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第6回桜庭メルの自分探しの旅:雪下団地 後編

本日2話投稿しております

こちらは1話目です

 「氷なんてもともと透明ですから。それが砂粒くらいの大きさで、しかもすごい速さで飛んで来たら、流石のメルにもあんまりよく見えません。けどタネが分かっちゃえば、対策のしようはいくらでもあります。例えば……こんな風に」


 メルの体を守る紫色の炎は、砂粒1つすら通さないほど堅牢だ。目に見えないほど小さな氷も、メルの下へは辿り着けない。

 炎による防御の中で、メルは両目と全身の傷を完治させた。


 「ふんっ!インビジブルエッジを見破ったくらいでいい気にならないでよね!」


 アンライプが歯軋りしながら声を上げる。


 「インビジブルエッジ以外にも、よわっちいオリジンを殺す方法なんていっくらでもあるんだから!」


 アンライプがメルに向けて右手を突き出す。


 「サイレントワールド!」


 するとアンライプの右手から、凄まじい冷気が放出された。


 「世界ごと凍りついちゃえ、オリジン!!」


 その冷気はメルを凍りつかせるだけでは済まないだろう。メルの背後に広がる街までもが、氷の中に閉ざされてしまいかねない。

 だが。


 「メルティ・クレセント!」


 迫り来る極寒の冷気を、メルは必殺の回し蹴りで迎え撃つ。

 右足の軌道から放たれた紫色の炎が白い冷気とぶつかり合い、冷気を掻き消していく。

 そして冷気を完全に消し去った紫色の炎は、そのままアンライプまでをも呑み込もうとしていた。


 「っ、こんなものおおおおっ!!」


 アンライプが氷の壁を出現させ、直後に紫色の炎が氷壁ごとアンライプを呑み込んだ。

 紫色の炎は渦を巻き、龍を模って空へと昇っていく。

 程なくして炎が消失すると、そこには全身に火傷に似た傷を負ったアンライプの姿があった。


 「ぐっ、う……」

 「形勢逆転、ですね」


 メルはゆっくりとアンライプに近付いていく。


 「散々メルのことを弱いだのなんだの言ってくれましたからね~……ここからは、お仕置きの時間ですよ」

 「ふんっ……あたしがよわよわなオリジンなんかに負けるわけないでしょ……!」

 「っ、まだ言いますか……!」

 「何度だって言ってあげる……オリジンは弱くて……あたしは強い!!」


 アンライプの右手に冷気が収束していく。


 「ボルテックスアイスブレード!!」


 アンライプの右手に、1振りの氷でできた剣が出現する。その剣は特異なことに、刀身の部分がドリルのように高速回転していた。


 「やあああっ!!」


 氷の剣を振り被り、メルへと襲い掛かるアンライプ。

 しかし全身に負ったダメージのためにその動きは緩慢で、メルは右足を少し後ろに下げる最小限の動きだけで攻撃を回避することができた。


 「あああああっ!!」


 しかしそれでもアンライプは果敢に剣を振るい続ける。


 「メルを弱いって言ったことは許せませんけど……」


 メルは高速回転する刀身を躱しながら、アンライプへと言葉を掛ける。


 「自分の強さを信じ続けるその姿勢は立派ですね」

 「っ、ふざけないで!」

 「ふざけてませんよ。ホントに思ってます」


 メルのその言葉は決して皮肉などではない。圧倒的に不利な状況に陥っても、折れることなくメルに立ち向かうアンライプの心の強さは本物だ。


 「ですからアンライプ。あなたを殺すために、メルは全力を出します」


 メルはアンライプの攻撃を躱しつつ、右腕に紫色の炎を収束させる。

 超高密度に圧縮された炎によって、右腕の周囲の空間が歪んで見えた。

 それは言うなれば、脚ではなく腕で放つメルティ・クレセント。宣言通り、今のメルにとっての全力の一撃だ。


 「てやあああっ!!」


 炎の螺旋を纏うメルの右腕は氷の剣を粉々に打ち砕き、その勢いそのままにアンライプの胸を貫いた。


 「かはっ……」


 メルティ・クレセントのように広範囲を焼き払うのではなく、絶大な威力を1点のみに集中させた必殺の一撃。

 胸に大穴を穿たれたアンライプが、ゆっくりと仰向けに倒れる。


 「勝てなかった、かぁ……」


 吐血で真っ赤になった口を動かし、アンライプが悔し気に呟く。


