第三話 救世の勇者
憎い気持ちをさらに増し増しにするリリス(ジェシカ)
兎肉のローストやセットの料理を食べ終えた二人に、注文したデザートのプディングが運ばれた後、トニーはさっきの話の続きを始めた。
「城の使わなくなった調度品を盗んで売っている使用人の調査が始まって、オレは帝都内で聞き込み調査をする任務を受けたんだ。そして帝都の東区に住んでるオバチャンから、近くの使われなくなった教会に「最近、大きな荷物を持った人物がよく出入りしている」という目撃証言を得ることができたんだよ」
東区は主に平民が暮らしている地区なのだが、場所によってはホームレスや犯罪者が屯っており、人通りがない地域も存在する。使われなくなった建物があってもおかしくはない。
「調査報告した時に先輩から聞いたんだけどさ、城には皇族専用の外への抜け道になる地下道がたくさん作られていて、その内の一つの出口は教会の建物で隠していたんだって」
「じゃあ……その教会が……城に繋がっている地下道の出入り口の一つなの?」
リリスの質問にトニーは頷き、次に意外な話を始める。
「でも、その地下道って、最初に作られた目的がさ、初代皇帝陛下バルガレフト様が、臣下の監視を掻い潜れて、外に遊びに行けるようにする為に、従者にこっそり作らせたものだったんだって……。図書館で城の建築記録を調べたら……そう書かれてた……」
「民の暴動や、他国の侵略から逃げる為に作ったなら納得するけど……遊びに……」
まるで勉強をサボって逃げる子どもを連想させる初代皇帝の話に、リリスは食べていたプディングを掬う匙を止めてしまった。
「まっ、まぁ〜皇帝陛下になってる方はみんな恐ろしいぐらい強いのばっかりだったし、自分の身は自分で守れたってことでしょ? 逃げる用の地下道は邪道だ! って言ってかも知れないし? あと帝国は、昔から世界で一番強者達を生み出している国だし、戦争になっても平気だって思ってたんじゃない? それに今この国にはあの方もいる訳だし……ア、アハハハ……」
微妙な空気になったことで、トニーは饒舌に初代皇帝陛下のイメージを補強し始めた。真面目すぎる程に。
「という訳で! 明日から教会を本格的に見張って、使用人を捕らえる作戦を始めるんだ! 感謝祭当日までには、帝都の問題は片付けないといけないし!」
トニーは先程の地下道の調査の内容に話を戻した。無理矢理な感じが若干あるが。
「トニーも見張るの? もしそうなら、トニーの為に差し入れを持っていくわ……ふふ」
「えっ! ホント! やったあぁあ!!
オレ、明日の夕方から深夜までの見張りを担当するんだよ! キツイ仕事だけど、やる気出てきた! よーし! リリスの為に頑張るぞーー!!」
意気込んだトニーは勢いよくプディングを食べ始めた。浮かれすぎである。だがリリスも少し浮かれていたのだ。目的である城の潜入方法を手に入れたからだ。
「ふふふ……私一人の為に頑張るのは嬉しいけど、帝都の民に示しがつかないわよ?」
「そう? じゃあ……リリスと……あっ!
リリスと救世の勇者イエガー様が救ったこの帝国の為に頑張るぞーーー!!
偉大なる救世の勇者様を取り入れてみたんだけど……どうかな?」
やりきった顔で同意を求めたトニーにリリスは何も言わず笑顔で対応し、プディングを食べ始めた。大丈夫だと感じたトニーも、満足そうにプディングを食べ始めた。
だが実は、イエガーという人物の名前を聞いた瞬間、リリスは動揺した。
自分の心が踊り子リリスでなく復讐に燃えるジェシカに戻りかけていたからだ。そしてすぐに冷静さを取り戻した。今ここで、胸に秘めた激情を知られる訳にはいかないからだ。
救世の勇者
それは、世界に危機が訪れる時、ルクアーディアの神々から力を授かったと言われている特別な勇者であり、世界を救う使命を持った伝説の存在として語り継がれている。この世界のほとんどの人間が認知していると言っても過言ではない。
数々の戦闘技術と能力、そして名声と功績を得た人間は、ギルドや国に認められると、最高位かつ最強の兵種であり、羨望の眼差しを向けられる最高の肩書き『勇者』になれる。だが、救世の勇者は他の勇者とは比べ物にならない位の能力を持っており、神の如きの力を奮う存在になると言われている。以前の救世の勇者は三百年前に現れたが、それ以降は現れていなかった。
十年前 ルクアーディア暦 3055年 帝国の東にある畜産領『コセノミ』のバロ村という小さな村で、救世の勇者に選ばれた少年が現れたと帝都に連絡が入る。その少年が、今も帝国でとても重宝されている
救世の勇者イエガーである。救世の勇者に選ばれた人間は救世痕と呼ばれる証が体に表れるのだが、バロ村で十才の誕生日を迎えたイエガーの左手に救世痕が表れたらしい。
そして時を同じくして、世界各国で強力な魔物達が現れ始め、様々な問題が起こり始めた。
イエガーは帝都に招待され、救世の勇者として鍛えられた後、皇帝陛下から国の問題を解決する使命を受けることになる。しかし使命の内容は、疫病が流行っている村の救助や、暴走した魔物の討伐をなど、十才のイエガーには厳しいと思われるものばかりだった。だがイエガーは、秘められた救世の勇者の力を使いこなし、帝国中に奇跡を起こして行った。活躍が帝国中に広まるのは遅くはなく、他国に知られるのも遅くはなかった。
