1話 凪と烏丸
烏丸 烏。それは俺たち、凪兄弟の小学生からの友であり、今こうして殺人事件解決の手伝いを任されるほどの仲である。彼、烏丸 烏は探偵であり、俺たち凪兄弟は、ただの平凡な一般人。
なぜこうして、俺、凪 夕凪 そして、凪 朝凪が巻き込まれたのか、それは、事件前の3日前に遡る。
―――2日前。
「頼むよぉ〜ホント今回は、いつも便利屋として使ってくれてるトコの依頼なんだ〜」
探偵、烏丸 烏が言う。
「イヤだよ。僕たちは、探偵でもないし…ましてやその助手でもないんだ」
いつも通りの面倒臭そうな顔をして、凪 朝凪が吐き捨てたガムに話しかけるように、そう、言った。
…来るな。俺は、もう分かりきったことを予測した。
瞬間、目にも止まらぬ速さの土下座。
探偵、烏丸 烏にはプライドがないのだ。端的に言えば、何でもする。…そこが烏の面倒臭いところであり、唯一のいいところと言える。いや、そんなことない事はないが…。烏は一応頭がいい。中学の頃は常に学年トップ。
運動もできて、文武両道、オマケに男の俺から見ても顔がいい。
嫉妬心があれば、殺人罪免除、なんて法律があったら、真っ先に殺されているだろう。
だが、残念ながらここ、日本は法治国家。殺すことはできない。
「お願いします!凪様仏様!!」
戯言めいたことを考えているうちに、大声で叫ばれていた。静かに土下座してくれ。
「高級フレンチ奢るから」
小さな声で言ったその言葉を、俺たち凪兄弟は聞き逃さない。
「乗った」
こうして、俺たち凪兄弟は、この事件に深入りしていく
ことになる。この事件に何が隠されているかも知らずに。
―――1日前。
俺たちは昨日、明日もう一度会おう。と約束を取り付けた。その理由としてはいくつかある。
まずは、懸念点が多い。例えば、依頼とやらが、危険だった場合。そして、高級フレンチ以外のちゃんとした金がでるのか。とかな。
そして、その事について話し合う明日、とやらが今日なのだ。
俺たちは、西洋風の―ボロっちい―マンションを出て、烏のデカイマンションに向かう。―あいつは顔だけでは飽き足らず金もある―向かう途中には、美人店員がいるカフェがあり、朝凪とよく通っている。もも、もちろん、麗子さんを狙っているわけではない。断じて。
ゴホン。戯言はここまで。麗子さん目当てってだけで通っているわけではなく、―いや、ホントに―あそこには、なんというか、落ち着ける雰囲気がある。
そして、あのカフェはすこーしばかり特殊で、情報がよく流れてくる。誰にも言っちゃだめだぞ。
あのカフェの名前は――【サハラ】
どこに行くにも、あそこで一服――といっても凪兄弟はタバコは吸えないが――してからにしている。それは、烏の事務所【エトランゼ】に行くときも例外ではない。
―――カフェ【サハラ】にて
「いらっしゃいませ~」
麗子さんの綺麗な声―もちろん顔も性格も綺麗―が店内に響く。
ちなみに、察しはついているとは思うが、麗子さんとは、先程話した美人店員だ。
麗子さんに空いている席に案内される。カフェ【サハラ】は、2階立てであるが、完全に1階と2階で隔たれているわけではない。テラスのような、ベランダのような形
つまり、2階は1階の半分しかない。上から下を見下ろせる造りになっている。
2階の左端に案内された俺たちは、階段を登り、席に座る。俺はアイスコーヒー、朝凪は烏龍茶を頼む。
「なぁ、あいつ手伝うの、やっぱやめとこうよ」
朝凪は心底嫌そうな顔をしている。
「高級フレンチだぞ!?食いたいだろ、お前も」
「…まあ。食いたくないといえば嘘になるな」
「アイスコーヒーのかた〜」
話が白熱しているうちに、飲み物が届いていたようだ。
「はい」と答える。
「烏龍茶のかた〜」
「あぁ、はい」と手を少しあげて朝凪が言う。
飲み物を受け取り、話を再開する。
「で」
「どうする?朝凪」
俺がそう言うと、朝凪はう〜んと、悪夢でも見ているかのように唸っている。
それほど悩ましいのだろう。まあ、分からんこともない。杞憂かもしれないが、警戒しすぎても損はしないだろう。
「よし、今日の話を聞いて決めよう」
ついでに言うと朝凪は優柔不断だ。だから、中学の頃振られたんだろう。
「なんかお前、余計なこと考えてないか」
読心術を心得ているかのように、俺の心を読んできた。
「いや」
声が裏返った。
―――事務所【エトランゼ】にて
「「なんじゃそりゃ!!」」
俺と朝凪が机から身を乗り出して、同時に叫ぶ。
こういうのを『ハモる』というんだろう。そういえば、ハモるってどこから来ているんだろうか。ハーモニーとかか?
