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サイドストーリー チェスター編

チェスター視点があります。



  四月 二十一日 

 

 この日はジェシカちゃんの誕生日という素晴らしい一日だった。村のみんなで宴を開いて、俺が狩ってきた鹿をみんなで喰って、ヒルダとセシルさんの絶品スープを堪能して、みんなで笑い合った。


 


"こんな日々がずっと続いてほしい"

 


 


 あの宴で、みんなに言ったら揶揄されそうな願いを、俺は心の中に抱いていた。


 


 だけど、それはもう叶わない願いとなった。




 イエガーが、ジェシカちゃんとセシルさんを殺した、あの瞬間から。





――――――――――――――――――――――――


 


 


 夜、宴の後を大人達で楽しんでいた頃、セシルさんが静寂の神殿の方に妙な気配を感じ取り、俺は愛剣を携えて、ヒルダとセシルさんの三人で様子を見に行った。


 到着すると、神殿には誰かが侵入した形跡があり、俺達は調査を始めようとしたが、心配で見に来てくれたジェシカちゃんが現れ、村に帰るように説得をした。


 その時、神殿が神々しいくらいの光を放ち、扉が開くと、中から救世の勇者イエガーが現れた。邪悪な気配と謎の黒い力を身につけて。


 

 俺は警戒した。



 帝国の犬と化したイエガーが、何故ここにいるのかはわからないし、目的も不明だ。


 

 俺は刺激しないように、この場所から去るようにイエガーに言ったが、最悪な事が起きた。



 イエガーは黒い力で、ジェシカちゃんとセシルさんの二人を殺した。ヒルダは二人の名前を叫び、俺は剣を抜いて構えた。



「ジェシカちゃん!! セシル!!」


「ーーッ! イエガーッ!! 貴様何をしやがるッ!!!」



 ヒルダの悲痛な叫びと、俺の激昂にイエガーは、疑問を浮かべる表情をしていた。



「何って、むかついたから殺したんだけど? 

あっ! あと力の実践もか」



 イエガーの返答に、俺は憤りを感じた。



「むかついた? 実践? ふざけてるのかお前は! セシルさんはお前のその黒い力に警告をしただけだぞ!? ジェシカちゃんも巻き込みやがって!」


 

 くだらない理由で人を殺したイエガーに、俺は怒りを向けていたが、イエガーは黒い力に高揚していて、見向きもされなかった。



「ハハハッ! こんなスゲェ力を手に入れるなんて、俺はホント幸せ者だな! よーし! 次は村の連中で試してやるぜ!!」


 

 上機嫌になっているイエガーは、俺達を無視して村の方に去っていく。イエガーの言葉に嫌な予感がした俺は、奴の後を追う事にした。だがその前に、二人の死体に寄り添うヒルダに声をかけた。



「ヒルダ! 俺はイエガーを追う! お前はここで待ってろ!!」


 

 悲しみに暮れるヒルダに、俺は待機を指示したが、ヒルダは涙を拭き、首を振った。



「もう、大丈夫よ……。ごめんなさい、パパ。

……さぁ! 早く行きましょう! イエガーを止めないと、もっと大変な事になるんでしょ?」


 

 ヒルダは笑顔に切り替えて、平気だと主張する。コイツは昔から、自分の悲しみが他人に感染ることを嫌い、無理して自分自身を立ち上がらせる癖を持っている。この状態だと、待てって言っても無駄だ。



「わかった。……ヒルダ」


「ん? なに?」


「一人で無理すんなよ? お前には俺が付いてんだからな?」


「……ふふ、ありがとう」



 ヒルダの肩の荷を少し下ろす事が出来た後、俺は二人の死体に一礼した。



(ごめんな、ジェシカちゃん、セシルさん。後で必ず弔うから、少し待っててくれ)



 イエガーの件を片付けたら戻ってくることを二人に誓い、俺とヒルダは村に向かった。




――――――――――――――――――――――――



 村に戻ると、俺は言葉を失った。黒い何かが暴れて、村を襲っていたのだ。黒い何かは、まるで意思を持っているかのように動き、建物を壊し、人の首に噛みついて殺し、家畜の首を切るなど、()()を体現するような動きをしていた。そして黒い何かに、俺は見覚えを感じた。



