とらぶる13...教育方針
い〜い湯だ〜な、あはは♪ い〜い湯だ〜な、あはは♪ なんてのは実に的を射すぎていてもうこれ以上の言葉がない。この曲考えた人、天才だよ。ああ、俺があんたを認める。
いや、まぁ俺はそんな大した人間じゃないが。
気分が今日は一段とよく、俺は口笛を吹きながら花園たちが待つ部屋へと向かう。時間も確認していたので、食事に遅れて花園たちに食べられる心配もない。
フッフッフ。人間、学習するいくものだからね。当然それは俺にも言えることだ。……花園あたりなら、俺が人間というところを否定するだろうな。
気分よくロビーへと出る。そこで、俺は思いがけない人物に出くわした。
ある意味で、人生を左右する。
そんな、意味深な人物に。
♪ ♪ ♪
『世界ってさ、全ての物事が決まっているような気がするんだよね。……まぁつまり、この世の出来事は全て必然だと思うんだ』
ある友人の言葉。世界あり方は、そう考えると二分される。
一つは世界は決まった道筋をたどっている。
もう一つは、分岐した道を選んでいる。
はて。
どっちなのか、知る者なんていないのに。
俺はたまたま考えてしまった。
「姫菜が今日一日遊んできたって? 養ってやってるだけでも感謝してもらいたいぐらいなのに、それでもまだ足りないっての!? だから引き取りたくなんかなかったのよ!」
バッタリと出くわした、この人物のおかげで。
和服が異常なまでに似合っている人だった。大和撫子という言葉がふさわしいその女性は、優雅な足取りでスタスタと歩いていく。
姫菜、という単語を口にしていたことから姫ちゃんの母親ということが分かった。
「義理の、ってのを付け足すべきかな。この場合」
老いを全く感じないのは、気のせいだろうか。二十歳後半ぐらいに見える。
小言でブツブツと姫ちゃんの文句を言っているのは、あまり心地よくない。しかも、遊んできたって言ってたしな……。誘ったのは、俺たちだし……。
さっさと部屋に戻ってしまおう。せっかく温泉で気分がよかったのに、害されてしまってはたまらない。
そうと決まったら行動は迅速に。さっさとこの場から退散────
「うお!?」
小さな段差にスリッパの先がかかる! くぅっ。思わぬトラップに青空の体は対応できません! 馬鹿者! そこは踏ん張りどころだろうが! 無理です、脳司令官! 馬鹿たれ! 誰がそんな甘ったれ野郎に育てた!!
……俺、つくづく虚しい野郎だな。
思ったところで転倒。っく、何という堕落。何という有様! 青空、これでいいのか!?
ちらり。
ゆっくりと立ちつつ、さりげなく他のお客様を見てみた。
「────」
俺を見て笑っていた。だけでなく、こんなことまで聞こえる。
何あれ? いい年こいて何てこけ方? うわ。かわいそー。でも、今時あんな風に人前でこける人なんてなかなかいないよね。いや、ああいうのは大体が下心あんのよ。きっと女性の下着を見ようとでも思ってんのよ。
畜生っ! 俺が何をした!? ただこけただけじゃないか!
もういやだ! 帰りたい! 帰りたいよっ!! 大学に行っていつも通りの生活をしたいよ!
……そんな目で見るな。笑ってもいい。だが、そんな目で見るのは止めろ!
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
脊髄反射。
中でも条件反射という奴を、俺は自然とやってしまっていた。
……まぁ、本当に大丈夫なんだけど。
声をかけてくれたのは、うーむ、皮肉なことに姫ちゃんの義理の母親と思われる人物。さっきすれ違った際に吐いていた愚痴を、思わず忘れさせてしまう口調だった。
「お客様、うちの旅館は段差が多いので気をつけてくださいね」
「あ、はい。以後気をつけます」
俺の答えに満足したように頷くと、軽く頭を下げて笑みを浮かべたまま去っていく。……しかし、何故か俺はこれだけではいけない。そう、思った。
よしとけばいいのに。ホント、俺は貧乏くじが大好きなヤツだな、俺。
「あのー、」
「? どうかしましたか?」
「ちょっと聞こえちゃったんで言っておきたいんですけど、姫ちゃん……姫菜ちゃんのことなんですけど……。さっき、遊びに行った、って言っていたじゃないですか。あれ、俺が無理やり誘ったんですよ。別に変な思惑があったわけじゃないですよ! ……ただですね、何かつまらなさそうにしていたので、だったら一緒に遊びに行かないか、ってことになって」
「……あなた、姫菜のお友達?」
それは、返答に困る質問だった。
会ったのは昨日。ましてや、ネオンちゃん達と会ったのは今日だ。……友達と呼んでいいのか、俺は少しだけ迷った。だけど、馬鹿らしくなってすぐに考えるのを止めた。
「はい。友達の中の友達です。大親友です」
「そう。なら、とっとと縁を切ってもらえます?」
……は?
今、こいつは、一体何て……。
呆然とする俺を見て、何を勘違いしたのか、この女は言葉を改めて同じことを言った。
「分かりやすく言った方がよろしかったでしょうか? ならば、絶交、していただけます?」
「……何故です?」
……理由の分からない怒りが、こみ上げてくるのが分かった。それをグッと抑え、俺はピシャリと理由を問う。
「あの子に友人など必要ないからです」
────
「……それは、何故?」
「あの娘は、実は私の娘ではありません。ご両親は、不慮の自己でお亡くなりになってしまいましてね。そうして、私たちが引き取ることになったのですが……。そうなるともちろん学校も転校しなければならなくなる。友達がいなくなる、って姫菜、騒ぎましてね。……私の身も安全とは言いきれませんし、またあの様な悲しみをさせたくはないのです。だから、友人など必要ありません」
「綺麗事だろ」
躊躇なく、俺は言った。それだけでは終わらない。終わって何か、やらない。
「友達作んのは誰だって自由だ。それを束縛する権利は、例え親でもない。……悲しませたくないから友達は作らせない? あんた、それが間違ってるって気づかないの? なら、俺が教えてやんよ」
それだけじゃない。こいつは……コイツは……コイツハ…………
人ガ死ンダッテ何デソンナ軽々シク言エルンダ?
「我が家の教育方針です。口出しするのは、間違っていると思いますよ?」
「……ああそうだな。別にいいさ。あんたの言うことなんか、無視してやるからさ」
気づけば、辺りに人はいなかった。
理由は、恐らくこの女が言ったことなんだろう。
「あなた、今にも人を殺しそうな目をしてますよ」