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壱章.幻想郷

 蓮子が仏像を動かそうと歩き出したのですが、これの後に僕はある事を思い出したのです。恐らく、僕が見る事が出来たアレは、それが理由なのでしょう……











■■■■■











「じゃあ、早速……」


 メリーが僕の問い掛けに答えた直後、蓮子は両肩を回す動作をしながら仏像に向かって行った。


 一体彼女は何をしようとしてるのだろう?


 徐に仏像の横に立つと、蓮子は小刻みに跳ねながら深呼吸をして両手を仏像に押し当てた。直後、この探検(今のところはそう称してる)に似つかわしくない力み声が聞こえて来た。


「ふッ……ん!!! ぐぎ、ぎッ! こぉぁ……ぶぃッい゛ッッ!! のおぉぉ!!!」


 間違いない、押してる。高さ2m超の仏像をまさかの押し出そうとしてる。だがまるで動いてない、微動だに、微塵も────と言うかそう言う物理的な事柄ならこちらを頼れば良いのでは?


「……悠佐、絶対進展無いだろうから押してやってくれ」

「……まぁ、考えてる事は同じだったな。すぐ終わらす」


 僕が悠佐に蓮子の代わりを頼むと、悠佐は僕を見ずに即座に歩き出して直ぐ様蓮子と入れ替わって仏像の横に立った。僕は手伝わないのかって? 自分で言うのもなんだが、僕は悠佐と比べると非力な方なんだ。

 それに、悠佐に頼んだ理由はもう一つある。


「ぜぇ! それマジ重いよ……!」

「大丈夫。まぁ見てなよ」


 蓮子が肩で息をする間近で悠佐が仏像に片手を添えて歩き出すと、先程の蓮子の反応が演技なのかと思えるくらい簡単に仏像が押し出されていく。その光景を目の当たりにした瞬間、僕はともかく、悠佐のすぐ近くの蓮子と僕の横に居るメリーは無言で驚いていた。


 ありきたりな表現をするなら2人共比喩無しに目をまん丸にしてた。空想の中の事とばかり思っていたが、こんなマンガみたいな驚き方をするもんなんだな。


「────お、ぇ? え?」


 悠佐が仏像を簡単に押し退ける様子に傍で見ていた蓮子は素っ頓狂な声を出して困惑する。同時に、僕の横のメリーも同じ感じで困惑している。


「……悠佐さん、力持ちなんですね」

「あぁ。悠佐は実は後天性ミオスタチン関連筋肥大なんだ」


「ミオスタチン……って、確か先天性じゃ……」

「言いたい事はわかる。僕も最初聞いた時は同じ返しをした。でも世の中わからないもので、彼が世界初の症例だそうだ。現在は治療で常人の1.5倍程度に治まってるが、それでも必要食事量が成人男性の2倍だ。簡単に大体5000kcalを最低でも摂る必要がある、と思ってくれ」


 僕の友人、江野 悠佐は前代未聞の症例を抱える。詳しい内容は本人から聞いてはいないが、曰く事故が原因らしい。この話を聞いた僕は彼に対し親近感を湧かせた。厳密なタイミングの友人関係は、この頃からだろう。


 そんなところで、悠佐が仏像を退かした後を少し歩み寄って見てみると、仏像の背後には何も無い。仏像の背から僅かに漏れ出す()()()()()()()……いや待て、先ほどまでそんなものは見えなかった。何よりメリーにだけ見えてる筈のモノが何故僕にも見える?


「メリー、質問がある。結界や境目はキミにしか見えないんだろ?」

「え? えぇ、その筈です。今悠佐さんが動かした仏像の背に何らかの光が出てるのが、私には見えてます」


 再度の確認だが、最初と同じような答えか。なら、今見えてるのは結界の類では無いと言う事なのか?


「ならその光、僕にも見えてると言ったら、信じてくれるか?」

「……え?」


「悠佐、仏像の背に得体の知れない光が見えないか?」

「え、光? あ、見えるけど……」

「どれ? あぁぁ、私も見える……ん?」


 悠佐に問い掛けて確認を取る。答えは直ぐに返ってきた。仏像の背に光、いや扉。そう扉だ。あれは、あの仏像はよく見れば阿弥陀如来像……ならその裏、つまり背にある光は戸。堂の後戸に控える存在、摩多羅神だ。そう断言しておく。


「くれぐれも触るな! その光の先に何があるか、キミ達にはわからないか?」

「こ、これは一体……」


 彼女達にもわからないのか? いや、だったらそれでも良い、どうせこれ以上の知識は無い。だがあの障礙神が何をしに来た? 僕達の腑でも食らいに来たか?



