私の眼はどこかおかしいようです
これ長編じゃないよねと必死に短編にまとめた。
「君は私を怖く思わないのか?」
結婚して半年。愛しの旦那さまに問い掛けられた。
「怖い? ああ、軍の訓練とかの鬼軍曹ぶりは怖いかもしれませんね。でも、部下を殺さないように厳しくしているのかと思うと怖いなど思いませんが」
誰かのために優しくできる人は多いかもしれませんが、誰かのために厳しくするのは難しいですからね。
のほほんと答えると。
「違う。そうじゃない」
と突っ込みが入る。
「ああ。だから、半年経ったのに逃げないし、怯えないし、普通に会話するんだな……」
不思議な事を呟いて旦那さまが口元を手で押さえる。
逃げる?
怯える?
「怯えるような事をしましたっけ?」
「普通。閨で怯えると思うが」
私が怖いだろう。
閨と言われて顔を赤らめる。
「い、嫌ですわ……こんな昼間から……」
頬に手を当てて熱くなった顔を見られないように旦那さまに背を向ける。
「………本当に恐ろしくないのだな」
信じられないと呟かれて、どうしたのだろうかと旦那さまに視線を向ける。
魔を払うと言われる綺麗な銀色の髪。
深い深い夕暮れを思わせる紫の瞳。
どこからどう見てもいつもの旦那さまだったが、
「旦那さま。いつもより目立つようになりましたね」
目立たない印象があったのにはっきり見えます。
「オリビアにはそんな風に見えていたんだな」
と意味不明な事を呟かれて、首を傾げた。
数年前呪術王と名乗る存在が、あっという間に世界の大半を支配していった。
抵抗しようとした国は、兵士が石像化したり、氷漬けされたり、最初に支配された国は王族が洗脳状態であった。
抵抗するモノは誰もが呪いを掛けられて、ある者は自信の有った剣技を奪われ、魔力を消されて、一気に老いぼれの老人に姿を変えた。
そんな呪術王から世界を救うために旦那さまを含む数人が神の啓示を受けて、神の武器を借りて呪術王を倒した。
呪いと引き換えに。
『オリビア。アークライル伯爵に嫁いでくれないか?』
お義父様に申し訳なさそうに言われた日の事を覚えている。
呪術王によって被害が酷かった場所の復興に貢献したという事で男爵位を得たお義父様は王命によって呪術王を倒した英雄――アークライル伯爵の元に娘を嫁がせるように言われたそうだ。
『お前をそんなつもりで養女にしたわけではないのに……』
呪術王によって身内を喪った私を呪術王が現れる前に病気で亡くなった娘と重ねてしまったと告げて、養女にしてくれたお義父様はずっと詫びていた。
アークライル伯爵はかつてこの国の第三王女の婚約者だった。元々、英雄として評判で第三王女に嫁がせるために爵位を与えたとか。
で、呪術王を倒したら結婚と言われていたが、呪いを受けて、婚姻破棄となったとか。
ちなみに呪いの内容は知らない。
『王女様と結婚を破棄したと思ったらいろんな女性とお見合いしたがことごとく失敗したとか』
呪いの所為で。
で、その白羽の矢が立ったのだ。
すまないすまないと謝るお義父様に恩を返せる機会だと受け入れた。
だが、
お会いしたアークライル伯爵は、どこが呪われたか分からなかった。
ただ呪いによって、人を信じられなくなった人であった。
そんな旦那様と一緒に過ごして、半年が経った。
その半年の間に旦那さまの良いところはしっかりと見せてもらった。
亡くなったお母さんは結婚する前はしっかり夫になる人を観察して、いいところと悪いところを見極めて結婚するか考えなさいと何度も言っていた。
そして、夫になる人の性格を見極めてから、その周辺の人も見ておけと。
………どうも、お母さんは結婚前に色んな男の人に騙されかけて大変な目に遭ったようだ。そこで助けてくれたお父さんの人柄を見て結婚したとか。
クマみたいな外見で怯える人が多かったが、外見を気にせずに付き合ってくれる人は皆いい人ばかりで信頼できる人が多かった。
そんな昔話をしたらお義父様は、
