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第5回桜庭メルの自分探しの旅:藍染ダム 一

 「皆さん成層圏からこんにちは、祟り神系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 「みなさ~んっ!あなたのハートに神解雷螺(シンカイライラ)!怪異系レッサーパンダの常夜見魅影で~すっ!!」

 『こんにちは~』『メルちゃん今日も可愛い!』『トコヨミさんは今日もやらされてるなぁ』『やらされてるトコヨミさんいいよなぁ』


 この日のメルの配信は、新たな定番となった挨拶によって幕を開けた。


 「さて、次があるのか分からないでお馴染みの桜庭メルの自分探しの旅ですが~……今回無事に第5回を配信できることになりました~!わ~、パチパチパチ~」

 『よかった』『本当によかった』『ありがとうトコヨミさん』『トコヨミさんいつもありがとう』


 自分探しの旅という企画は、魅影が探査術式でメルティーズを発見しなければ配信することができない。

 そのことを知っている視聴者は、次々と魅影への感謝のコメントを書き込んだ。


 「常夜見さん。5人目のメルティーズはどこで見つかったんですか?」

 「今回見つかったメルティーズの領域は、視聴者の中にも知ってる人は多いのではないのかしら」

 「有名な場所ってことですか?」

 「一部の人間にとっては、ね」


 意味深長なことを言いながら、魅影は撮影用とは別のスマホを操作する。


 「常夜見さんっていつも普通にスマホ使ってますけど、よく考えたらその前脚でよくスマホ操作できますよね」

 「器用なのよ私は。あなたと違ってね」

 「は~?メルが不器用って言いたいんですか?心外なんですけど~」

 「あなたフィンガースナップできないじゃない」

 「ぐぅっ」

 『光の速さで言い負けてら』『口が弱すぎる』『暴力はあんなに強いのに』


 口喧嘩で1ラウンドKOを食らったメルが拗ねている間に、魅影はスマホの操作を終えた。


 「5人目のメルティーズの領域はここよ」


 そう言って魅影がカメラにスマホの画面を向ける。

 そこには老朽化の兆候が見られるダムの画像が写し出されていた。


 「藍染(あいぞめ)ダム。有名な心霊スポットだわ」

 『マジか藍染ダムか』『有名どころじゃん』

 「有名なとこなんですか?メル聞いたこと無いかも」

 『メルは聞いたことあれよ』『心霊系ストリーマーやってたんだろうがよ』

 「今は祟り神系ストリーマーですぅ~」


 魅影が言っていた通り、藍染ダムを知っているという視聴者は少なくなかった。


 「その、藍染ダム?どういうところなんですか?」

 「別に、何の変哲もない山間のダムよ。けれどどういう訳か、このダムには不穏な噂が絶えないのよ。建設時に年端も行かない少女が人柱として捧げられたとか、ダムの建設に反対して立ち退かなかった住人がそのままダムの底に沈められたとか。そんな事実は無いのだけれどね」

 「でも有名な心霊スポットってことは、幽霊が出るのはホントなんですよね?」

 「目撃情報はあるけれど、数はあまり多くないわ。そもそも立ち入り禁止の場所で、非常識なオカルトマニアやストリーマーくらいしか立ち入る者はいないしね」

 「ホントに幽霊が出るとしても、それを見る人間が少ないってことですね?」

 「ええ。それに何年か前、ダムに無断で立ち入ったストリーマーが配信中に行方不明になる事件があったそうよ。その事件以来、藍染ダムにはますます人が寄り付かなくなったみたいね」

 「なるほど……」


 本来立ち入り禁止であり、事件のこともあって滅多に人が寄り付かない場所。となれば。


 「メルティーズが隠れて住むにはちょうどいいですね」

 「ええ、その通りよ」


 魅影はニヤリと笑って頷いた。


 「さあ、そうと分かれば早速藍染ダムに向かいましょう?」

 「当り前みたいに行こうとしてますけど、立ち入り禁止なんですよね?」

 「人間の立ち入りは禁止されているわね。けれど怪異と祟り神の立ち入りは特に禁止されていないわ」

 「詭弁も詭弁ですね~」


 メルは溜息を吐いた。

 立ち入り禁止の場所に許可なく立ち入る迷惑系ストリーマーのような真似は、できればメルはしたくない。

 だがその立ち入り禁止区域にメルティーズが潜んでいるとなれば、殺しに行かない訳にも行かないのだ。

 それにメルは既に、配信中に立ち入り禁止の場所に踏み入れてしまったことがある。この上なく良くない考えだが、1度やってしまえば2度目3度目も大差ないようにメルには思えた。