 「強いね、オリジン……」

 「強いですよ、メルは」

 「こんなに強かったら……あたしが負けても、仕方ないかぁ……」


 その言葉を最後に、アンライプは灰となって消失した。


 「お疲れ様、桜庭さん」

 「常夜見さん、今回はいつもよりも近くにいましたね」

 「戦いが激しくなればもっと離れるつもりだったのだけれど、結局その必要が無かったのよ。今回はあまり周囲を巻き込まないように戦ったのね?」

 「ん~、メルは特にそんなつもりはなかったですけど。アンライプがそういう戦い方だったんですかね?」


 魅影と軽く雑談を交わしながら、メルは軽く身だしなみを整える。


 「ていうか、いい加減元の格好に戻りたいんですけど……」

 『それを戻すなんてとんでもない!!』『ずっとそのままでもいいよ』『基本をその服装にしてたまに地雷系ファッションになるっていうのはどう?』


 メルは変身して以降クッキーを口にできていないので、当然まだ魔法少女の衣装のままだ。

 戦闘中はあまり気にしていなかったが、戦闘が終わるとまた服装のことが気になってくる。


 「常夜見さんクッキーとか持ってないですか?」

 「持っている訳ないでしょう」

 「ですよね~……どうしよう」


 もう1度クッキーを口にすれば、メルは元の服装へと戻ることができる。

 しかし祟り神であるメルはおいそれと街に繰り出すことのできない身の上。どのようにクッキーを手に入れようか、メルは頭を抱える。


 「そんなに早く元の服装に戻りたいのなら、さっさと彩女の森に向かうべきではないかしら?確かあそこには、お菓子を作れる怪異がいたでしょう?」

 「あ~、いましたね!アソートちゃん!」


 ここで魅影がメルに天啓をもたらした。

 魅影の言う通り、彩女の森であればクッキーを入手することができる。


 「そうと決まれば早速彩女の森に行きましょう!えいっ!」

 『鳴らないなぁ』『進歩がない』『練習しようよ』


 相変わらず音の鳴らないフィンガースナップを切っ掛けに、メルの周囲の風景が一変する。

 次の瞬間メルと魅影が立っていたのは鬱蒼とした森の中。彩女の森だ。


 「あっ、滝の音聞こえますね。今回は結構近くにワープできたんじゃないですか?」

 「いつも丁寧に直接目的地へワープしてほしいのだけれど……」


 メルティーズの居住スペースにある滝の音が聞こえてくる。

 早速メルティーズ達の下へ向かおうとしたメルだったが、ここでふと1つの可能性に思い至った。


 「……常夜見さん。カメラ持ってちょっとここで待っててもらえますか?」

 「あら、どうして?」

 「その、前回みたいなことがあったら困るので……」

 「……ああ、そうね」

 『前回みたいなことって何?』『前回なんかあったの?』『あの急にスマホ殴り飛ばした時のやつ?』


 前回の配信で彩女の森を訪れた際、テクトニクスが水浴び中だったため、危うくテクトニクスの全裸が全世界に配信されかかるという事件があった。

 それと同じ轍を踏まないよう、メルはまずカメラ無しで裸のメルティーズがいないことを確かめに行くことにした。


 「大丈夫だったらメルが呼ぶので、常夜見さんはその後に来てください」

 「了解したわ。気を付けてね……といっても、気を付けることなんて無いわね」

 「ですね」


 メルは魅影と軽く笑い合ってから、滝の方へと向かった。


 「こんにちは~……って、何ですかこれ!?」


 滝壺の池の畔へとやってきたメルを出迎えたのは、建築途中のログハウスだった。

 前回ここを訪れた時にはこんなものは無かったはずだ。そもそも人間が立ち入ることのない禁足地である彩女の森に、こんな人工的な建築物があること自体がおかしい。


 「あら、オリジンじゃない。いらっしゃい」


 メルがログハウスに面食らっていると、ログハウスの陰からクリメイトがひょっこりと顔を出した。


 「く、クリメイト、何ですかこれ!?」

 「これ?アタシ達の家だけど」

 「家ぇ!?」

 「そう。こないだアンタがクローラを連れてきたすぐ後くらいから、みんなでちょっとずつ作り始めたのよ」

 「えっ、前回から今回までの間でここまで作ったんですか!?進捗おかしくないですか!?」


 見たところログハウスの進捗は5割ほど。前回の配信から今日までのスパンでここまで建築を進めるのは、本職の大工でもまず不可能だ。


