと崩れ去っていく。

 そうして崩壊した憂依の体は、風に吹かれて跡形もなく消滅した。


 「……最期まで戦おうという執念は見習うべきね」


 魅影は小さくそう呟き、それから空を見上げた。


 「さて、桜庭さんの方はどうかしら……」

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