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うざ絡みの幼馴染

 ――しょうがないので旧校舎へ行こう。

 そこで何が待っているか、僕がどうなってしまうかはもう出たとこ勝負だ。

 そう腹を決め、足どり重くも教室を出ようとしたところ、後ろからバシンと、かなり強めに肩を叩かれた。


「ようよう、お兄さん。あんさんもスミにおけませんどすのう」


 変な方言で絡んできたのは、幼馴染の転河空未だった。栗色のショートカットに上はジャージ姿、下は制服のスカートといういつもどおりの出で立ちで、不自然なほどに満面の笑みを浮かべている。


「やいスケベの国からやってきたエロガッパ。どこ行こうってのよ、この歩く性犯罪者めが」


 いつもに増して、いわれのない罵詈雑言を浴びせてくる。

 てか大抵の性犯罪者は歩くだろ。


「……お前は元気そうで何よりだな」


 反論するのも面倒くさく、そんな一言で片付け、その場を後にしようとする。

 まあ実際のところ、朝の教室で顔を合わせた時、コイツがいつもと変わらぬ様子で絡んできた時はうざく思いつつも安堵したものだった。

 少し探りを入れてみたが、昨日旧校舎の裏で見たことは何も覚えていないようだった。僕と違って、もう異常な人たちの異常な所行に巻き込まれることもないだろう。

 そんな幼馴染としての親心なぞ露知らず、後ろからガシッと掴んできて、僕の動きを止めてくる。


「何だよ?」

「まあまあ待ちたまへよ。なんだいなんだいセイヤくん? 隣の席の巨乳ちゃんと、また一層親密になってるようじゃないの? 話聞くよぉ」

「いらん、消えろ。わけわからんこと言うな。そして変なところを掴むな」

「またまたぁ、ヘタクソなごまかし方しちゃって。略してクソまかしちゃって」


 こちらの尻ポケットの裏地を引っ張り出して掴んでいる手を引き剥がされても、空未は妄言を垂れ流すのを止めなかった。


「あたしはこの目で目撃してしまったのだよ……ん? 目で目撃って言葉が重複してるかな? 馬から落馬的な?」


 己の吐いた言葉に勝手に引っかかったりしつつ。


「もとい、あたしはこの目で(げき)してしまったのだよ」


 間違った言葉にわざわざ言い換えると、勝ち誇ったような表情で声を張り上げる。


「さっきの授業前、他に生徒が大勢いる教室の中で大胆にも、セイヤと日比野さんがこーんな近距離まで顔を近づけて、仲睦まじそうに何やらいやらしく囁き合っていた光景をね!」


 僕と日比野の距離の近さを表しているのであろう、両の掌を密着する寸前の位置で保つ手振りを交え、鼻息も荒い我が幼馴染は、とても元気が良く、とても鬱陶しかった。


「そんな数センチぐらいの距離にまで近づいてねえし。普通に話してただけだ」


 まあ、僕が宿題を忘れたという話をしていたので、確かに声はいつもより潜め、その分いつもより距離は詰めていたのは事実ではあったのだが。

 ズレズレの妄想を繰り広げ、それを真実だと思い込んでしまっている我が幼馴染は、全く主張を曲げてくれない。


「いんや、あの様子は普通に話してただけなんて雰囲気じゃなかったわ。あれはもはや会話ではないわ。あれはイチャコラよ! 紛うことなきイチャコラだったわ! 察するに机の下では手と手を繋ぎ、足と足を絡ませ、その他あんなところやこんなところをまさぐりあってたに違いないわ! 白昼堂々破廉恥極まれり!!」

「お前こそ白昼堂々でかい声で何言ってんだ!」


 改めて述べるが、ここは教室の出入口近辺である。

 放課後を迎えて雑然とした室内で、皆の注目を集めるというほどではないが、近くにいる者や通る者の中にはチラチラとこちらを見る者もいる。

 少しでも早くこの場を後にすべきであることは明白だった。


「もう付き合いきれん」


 両の掌を上に向けてのやれやれポーズと溜息ひとつで切り上げようとするが、空未はこちらの進行方向へと回り込んできた。


「おっとっと、逃しはしないわよ〜」


 バスケットボールのディフェンダーのごとく、両腕を広げて行く手を阻んでくる。

 さすがにしつこすぎるし、日比野から伝えられた集合時間までそんなに猶予があるわけでもない。

 ここはほんの少し厳しめの言葉を使ってでも、きっぱりと伝えるべきだろう。


「いい加減うざってえ女だなテメーは。いつまでも貴様ごときの相手してる暇はないんだよ。失せやがれ。()ね。蒸発しちまえ」

「……アンタ、女の子に対して、少しはいたわりの心を持った方がいいわよ」


 さすがに己の迷惑さを多少は自覚してくれたのか、空未はやや気勢を削がれたようだったが、めげずに口を開いてくる。


「ところで、暇はないって何よ? 帰宅部のアンタが、何か用事でもあるって言うの?」


 ただ鬱陶しいだけではなく、こうして言葉尻を捉えて芯を食った質問をしてきたりもするから、甚だしく鬱陶しい。

 僕は内心で舌打ちしつつ、どう誤魔化すか思案した。この流れで、日比野がいるクッキングクラブに入ることになったと言おうものなら、どれだけギャーギャー騒がれることかわかったものじゃない。

 更に、そのクラブが手芸部と戦争しているらしいなどと話したら、今度は一変、ドン引きして奇人変人扱いされることだろう。尤も、その一点についてはとりわけ固く口止めされており、口外したら八つ裂きにされる――比喩表現でなく本当に身体を八つに裂いてやると脅されているので、口が裂けても言えないことだった。口以外も裂かれてしまうし。

 しかし、これといった口実も思いつかず、仕方ないので適当かつ抽象的に答える。


「ちょっと野暮用があるんだよ」

「アンタに粋な用事なんてありっこないでしょ。ハハーン……アンタが何をしようとしているのかわかっちゃったわよ」

「な、何だよ……」


 空未は全てを見破った名探偵かのごとく、こちらをビシッと指差して自信満々に言い放った。


「どうせあれでしょ? いつもちゃらんぽらんの帰宅部で、どっかでブラブラ遊んでるように見せかけておきながら、学期末の球技大会に向けて陰で血の滲むような努力をしようってつもりでしょ!?」


 いきなり変な方向に買いかぶられる。

 学期末とかだいぶ先だし、球技大会があるなんて知らなかったし。

 まあ、ともあれ都合がいい。見当違いを指摘せず、すかさず乗っかることにする。


「おい……あんまり大きな声で言わないでくれよ」


 辺りを見渡す素振りなぞして。


「僕が秘密特訓してることは、誰にも言わないでくれよ。それと照れくさいからお前も見にくるなよ。球技大会本番での、僕の勇姿を楽しみにしててくれ」

「フーン……ま、まあそんなの全然楽しみじゃないけどね。ちっともカッコよくなんてないし。せ、せいぜい頑張ってくればいいじゃん」


 何故か赤らめた顔をプイッと逸らして言う空未のことを、何だコイツと思いながら、僕はその場を離脱することに成功したのだった。

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