 「アタシ達は人間と違って、食事も睡眠も必要ないから。24時間ぶっ続けで作業できるおかげで進捗も早いのよね」

 「必要なくても休んだ方がいいですよ……」

 「ところでアンタ、なんでそんなカッコしてるの?」


 できることなら服装を話題に出されないまま話を進めたかったメルだが、そうは問屋が卸さなかった。


 「ちょっとトラブルがあって変身しちゃいまして……」

 「変身?ああ、そういえば前にファンファーレがそんなこと言ってたわね。オリジンはクッキーを食べると変身できるとかなんとか」

 「早く元の格好に戻りたいんですけど、そのためにクッキーが必要で……アソートちゃんってどこにいます?」

 「アソート?そのうち戻ってくるんじゃないかしら」


 それはつまり今この場にはいないということである。メルは肩を落とした。


 「別にいいじゃない、そのカッコでも。可愛いわよ」

 「イヤです……」

 「あらオリジンちゃん。いらっしゃい」


 メルがクリメイトと会話していると、今度はクローラがログハウスの陰から現れた。

 クローラの腕の中には、可愛らしい小さな犬が抱かれている。


 「こんにちはクローラ。それにオヨロズさんも」

 「久しいな、桜庭メル。先日は行き違いになり、挨拶ができず申し訳なかった」

 「いえいえそんな。ところでクローラ、ここの暮らしはどうですか?」

 「とっても素敵よ。み~んなお姉ちゃんと仲良くしてくれているし、オヨロズちゃんみたいに可愛い子も沢山いるし」


 そう言ってクローラがオヨロズの頭を撫でる。オヨロズの方も気持ちよさそうに、されるがままに撫でられていた。


 「ただテクトニクスちゃんだけは、お姉ちゃんのことを避けてるみたいなんだけど……」

 「テクトニクスがですか?」


 前回の配信でクローラをここに連れてきた際、テクトニクスはクローラを相手に少しやりづらそうにしていたことをメルは思い出した。


 「苦手ってことは無いと思うわよ。ただクローラ相手に『私が1番美しいですわぁ』ってくだりがちょっとやりづらいだけで」

 「へ~、よく見てますね、クリメイト」

 「まあね。アタシここのまとめ役みたいなものだし」


 初めてメルと出会った時の苛烈さが嘘のような角の取れ具合である。


 「ところでアンタ、今日は何しに来たのよ?魅影もいないみたいだけど……」

 「もしかして、新しい妹ちゃんを連れてきてくれたの!?」

 「わっ、鋭いですねクローラ」


 他者の心をほんの少しだけ覗き見ることができるクローラは、その能力でメルの来訪の目的もピタリと言い当てて見せた。


 「常夜見さんもちゃんと撮影係で来てますよ。でもその前に……クリメイト、今って誰か水浴びとかしてます?」

 「水浴び?今は誰もしてないわよ」

 「そうですか?じゃあ誰かが裸でその辺ウロウロしてたりは……」

 「何よそれ。そんな変態みたいな真似、テクトニクスでもたまにしかしないわよ」

 「テクトニクスはたまにするんですか……!?」

 「たま~にしてるわよ。ね、クローラ?」

 「ええ。『私の尊く美しく麗らかな肢体をご覧あそばせ!』って言いながらモデルウォークをしているわ」

 「あの子はホンットに……!」


 メルはテクトニクスの奇行に頭を抱えた。今のところ、テクトニクスがぶっちぎりでメルティーズイチの問題児である。


 「まあ、今裸でウロウロしてないならとりあえずはいいです。してないんですよね?」

 「ええ。というかアタシ達以外の3人は材木取りに行っててここにはいないわよ」

 「ならよかった……常夜見さ~ん!!」


 この場に裸体が存在しないことを入念に確認してから、メルは声を張り上げて魅影を呼ぶ。


 「はぁい」


 撮影用のスマホを携えた魅影が木々の間から姿を現した。


 「さて、カメラにも来てもらいましたし、そろそろ新しいメルティーズを呼びますね」


 メルがそう言って前方に右手を翳すと、白い光が集まり始める。

 集まった白い光は徐々に人型へと形を変え、やがてアンライプの姿となった。


 「あれ?ここは……?」


 再召喚されたメルティーズの例に漏れず、困惑した様子で周囲を見回すアンライプ。


 「あらアンライプ。久し振りね」

 「まあ、アンライプちゃんなのね!」


