第二話 踊り子リリス
リリス……恐ろしい子……
「いやぁ〜リリスみたいな可愛い子と一緒に昼飯が食えるなんて〜。スゲー幸せだよぉ〜オレぇ〜」
トニーとリリスがいるのは、帝都アダルバリエの西区ある飲食店街である。
帝都の西区は飲食店の激戦区とも呼ばれており、平民向けの店から上流階級向けの名店が並んでいる。行列や人集りが多い店も沢山あるなかトニーは、路地裏に佇む隠れた名店『農民の秘密基地』にリリスを連れて来た。
隠れた名店と言われてるとおり、店内にいる客は今のところ、リリスとトニーの二人だけである。本当に良い店というのは、他人に知られたくないという人の独占欲によって知られていないことがよくあるのだ。だがトニーはリリスをこの店に案内した。心を奪われた男は、良い店より良い女を独占したいのだろう。
食事をする為に、リリスは胸元に仕舞い込んでいたペンダントを取り出し、顔を隠すヴェールも外し、素顔を露わにした。リリスの素顔を見たトニーは、あらためて見惚れていた。広場で少し見えたあの時よりも、リリスはとても美しく、可憐な顔立ちをしているからだ。
左肩に妖艶にかかってるウェーブロングの青黒い髪は、風に靡けば絵になるほど美しく、宝石のような紫色の瞳は、見つめられたら吸い込まれそうに感じる。頬も白く、桃色の口紅が可憐な顔立ちのリリスに良く似合っている。
(こんな美少女、滅多にいねぇぞ!? オイ!! 周りのヤツらにバレなくてよかったぁ……またとない機会だ! ぜってーものにしてやるぜ!!)
トニーは心の中でそう意気込んでいた。やる気に満ちているトニーとは対照的に、リリスは落ち着いて食事を堪能していた。
「ふふ、ありがとう……私も幸せよ。……こんな美味しい料理が食べられるなんて……」
二人が食べているのは店長の自慢の一品
『兎肉のロースト 三種のソース添え』
そのまま食べても美味しいのだが、野菜、フルーツ、辛味の三種類のソースを兎肉につけて食べると、正に「絶品」の一言。セットで付いてくるパン、チキンライス、野菜スープは、追加でデザートを頼むと無料になる嬉しいサービス付きだ。もちろん味は文句なしで美味しい。トニーのような食べ盛りにはありがたいサービスが豊富で、トニーはあっという間にこの店の常連客となった。
「気に入った? よかったぁ〜。実はここ、オレの行きつけの店なんだ。ここの店長がゴロツキに絡まれているところを助けたらさ、お礼に飯を奢ってくたんだよ! しかもこんなにうまいのに値段は安いとか最高じゃん! 人もあんまりいなくて落ち着いて食えるし、もうオレこの店の虜だよ〜」
そう言ったトニーは、肉に付いてる辛味ソースをチキンライスに絡めて食べるという思わず真似したくなるような食べ方を始めた。リリスに気に入ってもらえたことで、トニーの緊張が少し解けたということだろう。
「今回初めてここに来たけど、私も虜になっちゃいそう……。美味しいのも嬉しいけど、安くてお財布が痛くならいのが、とても助かる……」
「なにか、事情があるの?」
リリスが何か訳ありなのを感じたトニーは、思い切って質問をしてみた。
「……どうしてそう思うの?」
「……キミが今、苦しい思いをしている最中……みたいに見えたから……」
トニーの瞳には、リリスを心から心配している気持ちが込められている。そんな行動するトニーは、リリスに惚れているのが誰から見てもわかる。そしてリリスは食事を止め、持っていたフォークとナイフを皿に置いて、トニーに答えた。
「私ね……物心ついた時から、盗賊団の奴隷だったの……(霊山領)サーリネの……」
(霊山領)サーリネ 帝国内の北東にある霊山『バルタロス』が象徴となっている領。霊山は凶暴な魔物が生息しているが、希少な薬草が生えており、薬師業界で高値で取引されている。ギルドの依頼で冒険者が採取しに行くのだが、薬草を奪おうとする盗賊が後を絶たず、昔から問題になっている。
「その盗賊団は魔物達にアジトを襲撃されて壊滅したわ……。下っ端が冒険者から奪った薬草の中に、襲撃した魔物達の主食の薬草が混ざっていて、それを取り戻しに来たのだと思う。私は地下に隠れていたから助かったわ……。その後、魔物達がいなくなったのを確認して……逃げだして……、そして近くの町『アルバーク』の教会で運良く匿ってもらえたの……」
リリスは水の入った木製のコップを手に取り、揺れる水に写る自分を見つめた後、一口飲み、話しを続けた。
「教会で、私はある程度の教養を受けさせてもらえたから、宿のウェイトレスとして働くことができたわ……。そして宿に、旅芸人の人達が泊まりに来たの。その中に踊り子さんがいて、その人に踊りの才能を見出されたのよ。その後、私は宿で踊りを披露して、宿は繁盛……前よりお金を稼げるようになったの。教会にお金や食べ物を寄付することができるようになるくらいにね……。あの時喜んだ神父様やシスター、子ども達の顔は今でも忘れないわ……」
「もしかして、給金のほとんどはアルバークの教会に寄付してるの?」
「そうよ……。実は『アダルバリエの名花』に選ばれた知らせが届く前に、サーリネに盗賊達がまた出没して、今度はアルバークを襲撃したの。しかも厄介な事に、盗賊達は霊山の凶暴な魔物達を率いて襲ったのよ。盗賊達と魔物はなんとか片付いたけど、怪我をした民や兵士が出て、今も教会で苦しんでいるの……」