 「はあ……仕方ないですもんね。人探しっていう正当な理由があるから不法侵入にはならないって信じましょう」

 『それこそ詭弁じゃねぇか』『無理筋でしょ』

 「じゃ、行きま~す」


 いつものように音の鳴らないフィンガースナップをするメル。

 するとメルの背後にノイズが走り、周囲の風景が一変した。

 次の瞬間メルが立っていたのは、画像で見たばかりのダムの上だった。


 「ひゃっ」


 ダムに降り立つや否や、メルの口から小さな悲鳴が零れる。

 悲鳴の原因は、メルの体に降り注いだ冷たい雨だった。


 「わ~、すごい大雨……」

 「地上は雨だったのね、確かめるのを忘れていたわ」


 メルも魅影も、ここ最近は配信の時を除いて常に成層圏で過ごしている。そのため地上の天気にはすっかり疎くなってしまっていた。


 『そんな雨の中配信して大丈夫?』『スマホ壊れない?』

 「大丈夫です。メルのスマホそれはもう防水なので」

 『それはもう防水って何だよ』


 魅影がトリュフを探す豚のような仕草で、ダムの地面を調べ始める。


 「……どうやらここが心霊スポットであることは間違いなさそうね」

 「常夜見さん、何か分かったんですか?」

 「ええ。桜庭さん、私の体を持ち上げて、ダム湖を見せてちょうだい」

 「は~い」


 メルは言われた通りに、魅影の小さな体を抱え上げ、欄干の上からダム湖を見せる。


 『視界悪いな~』『なんも見えねぇ』


 しかし降りしきる豪雨のせいで視界はすこぶる悪く、雨のカーテンによってダム湖はほとんど視認できない状態だった。


 「……常夜見さん、何も見えなくないですか?」

 「そんなことは無いわ。桜庭さん、あれを見て」


 メルの腕の中で、魅影がダム湖を指差す。


 「だから見えないですって……」

 「ただ見るのではないわ。『桜の瞳』で見ろと言っているの」

 「ああ、そういうことですか」


 メルはここ最近使う機会の減っていた「桜の瞳」を使い、改めてダム湖に目を向ける。

 すると雨の向こうに、無数の小さな青い光が見えた。


 「わっ、すごい数の幽霊ですね」


 「桜の瞳」に映る青色の光は幽霊の光だ。それが大量に見えるということは、このダム湖に無数の幽霊が潜んでいるということに他ならない。


 『幽霊?』『マジで?』『なんっにも見えねぇ』『雨しか見えん』

 「メルも直接は見えてないですよ、『桜の瞳』に光だけ見えてます」

 『あったなそんなの』『何だっけそれ?』『なんかメルのすごい目』

 「常夜見さんは見えてるんですか?」

 「いいえ、私も桜庭さんと同じようなものよ。それにしても、この数は異常ね」

 「そうなんですか?」


 幽霊の数が多いことはメルにも分かるが、それが正常なのか異常なのかはメルには判断がつかない。


 「幽霊は死んだ人間の魂がこの世界に留まったものだから、基本的には人間が多い場所の方が幽霊も多いのよ。単純な話、都会の方が田舎よりも幽霊の数は多いわ」

 「じゃあ、ホントならここにはこんなにいっぱい幽霊がいるはず無いってことですか?」


 魅影は頷いた。

 藍染ダムはダムなだけあって街から離れており、加えて本来立ち入り禁止の場所だ。間違っても都会のように人が多くいる場所ではない。


 「それなのにこれだけの数の幽霊がいるということは、きっとここは幽霊が集まってきやすいような性質があるのね。もしかしたら藍染ダムの良からぬ噂の内、どれかは当たっているのかもしれないわね」


