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第五話 リリスの嘘とジェシカの過去 中編

救世の勇者イエガーが登場します。


 昼から準備し、夕方から始まったジェシカの誕生日は、村の集会所で宴として行われた。シェラ村の子どもはジェシカとハリエットの二人だけなので、村の宝と呼ばれている二人の誕生日は、村人総出で盛大に祝う事になっている。

 そして本日の主役となるジェシカは、母セシルが去年作ってくれたお気に入りの服を着て参加し、村の皆でチェスターが仕留めた鹿や、セシルとヒルダの特製スープを堪能、宴を存分に楽しんでいた。そこにチェスターが声を掛ける。


「ジェシカちゃん、楽しんでるかい?」


「ふふ、もちろんよ! おじさんの仕留めた鹿の肉焼きとっても美味しい! ……ハァ〜、わたし、兎や瓜坊は狩れるけど、鹿はまだなんだよな〜。頑張って鹿も狩れる様に鍛えなきゃ! いつかわたしがおじさんに鹿をご馳走するから、楽しみに待っててね!」 


 ジェシカは師匠(チェスター)が仕留めた鹿の肉を食べて、次の狩りに向けてやる気を出していた。


「そうかそうか、……ジェシカちゃん、ほんと、大きくなったな……」


 普段はいつも、周りに元気な笑顔を振り撒くチェスターが儚げな表情になっていた為、ジェシカは戸惑った。


「きゅっ、急にどうしたの? おじさん?」


「いやなに……昔は『瓜坊なんて可愛くて狩ることなんてできないよ〜』って、躊躇ってた子どもがさ、こんなに成長して……」


「パパ、ジェシーをからかうつもりならやめて……。今日はジェシーの誕生日なんだよ?」


 ジェシカの隣の席に座っていて、一緒に宴を楽しんでいた娘のハリエットは、父親(チェスター)を咎めた。普段は物静かな少女だが、怒らせると怖いタイプである。


「ちげーよ話を聞けって、……ジェシカちゃん……実は俺、話しておかなきゃいけないことがあるんだ。ジェシカちゃんの父親……(ルシエル)について」


「えっ、……お父さん?」


 ジェシカの言葉にチェスターは頷く。実を言うとジェシカは、父親のことをあまりよく知らない。理由は、父の命日の時、母セシルが悲しい顔をしていたのを目撃して、それ以来ジェシカは聞く事が出来なくなってしまったのだ。唯一知ってるのが、ジェシカが物心つく前に、病で亡くなったことぐらいである。自分の父親のことを知らないジェシカに、チェスターは穏やかな口調で話し始めた。


「アイツとはガキの頃からの付き合いで、今のジェシカちゃんとハリエットと同じ、親友同士だったんだ……。ルシエルが病にかかった時、俺はそれを託されたんだ。そのペンダントは……アイツの形見だ」

 

 チェスターはジェシカのペンダントに指を指して、それが父親の形見だと教えた。


「この、ペンダントが……?」


 ジェシカは首にぶら下げたペンダントを握りしめた。チェスターからの誕生日の贈り物だと思っていたものが、父の形見だとは彼女は全く気づかなかった。ジェシカは気づかずに申し訳ない気持ちになっていたが、それと同時に胸が温かくなっていた。亡くなった父親が、いつも傍にいてくれたのだと思えたからだ。


「アイツはそのペンダントに願いを込めてたんだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それで俺は、失敗しても狩りに挑戦し続けるジェシカちゃんを見て、渡そうと決意したんだ。

実際ジェシカちゃん、それ着けてから狩りも上手くなったし、泣かなくなったろ? アイツの思いが、ジェシカちゃんを支えてくれてるんだよ。その思いは今だって、これからだって、ずっと続いていくんだ。もちろん、俺も支えるからな!」


 父親(ルシエル)の思いと、師匠(チェスター)の優しさにジェシカはおもわず泣いてしまった。だが、頬を伝う涙は、悲しみや苦しみの冷たい涙とは違い、とても温かいものだった。そのあと、ジェシカが泣いているのを目撃したセシルとヒルダは、チェスターがジェシカを泣かしたと勘違いし、恐ろしい鬼に変貌、今度はチェスターが泣き、鬼二人から逃げるという騒動を巻き起こした。その光景にジェシカを含め、村人全員が大笑いし、宴はこのあと平穏無事に終われた。


 その夜、大人達が大人だけの後宴を開き、ジェシカとハリエットは先に家に帰宅した。だが、まだ眠く無い子ども二人は、ハリエットの自室で遊んでいた。大人は大人同士で、子供は子供同士で宴のあとを楽しみ始める、これもシェラ村の恒例行事の一つと言えるのだろう。そしてハリエットがジェシカに見せたいものがあると言い、小物入れから白く光る石を取り出し、それを見せた。


