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2:女神の証明

「ただいま〜」


 アパートに帰り、独り身のくせにそんなことを口走る。

 今日は珍しく定時で帰れたのが内心とても嬉しすぎたためだ。浮かれていた。

 すぐに現実を受け入れた自らのため息で先の挨拶を払拭して、靴を脱いでドタドタと居間に向かう。


「あ、おかえりなさい! 抱き枕くん♡」


「……夢じゃなかった」


 出迎えたのは、透けるくらい薄手のローブを一枚だけ羽織った桃色髪の美女。

 ここは独り身のアパートの一室だ。

 美女なんて金銭が発生しない限り現れないような場所だ。

 そして俺は、そんなお金のやり取りなんてした覚えがない。


 覚えがあるとすれば、昨日の夢だ……。

 俺の寝室がなぜか真っ白になっていて、そしてそこは、この世で死んだ人間を異世界に送るための空間なんだという。

 それを説明してくれたのが、この美女だ。

 彼女は死んだ人間を異世界に送る役目を担った女神様らしい。


 実際にいきなり現れた少年をピカッと消してみせたものだから、夢だとしても驚いたものだ。


 そんな夢の住人が、今実際にオレの部屋にいる……。


「……まさか」


 嘘だろ。信じられん。あれは夢だったはず。

 朝起きてもまだ夢の中にいて、隣にこの女神が寝ていたから、起こさないように白い空間を出た。全部真っ白だったけど、長年この部屋に住んでいた経験からなんとなく、見えないドアのドアノブを手に取り、ガチャッと開けたら、四角く切り取られた居間が現れたから、普通に出た。

 ドアを締めて、俺は真に目覚めた。


 うん、今朝の記憶から意味わからんかった。

 え、これ、今朝の記憶、もしかして夢じゃなくて現実だった……?


 その真実を探るべく、俺は一旦この女神を名乗る美女を無視して、寝室のドアを開けたのだった。

 眼の前に広がる白い空間。


 現実だった……。

 あと見知らぬ少年がそこにぽつんと立っていた。


「うわ!? 誰だよあんた!? もしかして神様!? これ、もしかしてラノベとかでよくあるチート貰って異世界転生するってやつ!?」


「知らんわ」


 物分りが良すぎるタイプの少年だった……。

 すぐにドアを閉めて、そして、女神様に向き直る。


「……あっちに、誰か居るんだけど」


「え! もう次の転生者が!? はいはーい! 今行きまーす!」


 女神は少年に【転生先は魔王を超える裏ボス】となるチートを授けて異世界へと送り出した。

 俺の目の前で、一連のやり取りが行われた。


 昨日は働きすぎて脳みそが死んでいた。今朝は単純に寝ぼけていた。

 だからこんな非日常、夢だと割り切ることができたのだ。


 そして残念ながら、今の俺は、定時上がりの冴えた頭の持ち主。

 こんな、受け入れざるを得ない非現実を、唐突に突きつけられた衝撃は計り知れない──。




 ──わけでもなかった。

 案外、さらっと割り切れた。

 現在、二人でカップ麺を啜りながら居間でテレビを見ている。


「それで女神様。あんた、なんでうちの一室をあんなことにしちゃったワケ」


「特に理由はありません! 強いて言えば、イチから領域を構築するよりも手頃な空間を改築するほうが楽だしコスパがよかっただけです! その場所にたまたまここを選んだだけに過ぎません!」


 女神の気まぐれで俺のパソコンとオタグッズが消滅したのかあ。

 出てってくれるとき、ちゃんと元通りにしてくれるんかなあ。


「へ? 出ていきませんよ?」


 聞いてみたらこんな返事をされた。


「神ってほんと、人間の願いを聞き入れてくれないんすね」


「そんなことないですよ。数千年に一度は聞いてますよ」


「もっとコンスタントに聞いてほしいなあ」


 せめて次に神々が願いを聞き入れに現れたとき、人類が滅亡してないことを祈るばかりだ。

 それが叶わぬのなら、せめて俺の寝室もとに戻して。


「だから、出ていきませんよ」


 俺にはこの女神が悪魔にみえる。

 サキュバスあたりに見える。


「……わかった。神に反抗するつもりはないよ。俺が出ていく。それじゃあお仕事頑張ってくださいさよなら」


「え!? ダメですダメです。あなたが出ていくなら、私がここにいる意味ないじゃないですか!」


「いや意味わからんが?」


「え、だって、あなたは私の抱き枕に任命したじゃないですか♡」


 ……何を言ってるんだこの女神は。

 いや、なんか聞いたことあるぞこのフレーズ。昨日の夜、寝る直前に、そんなこと言われた気がする。

 というか、さっき帰宅した俺を出迎える時に、そういえば俺のこと「抱き枕くん♡」と呼んでたわ。すげぇ不本意。


「昨日、神である私を差し置いて眠る神経の図太さと、何より、添い寝したときの抱き心地で確信しました……あなたは、私の抱き枕になるために生まれてきたのだと!」


「神が人の尊厳をやすやすと踏みにじるのやめてほしいわ……」


「なんでですか! 神に必要とされる人間なんてイエス以来ですよ! 凄い名誉なことだと思いますよ!」


「……そう言われるとそうかもしれん」


「でしょ! それじゃあ、お分かりいただけたということで……寝ますか?」


「俺、風呂入ってないけど」


「昨日だって入ってないですよね? あの抱き心地を再現するために、今日もそのまま寝てください!」


 風呂りたいのに手を引かれて、半ば強引に白い空間へと誘われる。うわちからつよいこの女神!

 白い空間にある不釣り合いな安物のシングルベッドへ、押し倒されるように横になると、女神はすかさず、俺に密着して、足を絡めてきた。


「はわ……さいっこー……それにオス臭ぁ♡」


「風呂入ってないからね! しょうがないでしょ臭いのは!」


 深呼吸でもする勢いで嗅がれてはずかしい。うう、冒涜されてる……。

 しかし俺も俺で、こんな美女と添い寝できるのは約得だと思っているところもある。肌触りがもともちかつスベスベだし、俺とは対照的で、いい匂いもする……。


「やっぱり間違いありません。あなたは私の、運命の抱き枕くんです♡」


 そうですかと聞き流そうと思ったが、次の言葉は、男として、聞き逃すわけにはいかない発言だった。


「ご褒美として、おっぱい揉んでもいいですよ……♡」


 この瞬間、この女神は、俺にとっての正真正銘の、女神様になった。

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