 建造時に少女が人柱として捧げられた。立ち退きに反対した住人が村ごと水底に沈められた。そのような藍染ダムにまつわる噂を、先程魅影は口にしていた。

 もしそのどれか1つでも事実だとしたら、気分が悪くなるような話だ。


 「それにしても……これだけ幽霊がいるのなら、怪異にとっても居心地がいいでしょうね、ここは」

 「でしょうねって。他人事みたいに言ってますけど、常夜見さんも怪異じゃないですか」

 「確かにそうだけれど感覚は人間だもの」

 「人間気分抜けてないじゃないですか」


 軽口を叩き合うメルと魅影だが、そんなことをするためにこんなところまで来たのではない。


 「私の人間気分なんてどうでもいいのよ。早くメルティーズを探しましょう」

 「ですね。ダム湖の中とかじゃないといいんですけど……」

 「潜って探すのは億劫だものね」


 ダム湖に潜ってメルティーズを捜索する労力を思って顔を顰めるメルだが、幸いその懸念は杞憂に終わった。


 「桜庭さん、早速だけれど探査術式に反応があったわ」

 「えっ早っ!?」


 魅影が発見を報告したのは、捜索開始から5分と経過していない頃だった。


 「どこですか?」

 「この先よ。見えるかしら?」

 「ちょっと待ってくださいね……」


 雨のせいで視覚が碌に役立たないため、メルは常に「桜の瞳」を発動している。


 「あっ、赤い光が見えました!」


 そして「桜の瞳」は、前方に赤い光を捉えた。それはすなわち、この先に怪異がいるという何よりの証拠だ。


 「探査術式の反応からして、その赤い光がメルティーズで間違いなさそうね。急ぎましょう」


 メルと魅影は滑らないよう気を付けながら雨に濡れた道を走る。

 「桜の瞳」に見える赤い光は次第に近くなり、やがてメルは光だけでなく怪異自体の姿を視認した。

 メルはその姿を視認した時点で一旦立ち止まり、接触の前に様子を観察する。


 その怪異は青いブラウスと黒いスカートを身に着け、人間の女性とほぼ変わらない姿をしていた。その女性はこの雨の中で身じろぎ1つせず、じっとダム湖を見つめている。

 唯一その女性が人間と異なる点は、青色の長い髪だ。女性の腰まで届く長い髪は、肩の辺りから水で構成されているように見える。

 そしてその怪異の顔立ちは、メルと全く同一だった。


 『どうなってんだあの髪』『髪が水でできてる?』『雨でよく見えない』

 「やはりメルティーズだったわね」


 魅影がメルに囁く。


 「あの髪の色は……クローラだったかしら?」

 「多分そうだったと思います」


 メル達は1度全てのメルティーズと顔を合わせているため、その名前と外見を一応は把握している。2人の前にいるメルティーズの特徴は、桜庭メル・クローラと名乗った個体と一致していた。


 「でもあのクローラ、前に見た時と違ってませんか?」

 「それはどこを指してのことかしら?」

 「髪型です。今日は結んでないじゃないですか」


 以前顔を合わせた時は、メルティーズの例に漏れずクローラも髪をツインテールに纏めていた。ツインテールが髪ではなく水で構成されていたのが印象に残っている。

 しかしその時とは違い、今のクローラは髪を結んでいなかった。


 「なんでツインテじゃないんだろう……」

 「別に、髪型くらい気分で変えるものでしょう」


 メルの疑問を、魅影は軽くあしらう。


 「そんなに髪型のことが気になるなら、直接本人に聞いてみればいいじゃない」

 「それもそうですね」


 憶測であれこれと話していても仕方がないので、メルはいよいよクローラに接触することにした。


 「……なんだか、雰囲気が違うわね」


 クローラの姿が詳細に見える距離まで近付いたところで、魅影がそう呟いた。


 「常夜見さんもそう思いました?やっぱりメルとか今までのメルティーズとかとは違う感じしますよね~、大人っぽいっていうか」

 『なんか大人っぽく見える』『包容力がありそう』『髪下ろしてるからかな?』


 クローラはメルや今までのメルティーズと比較して、どことなく妖艶な雰囲気を漂わせていた。顔立ちはメルと同じ造りであるにもかかわらず、メルより少し大人びて見える。


 「なんでだろう……泣き黒子があるからかな?」

 『それはあるな』『確かに』『泣き黒子ってえっちだよね』


 近付いてみて分かったが、クローラの左目の下には黒子があった。それは他のメルティーズには無い特徴だ。


 「それと~……メルは別に気にしてないんですけど、いやホントにメルは全然気にしてないんですけど……」

 「何よ」

 『なんだよ』『早く言えよ』『何か分からんけどメルがめちゃくちゃ気にしてるってことは分かった』

 「……クローラ、メルよりちょっっっっっっとだけおっぱいおっきくないですか?」

 『草』『めちゃくちゃ気にしてて草』『メルちゃんってそういうこと気にするんだ……』

 「確かにそうね。桜庭さんよりもクローラの方が豊満だわ」

 「豊満って……常夜見さん言い回しがちょっとおじさんっぽくないですか?」


 クローラは泣き黒子以外に、体型にも他のメルティーズとの差異が見られた。メルや魅影が指摘した通り、クローラはメルティーズの中でも特にグラマラスな体付きをしている。


 「まっ、負けませんよ……自分よりおっぱいがおっきい相手でも、メルは負けませんからね……!」

 『気圧されてて草』『気持ちでもう負けてる』『何の勝負?』『何でもいいから早く声掛けろよ』


 メルは意を決した表情で更にクローラへと近付き、口を開く。


 「あの~……クローラ?」


 その声に反応して、クローラは視線をダム湖からメルの方へと移した。

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次回は明日更新します

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