「これって……魔石? どうしたのコレ?」


「ふふ……()()()()殿()で見つけたの、この魔石を使えば、術者の魔力を消費せずに、この石の蓄積している魔力分の魔法が使えるのよ……」


「へ〜、便利だな〜……って! 静寂の神殿ッ!? 入っちゃダメなんだよあそこ!」


 『静寂の神殿』とは、シェラ村の狩場の森の奥に佇む建物で、中は広くはなく、奥の部屋の床に謎の魔法陣が描かれているだけで、外も特に目立ったものがない。だが、神殿の中と周りの外が不気味なほど静寂に包まれているのが一番の特徴で、まるで自分の声が殺されていると感じるほどである。それに恐れた昔のシェラ村の人達は、あの場所は神が眠りについている場所と考え、"入れば眠りについている神から罰を受けてしまう"と思うようになった。今でもその伝承は続いており、村の掟で、神殿の中は立ち入り禁止になっている。


「ふふふ……神殿の中には入っちゃダメってだけで、神殿の外にはいてもいいってことでしょ?

あそこは魔力を感じるから、周りの地面を掘れば、絶対魔石が見つかるって思えたの……」


 悪戯っ子の様に笑うハリエットは、村の中で一番魔力に敏感な体質で、その影響からか、独自で魔法の研究をしている。実際彼女の部屋にはたくさんの魔導書や魔道具がある。ちなみそれらの殆どは、シェラ村の大人達が南西にある港町、『リナアタ』で村の名産品を売っている時、お得意様達から譲ってくれた品々から、おこぼれで入手したものである。


「で、その魔石どうするの? チェスターおじさんに頼んでリナアタで売ってもらうの?」


「いいえ、違うわ……。ジェシー、あなたにあげる。私からの誕生日プレゼントよ」


 ハリエットはジェシカの手を掴み、掌に魔石を乗せた。


「えっ! でもわたし、弱い魔法くらいしか使えないし、ハティーの研究に役立つんじゃない? これ」


「それもあり得るけど……今後、ジェシーが狩りとかで絶体絶命の危機になったら、魔石を使えば助かるかなって前から思ってたの……」


 ハリエットは、自然の脅威と隣り合わせで狩りに挑む父親(チェスター)と、同じことをしている親友(ジェシカ)が心配だったらしい。その結果、ハリエットはジェシカの為に、何か安全に行える方法を探していたのだ。(ちなみに父親(チェスター)は経験豊富だから後回しとの事)


「その魔石に蓄積している魔力は、上級魔法一回分くらいあるから、移動魔法『ワープ』が使えるわよ。もし詠唱しなくても、『ワープ』って名前だけで唱えれば、緊急回避くらいの移動が出来るから、ジェシーが危ない目に遭っても、助かる確率が上がる……あっ、ごめんなさい、余計なお世話だった?」


 ハリエットは不安な顔をしたが、ジェシカは笑顔で首を横に振る。


「逆だよ! すっごく嬉しい! ありがとう!

ハティー!! さすがわたしの親友!!」


 ハリエットの気遣いに、ジェシカは嬉しくなり、ハリエットに抱きついた。そしてハリエットもジェシカに喜んでもらい嬉しくなっていた。本当に二人は良い親友同士である。


「ふふふ……喜んでくれて良かったわ。ちなみにそれ、使い切っても魔力を注げば蓄積が出来る様にしておいたから、いつまでも使え……ん?」


「ハティー? どうしたの?」


 ハリエットは、急に()()を感じ、窓の外を見ている。


「何か……近づいてる……妙な気配を感じるのよ。これは……人? 神殿の方に向かっている?」


 ハリエットは敏感な魔力感知で、雨や嵐などを察知し、シェラ村のみんなを助けたりしている。信憑性の高いハリエットの魔力感知を、ジェシカは大人達に伝える事を提案する。


「だったら、大人達に連絡しようよ。ハリエットが妙な気配を感じたって」


 ハリエットはジェシカの考えに同意し、家を出て、大人達がいる集会所に向かった。たどり着いた二人は、大人達に説明しようした時、ある違和感に気づく。


「あれ? お母さん(セシル)は?」


パパ(チェスター)ママ(ヒルダ)もいないけど……何処に行ったの?」


 自分達の両親がいないことに気づいた二人は大人達に尋ね、それに村長が答えた。


「チェスター達は神殿の方に向かったぞ? 何やら妙な気配を感じたとか……」


 その話を聞いて妙な胸騒ぎがしたジェシカは、いてもたってもいられず、周りの静止を振り切り、神殿に向かって走り出した。闇に包まれた狩場の森の中を走り続けるジェシカは、得体の知れない不安に押し潰されそうになっていた。


(なんでこんなに胸がざわざわするんだろう……、なんだか嫌な予感がするッ! 早くお母さん達を見つけないと!!)