『オリビアの父君はまるで試金石のような方だったのだな』
と優しい眼差しで笑っていた。
なので、結婚する前は確認できなかったので結婚してから旦那さまの様子をじっと見定めていた。
旦那様は常に厳しく部下に訓練を付けていた。
部下が戦場で死なないようにと。
それでもケガをした部下には医療費を用意して、医者も紹介した。
亡くなった部下の遺族には生活に困らないように支援してきたし、領民が安心して暮らせるように警備を充実させていた。
お優しい方だと思ったのはそれだけではない。
閨ではまあ……いろいろあったけど、その後辛くならないように薬を用意してくれたり、身体にいいものを食事に出してくださった。
気が付いたらお茶の時間に大好きなお菓子が出るようになったし、危険区域以外好きにしていいとまで言われた。
図書室で読んでいた本で面白いと思っていたものもシリーズをいつの間にか取り寄せてくれていた。
そこまでされて、嫌いになどなれるはずなどなく、気が付いたら旦那さまの執務室にお菓子とお茶を持って休憩を促して、仕事の手伝いをするまでになっていた。
どうして、ここまで素晴らしい方がお見合いで悉く失敗しているのか理解できなかった。
呪いの所為だとは思うが、未だに何の呪いなのかさっぱり分からない。
旦那さまの執事さんや秘書さんに尋ねたら揶揄っているんですかと本気で聞かれたほどだ。
旦那様はティーカップをぼんやりと眺めながら。
「実は、英雄の一人と再会した」
旦那さまが告げる。
「あいつも呪いを受けているが……そいつが」
ティーカップを眺めていた視線が、こちらに向けられる。
「いや、いい」
「?」
何かを言い掛けて止まる。
「オリビア」
「はい」
呼ばれて返事をする。
「王城で式典が行われる」
式典?
「呪術王を倒した式典だ。本当はもっと早めに行うはずだったが、いろいろあったからお流れになっていたんだ」
いろいろの部分はきっと旦那さま含む英雄たちの呪いがあったのだろう。旦那さまの顔が歪んでいる。
「それは、おめでとうございます」
「その式典に妻であるオリビアも招待されている」
行くかと不安げに尋ねられる。
「旦那さま……?」
「一緒に行くか?」
「えっ…? 留守番ですか?」
当然付いて行くつもりだったのだが、元平民の妻だと連れていくのも醜聞だからとか……?
「その……呪い持ちの夫と一緒に行くといろいろ言われるのだが……」
嫌な想いをするのだがと言われて。
「ああ。そうですね。こんな格好良くて、優しい旦那さまがいるのですから羨ましいと思われますよね」
こんな平凡顔に。
「違う。そうじゃない」
普段余計な事を言わないで静かに控えている従者が思わずと言った感じで漏らした言葉に旦那さまが黙っていろと視線を向けるのが見える。
普段こちらが話を振らないと一言も口にしない従者がこんな些細なミスを犯すなんて珍しいなと思いつつお茶を口に運ぶ。
「旦那さまと式典に出られるのは嬉しいですね。でも、旦那さまのご負担では……」
呪いの件もあるのだからと心配になると旦那さまはこちらが見惚れる笑みで。
「大丈夫だ」
と答えてくれた。
ひそひそひそ
「あら?」
「あれが、アークライル伯爵……!?」
「確か、以前会った時は……」
王城の大広間に入ると案の定多くの貴婦人にひそひそと噂される。
こんなに多くの人に見られて緊張して身体が強張ってしまうと旦那さまが触れていた手を強く握る。
「この日のために練習しただろう。大丈夫だ」
そっと微笑まれる。
「だ……」
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
微笑んだ旦那さまに応えようとしたら旦那さまの微笑みを見てしまった女性が、悲鳴をあげて数人尊さに意識を失っていた。
「あんなに綺麗な方だったなんて……」
「呪いがすっかり……」
「お見合いのタイミングが悪かったわね……」
とひそひそと声がする。
何を言っているんだろうか?
