今日から私は殺人魔
10/18生放送にての作品 お題はダークヒーロー
黄昏の空と変わらぬ街並み、耳馴染んだテンポで弾くアスファルトとローファーの衝突音、そこにビニールが一定の間隔でクシャッと鳴く。
半年は続けている毎日の散歩。お年頃によるダイエットが目的ではない。
徒歩十分くらいの所に矛島神社という人の気配の全くしない神社があるのだが、そこにいる猫ちゃんが目的だ。
「ミャー、おいで」
神社についた私はビニール袋から牛乳を取り出して名前を呼ぶ。
半年前に友達と遊んだ帰り道、急に雨が降り注いできた。傘を持ってきていなかった私が雨宿りのスポットとしてピックアップしたのがこの矛島神社。そして、その時に出会ったのがミャーである。
ミャーは不幸を思わせるような黒い体毛に身を包んでいるが、野良猫にしてはスタイルも良く毛並みも綺麗で上品さが伺えた。猫という生き物はあまり人に懐かない印象があったのだがミャーは雨宿りしていた私の隣にふと現れた。私は動物が好きなこともあり、ミャーに手を伸ばした。逃げられたり噛まれたりすることなんて考えもせず、ただ可愛い、触りたいという本能に任せて腕を伸ばした。ミャーは私が頭撫でても逃げたりすることもなく、ただ隣にいた。私はミャーの事がすごく気に入った。
それから日課のようにミャーの頭を撫でるため神社に通った。牛乳を持って行ったときいつも興味を示さないミャーが鳴いてせがむ姿は可愛かった。猫だから喋れないけど、嫌な出来事を話したりもした。友達や先生なんかよりも黙って聞いてくれるミャーの方がずっと分かってくれている気がした。
それにしてもミャーの姿が見当たらない。いつもなら賽銭箱の辺りでうろうろしているのに……
私は賽銭箱の前で座った。それから5分10分と時間は過ぎていくが、ミャーが現れる気配がない。
「今日はお出かけしているのかな?出直そう」
家に帰ろうと腰を上げた時、カアァと神社の裏からカラスの鳴き声がした。
「……」
私の時間は切り抜かれたように一瞬止まった。嫌な予感が想像として私の脳裏を過る。
私はカラスの鳴き声のした神社の裏に胸のざわめきを携帯しながら向かった。行かなきゃいけない予感と嫌な予感が交差する。予感は的中した。
「……ミャー!」
私の声に驚いたのか近くにいた一匹のカラスが慌てふためくように飛び立っていった。
私の目線の先には横たわっているミャーの姿があった。上品だった綺麗な黒毛は乱れており、所々流血していた。
「み、ミャー……」
ミャーの体を持ち上げると以前よりも軽く感じた。何の抵抗も感じられなかった。そして、理解した。ミャーの命がもう尽きていることを。
私はこの時、何故かミャーを埋めてあげなきゃと思った。恐怖や悲しみよりも先に手は動いていた。私は神社に立て掛けてあったスコップを思い出し、それで神社の土を掘った。地面は思ったよりも固く、ミャーを埋めるくらいの土を掘るのに結構時間が掛かった。私はミャーを埋めた。
「うぅう……ミャー」
達成した時同時に悲しみが込み上げてそれは私の眼頭を熱くさせた。私は目から溢れるものを止められなかった。
「……帰ろう」
泣き止んだ頃には辺りは薄暗くなっていた。私は土で汚れた手を払い、ビニール袋に会った牛乳を手にとった。私はミャーを埋めた土にお供えした。普通に考えればポイ捨てと同義なのだが、今日くらいは許してほしかった。
置いた牛乳に向かって両手を合わせる。
「ミャー。あっちでは幸せになってね」
「それはそいつ次第だな」
「え?」
私の耳に私ではない男性の声が聞こえた。私は後ろを振り向くがそこに誰もいない。
「気のせい?」
「なわけないだろうよ」