 クリメイトがアンライプの手を取り、クローラはクリメイト諸共アンライプを抱き締めた。


 「クリメイトにクローラ……?ねぇオリジン、これどういうこと?あたしは死んだんじゃ……」

 「すっごくざっくり説明すると、あなた達メルティーズはメルに殺された場合は復活できます。それ以上の詳しい説明はそこのクリメイトにでも聞いてください」

 「ちょっと!アタシに丸投げしないでよ!」

 「いいじゃないですか。あなたそういうの向いてそうだし」


 クリメイトの抗議をどこ吹く風と受け流すメル。


 「ね、ねぇクローラ……なんであたしのこと撫でてるの?」

 「アンライプさん、1回クローラお姉ちゃんって呼んでみて?」

 「え……クローラ、お姉ちゃん……?」

 「は~い、クローラお姉ちゃんですよぉ~!」

 「ぅぐっ、ちょ、力強い、っ……!?」


 クローラが持ち前の膂力を十全に発揮し、アンライプの顔を自分の胸元に完全に埋没させる。


 「ちょっとクローラ、そんなに強く抱き締めたらアンライプが苦し……くはないか。あなた達別に呼吸要らないですもんね」

 「確かに窒息はしないけど、それはそれとしてアンライプは助けてあげた方がいいと思うわ。シンプルに苦しそう」

 「だ、そうなので。クローラ、アンライプを離してあげてください」

 「じゃあ代わりにオリジンちゃんを抱き締めちゃおうかしら」

 「えっちょ」


 アンライプを解放したクローラが、光の速さで今度はメルを腕の中に捕らえる。


 「よ~しよしよし、メルちゃんはいい子ね~」

 「すごい、グリズリーに抱かれてるみたい……」


 メルの黒と桜色の髪をクローラが撫で回す。


 「あらぁ?オリジンではありませんの!」


 するとそのタイミングで、丸太を肩に担いだテクトニクスが現れた。今回はきちんと服は着ている。


 「こんにちはテクトニクス。パワフルですね」

 「そうでしょうそうでしょう!私はパワフルで尊く美しく麗らかでしょう!!」

 「後半3つは言ってないです」

 「オリジンは何をしにいらっしゃいましたの?」

 「この子を連れてきたんですよ」


 メルが右手でアンライプを示す。


 「あらあらまあまあ!アンライプではありませんの!」


 テクトニクスは担いでいた丸太をその辺に放り投げ、アンライプへと駆け寄った。


 「あっ、テクトニクス……」

 「よくいらっしゃいましたわねアンライプ!流石は私の妹的存在!この世界でも上位0.01%に食い込むほどの美しさですわぁ!!」

 「あ、ありがと……?」

 「まあ私の方が美しいのですけれど!!」


 お決まりのテクトニクスのナルシシズムに顔を顰めるメルとクリメイト。

 するとクリメイトの背後に、音もなくクローラが近付いた。


 「こ~ら、ダメよテクトニクスちゃん。アンライプちゃんが少し私達よりもちっちゃいからって、アンライプちゃんを美しくないだなんて言ったら」

 「なっ、違いますわ!!前から言っていますがクローラ!私が他人の身体的特徴をあげつらっているかのような悪意のある解釈は止めてくださいませ!!」

 「いや普通に聞いてたら他人の身体的特徴をあげつらってるようにしか聞こえないわよアンタ……?」


 メルもクリメイトの意見に完全に同意である。


 「そっか……あたし美しくないんだ……」


 アンライプがか細い声でそう呟き、顔を伏せて肩を震わせる。


 「あああ泣かないでくださいましアンライプ!私は私の方が美しいと言っただけで、あなたが美しくないなどとは一言も言っていませんわ!むしろそれを言ったのはクローラの方ですわ!私があなたのことをこの世界で上位0.01%の美しさと言ったことはお忘れですの!?」


 必死になって慰めと弁解の言葉を並べ立てるテクトニクス。いくらテクトニクスと言えども、自らのナルシシズムで小さな子を泣かせてしまうのは本意ではないらしい。

 しかしアンライプがテクトニクスを困らせるために泣き真似をしていることは、横から見ているメルには一目瞭然だった。


 「テクトニクスも、これで少しは懲りてくれるといいんだけどね」


 メルの側に近付いてきたクリメイトがそう囁く。


 「ですね」


 メルも苦笑しながら頷き返した。

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