コラム とある西征の捕虜
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その捕虜の名はどこを探しても残っていない。
元々第3回十字軍に付いていったイングランド人で、各地を転々としながら国にも帰れずに欧州各地をさ迷ったようだ。
西征の折りにそんな人を戦って捕虜にしたのだ。
モンゴルの総司令官バトゥも興味津々だった人物だ。
その人物は十字軍から逃亡者、そして放浪者から傭兵と流れてモンゴルと戦った。
割とモンゴルにとってそんな経緯なんか興味はない。
その人物はさ迷う内に、英語、スコットランド語の他にフランス語、ドイツ語、ポーランド語、チェコ語、ハンガリー語等のヨーロッパ諸言語。そしてアラビア語、ペルシャ語、ユダヤ語等の周辺語をバッチリ話せた事だ。
この通訳にうってつけの人物にバトゥも随分と金銀を送り、歓心を買うのに躍起になっていた。
しかしその人物はどうしたことかモンゴルにだけは靡かなかった。
それは仕方ない事だった。モンゴル人はキリスト教をぼんやりとしか信じない。
敬虔なそいつは納得行かない。
そしてモンゴルに付きまとった黒い噂が後を立たない。
ヨーロッパ人はモンゴル帝国人を『タルタルズ』と呼んでいた。これはモンゴル高原で一番有名になったタタール族が訛ってタルタルズになったのだ。
そのタルタルズは人の生き血を飲む。生き血が無いのなら泥水を啜る。何人も何人も、泥水に群がる。
こうまでも言われていたのだ。まるで悪魔の化身だね?
中華戦線では逆に半ば解放軍扱いだったのに、ヨーロッパでは悪魔扱い。
これはヨーロッパにおいて戦争という物が、外交と交渉の手段の一つとして存在しただけだったからだ。
身代金の授受、賠償金の獲得が要するに戦争なのだ。
モンゴルはその意識では戦争をしていない。
要するに全面降伏イエスかノーか?
その問い詰めでしか戦争をしていないからヨーロッパでは恐れられたのだ。
そんなのに寝返る気にはならないだろう。しかしバトゥはあの手この手で必死だったのだ。
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