各国もイエガーに依頼を要請し、解決してもらっていたのだが、それを切っ掛けにし、イエガーを自国で懐柔しようと画策する者達が現れ始めた。そして
八年前 ルクアーディア暦 3057年 事件が起こる。
西大陸の『ウィーゼット王国』がイエガーの故郷の人達を誘拐し、人質として救世の勇者の力を利用する計画を立てていた。しかし事前に、王国に潜んでいた帝国の密偵にバレてしまい、誘拐は失敗に終わった。そして当然ながら、帝国とイエガーは激怒し、王国の山と海を真っ二つに割るという人智を超えた力を示したイエガーの威嚇行為は、画策した王国に恐怖を味わらせた。
その事件後、イエガーは帝国に信頼を寄せることになり、今後、各国には力を貸さないと宣誓する。それに困った各国は、イエガーだけじゃなく、帝国にも報酬を用意する条件を提示し、イエガーをなんとか納得させ、今後も力を貸して貰うことが出来たのである。
それから一年後 ルクアーディア暦 3058年
各国の最高指導者や代表者が帝都に集結し、円卓会議によって、世界全体に通じる法律が生まれた。
それは『救世の保護法』という、各国が署名と誓約をして生まれた、救世の勇者を守る法律である。内容は、
《第一条》 救世の勇者が現れた時は、その者の人権と意思を尊重する。
《第二条》 救世の勇者の身内や関係者に対する危害、誘拐は、重罪に値する。(死罪もあり得る)
《第三条》 救世の勇者の合意を得ずに、私利私欲の目的に巻き込むことを禁ずる。
《第四条》 救世の勇者が、民や国、世界に危害を加えた場合、活動していた国、又は、救世の勇者に支援を行なっている国の代表者が審議をし、救世の勇者に、罪を償わせる機会を与える。
この法律に守られながら、救世の勇者は安全に活動することが出来る様になったが、救世の勇者は、誘拐事件を解決してくれた帝国だけに信頼を寄せる状態になってしまい、他国に対しては被害者面をするようになる。そして最悪なことに、イエガーが《第四条》に該当する行為をしても、罰は軽いものばかりになっている。それは、後に戦争にも繋がったある大事件のせいだった。
各国に突如、原因不明の魔物の暴走や、民の暴動、それに乗じての内乱が発生した。各国が対応に追われている間に、帝国は『救世の保護法』の殆どの実権を奪い、イエガーは帝国の一部同然の存在となってしまった。そして察しが良い者はすぐに理解した。各国で起きた問題は、イエガーの力を手中に収めようとする帝国の仕業だったと。
帝国の仕業だと知った各国は、帝国に抗議、そして攻戦をしたが、無駄な行為として終わった。それは、帝国が世界で一番軍事力を有する国であることと、一番の問題、救世の勇者が帝国にいるからである。
後にこの事件は、全ての事案をまとめて
『保護法の強奪戦争』と呼ばれるようになった。
そして現在のイエガーは、何故か今の世界には問題がないと判断し、帝国で豪遊しまくっているという。帝国の民のほとんどは、イエガーは昔の誘拐事件と数々の争いで疲弊しており、英気を養っているだけだと言って大目に見ている。だがリリスは違うと感じた。奴はだらけているだけだと
そう感じた理由は、リリスがイエガーに故郷を滅ぼされたジェシカだからだ。五年前に起きた惨劇の風景を、彼女は鮮明に覚えている。
イエガーは傲慢な態度で人を見下し
救世の勇者の肩書きを使って、咎めると激情して、罪の無い人を傷つけたことを。
(ほんと、みんな騙されてる。奴の心には「反省」と「配慮」が無いのよ。あるのは「傲慢」と「怠惰」だけ。アルバークの問題は解決していないし、サーリネの盗賊問題も根本的に解決していないのに、なにが問題が無いだ。
なにが偉大な勇者よ……奴は許せない……絶対に……
絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対にに絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に……)
さらに増えた憎しみの感情を静かに燃やしていたジェシカは、今は踊り子リリスとしてトニーに接し、昼食を堪能したのだった…。
農民の秘密基地のデザート一覧 随時増える予定
・まろやかプディング まろやか〜な味わいが特徴で、食べるとほっぺが緩む程
↑リリスが頼んだ時、トニーも便乗して頼んだ。
・サクランボケーキ サクランボの程よい甘さと生クリームがベストマッチしている。まるで夢の世界の食べ物。
・温もりのアップルパイ 人の心に温もりを齎してくれる、懐かしい味の焼き菓子。食べた人達の中には泣いた人もいる。
(店長) 「ぜーんぶ! パピィ(父)とマミィ(母)が教えてくれた自慢のデザートだぜ!!」
(リリス) 「……マミィ?」
(トニー) 「リリス……ツッコんじゃダメだ。……ツッコんじゃダメだッ!(心の声)」
読んでくれてありがとうございます!