 ────────おい、待て。何を言っているんだ。僕は


 冷静になれ。こんな馬鹿げた事態はそもそも信じなかったんじゃないのか? ふざけるんじゃない。僕は現実主義だ、ここまでの非現実を見せられて呑まれるんじゃない。だが結界の存在、彼女達の霊能、紛れも無い空想の類だ。これだけの材料を有する今、目の前のコレを否定するには、知り過ぎた。


「みんなひとまず逃げるぞ、とにかく全力で走────」






【待て待て、折角来たなら遊んでいけ】


「何だこの声は!?」


 聞こえてきた声に僕が即座に反応した直後、像が一人でに背中をこちらに向けてきた。それからこちらに向いた背中の光が僕らに対して伸びてきて、抵抗する間も無く呑み込まれた。呑み込まれた瞬間、地面が無くなったのか、自由落下の浮遊感だけが体を襲う。


 見える景色は微塵も動かないというのに…………



「なッ……何なのこれぇ!? メリー!?」


「私もわからない! でも、今私達は何処かに移動してるみたい!」


「移動って何処にだよメリーちゃん!?」


 落ち着け。蓮子と悠佐が困惑しているのはともかく、メリーが僕達の現状把握をしてくれた。先ほどの声の主が僕達を像の中に引き込んで得体の知れない場所へ運んでいるのか? 偶々とは言え、とんだ不幸な場面だな。この際到着してから考えるのもありだな。


「考えるのは後だ二人とも。今僕達が気にすべきは、この後の展開だ」


「何でそんな冷静なのよぉ!?」


「あぁぁ、それはトキがそう言う病気、だから?」


 蓮子と悠佐の会話を気にすることなく僕は浮遊感を受けている方向を見てみると、真下の景色に四角い闇が見えてきた。徐々に広がっていってる事から、どうやら僕達はあの闇に向かって落ちていると言うのがわかる。

 しかし不思議な空間だ。この空間の景色に浮かぶ様々な色や形の扉の数々……今は開いてないが、この扉のどれかが何処かの異界に通じてるという事か。


 すると数分もしないうちに闇が瞬く間に広がり、僕達は硬い床面に落ちた。


「痛……くないな」


 僕が落下後の感想を言ったところで異変に気づいた。悠佐や蓮子とメリーの声が聞こえて来ない。周囲を見回すと、無機質な空間に僕以外居ない事に気が付いた……が、直ぐにそれは訂正しよう。何故なら、この空間に僕以外の誰かが3人程、居るのだから……


「……まずは名乗ろうか。私は摩多羅 隠岐奈(またら おきな)、お前の名前は?」


 急に名前を訊いてくるのか、こちらはそれどころでは無いのだが。


「司扉 涂記です」


「存外冷静だな、3人の事は訊かないのか?」


 金髪、異様な服、玉座に踏ん反り返る偉そうな感じ。そしてこれまた変わった服装の少女を左右に(はべ)らせて、まるでエジプト神話かとツッコミたいものだ。質問に対しても訊かれたままを答えただけだ、冷静だと切り込む前にこちらの質問を通させろ。


「どうせ"安心しろ、危険な場所には送ってはいない"という常套句が来るでしょう。そんな事より、貴方はどこのどなたなんですか?」


「私は神だ」「じゃあやっぱり障碍神の摩多羅神というわけで?」


「…………うむ」


 今しがた、心理学を学ぶ身として拙いながらも分析させてもらった。この摩多羅神を名乗る女性、嘘は言ってない。高慢な態度も表面的なだけでこちらを見下してるわけでは無いようだ。だがどうも気に入らない、僕達をここに寄越した事、表面的とは言えこの態度。

 決めた。こいつの徹頭徹尾、全て記憶してやる。








  ー夜闇の森の中ー




「なッ! えぇ……ここどこ?」


「ここは、来たことある場所よ、蓮子」


 一方、僕と別れた3人は、見知らぬ森の中に落ちた筈ですが、どうやら蓮子とメリーの二人は知ってる場所の模様。


「二人とも来たことあんの? ヤバいな、俺だけ置いてけぼりじゃん……あぁもうトキ何処行ったんだよ、あいつが居ないとこういう時大変なんだよなぁ」


「大変、とは?」


「トキはさ、サヴァン症候群なんだよ」


「え、サヴァン症候群って、あの部分的に凄く能力高いアレ?」


「それはよく知られる方だな。トキの場合は驚異的サヴァン症候群って言われるタイプらしくてな、偏り無くめちゃくちゃ頭が良いんだ。しかも知的レベルに全くの劣りが無い事から、超驚異的サヴァンって言う前代未聞の症例だそうだ。

絶対記憶能力を当たり前のように持ってるから、一度見聞きした情報は完全に覚えてる。空気の匂い、草木の形、人のクセやさっき蓮子ちゃんが言った星の位置だって、あいつには全て御見通しさ。だから心理学に於いては、人の機微に対して事細かに記憶出来るトキは、うってつけなのさ」


 蓮子とメリーの問いかけに、悠佐は僕の抱える病気を口にした。そう、僕はサヴァン症候群だ。しかも驚異的タイプに分類される、世界でも100人も居ない症状だ。更に、僕は知的レベルに全くの劣りが無い為、ただひたすら優秀なだけの……みんなからは羨ましがられるであろう病気とは呼べない病気。