…あまりの衝撃で、無意識に現実逃避していた。その衝撃というのも、全部説明するには30分ほど前まで、遡らねばなるまい。
―――約30分前
「いらっしゃい」
少し気だるげに迎えたのは、烏丸 烏。
日本で知らぬものはいない!!と自分で豪語している探偵だ。
時刻は14:40。…まさか寝ていたのか?探偵様は良いご身分だな、などと思いつつ、エトランゼに入る。
事務所【エトランゼ】は相変わらずの汚さで、目も当てられない。ゴミを避けながら、廊下を進んでいく。
今日は、烏の話を聞きに来たのだ。大きく分けて、報酬、そして事件の概要。あまりにも難しい事件となると、こっちもお手上げせざるをえない。
「―――それで、事件の概要は?それ自体で、手伝うか決めることにした」
「んぇ?…あぁ事件ね。…なんで俺がお前たちに、手伝ってほしいってお願いしてると思う?」
「?」何が言いたいんだ?と思ったが、声には出さなかった。
「事件、めっちゃむずいから」
ちょっとドヤ顔気味に言っている。
「だから、自分と違う発想をする奴に助けてもらうのが、一番手っ取り早いんだ」
なるほどね。どうかしてるな、こいつ。
「えっと、じゃあ事件の概要を話すぞ。まずは前提条件から。事件が起こった場所は飛行機、細かく言えば、プライベートジェットらしい」
スケールが違うな。
「なぁ」と朝凪が話を遮る。
「依頼した人って、もしかして物凄い金持ちなのか?」
少し興奮気味に聞いている。報酬には期待出来るな。
「――仕事を手伝ってくれるってんなら、教えてやろう」
「わかった。手伝ってやる」
なんの迷いもなく朝凪が答えた。がめついな。
「千回分の人生を遊んで暮らせる、と本人が言っていたよ。あんまり、あの人の金銭感覚を信用しないほうがいいと思うけど」
「何が何でも解決しないとな」
朝凪はやる気満々らしい。俺もそうだが。
「やる気が出たみたいで結構」
「説明を再開するけど、容疑者、というより搭乗者は、
依頼者の平之一 雪子、
そして、殺された――と思われる平之一 一輝、
平之和家に仕えるメイド幸子、真理子、
執事の瀬和洲、息子の平之一 平和、
娘の平之一 一三、ボディーガードの誉 叡、
パイロットの木戒 操介。この9人、もとい、8人が容疑者だ。」
「それが、昨日依頼された内容か」
「あ、確かに。そういや」
と朝凪が頷く。
「それもこれから話す。…えーっと、ここも感覚がおかしくなるような話なんだけど…世界一周旅行らしくて…」
「…続けて」今にも朝凪が、灰になりかねないような顔をしている。世界は広いということだ。
「大体1ヶ月かかる旅行で、その初日に起こったらしい」
考える時間はたっぷりとあるわけだ。
「順序立てて事実だけを話すと、平之一御一行は、ひょんなことから、世界一周旅行に行くことになった。荷造りをして、屋敷に仕えている人たちにも知らせて…まぁ、そのあたりはカットするとしよう。…えーっと、荷物検査の後に、飛行機に搭乗した。そして、平之一家の大黒柱、一輝が忘れ物や混入物などのチェックを、パイロットの木戎、メイドの真理子、執事の瀬和洲にするよう話した」
…なんか、ありがちな異世界コミックみたいな語り始めだったな…
「異世界コミックみたいな話し方やめーや」
朝凪も俺と同じことを考えていたようだ。
読んでいただきありがとうございます。