「ッ! これは、イエガーの黒い力か!」



 黒い何かの正体が、イエガーが神殿で見せた黒い力だと俺は気づいた。あの時感じた禍々しさが、全く同じだったからだ。



「! ねぇパパ! 集会所の方を見て! あれ!」


 

 ヒルダの指差す方を見ると、イエガーが黒い力を掲げ、そこから村を襲っている黒い何かを放出していた。そして近くには、防御魔法で身を守っている村長と(ハリエット)の姿があった。抵抗している二人は、イエガーに抗弁していた。



「イエガー! 今すぐやめろ! 何故こんなことを!?」


「それ、危ない力よっ! アンタの心が壊れる! 馬鹿な真似はやめて!!」


 

 二人は警告を送っていたが、イエガーは楽観した態度をとっていた。



「それはできねぇよ。この力を手にした瞬間感じたんだ。"人を殺せば、これは成長して強力な力になる"って、そしたら止められる訳ないだろ〜。……それにさ〜」



 イエガーは頭を掻きながら、不服そうな表情になる。



「俺は"救世の勇者"だぜ? 選ばれし者の力の成長に、異議を唱えんなよな〜。これから殺される人間の癖に」


 

 ……俺は堪忍袋の緒が切れた。イエガーというクズの傲慢な態度、言動、理由に全てブチ切れた。



「ーーふざけるなぁあああああああッ!!!」



 剣に怒りを込めて、俺はイエガーに斬りかかりに行く。だが、横から現れた黒い力に吹き飛ばされて剣を落とし、家の鼻隠し部分に頭をぶつけ、倒れてしまった。意識が薄れていく中、俺の目の前に黒い力が向かってくるのを感じ、俺は死期を悟った。



(ここまでかよ……。ヒルダ……ハリエット……セシルさん……ジェシカちゃん……みんな……)



 だが、迫り来る黒い力に、二つの背中が俺を庇おうとした。


 

 それはヒルダとハリエットだった。



 そして黒い力は



 二人の心臓を貫いた。




 意識が闇に呑まれる瞬間に見た最後の光景は、




 俺にとって"絶望"そのものだった。


 


 そして俺は、意識を呑まれた闇の中で、今日の出来事を、宴に感じた願いを、思い返していた。




――――――――――――――――――――――――




 意識が戻った時には、村は炎に包まれ、イエガーは転移魔法で去って行く状態だった。村を守れず、家族を死なせた俺は、心に諦観(ていかん)が生まれてしまった。



(あぁ……もうダメだ。なにもかも終わっちまう……俺には……もう……希望も……)



 意識を絶望に委ねようとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。



「おじさんッ!!」



 声がする方に向くと、俺は驚いた。イエガーの攻撃で死んだはずのジェシカちゃんが現れたのだ。服に血が残っていたが、貫かれた部分は全くの無傷で、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 

 理由はわからないが、俺はジェシカちゃんが生存していた事で希望が湧き、一緒に村から脱出することを決意した。しかし、イエガーが去り際に展開した吸収魔法陣(ドレインサークル)が村全体に発動して、生命力と魔力を吸い取られた俺達は、逃げる方法を失ってしまった。


 イエガーの残虐非道に心が折れそうになったが、俺は絶対に諦めたりはしなかった。俺を信じ、生きている事に喜びを感じてくれたジェシカちゃんを、死なせるわけにはいかなかったからだ。



(俺はどうなってもいいッ! ジェシカちゃんだけでも助かる方法を、なんとか思いつかねぇと!!)



 頭の中にある知識を全開にして考える中、ジェシカちゃんが俺に魔石を見せた。それは、ハリエットがジェシカちゃんに贈ったものだそうだ。しかも確認すると、魔石には吸収魔法陣(ドレインサークル)を無効化する魔法が何重にも施されていて、石に備蓄されている魔力は無事だった。用意周到な自分の娘に、俺は脱帽と称賛、そして感謝をした。



(ハリエット、凄すぎるよお前……ありがとな)



 そのあとジェシカちゃんは、ワープの魔法で一緒に逃げようと提案したが、それは無理な方法だった。魔石に備蓄されている魔力は、ワープ一人分しかなく、一緒に助かる事ができない。だから俺は、ジェシカちゃんだけをワープさせる事を決断し、ジェシカちゃんに事情を説明した。