「旦那さまはもともと綺麗でしたのに」
「そう言うのは君だけだよ」
首を傾げて、呟くとどこか楽しげに旦那さまが答える。
「陛下たちにあいさつするのはもう少し後だから先に友人たちのところに向かおう」
「友人……?」
そう言われて向かったのは中庭。
「あっ……」
中庭にある東屋に5人の人影が隠れるようにいるのが外に置かれている篝火で辛うじて見える。
「オリビア。あいつらは俺と共に呪術王を倒した」
「英雄方ですかッ!?」
何で英雄の皆様がこんな隠れるように……。
「ガルディン!!」
東屋から呼び掛けるのは一人の青年。
「久しぶりだな。トモユキ」
青年の声を皮切りに次々と声を掛けてくる。
英雄方は旦那さま含む6人。
男性4人と女性2人。
「こちらが?」
「ああ。オリビア。俺の妻だ」
「は、はじめまして」
慌てて深々と頭を下げる。
英雄方とまさか会えると思っていなかった。旦那さまが英雄だと知っていたけど、紹介されるとはとドキドキしてしまう。
「素敵な方を見つけたんだね」
良かったと微笑むのは英雄の一人である女性。
「……優しい声が聞こえる」
ほっと安堵したように呟かれる声。
「あたしにも見つかるのかな……」
「見つかるよ。ミオ。ガルディンが教えてくれたんだから」
トモユキさまが笑って告げる。
意味が分からなくて首を傾げつつ英雄方を見ると、ミオさまと別の女性の方が全身分厚そうな布に身を包んで僅かに見える瞳がじっと凝視していた。
「あの…暑くないですか……?」
倒れないか心配になって尋ねると。
「ミオ」
「悪気はないわ」
厚着の女性がミオさまに尋ねるとすぐにそんな返事が来る。
「暑いのは確かだ。だが、私は呪いの影響で服を脱げない」
心配してくれてありがとうと言われる。
「呪い……」
そういえば、呪いとはどんな。
「それにしても、そろそろ順番だろ」
トモユキさまが口を開く。
「ああ」
「面倒な事になったら呼べよ。いつでも手助けするからな」
「うん」
「ああ」
トモユキさまの言葉に他の英雄方も頷く。
どういう事だろうかと首を傾げると旦那さまが頷いて。
「その時は頼む」
と返事をしている。
「旦那さま……?」
どういう事でしょうかと尋ねようとしたら。
「あら、ここに居たのね」
煌びやかなドレスを身にまとった女性が現れる。
(確か、この方は……)
「わざわざ来られなくても呼ばれたらそちらに参りましたのに」
トモユキさまがそのご令嬢に挨拶をするが、それを無視して、
「お久しぶりですわ。ガルディンさま」
と嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりです。キャロライン第三王女殿下」
と頭を下げる。
「そんな堅苦しい呼び方ではなくキャロルと呼んでくださればいいのに」
と擦り寄ろうとしてくるのを旦那さまはさりげなく避け。
「そんな畏れ多い事は出来ません」
頭を下げる。
それに不満げな第三王女を気にせずに、
「ところでなんでこちらに?」
トモユキさまが尋ねて答えてもらえなかった事を尋ねると。
今度はしっかりと。
「英雄方は皆外で固まって中に入らないのでわざわざこちらに出向きました」
とお答えになる。
「それにしても……呪いが解けたのですね」
嬉しそうに告げてくるが、初耳だった。
「呪われた身でわたくしを妻にする事は無理でしたが、これなら安心して嫁げますね」
「えッ?」
どういう……。
『傲慢』
口輪を着けている男性が紙に書いて皆に見せる。
「呪われた私達を見た時怯えて近付くなと喚いたくせに」
「今も嫌悪感満載だよ」
しっかり聞こえる。
「ガルディンの呪いが解けた途端擦り寄ってきて」
女性陣二人がひそひそ話をしているのを聞きながら不安げに、旦那さまを見ていると。
「あいにくですが、俺には」
そっと腕を引っ張られる。
「愛する妻が居ますし、妻が呪いを解いてくれたという事は神が定めた運命の相手という事でしょう」
なんと言っても。
「心から愛してくれる存在が受け入れてその心に俺も応えたら呪いが解けると言われましたから」
と抱きしめられる。
かぁぁぁぁ
顔が熱い。絶対赤くなっているだろう。
「こんな相思相愛で、呪いまで解いてくれた女性が居るのに離婚して他の女性と結婚しろなどと」
トモユキさまが挑発するように告げたと思ったら一度言葉を切り。
「王族の名を笠に着る、嵩に懸かってそんな事言いませんよね」
にやっ
笑う。
「もし、そんな事をしたら醜聞になりますよね。ねえ、王太子」
第三王女の後ろから煌びやかな衣装の男性が現れる。
「みんなここにいたのか」
にこやかに声を掛けて、妹である第三王女に意味深長な視線を向ける。
「キャロル。彼らに迷惑かけていないよな。呪いが解けたから自分と結婚しろとか。ああ、父上に強請って無理やり婚約したのにそれを呪いがあるからと一方的に破棄して、また結婚などと言ったらますますお前と父上の立場が悪くなるな」
にこやかにそんなこと聞いていけないのではという内容を教えてくれる。
「もっ、もちろんよ!! 冗談に決まっていますわ」
と慌てて去っていく。
「妹がすまなかったね」
「いや」
頭を下げる王太子殿下に気にするなと告げる旦那さま。
「彼女が君の……」
「ああ。愛する妻だ」
どこか緊張して強張っているような声だった。
触れてくる手がわずかに震えている……?
