モンゴル帝国に抗った人達1 南宋の烈士文天祥
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金王朝が滅びた後、モンゴルの目の前に居たのは南宋という、中国の南半分を持っていた国であった。
思いの外手強い。彼らは他の国々の奴らと違ってカネで買収されにくい。
ジンギスカンの孫にして第5代大ハーンとなったフビライ・ハーンも弱り果てていたが、南宋の高官は意外な方法で買収出来た。モンゴルが貰うから持っていたけど邪魔で仕方なかった書画骨董の類いである。
南宋は意外にも文官の国だ。文官に多大な給料を払い囲ってきた国だ。退職した文官には道教のお寺の住職まで与え、退職手当にしている始末だ。
そんな文官はお金には飢えていない。ただ、もちろん支払がどうしても有るだろうから贅沢品をすぐに買える訳ではない。それをモンゴルから貰えた訳だ。
現に宰相である賈似道までもが越南に仲間を探しに行くと出かけて帰って来ない。
そこに敢然とモンゴル。いやこの時期になると元朝と呼ぶのが相応しいだろう。に、立ち向かう若者が居た。
若者の名は文天祥。文官養成学園大学を首席で卒業したが、その卒論が余りにも南宋の弱点である内輪揉めの肺腑をえぐる内容だった為士官先が無かった。彼は自ら南宋防衛の義勇軍を立ち上げ元朝に立ち向かう事に決めた。
この時恐らく、後に十八史略を編纂した曽先之とも親交が有ったのかも知れない。同書にしては珍しく明確な台詞も有る。
「宋が文官を養う事600年、存亡の危機に有って一人の文官も立ち上がらないのも不義理だろう?」だそうだ。
彼は徹底的にゲリラ戦術に打って出た。
モンゴルが手薄な城塞を占領、解放。そして再び次の手薄な城塞を占領、解放。文天祥は意外にも善戦していた。
しかし、いちいち都市を占領、解放する動作は本来ゲリラ戦術には必要無い。
別の組織に任せるべきなのだ。
生憎そのゲリラ戦術にしては脚の遅さが仇となり、遂に捕縛されてしまう。
モンゴルは優秀な敵には敬意を払う。
それは文天祥にも適用された。
越南国境の辺りで最後の南宋皇族を討ち果たし、完全に消滅した後、文天祥は石牢から出され、フビライ・ハーンの元に引き出された。
「朕に仕えてくれないか」
「ただただ死を賜るのみです!」
かくして再三に渡る降伏勧告に応じなかった文天祥を救う事は出来なかった。
石牢に居た時に書いた『正気の詩』は今なお多くの人に愛読されている。
その死は幾人もの新たなる文字通りの文天祥を作った。
当人の名前を名乗るゲリラ部隊が旧南宋に蔓延る事になるのだ。
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