 ペンダントを握りしめて不安を抑えこんだジェシカは、なんとか神殿に辿り着いた。そして神殿の扉の前で、チェスター、セシル、ヒルダを発見、三人が無事な事に安堵したジェシカは声を掛けに行ってしまった。三人が緊迫した空気を発していた事には気付けずに。


「お母さんッ! おばさんッ! おじさんッ!」


「ジェシカ!? あなたなんでここに!?」


 声を掛けられた三人は振り返り、驚いた表情をしていた。走り続けたジェシカは息を切らしながらセシルに抱きつき、事情を話した。


「はぁ、はぁ……! ハリエットが妙な気配を感じたって……それにお母さん達も感じたんでしょ? 妙な気配に……はぁ、はぁ……! だからわたし、気になって……」


「……ジェシカ、気持ちは嬉しいけど、あなたは村に戻ってなさい。私達は大丈夫だから」


 まだ息を切らしているジェシカに、セシルは真っ直ぐ娘の瞳を見つめて、帰るように諭す。この時ジェシカは、生まれて初めて見る真剣な表情の母に戸惑っていた。それに気づいたハリエットの母、ヒルダが微笑みながら優しく諭す。


「セシルの言う通りよジェシカちゃん。ふふふ、おばさん達なら大丈夫だから、ハリエットとお家で待っててくれる?」


 ヒルダに頭を撫でられてジェシカは少し落ち着くことができた。それを見て、チェスターも笑顔で諭す。


「そーだぜ? ジェシカちゃん! 俺達なら大丈夫だから、早く村っ」


 チェスターが言い切る前に、突然神殿が光り出し、四人は驚く。そして神殿の扉がゆっくり開かれ、一人の青年が笑みを浮かべて現れた。その青年は、物語に登場する騎士の様な装いと、王子様と感じさせる金髪碧眼の美青年だった。


 しかしジェシカは、青年の笑みに何か得体の知れない邪悪さを察知し、母に抱きつきながら警戒している。無論、他の三人も、険しい顔で青年を警戒していた。そしてチェスターが先陣を切って青年に尋ねた。


「その左手の紋章……、あなた様はもしや、選ばれし勇者、救世の勇者イエガー様でしょうか?」


 チェスターの質問に他の三人は心の中で驚いた。帝国に加担している男が何故ここにいるのかと。そしてチェスターの相手を称える様な尋ね方に、イエガーと言われた男は単純すぎるほど上機嫌になった。


「ははッ! そーだよ! 俺がイエガー様だ!

世界を救う使命を授かった、あの救世の勇者だッ! てか、オマエら誰だよ?」


 偉そうに名乗るイエガーの口調で、四人はすぐに察した、この男は、乱暴者で危険だと。特にジェシカは、勇者と謳われている男のイメージが違いすぎて、四人の中で一番驚いていた。


 そしてチェスターはイエガーに一礼して自己紹介をした。


「自己紹介が遅れてしまい、申し訳ありません。

私はチェスター、近くの村の住人で、この神殿の管理を任されている者です。こちらにいる妻と友人が、何者かが神殿に侵入したのを感知し、それを確認しに来た所存でございます。……イエガー様、神殿が謎の輝きを発しているのは、貴方が原因ですね?」


「あ〜〜? だとしたら何なんだよ?」


 イエガーが挑発的な態度を取っても、チェスターは冷静に答えた。


「早急に退避してください。ここは古くから神が眠りについていると言われている場所。騒ぎを起こせば、何が起こるか私達にもわからないのです。用があってここに来たとしても、救世の勇者様に何かあっては大変です。歓迎も出来ず申し訳ありませんが、今すぐにお帰りください」


「悪りーけど、まだ用事があんだよ。この力を、試したくてな……ッ!」


 不気味に笑ったイエガーは、左手から()()()()()()()()()()()()()()()。それはイエガーの周りを螺旋し、見た者に恐怖を感じさせる。四人は体が震え、脂汗をかいていたが、チェスターはなんとか口を開き、イエガーの黒い力を尋ねた。


「イエガー様、それは……?」


()()()()を解いて手に入れた力だよ。……やっぱり力がみなぎってくる……。さすが、()()の言う事には間違いはないな〜〜」


(封印って何? 先生? 誰のこと?)


 ジェシカが疑問を浮かべていると、黒い力に酔いしれているイエガーにセシルが物申した。


「イエガー様、誰に聞いたかはわかりませんが、それは危険な力だと思います。今すぐその力を手放してください。貴方様の身がいずれ危うくなる可能性がっ」


「だーーーーーッ! ウッゼェなッ!! 用事があるっ言ってんだろッ!!! ……もういいや、めんどくせ〜……あっそうだ、この力の最初の実践は……あんたら二人だッ!!」


 セシルの忠告を遮り激昂(げきこう)したイエガーは黒い力をセシルとジェシカに向けた。



「ーーッ! ジェシカッ!!」



 セシルはジェシカを抱きしめて庇ったが、意味が無かった。




       



       ズブッッッ!!!! 


 

 




 黒い力がセシルとジェシカの胴体を一緒に貫き、肉体を貫いた音が辺りに響いた。
















「…………………………………えっ?」




 



 

 







 


 ジェシカは自分に何が起きたか理解できぬまま、母と一緒に体に空いた穴から血を流し倒れた。



 庇った母の下敷きになったジェシカは意識が遠のいていき、チェスターとヒルダの声も、徐々に聞こえなくなっていた。

       


        そして次第に



      目蓋の中の闇と一緒に



     意識は深い闇に落ちていった



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