「オリビア」
旦那さまがいきなり跪いて、
「本当はもっと落ち着いた場所で言うつもりだったが、心から忠誠を誓う主君と信頼している友人たちの前で言うのが俺の覚悟の証だと思うから言わせてもらう」
手にそっと触れ、こうに口付けされる。
「愛している。貴方を妻にして幸せだ。……君が脅されて嫁いできたのに虫のいい話だが」
気まずそうに視線を泳がせる旦那さまを見て。
「何を言っていますか?」
首を傾げて微笑む。
「旦那さまが私を大切にしてくれている事もそれだけ王太子殿下も英雄の皆様を大事に想っているのも知っていますよ」
だって、旦那さまは。
「部下も領民も王太子殿下も英雄様方も。そして、当然私も」
顔を赤らめつつ、言いきろうと頑張って。
「優しい眼差しで大切だと雄弁に語ってましたから」
だからこそ言えるのだ。
「愛しい旦那さま」
最初は戸惑った。でも、怖いとか呪いとか噂を聞いていても分からなかった。
家族を呪術王によって亡くし、お義父様に養女にしてもらった。でも、毎日不安の連続で、いつ終わるのか分からなくて辛かった。
それを終わらせてくれたのは英雄の方々。
怖い?
いつ終わるか分からない日々の方が怖い。
呪い?
「そういえば、呪いが解けたと言ってましたけど、呪いとは何だったんですか?」
と尋ねるとこの場に居た全員が信じられないという顔になってやがて笑い出した。
呪術王を倒した事で呪いを受けた。
『恵まれた者達よ。恵まれなかった者の苦しみを知るといい』
それが呪術王の最後の言葉だった。
自分たち一纏めに与えられた呪いは自分達には効果が無かったので最初は分からなかった。だが、
『化け物!!』
政略とはいえ、呪術王を倒した後に婚姻するはずだった第三王女は怯えたように悲鳴をあげて、女性は失神する者が多く出た。
俺の顔は英雄の仲間以外には化け物に見えるようになった。
ミオは人の心が際限なく聞こえるようになり、サラサは肌を露出すると死臭のような臭いを放ち、レイクは常に空腹を感じ続け、口輪が無いと正気を保てなくなり、ヴァンは仲間以外一切触れる事が出来なくなった。
そして、トモユキは愛する人に自分の姿が映らない、声が聞こえない呪いを与えられた。
英雄として帰還した自分達に向けられる思惑と呪いによる恐怖にミオが耐えられずに、扱いの変貌に誰もが仲間以外……いや、唯一王太子のみ呪いを掛けられても気にせずに労わってくれた。
それが無かったらこの国を捨てていただろう。
当然婚約は解消。英雄の妻になれると思っていたのに化け物の妻は嫌だと陛下に泣きついたとミオが聞いてしまった。
『おとぎ話だと真実の愛で呪いが解けるんだけどね』
転移者であるトモユキが自分の世界の物語を語ったが、肝心のトモユキの愛する人は未だ自分を映さない。
誰もが諦めた時にある日呪いが解けているのではと言われた。
自分に与えられた化け物に見える呪いが少しずつ消えかかって、そこで天啓のように呪いを解く条件が伝わった。
真実の愛は正しく。自分の場合愛を受けてその愛を受け入れた時となっていた。
他の者にも虫食いのように呪いの解除条件が記されて希望が見えた。
呪術王はどうせ誰にも解けないと思って一人が解除出来たら、ヒントを与える形の呪いを与えたのだ。
「旦那さま」
向けられる恐怖でもなく、一途にこちらを想う眼差し。
王太子すら自分の外見に怖かったと告げていたのに。
「君の目はおかしいんだな」
呪いすら撥ね退けるのだから。
「えッ?」
無自覚だった妻の驚きを見て、幸せだなと笑いがこみ上げた。