とらぶる2…解放されたけど?
さてさて。あれから揺り籠でゆられ続けること約二時間。このままいくと吐いちゃう吐く、吐いちゃう! なんて真面目に心の中で叫んでいたとき、ようやく箱は開いた。
眩しいすぎるぐらいの日の光が俺を照らす。……いや、根拠はない。ただ箱が開いたから言っただけだ。
今、俺はどんな顔をしているのだろう? 再び光を浴びることが出来るから泣いているのかもしれないし、気分が悪すぎて蒼白になっているのかもしれない。
まぁ多分、いや確実に。もうすでに俺はやりきったぜ、見たいな疲れた顔をしているに違いない。ああ。間違いないね。
ベリベリとガムテープがはがされていく。まずは目の部分だ。端っこの部分が髪に引っ付いてる。イテテテテ。イテェ! 待て! 自分でやる自分で! 痛い痛い!
自分では、精一杯声を出したつもりだったが、残念ながら全く分からなかったみたいだ。んーんーんー!! と叫んでいる変人に見えたに違いない。
っく。耐えろ俺。きっと将来、素晴らしい出来事が待っているはずだ。この生き地獄に耐え切ったご褒美にきっと可愛い美少女やら可愛い美女やらに合わせてくれるに違いない! きっとそうだ! じゃねぇと釣り合わねぇぞ。もし会えなかったら俺は神を呪う。神やら仏やらなんて信じてないが、とにかく非科学的でも呪ってやる。
目に光が……。ああ。俺は生きている。ようやくここで実感できたぜ。こんなにも日の光が暖かく感じたのは初めてだ。うれしいなぁ。きっとこれからいいことが待っていると神からの報告なんだろうなぁ。
そんなコトを呑気に考えていると、ついに口に貼られていたガムテープがはがされた。言いたいことが多すぎて俺はまず何を言えばいいのか、その選択にこまる。そして、結局俺が選び抜いた第一声は、
「テメェ。一体これはどういうことだ? そしてここはどこだ? それと近くにトイレないか? マジ気分悪いんだけど」
「うるさい。アンタは一生アタシの奴隷として生きていくんだからこれぐらいで弱音吐いてんじゃないわよ」
…………奴隷?
オイオイ。ここは二百年前のアメリカか? そして俺の役は黒人? そしてお前は白人か。
なぁ、そこの無口なリンカーン役美少女よ。奴隷解放の宣言を出して俺を開放してくれよ。
あなたでも構いません。理恵さん。あなたがコイツを何とかしてください。いやニヤニヤしてないで。
そんな俺がヘルプ信号のつもりで送っていた視線は軽々と無視され、俺のピュアなマインドは壮絶に傷ついた。この傷は美少女メイドさんにでも会わない限り治りそうにない。
「……俺は一応この件の怒りは抑えてやってるんだ。百歩どころか一兆歩譲ってだ。驚き。何と百億倍だぜ。それを譲ってだ。俺がさっき尋ねた三つの質問に答えろ」
「さて。じゃあ早速例の旅館に向かいましょうか」
両手両足に巻かれたガムテープをそのままにして、これで終わったと言わんばかりに立ち上がりネオンちゃんと理恵さんにレッツゴーと言った。
無視か。俺の存在はそこになかったかのような自然さで無視か。傷ついた心に追い討ち。泣きっ面に蜂。今の状況ほどあっている状況はないね。
ってかオイ。まさか俺はこのまま放置されるわけじゃないよな?
「ねぇ。俺は?」
「どうする? そこら辺の足拾う?」
「うーん。でも京都のタクシーは喫煙可能だからねっ。距離もそんなにないだろうし、歩いてこうよっ」
「そうね。そうしましょう。ネオンもそれでいいわね」
「…………」
うおぉー。壮絶なスルーが青空にクリティカルヒットだぜっ☆
なんて、マジで言ってる場合じゃねぇなこれ。
「お願いしますまず両手両足のガムテープ取っ────」
「荷物は……うん。このままでいいわね。一番大きな荷物も消えたし、徒歩でも疲れないでしょう」
トントン拍子で進んで行く会話。この状況から察するに一番大きな荷物は俺だな。それはあんまりだろう? 俺は連れてって連れてって、って自分で望んだ訳じゃないんだぜ?
