15:間に挟まる女神
久しぶりに、自宅アパートの狭い台所に立った。しかし、何が何やら……。俺の狭い台所は、俺の知らない調味料がぎっちり並べられていた。
料理をあきらめ、居間に戻る。
コタツに入って、先客につぶやく。
「夏希ちゃん、料理ガチ勢すぎて俺が入り込む余地ないんだけど。俺の台所なのに、俺の居場所ないんだけど」
本庄夏希ちゃんは、以前転生させた子の友達だ。転生のことなど知らず、傷心していた彼女をほっとけなくて家に招いたところ、なんだか俺と女神の不摂生過ぎる食生活が目に余り、以後、定期的に料理を作りに来てくれる。
俺たちはすっかり、女子高生に胃袋を掴まれてしまったのだった。
しかし、彼女は、来年から受験生。勉学に励まなければならない。
料理を作りに来てくれる回数が減ってしまったので、今日、意を決して俺は台所に立ったのだが……駄目だこりゃ。卵かけご飯にしよ。
冷凍ご飯チンッ。
生卵トゥルン。醤油を垂らしてかき混ぜて、ご飯の上にトロトロトロ……。
「ハムッハフハフ、ハフッ!!」
人はTKGを掻っ込む時。しばしば理性を忘れて、ケダモノになる。
それはどうやら、女神も同じのようだ。
桃色の髪を耳にかけ、ガツガツと獲物にありつく。
「ハムッハフハフ、ハフッ!!」
神の気品などかけらもない食い意地。ワイルドだぜ。
この女神、別に食べなくても、なんなら寝なくても死にはしないというのに、三大欲求に忠実過ぎるんだよ。
まあこれまでは、TKGごときで満足してくれるので安上がりではあったのだが……。
「ふう。ごちそうさまです。しかしあれですね。やっぱり夏希ちゃんの手料理には劣りますねえ。もっと凝った料理が食べたいです!」
夏希ちゃがくるようになったために、安上りだった女神の舌が肥えて、あつかましい要求をするようになった。
しかし俺の調理技術が圧倒的に足りないので、叶わぬ願いだ。
週に一度の夏希ちゃんを待つほかない。
「わがまま言うな。ポテチ食っていいから」
「わーい!」
女神はお菓子コーナーを漁って、ホクホク顔でコタツに戻ってきた。やはり安上りなの助かる。
「これ食べたらマイクラ露天掘りしていいですか?」
「いいけど、好きだねえ」
普段は勝手にパソコンを使う女神だが、これはPCを長時間占領するけどかまわないよね? という、一応の配慮だ。これまでの懸命なしつけによって、曲がりなりにも、俺に気を遣うようになってきたのは素直に嬉しい。
「じゃ、俺寝る」
「はーい」
女神はマイクラに入れ込むと徹夜もよくするから、俺は一人で、自分のベッドを心置きなく占領できるので快適だ。
ふすまを開けて、白い空間に足を踏み入れる。
あ。
学ランを着た細身の男子がそこにいた。
転生者だ。
「おーい、女神! お客さん!」
ふすまは完全に閉じて白い空間の一部となってしまったが、大声を出して、居間にいる女神に声をかけた。
残念なことに、この空間の防音機能はザルだ。今だって耳をすませば、マイクラの規則正しいブロック破壊音が延々と聞こえてくる。
「あーごめんね、すぐ来ると思うから、もうちょっと待っててね」
「ここは……どこだ? お前は誰だ?」
キョロキョロと辺りを見渡し、中腰で警戒する転生者。
おー。珍しいな。
物分かりが悪いタイプの転生者だ。
「後で女神がくるから、その時に全部聞いてくれ。俺のことは気にしないでいいから」
「気にするなと言われても……何か知っていることがあるなら話せ。どうして俺をここに連れてきた?」
そして誰に対しても高圧的なタイプかよ。めんどくさいな……。
異世界じゃ結構、こういうのが評価されるらしいから、転生者適正はマルなんだろうが、受け答えする身にとってはちょいちょいイラつく。俺、年上ぞ?
老婆心ながら、注意してやるか。
「おいおい、口には気をつけろよ。言葉遣い一つで、人は敵にも味方にもなるんだからな」
「ふうん、つまり、あんたは僕の敵ってことか?」
なんでそうなる?
呆れて再度口を開こうとした瞬間──俺は白い世界で、上下の感覚を失った。
いきなり、ふわっと浮いたのだ。瞬く間に平衡感覚を失い、俺は背中から叩きつけられた。
ギシっと強くしなるベッドの声。
目の前に迫る、転生者の少年の顔。
何が起きたのか……混乱する頭で、この少年に投げ飛ばされたのだと気がついた。
「古武術……藤影流【蛙返し】」
なっ!? 古武術だと……!?
しかし中二病が、取ってつけたようにやみくもな技を繰り出した訳じゃない。蛙返し……こんな病弱と言っても違和感のない細い少年に、中年太りしかかっているこの俺が投げ飛ばされたのは紛れもない事実だった。
本物の古武術。
俺の中二心が、くすぐられる……!
「さ、話してもらおうか。なんならもう一度投げ飛ばしてやろうか?」
「す……すげえええ! 今の技、超やべえ! かっけー! あ、もう一回やってくれんの? よーしばっちこい! あでもベッドの上にね? 痛くしないでね?」
思わず興奮して早口なっちゃった。
少年は俺の勢いに引き気味で、嫌な顔してた。
「な、な、な、何やってんですかーーーー!?」
黄色い悲鳴に目を覚ます。
女神が顔を真っ赤にして、俺を睨んでいる。
ようやく来たか。待ちくたびれたぞ。
俺は結局、この子に古武術を一通り学んで、技の練習にも付き合ってもらった。
俺は代わりに、少年が置かれた状況を説明することで情報を売った。
少年もなんだかんだ、俺が古武術に興味を持ってくれたことが嬉しかったようで、親切に教えたり、投げ技や極め技を意地悪に教えたり……。
最終的に「師匠」と「弟子」で呼びあった結果。
距離感バグった。
「あははっ! 暑いー! おい弟子、根性あるじゃん」
「いやいや、もう流石に疲れたよ師匠! もう動けん。汗だく!」
「僕もパンツまでびちょびちょ。えい。全部脱いじゃえ」
「わはは。俺も脱ご。てか師匠、ちんちん小さすぎね?」
「うるせー弟子のくせに舐めんな! ちょっと寝る! あー全裸ベッド気持ちよすぎるー」
「あ、ずる! それ俺のベッドだから! おら返せ師匠!」
「うわー! 入ってくんなよー! あはは! くすぐるなよやめろー!」
……みたいなやりとりして、いつの間にか寝てたのだ。
男二人。
全裸でベッド。
何かが起きるはずもないが、女神の目にはどう映っただろうか。
「わわわ、わた、私も混ぜてください! うっひょー! オス臭ぁ♡」
女神は俺とまだ寝てる師匠の間に入り込んで、フェロモンを堪能した。
そして反射で飛び起きた師匠に投げ飛ばされた。