気のせいではなかった。私は声のした方を見上げる。そこには背中に黒い翼、薄暗くても分かる緋色の目をした人がいた。宙を浮いていることと黒い翼をはやしている以外は黒い髪に全身真っ黒の服装をした男性なのだ。
「きゃ――んんん」
叫ぼうとしたが何故か口が閉じて声を出すことが叶わなかった。
「大きな音はあまり好きじゃないからな。静かにできる?」
男は指で静かにするようジェスチャーをして私に聞く。私は全力で首を縦に振る。
「……あなたは誰ですか?」
喋れるようになった私は恐怖を押し殺して男が何者なのかを問う。すると男は空中から降りてきて私に笑顔を向ける。
「僕の名はテナー。悪魔だよ」
目の前にいる男は笑顔を崩さずに言う。作られている笑顔っていうのが容易に分かる冷たい笑顔だ。私はなんとか脳を振り絞って会話をする。
「あ、悪魔だとして、なんで私に話しかけたの?」
「理由なんてないさ。面白いことが起きそうだからさ」
テナーは笑う。信じがたいが浮いている姿と口を塞がれた不思議な現象を体験している私はテナーの言葉を信じざるを得ない。
「あ、君隠れて。そこの茂みに」
テナーは私に茂みに隠れるように言う。私はテナーの言うとおりに茂みに隠れた。暫くすると足跡が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなっていく。
茂みから覗いてみるとそこには男がいた。
「あれーいないなー。あの猫」
私はその時、確信した。証拠も何もないがこいつがミャーを殺したと。思わず声が出そうになったが声は出なかった
(あのさ、今喋ったら殺されるよ)
どこからかテナーの声がした。
(君の想像通りあの男こそ君が埋めた黒猫を嬲り殺した本人。こんな本人登場嫌だよね)
なるほど、あいつがミャーを殺した。
(おっと、感情に身を任せてはいけない。相手の悪魔さんにも気づかれちゃうよ?そんな憎悪を出していたら)
相手の悪魔?
(そうそう、あの男にも悪魔が取り付いている。まあ、悪魔っていうのは人間の感情に付け込んで契約をさせる質の悪い生き物でね)
質の悪いって自分の事を言っているのだろうか。
(あの男はどうやら弱いものを殺して快楽を覚えるんだ。最初は虫とか小さいものから始まってウサギや鶏、犬猫。悪魔の力を授けられているし、このままいくと小さい子供とかも殺すんじゃないかな?)
笑い事じゃない。ただ聞きたいことはある。
(あれなんか言いたそうだね。頭の中で念じてみてよ。喋りたい言葉を)
テナーの言われた通り私は頭で念じてみる。
(何でテナーは私にこれを見せたの?)
(……面白そうだからさ、ハハ。ついでに言うと、君と契約をするためさ)
テナーは笑いながら言う。
(契約?)
(悪魔の力を君に授けようと思ってね。その代わりに君には僕の手伝いをしてもらうのと死んだときにその魂が僕の所有物になるってことだけ)
めちゃくちゃぼかされて説明されている気がする。
(断るって言ったら?)
(それは無理さ。君は正義感が強い子だ。許せないだろ?ミャーの仇をとりたいだろ?)
テナーの言う通りあいつがミャーを殺したというなら私はあの男を殺したい。でも……
(あの男がミャーを殺したのは悪魔の力による所為だよね?)
(違うさ。悪魔は力を貸すだけ。あの男自身が快楽を満たすために力を望んだのさ)
テナーは言う。仮にそうなのだとしても私は人殺しなんてしたくない。
(私はやっぱり人は殺せない)
(ふーん、見込み違いかな~)
「はあ、それにしてもあの黒猫つまんなかったよな。この前の犬ころみてぇにキャンキャン泣けよな」
男のその言葉で私の中の何かのスイッチが入る音がした。
(ごめん、テナー。前言撤回、契約しよう)
(すごい切り替わりの速さだね。君の意志で契約を望んだ時点で契約完了さ。そして、あの男もついてないね)
(ついてないって?)