 故に苦しみもした。周囲からの目は冷たく、近所からは同じ人間なのにまるで得体の知れないモノでも見るかのような不快な視線を受け、友達でも何でも無い奴等からは理不尽なイジメに遭い、両親には行きたくもない塾に通わされ、やりたくもない様々な習い事をさせられてきた。


 そうして高校に進学した頃に親元を離れ、誰も僕を知らない都会にまで越したと言うわけだ。悩まなかったわけでは無い、諦めが早かっただけだ。


 まぁ、そんなこんなで、今の僕がある。悠佐と知り合ったのは高校での入学式、式会場の戸を壊したところを見て変なのが居るなと思ったのがキッカケだ。その時に僕が彼をフォローした事で知り合い、そのまま何となく友達になり、今の関係に至る。


「それって、とても凄い事なのでは……?」


「え、え、それじゃトキって今の今まで自分が凄い事黙ってたって事?」


「凄い、か……まぁ傍から見ればそうなるよな。トキ本人はそうは思っちゃいない。あいつはその所為で苦しんできたんだ。俺のこの体と同じように、他人には誇れる力、優れた力だって言われても、俺達が望んだものでは無いから……喩えどんなに褒められても、持ち上げられても、俺等の心は、いつも泣いていたんだ」


 そうだ。僕達は奇妙な病を抱える者同士で繋がった。お互いの病を知ったのは、体育の時間の時……

 球技の授業の時、相手方の配置や動きのクセを既に熟知していた僕は的確な指示を出して味方を勝利へ導いた。その時に最も活躍したのは悠佐で、常軌を逸した身体能力で僕の指示を確実以上にこなした。この瞬間に、お互いが妙である事に気付き、カミングアウトで発覚した。


「え? なにどう言う事??」


「トキさんは超驚異的サヴァン、ユースケさんは後天性ミオスタチン関連筋肥大なの」


「え、え、え? ミオスタチン!? しかも後天性ぇ!?」


「世界初の症例だって。トキさんのも前代未聞の症例だから、その部分で共感できたのかな」


「奇病コンビ、か……その、ごめんねユースケ。何にも知らないで」


「私もごめんなさい。その、私や蓮子も、似たような立場なのに……」


 蓮子とメリーは悠佐に謝罪する。何も知らなかった事、苦しみを理解しなかった事を。僕も悠佐も決して謝って欲しかったわけでは無いのだがその心使いは受け取っておくべきか……


「いいや謝る必要は無いさ、俺もトキもそんな事を望んじゃいない。ただその気持ちで充分、俺は話した甲斐があると思う。それに蓮子ちゃんやメリーちゃんのソレは才能の部類だ、わざわざ俺等のレベルに落とさなくて良い」


 誇れる才能、隠すべき才能、人には言えない事情とは、少なからず誰もが抱える事柄だ。ので、蓮子やメリーの霊能は正しく才能だ。ただ僕達の"奇病"は才能なんて呼んではいけない。そんなもの、努力をしてる人に対して大変失礼にあたる。

 確かに、差別無く表現の自由が良しとされる時代だ。ならば、僕達の"奇病"も立派な『才能』と捉えるべきかもしれない。ただ、それを認めてしまっては、僕達は一生この『才能』に甘えなければならなくなる。そんな事は認めてはいけないと、僕は思うのだ。


 ただふと思う……この忌むべき"奇病"も、人の為になるならば、出し惜しむべきでは無いのだろうと────



 だからこそ僕は、心理学を学んだのだ。



「さて、これからどうするかは任せたいんだけども、良いかな?」


「ぇ、えぇ。そうですね、ここでの経験値は、私達にしか無いですからね」


「……オッケー、じゃあ先に進もっか。確か、こっちに竹林があって、そんで────」



 3人のこれから先に待ち受けるもの、そして僕の目の前の神を名乗る存在との邂逅…………この続きは、また、別の時に記す事にしましょう











続く

どうも、この手記の筆者の涂記です。

後書きとか初めてなので、何を書けば良いのかわからないのですが、ひとまずここは、僕の抱える性格を少しばかり話そうかなと思います。


僕は幼少期、かなり淡白なヤツでした。世間一般に見れば愛想の無い子で通ってましたが、その実は他の子供と関わるのが嫌いだったからです。

また、相手に対して敬意を払う事を、基本しません。表向きには敬語やらなんやらで着飾ってますが、そもそも人が嫌いなので、関わりの度合いが少なくなるように徹してました。


そんなハタから見たら無愛想で嫌な奴の僕を変えたのは、悠佐の存在が大きいでしょうか。多少は相手に対して敬意を持つようになり、相手を理解しようともするようになりました。類と言うのは、とても大事なものですね。


ただ、それでも時々自分本意になり、心が粗暴になる時があり、その時は相手の全てを記憶し、弱点を見つけてそこを突くようにしてしまうんです。

ホント、僕はつくづく嫌な奴ですよね

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