帝国散って日が暮れて2 取り残された者達
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モンゴルにしても何にしても、遊牧民として生きていれば騎乗レベルと環境の兼ね合いから、戦闘時に遅れたり落伍したりなんてことはままある事だ。
現にジュチが仲間に引き入れたトルコ系遊牧民のカルルク族は、英雄王の軍勢の落伍兵であるという伝承も有ったりする。カルルクの本来の意味は雪の精霊という意味なのに不思議なものだ。
モンゴルにも……落伍兵は存在する。
旧南宋である中国雲南省の山奥にある森の中の集落。そこにはその地域に無い不思議な習慣を持つ人々が居る。
1回目の乾杯時、杯に指を入れ一回目はそれを宙に弾く。もう一度指を入れお次は床に弾く。三回目は額につけるのである。これは天地人の神々にお酒を捧げるというモンゴルの風習そのものだ。彼らはずばり山岳と森林に騎馬の行動が思うように行かず、現地に取り残されそこに住み着いた蒙古騎兵の末裔なのだ。
何世代にもわたる内に持っていたものを手綱から鍬に切り替え、何世代もかけて融合し現地に溶け込んでいったのだろう。しかし何故か乾杯の風習を捨て切る事が出来なかったようだ。
無理もない。世界の乾杯の由来を詳しく知っている訳では無いが、中華帝国の乾杯の所以は非情に泥臭い。
国家間の外交の場において、お互いの酒杯に毒物を混入するなんて平気で行われた戦国春秋時代、お互いに青銅もしくは銀の杯を派手にぶつけ合い、お互いの酒杯に飛沫が入り込む。これでお互いの毒が混ざり合い、飲み干した頃にはお互いお陀仏だぞ。という行為なのである。同じ事なんか出来るわけがない。
案外乾杯の作法が残ったのは必然だったのかも知れない。
さて、中華に居残って落伍したのは何も蒙古騎兵だけではない。中国某所の斎家村。そこには中国ではなかなか無い苗字「斎」さんが沢山住んでいるのだそうだ。
この方々、その伝承は元朝末期に宰相をしていたアラビア人のサイードという人物の隠れ里とされている。サイードの頭取って斎さんという訳だ。
この人も逃げるためにあちこち駆けずり回り、遂に諦めてそこに居ついたのだろう。
さて、戦争って言うもので落伍兵や取り残された人なんて実は日本にも沢山いる。
有名どころは陸軍中野学校卒業の小野田さんなのだが、サイパン島にも居た。大場栄大尉と49人の部下たちもまた戦争が終わったことを本国から聞かされていないという理由で抗戦。アメリカさんが困り果て、遂に当時の上官まで引っ張り出して降伏するように司令し、やっと戦後1年して投降したそうだ。
いや?この方々は帰ってきただけまだ良いのである。
ベトナム戦争の士官学校には旧日本軍の将校さんが夜戦や通信を教鞭していたそうだし、インドネシアでは再び植民地化しようとやって来たイギリスに現地の人々と一緒になって立ち向かった。それぞれ名前も伝わっていない日本の落伍兵も居るのである。
戦争ってのはどうしてもこうなってしまう物なのだろうね。というお話でした。
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