(すぐに分かるよ。ほら早く行かないとあいつ行っちゃうよ)
テナーにそう言われて私は茂みから出た。恐怖なんて感情は一切なくそこには怒りしかなかった。
「あ?誰だ。お前?」
ミャーを殺した男は私に問い掛ける。
(とりあえず、武器をイメージしてみてよ。そうすれば君の欲しい武器が手に現れる)
テナーの言う通り頭の中で武器をイメージした。すると、私の手には死神が使うような大きな鎌が現れた。多分昨日読んだ漫画に引っ張られた。
(おお、これはまた恥ずかしい武器を取り出したね)
テナーに突っ込まれる。
「あ、てめぇなんだそれ?さてはお前も悪魔と契約したな?」
男の言葉からテナーの言っていることは間違っていなかったと確信する。
「ねえ、あんたがここにいた黒猫を殺したの?」
私は男に聞く。すると、男は顔を歪めて笑い出す。
「あ、お前まさかあの猫の飼い主か?お前の教育が悪いからあいつ全然鳴きもしなくてつまらなかったぜ」
虫唾が走る。
「まあ、いいか。喜べ!初めて殺す人間はお前だ。黒猫の分も泣いてくれよ?」
男の手には急に鎖が出現する。
そして、男はそれを鞭のように扱ってこちらを攻撃してきた。
「きゃあ」
しかし、鎖は私に当たる寸前で見えない壁のようなものに弾かれた。
「え?」
「な」
私と男はお互いに困惑の声を漏らす。
「どういうことだよ、ルーダ!あいつに攻撃が通ってねえぞ」
男は怒鳴り散らす。すると、暗くて見えないがもう一人の男が姿を表した。急に出現したということは、恐らくこいつがこの男の悪魔だろう。
「無茶言わないで下せえ。これはもう詰みですわ」
「な、なんだよ!それどういう意味だよ」
「いやー悪魔にも階級ってもんがあるんすわ。あの嬢ちゃんと契約している悪魔は多分相当の奴です」
どうやら話の内容を聞く限り。テナーの方が強いらしい。
「な、てめえ、なんとかしろよ」
「いやいや無理っす。ということで、ここであなたは終わりです」
そういうと先程急に現れた悪魔は姿を消し、男の手の内からも鎖は消えた。
「ま、待ってくれ。お、俺はあいつに言われて仕方なくやったんだ」
男は声を震わせる。
こんな奴にミャーの命を奪われたのかと思うと悔しくて仕方がなかった。私は一歩ずつ男に近づいて男の目の前まで来た。男は腰を抜かしその場で尻もちをついた。
「お、お前がやろうとしていることは人殺しだぞ?分っているのか?」
「だから?」
「俺はたかが猫一匹殺しただけだぞ?そんなんでお前は人を殺すのか!」
「うん」
「……た、助けてくれ。もうしないから!」
ミャーも助けてほしかったのかな。ごめんね、ミャー。
「さよなら」
私は鎌を振り下ろした。鈍い感触を想像したが刃は男をすり抜けるようにして通過した。血飛沫すら出ず不安を覚えたが男は仰向けに倒れ込んだ。
「……殺した?」
「どうだい?初めて人を殺した感触は?」
テナーが急に現れて殺しをした気分を聞いてきた。
「よく分からない」
「いいね。君は力に溺れなさそうだ」
力?……そうか、あれ?
さっきまで手に持っていた鎌は消えていた。
「そういえば代償って何?私の死んだ後の魂があなたのものっていうのは分かったけど手伝いって」
「ああ、君には悪魔と契約した人間を殺す手伝いをしてもらう」
「今みたいなやつを?」
「そう、ああいう悪魔と契約している悪い人間を懲らしめて良い世の中にしようと思ってね」
絶対に嘘である。まあ、いいか。
「うん、分かった」
考えてみれば、私はテナーに文句を言えるような立場じゃない。仇を為せる力ももらったし、仇討ちもした。
「良い返事ありがとう。よろしく、まい」
「……私、名前って言ったけ?」
「……あ。悪魔は契約した人の名前が分かるから」
一瞬間があったが何だったのだろう。
「まあ、よろしく。テナー」
そして、さよなら。ミャー。
私は神社を後にした。