とらぶる10...涙は時に人を騙す
一・五倍の利子のところを、何とか一・一倍の利子にしてもらって俺は何とか昼食を食べることが出来た。一・五倍ってどれくらいか君は分かるか? 二千円の物が三千円になるんだ!
千円の違いが君には分かるか? 漫画なら四冊から六冊も買えるようになる。ランチだったらドリンクバーつけられる上にデザートだって食べられるようになる。どうだ、凄い違いだろう。
しかし、ネオンちゃんも理恵さんも鬼だ。何でお金を貸してくれないのさ。さっきはネオンちゃんのお金だからいいけど、みたいなこと言ったけどそれはそれ、これはこれだろ。
おかげで利子がついた。自給八百円のところで十五分も働かないといけない計算だ。大体、一番安い奴で二千円とか終わった料亭に入ってくれるなよ。一文無し連れてさ。
ハイ。愚痴は終了。
話は一転。俺たちは姫ちゃんのリクエストに答えて本屋に来ていた。俺はというと適当に立ち読みをしたりおもしろそうな小説のチェックをしたりしていた。
そうして、あるゾーンで俺は見た。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ〜」
「…………」
ポロポロと涙を零しながら小説を読んでいた少女を。そして、その少女は本を濡らさないように本を自分の顔から遠ざけている。
通りがかった人はジトーっとその少女を見ていた。ここら一帯に姫ちゃんのフィールドが展開されているらしい、辺りに人はおらず、というより近づけないようだった。
突っ立っているだけってのもおかしいと思い、とりあえず声をかけてみる。
「……姫ちゃん?」
「あぅ?」
…………。
号泣だったらしい。しかも、ずっと泣いていたみたいで、しっかりと涙の後が残っている。
「……どうして泣いてるの?」
「ヒック。だ、だってこの、小説、とっても、感動して……」
……ついさっき思ったばかりだけど、思わせてくれ。
買えよ。
「……買ったらダメなのかい?」
そしてもちろん、口調は優しく。心中と表面では言葉遣いが違うのは誰もが同じ。うん、同じだよね。いや、絶対にそうに決まってる。
僕は背後からそっと姫ちゃんの肩に手を置き、何を読んでいるのか覗き込もうとした。別に、変なことをしようなんていやらしい考えはないと、先に言っておく。
「痛っ!」
「ぇ!?」
軽く触れた瞬間、姫ちゃんはビクリと体をはね上げた。小説を落として俺の手を払う。パチンと綺麗な音がなり、俺の手は宙に放り出され宙に止まる。
その際、一瞬で辺りを見回した──本当に一瞬。動物の身を守るための適応力は凄い──のはもし香織がいたら俺は酷い目にあうかも、じゃなくてあるからだ。
しかし、一体どうして? 俺は軽く触れただけだったのに────
「ごめん。痛かった? 軽く触れただけのつもりだったんだけど……」
「あ、いや、いえ、あの、別にお空の兄ちゃんが何かいやらしいこと考えてそうとか、自分の身が危ないとか、襲われるとか、触れられたくないとか全然思ってないですよ!」
「…………」
明確な存在の否定だった。
あんまりだった。
……改めて言っておくが、俺は別にそんな少女趣味を持っているわけでもないし、別に興味ないとまでは言わないけど、そんな人前で、ってか人前じゃなくても少女を襲うつもりはない。
確かに俺は健康な一青年だが、精神も“今は”安定していて危険性は皆無。全くの〇だ。むしろ、今の姫ちゃんの言葉の方が危険度は高いと思う。
「……いいよいいよ、本音ぶちまけて。女の子に苛められるのはなれてるから」
「Mですか?」
「違う!」
それだけは譲れない。俺は決して、Mじゃない。そしてSでもない。先ほども述べたがN! ノーマルだよノーマル! 断固としてこれは譲れない。
大体な、姫ちゃん。苛められるのに慣れているからってMって決めつけるのは偏見だよ。Mっていうのは苛められて喜ぶような変態のことをさすんだ。また一つ学んだね☆
「その文字、そのワードは俺にとって禁句なんだ。言っておくけど俺は優しくないぜ。本当に怒るかもしれないぞ」
「あ、それはないですよ」
「それはない?」
オウム返しに俺は問うていた。はい、と姫ちゃんは頷く。
「だってお空の兄ちゃんは姫ちゃんが泣いていたときに元気づけてくれました。とっても優しく。お兄ちゃん以外にあんなに優しく接してくれる人、初めてだったから姫ちゃんうれしかったんです」
「…………」
いい娘だなぁー、素直で。うん。ネオンちゃんとかとはかなり違う。あの捻くれた少女や女生とは全然違うぞ。
「ちょっと変な人ですけど」
ぶち壊しだよ。
「変な人、ね。ま、いいけど。マゾに比べたら」
「え? Mだから変な人なんですよ?」
君はどうやら人のいい気分を害したいようだね。それとも、さっきの日本語が難しすぎたかな? 俺はね、うん。Mなんかじゃないんだよ。
「……改めて言っておこう、姫ちゃん。僕はMじゃない。これだけは決して譲れない。僕はN、つまりノーマルでありMじゃないんだ。ふ・つ・うなんだよ普通。分かった?」
「うーん。はい、何となく」
笑って頷く姫ちゃん。
『うーん』と『何となく』は余計だけど、可愛かったから許す。
「ところで、姫ちゃんはその本買わないの?」
「えっと、はい。お金ないんで……」
悲しそうな顔になる姫ちゃん。俺もとりあえず同情の声を出しておく。
「そっか……」
そこの君。『買ってあげようか?』というカッコいい台詞を期待したかもしれないが、現実は厳しいんだよ。言ったろ? 俺は今、一文無しなんだ。買ってあげようにも買ってあげられない。
そこでアンラッキーなことに香織がやってきた。あ、ちなみに花園とか香織とか、呼び名が変わることに深い意味はない。気分次第です。はい。
「ん? 姫菜ちゃん……と空。どうしたの?」
オマケみたいに言うな。
「あれ?」
……あれ? あれって何?
状況を確認しよう。
俺と姫ちゃんは二人っきりだった。以前から姫ちゃんは本に感動して泣いており、俺はたまたまその時にやってきて、その状況に驚いていた。
んで、ちょっと会話していて、そしたら香織がやってきて、だけどまだ姫ちゃんの頬には泣いた跡が残っている。しかも、今丁度本が買えないということで悲しい顔をしている。
……完璧なまでに誤解を招く要素が揃っていた。俺は嫌な予感がして、その予感が当たらないように祈る。しかし、この世に神なんているわけもなく、俺の予感は見事的中してしまった。
「何で、姫菜ちゃんが泣いているの、空?」
声が怖い。
全身に北風があったように全身鳥肌が立った。
「待て香織。いいか、話し合えば分かる。事情をまず聞いて────」
「女の子泣かしておいて事情も何もないわよ?」
さらに声のトーンがワンランクダウン。ちなみに、俺の血の気もダウン。今の俺の顔は恐らく真っ青。精神もブルー。超ヤバい。
「?」
一人、状況が飲み込めずキョトンとしてる姫ちゃん。さりげなく君が一番の原因なんだぜ、姫ちゃん。これから俺が受ける苦しみの、ね。
この後、俺にかなりの肉体労働が待っていたことは、もう言うまでもない。