まぁ、それは置いておこう。全く、自分の心の広さに惚れ惚れするね。……っと。自分に惚れちまってどうすんだ俺。この後、美少女オア美女が俺を待ってくれているのに。
「じゃあ行きましょうか」
「うんっ! 行こっ!」
「…………」
「おーい。約一名忘れてるぞー」
三人の視線がようやく俺に集まる。
「なぁ。俺は心は広い方だ。本当なら文句の一つや二つ、いや、数百から数千は許されるこの状況を、文句の一つもなしでいてやってるんだ。頼む。まずはこの両手両足のガムテープをはがしてくれ。出ないと俺はこのままこの人気のない場所に放置されっぱなしになってしまう。こんな人気のないところだ。下手したら四五日後には裏路地で死体が見つかったとかニュースになっちまうぜ。そしたらお前……一応残りの二人も犯罪者だ。それでいいのか? 小学生の道徳で習っただろ? 自分が嫌と思うことは他人にもやっちゃいけないって」
「アンタ、なんでここにいんの?」
「────」
マジで泣きそうになった。それほど地獄的な質問だった。
俺が聞きたいんだけどなぁ。
「冗談よ冗談。でも、ただ解くだけじゃ、釣り合わないわよねー」
「お前がこんなことしたんだろうがっ!」
「ふーん。なるほど。状況が理解できてないみたいね。それとも何? 自殺志願者?」
「……もしもお前が置いていって俺が死んだらお前は立派な犯罪者だぜ?」
「アンタが『このままにしてくれ』って言ったんでしょ。アタシ達は罪には問われないわ」
お前の耳と脳内の法律は一体どうなているんだ? 少なくとも日本はそんな法律ないはずだ。そうであってほしい。
それと、さりげなくアタシ“達”って言うな。これはお前が悪い。
でも、笑って見てないで助けてください。理恵さん。そしてネオンちゃん。今そうクールでビューティしてる場合じゃないの分かるだろ?
「……どうすりゃいいのさ」
諦めよう。
「決まってるでしょう」
ずいっ、と俺の目の前に花園の荷物。
「雑用係」
「────」
いいのか? いいのか俺? こんな簡単に了承しちまって。いいのかよ。プライドはないのか俺。
「分かったよ」
フフフフフフ。そうだよ。適当に答えておいて持たなきゃいいんだ。俺天才? いや、こんな簡単なコトが分からなかった馬鹿とも言うか。むしろ、そうとしか言わない?
しかし、花園は腕を組み、口をへの字に結んで俺の睨めつけた。
「アンタ、分かりやすいのよ。開放されたら逃げようって魂胆でしょ」
「っぐ」
図星。
「いや。もしかしたらアタシの分だけ持たないで残りの二人の分は持つ気だった?」
図星図星。
「それとも────」
「分かったよ持ちますよ持ちます。持てばよいのでしょう」
これ以上何か言われるのも、何か疲れたので俺は渋々了承した。大体、こちらは一文無しだ。どうしようもない。
花園は俺の返事を聞くと満足そうに笑みを浮かべ、よろしいと言ってから俺の両手のガムテープをはがし始めた。
バリバリとはがれる音があたり一面に広がる。
なんか、俺の今の心情とぴったり一致するような音だった。
両腕がようやく解放され、俺は自分の両足のガムテープをはがしにかかる。
途端。
俺の真横に三人分の荷物が置かれた。俺は思わず顔を上げる。
花園と視線があった。にんまりと意地悪そうに笑って、そのまま身を翻し、既に歩みを進めているネオンちゃんと理恵さんの元へ駆けていくのであった。
「……なんか、こういうコトになれちまってる自分も、ホントどうにかしてるよな」
人生のルート、間違っちまったなぁ。いや、七星が言ってた『人生の通過点』に過ぎないのかな。
「なんにしろ、俺の人生は最悪だな」
自分の意見に、もっともだと頷き、もう見えなくなりそうになっている三人を慌てて追いかける俺だった。