 しかし予想通り、ジェシカちゃんは自分だけが助かることを嫌がり、泣いてしまった。


 俺は申し訳ないことをさせてしまったと思う。母親や親友を失ったジェシカちゃんにとっては、俺の決断はあまりにも残酷だからだ。


 

 だけど俺はやる。



 亡き親友(ルシエル)から託され、十二年間一緒に過ごしたジェシカちゃんは、()()()()()()()()だ。そんな愛する存在を守ることが出来るなら、



 嫌われる事も、自分の死も、


 俺は恐れたりはしない。



 ジェシカちゃんを説得し終えた後、俺の身体が光の粒子になりかけており、生命力は限界を迎えていた。俺はジェシカちゃんに必要な事と、別れの言葉を伝え、ジェシカちゃんの持っている魔石に手を添え、ワープの魔法の詠唱を始めた。



「 『隔たりに囚われぬ、遍く(あまね)源よ……』 」


 

 詠唱中、ジェシカちゃんが止めようするが、止めるわけにはいかない。もうすぐ消えてしまう俺には時間がないんだ。――早くしなくては。



「 『彼の者を導け、ワープ』 」


 

 無事にワープの魔法が発動し、ジェシカちゃんが転移の光に飲まれていく。安心した俺は、添えていた手を離し、脱力した。



(これで……よかっ)



「ッ! お父さあああぁぁああああああん!!!」





  





(……えっ?)






 


 


 ジェシカちゃんは最後、俺のことを()()()()と呼んで、転移の光に飲まれて消えた。唐突な呼び方に俺は驚き、目頭が熱くなっていた。




「はは……畜生……。今のは……反則だろ……」




 娘だと思っていた存在から『父』と呼ばれ、視界は涙で滲んでいき、俺はふと夜空を見上げた。

夜空は満天の星空と化しており、その風景に懐かしさを感じた。



(あぁ……ジェシカちゃんが生まれた時も、こんな綺麗な星空だったよな……)



 星々が輝く夜空に感情的になってしまい、俺は家族や友人に思いをめぐらせた。

 


 

(ヒルダ……俺を選んでくれて、ありがとう……。


 ハリエット……俺の娘になってくれて、ありがとう……。


 セシルさん……俺に優しくしてくれて、ありがとう……。


 村のみんな……俺と笑いあってくれて、ありがとう……。


 ジェシカちゃん……俺を信じてくれて、ありがとう……)



 そして、もうすぐ消えてしまうことを感じた俺は、最後にアイツのことを思い返した。



(……ルシエル……いや……



 ()()()()()()……。


 


 お前と親友(とも)になれたこと……



 お前に()()()()()()ことは……




 なによりの……幸せ、だった……ぜ……)



――――――――――――――――――――――――


 

 チェスターは、吸収魔法陣(ドレインサークル)に生命力を全て吸収され、淡い光の粒子となって、消えた。それと同時に、吸収する対象を失った魔法陣も、役割を終えて消失した。



 そして、後からイエガーが仕向けた火の魔物達が村に現れ、村は更に炎に包まれる。だが、イエガーが村を燃やした炎の魔法には、魔物を浄化する力が秘められており、なにも知らずに炎に触れ続けた魔物達は、苦しみ、息絶えた。魔物達も、イエガーの策略による犠牲者だったのだ。



 後日、シェラ村に通っていた行商人が村の有様を発見して、リナアタに報告した。リナアタの調査員がシェラ村を調べ、多くの魔物の死骸を見つけたことから、シェラ村の惨劇の報告書は、"魔物の襲撃による事故"として処理されてしまった。


 

 それがイエガーの思惑だとは、ジェシカ以外誰も気づいていない。


 


 そして、今なおシェラ村の跡地には、崩れた家の下敷きになってる()()()()()()()()が、誰にも気づかれず、静かに眠っていた。




イエガーの吸収魔法陣は、魔力を秘めてる道具の分の魔力も吸収しますが、ワープに使った魔石には、ハリエットが無効化の魔法を百回分施してくれていたので、問題なくワープの魔法が使えました。 


プレゼントの魔石には、ハリエットの気持ちがいっぱい詰まってます。今後もジェシカの助けになってくれます。



読んでくれてありがとうございます!


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