2話 行方不明
「それで」と朝凪の言葉をまるで聞いていなかったかのように、烏は話を続けた。
「木戎たちは混入物のチェックが終わると、一輝に報告をしようと――」
「ん?ちょっと待て。パイロットの木戒がチェックしに行ったら、誰が飛行機を操縦するんだ?」
あぁ。確かに。でも副のパイロットがいるんじゃないのか?いや、それはありえない。何故なら、副パイロットの存在が、容疑者リストに上がっていなかった。
「あ。言うのを忘れてたが、そのプライベートジェットは、最新のAIを積んでいて、操縦ぐらいなら出来るらしくて。」
「「なんじゃそりゃ!!」」
そうして今に至る。
「わけが分からんぞ」
頭を掻きむしりながら言ったのは俺。
「ホントになんだよ、それ」
天井を見ながら言ったのは朝凪。
「アリバイは?誰にあって、誰にない?」
気持ちを切り替えて、俺はそう聞いた。
「まず、荷物チェックをしに行った――木戎、真理子、瀬和洲にはアリバイがある」
「ふむ」
「残った――雪子、幸子、平和、一三、叡には、幸子を除いて、お互いを保証できるアリバイがある」
「お互いに席が近かったから、離席なんてしたら分かったらしいし、離席した奴は一人もいなかった、と証言を全員からもらっている」
なるほど。そしたら必然的に、幸子さんが怪しくなってくるわけだ。
「幸子さんは、一輝が殺されてしまうまでの間、何をしていたんだ?」
俺が聞く。
「本人は、屋敷へ報告の電話をしていた、と言っている」
「あれ、それっておかしくないか?」
「なにがだ」
「いやだって、飛行機の中では、携帯を機内モードにするはずだろ?なら通信とか、そういうことは出来ないはずだろ」
「あー、これも、びっくりポイントだな。電話は、独自の回線の機器らしい。だから、海の上でも通信できる。そう言っていた」
「なるほど」
驚いた様子もなく朝凪が言った。
「んで、荷物検査は、大体9:00頃から行われて、9:30頃に終了した。これが前提。それで、幸子さんの電話は、9:00頃から開始して、9:25頃に終了したらしい。」
5分ぐらいしか確立出来るアリバイがないじゃないか。
もう幸子さん犯人でいいんじゃないかな。
アリバイがなくて、殺す時間は十分とは言えなくても、あるにはある。条件揃っちゃったよ。どうすんだよ。
「もう、幸子さんが犯人でいいんじゃないかな」
「ぃや、それがダメかもしれないから、事件を解決するの」
「……分かったよ。それで、他の人の情報は?犯人かもしれない、と思えるような内面的な要素っていうか、怪しいところ」
「これだけで犯人扱いはまだ出来ないけど、ボディーガードの誉 叡は、元死刑囚の殺人鬼なんだよ」
「「!?」」
「俺もわけが分からないんだけどな、強ければ強いほどいいじゃないって雪子さんは言ってたよ」
「いや、強けりゃいいってもんじゃないでしょ…」
朝凪は本気で困惑した顔で言っていた。
「やっぱり、誉 叡が犯人でいいんじゃないの?」
朝凪が烏にそう言う。
やはり、元といえども死刑囚になるほどの殺人を犯した、という事実は誰にも変えられない。それに、忠誠心があるとも言えない。怪しくなるのは必然…。
だが、証拠がない。殺す時間も――あるにはあるが、人の目があり動いていないとないとなると――ない。
「無理だな。誉には殺す時間がない。そして、なにより人の目があった。庇っているとなると…あぁ、また別になるが、それもないと仮定していいんだな?烏」
俺が言うと、烏はすぐさま答えた。
「ないな。…そんなことが出来るほど、器用な人じゃない」
「じゃあ、今度はアリバイがない幸子さんに疑惑がいくな」
朝凪が言ったことは、恐らく俺たち全員が思っている。なにせ犯人となりうる条件は揃っているのだ。
でも―――
「証拠がないんだよ。凶器も、死体もないんだから」
「待て待て、それは俺たち聞いてなかったぞ」
死体がないってどういうことだよ。隠したってことか?いやでも飛行機の広さ、ましてやプライベートジェットの広さなんて、知れてる。
「ホントにだよ。前提ってものは共有しとかないと。僕たちそんなの、話してもらわないと知らないんだから」
朝凪の言う通りだ。全く、勘弁してくれ。
「あー、そうだな、そりゃ悪かった。でも、やっぱり会話だけじゃ、限界があるな」
「…電話!電話とかで、本人たちの話も交えての推理って出来ないのか?」
俺が思いついた中で、最も良さそうなものを選んだ。推理って本来、本人たちの話を聞いて、矛盾点とかを探しながらするものだろうし。うん。
「…その発想はなかった。……多分、出来るんじゃないかな、電話」
これで、やっと色々整った感じがするな。
―――2分後
俺が電話で話を聞こう、と提案すると、烏は、今回使う電話は特殊な回線を使っているから、こっちも同じ回線の特殊な電話を使う必要がある。
そう言い残し、部屋を出ていった。それから2分後。
「ぉうぇいしょ!」 ガタンッ!
と小走り気味に烏が部屋に入ってきた。
大きな音を立てながら、机の上に置かれたのは押しボタン式の黒電話。
「ちょっと古くさいな」
朝凪の率直な感想を、烏は受け流す。
「こういうのは、ロマンよロマン!って言ってた」
黒電話の作業をしながら答える。
「ロマン…」
「…えーっと?*を押したら繋がると聞いてある」
「*って今日日聞かないな」
そんな話をしつつ、同時に烏は作業を進める。
「… … … っあ、繋がった」
その作業が実を結んだらしい。
「もしもし、えぇ、はい、烏です。どうも、ご無沙汰してます。雪子さん」
(木戎に変わらせてくれ)
俺は小声で烏に頼んだ。
「雪子さん。早速ですが、俺はこの事件を解決するつもりです。それも、明日には。ですが、明後日までに解決するには、あまりにも情報がない。だから今、電話をかけさせてもらってます」
(お前の探偵っぽいところ初めて見たかもしんない)
言うと、烏はキッと俺を睨みつけた。
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