白の子
魔界から人間界に来た、魔王の息子タール。当然周りにいる人間は全員敵であるし、危険はそこらじゅうにある。
だがタールはそれでも人間界に来る必要があった。己で定めた使命のために。そして人間が敵で、危険ではあるがしかし、特異な生まれを持つタールは特別なパワーがあった。無尽蔵に思えるほどの莫大なエナジーによる戦闘。パンチは山を砕き、柔らかそうな体もナイフの刃を通さない。
強いからこそ人間界に来ることができ、強いからこそ人間界に来る決意ができた。
が……———今、タールは危機に陥っていた。決意の材料となった強さを持ってしても越えられない難関がタールを襲っていた。
「ふにゃ〜ご」
「ね、ねね……ネコ……」
タールはネコが苦手だった。
とにかく見ただけでも震えが止まらないほど苦手。嫌いではない、怖いのだ。まるでヘビに睨まれたカエルのようにタールの体は硬直してしまっている。
高校へ向かう登校中の通学路にて、道の塀に立つ黒猫にタールは見つめられ、固まっている。
表情も、魔界からの侵入者を排除するためにある『神の力』によって弱体化し表情もまともに作れないはずなのに、ネコを見てとにかく怯えていた。目を見開いて、口も中途半端に開きっぱなしのまま。
一歩、後退りする。
「こ、こんなところで終わるのか……オレの運命も……」
「にゃごっ!」
タールが何かをする前に、黒猫はタールに飛びかかりその顔面に張り付いた。途端にタールは体の力が抜けてしまい、後ろに倒れてしまった。
「な、なに⁉︎ どう言うこと⁉︎ 大丈夫⁉︎」
倒れたタールに、背中の大きなハートマークがトレードマークの赤い制服を着た、白に近い金髪の少女が近寄った。
ネコが顔面に乗っかって倒れているタールを、特に警戒することなく、彼女はネコを追い払って助けた。
「だ、大丈夫? 死んでない? ネコアレルギー?」
「う……うう……」
「ホントに大丈夫⁉︎」
タールが回復するまで数分かかった。
学校に行く途中だった白色の少女は、そんなことお構いなしにタールの介抱を優先した。彼女のそんな優しさに『魔王の息子だと知らないのか?』とタールは感じた。
普通目の前に人間の仇敵である魔王の子供がいたら、敵意を向けるか、逃げるかするはず。けれど白色の少女はそうではなかった。知らないのかも知れない。
「もう平気? 同じ赤校の新入生よね?」
「うん。ありがとう。というか、大丈夫なのか?」
「何が? あ、私が気になる? 私の名前は真田村雲、真田家———聞いたことある?」
「……真田……あ。確か、20年前の戦争で」
「お! それを知ってるってことはかなりの通ね! そう! 20年前の『人魔停戦』の時に司令官を務めた英雄よ! 教科書にだって乗ってるし、この街にいるのも長くて立派な豪族になってる」
「人魔停戦? 魔人停戦じゃないのか……あ、こっちはそう言うんだっけ」
「ん?」
「オレはタールだ」
「タール……? ん? あれ? もしかしてアンタ」
「魔王とヒーローの息子、知ってるだろ?」
「えええ⁉︎ あ、アンタが今日赤校に私たちと一緒に来るっていう魔王の息子⁉︎ うそ! 普通の可愛い女の子じゃない!」
顔の、目を両断するかのようにパックリとハッキリと付いた2本の縦傷を除けば、アイドル並みの可愛さがあるのがタール。真田と名乗った白色の少女も、傷の大きさは気になったが、別に気にすることじゃないかと何も言わずにいた。
「ええ……」
「気づかなかった?」
「うん……友達になれるかなとも思ってた。でも別に悪いやつじゃなさそうだし……」
「そうか? そう思う?」
「いや、アンタをよく知らないから……」