12:厄介者がやってきた!
ある晴れた日のこと。
たまの休みに、ベッドの上で、ゴロゴロ惰眠を貪っていた。
白い空間は外の気候は関係ない。気温も湿度も一定に保たれていて、暖かな陽気と清々しい空気にあふれている。
最初はいささかまぶしく感じていたものだが、今ではもうすっかり慣れた。もともと俺は、真っ暗じゃ寝付けないタイプ。オレンジの小さな灯りをつけたくらいがベスト。
これくらい、朝の陽ざしよりもまろやかな白い光なら、じゅうぶん、許容範囲内だ。
女神の脚が絡んでくるのも、適度な圧迫感があっていい。
細い腕はその見た目に反して割とちからがつよいので、いつも出社時は抜け出すのに苦労するのだが、今日は休みだ。
仕方がない。いっぱい抱っこされてやろう。
――突然、世界は闇に包まれた。
温かな陽気は瞼を通して、白い闇の中で俺はまもなく、二度寝の夢の中に至る寸前だった。
突如として辺りは暗くなり、冷たい風が布団の中まで潜り込んでくるので、驚きと共に一気に目が覚めたのだった。
白い空間は、暗雲が立ち込める、夜の世界に変貌していた。
なんだこれ……? さ、さむっ!
熱を求めて、女神に抱きつく。あったけ〜。やわらけ〜。
「抱き枕くん……怖がらなくても大丈夫です。あなたは私が……守りますっ!」
いつの間にか起きていた女神は、いつもとは違う、神妙な声で俺を励ました。
いや怖くない……いややっぱ怖いな。
物理法則を無視した白い空間ってだけで普通は不気味なのに、それがなんだか、いつもと違う黒く異様な空間になってしまった。不安ではある。
女神は険しい表情で、一点を睨みつけていた。
俺もそれにならって、女神の視線の先に目を向ける。
視界がそこに行き着くまで、みるみる闇は深くなっていった。
そして闇の中心。発生源といってもいいかもしれない。
そこに、一人の人間が佇んでいた。
転生者……。
しかし、これまでとは明らかに異質な人物だった。
黒い鎧を纏う男だ。
その男は、にやりと笑って俺に人差し指を向け──。
「危ないっ! 抱き枕くんっ!」
女神の叫び声。刹那、黒い雷が俺めがけて、瞬いた。
間髪入れず、ピシャリと甲高い爆音に鼓膜が震え上がった。
俺は、情けないことに、ビクリと跳ねて、女神により強く抱きついてしまった。
だが……無事。痛み一つなく、何事もない。
いつの間にか手を伸ばしている女神が、振り払うように手を下ろした。
透明なカーテンがふわりと開くような感覚があった。
もしかして、黒い男が俺を攻撃して、それを女神がバリアみたいな力で守った……?
……え!? 俺、攻撃されたん!?
なんで!?
「ふん、腕は衰えていないようだな……女神よ!」
「腕はってなんですか! 他は衰えてるみたいな言い方しないでください! 衰えてません!」
男はふふふと笑って、女神もなんだか、親しげに話し合う。
黒い男がこちらに歩き出すと、だんだんと闇が晴れていき、次第に、元の白い世界へと戻っていった。
男の顔が、よく見える。
齢80は行ってそうなクソジジイだ。白いヒゲを生やして、シワの数が生きた証といった貫禄がある。
クソジジイは次いで、俺に対して、怒りの表情を向ける。
「それはそうと貴様……! 白昼堂々! しかも人前で! 何しとるんじゃああああ!」
再びクソジジイから闇が溢れ出した。
しかし今度は女神が事前に食い止めることに成功したようで、途中で闇の進行は止まり、みるみる引いていく。
「……いやここ俺んちだから。お前が勝手にやってきといて、人前で何しとんじゃって、いやお前が何しとんじゃ?」
「なぁにぃ? このワシに口答えをするとは……礼儀がなっとらんな?」
クソジジイが意味深なこと言って俺に手をかざす。おそらく、何か魔法じみた能力で俺を無理やり跪かせたりするのだろう。
もしくはブチュン! って殺すか。
だからすぐさま、俺は女神に抱きついた! 守っておねがい!
呼応してしっかり俺の前に立ちはだかる女神の、なんと頼もしいことか! かっこいい!
クソジジイは素直に、俺に何かをすることを諦めてくれた。やーいやーい。
「ちっ女神め……、まあいい。本題に入ろう。──女神よ、ワシを転生させろ!」
「はあ〜〜〜〜。やっぱりそうだと思いましたが……またですかぁ? いい加減にしてくれません?」
「黙れ! 今度こそ……今度こそ最高の人生が送れるはずなのだ! だから頼む! 女神ぃ! ワシを転生させてくれえっ!」
クソジジイはわなわなと震えて懇願する。
女神のクソデカため息と話の流れから推理すれば、おそらく、このクソジジイは何度も転生を繰り返しているっぽいな。
こんなおじいちゃんになって、何十年と人生を満喫しておきながら、おかわりを要求しておるのか……。
「え……往生際が悪すぎね……?」
「黙れ貴様ァ! 殺すぞっ!」
その上癇癪持ちかよ……。こっわ……。
クレーマーみたいだな。
こんな年になるまで生きて、大往生したんだろ。そろそろ、終止符を打つべきだろ。
「女神、成仏させてやれ。それがこいつのためだ」
「抱き枕くん……。まあ、そうなんですけどね。ですが、その……なんというか……」
んん? 女神にしては歯切れの悪い返答だな。
なんだか、このクソジジイに肩入れしてるように見える。
クソジジイは不思議に思う俺の心を見透かしてか、ふふんとニヤケ面を浮かべた。
「おやおや、気になるか? ワシと女神の関係が……! 昔の男であるワシが気になるかぁ?」
なぬ……?
昔の男……?
女神をちらと見ると、目が合った。そしたらビクっとして、首をめちゃくちゃ早くブンブン振るのだ。
「あーもー! 抱き枕君に変なこと言わないでください!」
クソジジイにそう怒って、俺の頭をぎゅっと抱く女神。ぽよぽよだ。
「あの人は、その……とても可哀想な人なんです。だから昔、親身に話を聞いてた時期がありまして……でも、それ以上なにもありません! 本当です!」
いや何を必死に弁明しているのかわからんが……それを俺に言われましても。
まったく関係ないんですが。
「ふん、確かにワシと女神の間に肉体関係こそなかったが……ワシは確かに、感じていたぞ! 心の繋がりを! それに引き換え貴様はなんだ! 『抱き枕くん』だったかな? 所詮、女神の愛玩具止まりだろう? 心の繋がりも! ましてや肉体関係などないんだろう!?」
勝ち誇って熱弁するクソジジイ。高笑いせんばかりだ。
いや……しかし……それは……。
「あー、うん……ソウダネ?」
「……」
俺はなんだか、申し訳なくて、クソジジとも女神とも、目を合わせられなかった。
女神も途端に、押し黙るし。
「……え? え?」
クソジジイの無様な声が、か細く聞こえた気がした。




