13:その男、悲しき運命と共に…女神の涙を添えて
「ええい! そ、そんなことはどうでもいいのだ! 女神よ! ワシをまた転生させてくれ!」
「はあ……。もう、いいじゃないですか。諦めましょうよ。ねえ?」
気まずさに、最初に音を上げたのはクソジジイだった。
話を戻して、転生の議論に再び移行する。女神もうんざりやんわり拒否の姿勢だ。
埒が明かないな。
「なあ、あんた。なんでそこまで転生に拘るんだ? そんなにヨボヨボになるまで生きながらえて、女神の作ったこの空間にも作用するほどの力を持ってる。生前はさぞ偉大なるお方だったんじゃないか? 十分、功績は残してきただろうに」
こうなりゃ俺も口を出さなきゃ収まらん。
まずは何が不満だったのか探ってみよう。
しかしクソジジイは、俺にガンを飛ばすだけで何も答えちゃくれない。ウッザ!
「……彼は、最初の転生では、魔王になったんです。三千年は生きて世界を統治したんじゃないですかね」
「すげえじゃん」
「ふん……。それでも、最終的には人間の勇者に敗れたのだ……。ワシは気付いた。魔族など所詮、人生を水増ししているだけだとな。人間として生きる方が、より濃密に人生を謳歌できるとなァ!」
三千年も生きた魔王だったか。この白い空間。女神の領域に介入するだけの力があったのも頷ける。いや知らんけど。
しかし人間に討ち取られて、人間の生涯を送りたくなったと。
……やっぱ贅沢な話だ。
「……それで、今度は人間として、剣聖として大成功を収めたんですよね? 世界中に石碑が立って、各国の首脳も頭を垂れるような偉大な存在だったんですよね?」
「その通り! ワシは、世界最強となった! この年齢で寿命でくたばるまで、いよいよ誰にも負けなんだ!」
って今が転生二週目だったの!?
確かに魔族って見た目じゃないもんな。普通のクソジジイにしか見えないもんな。
贅沢の極みみたいな話だなこいつ!
「いやもういいだろ。楽にしてやれよ女神。こいつの強欲は際限がねぇぞ」
「違うんです! 抱き枕くん……! この人の願いは、ただ一つ、本当にささやかな……しかしどうにも、叶わないものなんです……! 」
呆れて進言するものの、意外にも俺の言葉を否定したのは、女神たった。
目を潤ませて、慈愛の表情で、クソジジイの気持ちを肯定してみせたのだ。
そして……重い口を開く。
女神は、一筋の涙を流して……。
「彼は……童貞なんです……」
…………え?
「最初の人生三十年。魔王に転生した三千年。そして剣聖として寿命を迎えた八十年……彼は一度として、女性とチョメチョメしたことはありません……」
女神の言葉は、雷に打たれたような衝撃を俺に与えた。
なんで、どうして……!?
最初の人生はまだわかる! でも二回目からはもう、嫌でもするだろ!? 三千年も保てるか!?
童貞!
その地位で致せないのか!?
セックス!
「嘘だろ……なんで、魔王の地位もあれば……最強の剣聖にもなれば……! 寄ってくるだろ! 向こうから!」
「ダメなんです! それが……それが彼の魂に刻まれた【運命】なのです。絶対に逃れられない。成仏して、魂を分解して、再構築して、新たな【運命】に書き換えなければ……彼は絶対に、童貞から抜け出すことはできません……」
「そんな!」
声が震える。バカな、そんなの……生物として生まれた意味がないじゃないか!
童貞のまま生涯を終える【運命】!
誰が定めたというんだ! そんな地獄のような【運命】!
「クソジジイ……お前、まさか、脱却しようとしているのか……! 己の【運命】を! 童貞である宿命から! 次こそは成し遂げようというのか! ──セックスを!」
「その通りだァ! ワシは、運命に抗う! そのために、この魂のまま、絶対にセックスしてみせる! だから転生させてくれ! 女神よォ!」
頭を掻いて、女神はしかし、首を横に振る。
「もう、諦めましょうよ。私だって、あなたの頑張りを見てましたから、だからこそ、これ以上無駄な時間を送ってほしくないんです」
無駄な時間……。その言葉を発した女神の肩に、俺はそっと手を置いた。
振り向く彼女に、それは違うと、首を振る。
「転生……させてやってくれ、女神よ。この漢の信念は、きっと運命なんかに負けない。打ち破ることができると思うんだ……!」
──こうして、納得のいかない顔をする女神を説得して、結局あの運命に抗う漢は転生した。
転生チートとして、前の二回の転生で得た【魔王の力】【剣聖の力】を持たせて……。
「はあ……。大丈夫でしょうか」
「なに、あの漢は本物の主人公だ。運命に抗ってこそ、その魂は強く輝く。そしてその輝きを得るために費やした時間は、決して無駄なんかじゃないんだ」
そう……。
たとえ、この転生でも童貞を脱することができなかろうと。
俺は、あの漢の物語を応援したい……!
「さて。じゃあ……俺、寝るけど。お前もひと仕事終えて疲れただろ。寝ようぜ」
女神の手を引いて、半ば強引に、ベッドに連れて行く。
わ。わ。とおとなしく引っ張られる女神。
そのまま、ぼふんと、押し倒してやった。
「ど、ど、どうしたんですか抱き枕くん……。今日はなんだか、珍しく、強気ですね……?」
「いやはや。ただ、己の運命のありがたみを享受しようと思いまして」
冷たいシーツと女神の柔らかな温かさのギャップを堪能して、俺たちは抱き合って寝た。
ああ、生命の危機を感じると種の保存本能が働くんだっけ?
なんか、そんな豆知識が頭をかすめた。どうでもいいけど。
まあ、今はただ、童貞クソジジイの行く末を見守ろう。
女神の胸の中で……。