リリスの膝に置かれている右手は震え、左手はペンダントを握りしめた。そしてトニーに話を続けた。
「町は倒壊してないし、死人は出てないから、帝都の上層部は問題ないって決めたらしく、アルバークに援助をしてないの。多分、感謝祭の準備で手が回らない状態だからしないんだと思う。
そして、まだ大変な状況だったのに、私を推薦してくれた人達や教会のみんなは、遠慮せずに行ってほしいって笑顔で、私を、送り出してくれたわ……。私は帝都で好機を掴んで、たくさん稼いで、アルバークのみんなを助けるって、その時誓ったの」
リリスは涙が出そうになったがグッと堪えた。
自分より辛い思いをしている人達の為にも泣き言を言ってられないからだ。
「でも実際、『アダルバリエの名花』の給金は、感謝祭が終わった後に払われることになっていて、住むところは用意されたけど、食事とかは基本的に自己負担なの。後ろ盾がある踊り子達は平気だけど、望みを賭けに来た踊り子達は、男性に必死にアプローチをして、仕事をもらったり、良い待遇を受けようと頑張っているのよ。かくいう私もその一人。先日、酒場に自ら売り込みに行ったわ……」
「そう……だったんだ……」
リリスの壮絶な過去と優しやに満ちた覚悟を聞いていたトニーは、自分で気づかないうちに、リリスと同じ様にナイフとフォークを皿に置いていて、食事を止めていた。
「せっかくのデートの中にごめんなさい……トニーの顔を見てると……なんだか……この人なら話を聞いてくれそうって感じたから……」
悲しい表情をするリリスにトニーは首を振り、優しい笑顔で答えた。
「まだ出会ったばかりのオレなんかに、辛い出来事を勇気を出して言ってくれて、とても嬉しいよ。……ありがとう、リリス。オレになにか力になれることがあるなら遠慮なく言ってくれよ!」
「ふふ……こちらこそありがとう……トニー……」
儚げに微笑むリリスにトニーは照れくさくなり、顔を真っ赤にしながら残りの兎肉を食べる。
「ほら! 他にも何か悩みがあるなら、オレにどんどん言ってよ!」
気分が良くなったトニーはリリスにさらに悩みを打ち明けるように促す。リリスに頼りにされたいという気持ちがだだ漏れだ。
「……実は私ね、夢があるの、皇帝陛下の城で働きたいのよね。……踊り子は、売れる時は売れるけど、売れない時は売れない博打職業だから、安定かつ高給金の城の使用人になりたいって思ってるの。でも……私は元奴隷で教会暮らしだったから、望みは無いに等しいの。ちゃんと学校に通って卒業の資格を貰わないと、面接どころか応募も出来ないのよ……」
「そっか……でも事情が事情だし、リリスが悪い訳じゃないだろ? キミみたいに、自分以外の人の為にも頑張れる人が、城の使用人に向いているとオレは思うな。うん!!」
「……お城で何か問題があったの?」
「えっ?」
トニーの方も何か問題にあっている様子を感じたリリスは、トニーと同じ様に質問をした。トニーは大したことじゃないと言うが、リリスが"今度は自分がトニーの悩みを聞く番だから気にしないで"と言うので、トニーは頭を掻きながら観念して答えた。
「実は、今の城の使用人の中には城の使わなくなった調度品とかを着服してる奴らがいるって報告を受けたんだ。小物品だけじゃなくて大きい物まで。小物品はともかく大きいのまで運ぶとか図々しすぎるだろ……。最近調査して見つけた秘密の抜け道から通ってやってるみたいなんだよな〜、困ったもんだぜ、ったく……」
トニーは頭を悩ませながら野菜スープを口にする。そしてリリスはこの時を待っていたのだ。
感謝祭の開催期間中に救世の勇者が城に長期滞在することを酒場で酔った騎士か話を聞いた一人の少女は、城に潜入する為、この感謝祭の準備期間中にある行動を始めた。
それは、城の侵入方法を知っている人物を厳選し、話してくれる状態と状況を用意すること。
その選ばれた人物がトニーであり、少女の作戦に嵌っていく。
トニーの巡回するルートに乗じて、この店の店長がゴロツキに絡まれて、それをトニーが発見して助けるという出来事も、トニーに気づいてもらえるところで踊っていたのも、トニー以外の男に声を掛けられないように、周りに根回しをしたことも、
全部
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リリスという偽りの名前で名乗っている復讐少女
ジェシカの仕業だと、トニーには気付く術はなかった…。
前日談 農民の秘密基地にて
(トニー) 「いや〜相変わらずウマイなぁ〜。流石店長だぜ!」
(店長) 「ガッハッハ!! 当然だろう? 俺の故郷の家族が丹精込めて育った野菜や肉だからな!!」
(トニー) 「ヘェ〜食材は故郷から仕入れているのか〜」
(店長) 「そうだ! 俺の実家は大きな農家をやっていて、肉は パピィ! が、野菜は マミィ! が担当してるんだ!」
(トニー) 「ヘェ〜そうな………え? パ…パピー?」
店長は家族想いの人です。
店長 三十五歳 独身
職業 農民の秘密基地の店員兼料理人兼店長
実家の農作業で鍛えられた(鋼の肉体)を持っている筋肉隆々のナイスガイ
ゴロツキに絡まれても撃退しなかったのは、喧嘩が嫌いだから。(ただし反撃はする派)
実家の肉と野菜を使った店を開くことが夢だったとのこと。
読んでくれてありがとうございます!