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桃色のダークヒーロー

 

 ……言問達の後をつけ、辿り着いたのは薄暗く小汚ない旧校舎の空き教室。人目など全く無い底気味悪い場所に彼女は連れてこられた。


 彼女を囲むように立つ金髪のスケバンと、その取り巻き。包囲された言問は恐怖で足が僅かに震えていた。


「……それじゃあ文夏ちゃん、始めようか?」


 金髪スケバンが侮辱的な笑みを言問に向ける。辺りに控える連中も、手に持つ武器を振るって威嚇的な態度を取る。


 ……反吐が出るほど醜悪な、悪意に満ちた光景に俺は憤りを覚えた。


 自分自身は無力で無能なのにも関わらず、取り巻きを従えて悦に入っている金髪。特段強いわけでも無いのに、武器を持って自分は強大だと勘違いする雑踏。


 そんな奴等に言問は抗う事も出来ず、屈するしかない。


 ……胸糞が悪かった。何故罪の無い彼女がゴミクズ共の快楽欲の為に傷付かなければならないのか。腹立たしい、忌々しい、不愉快極まりない。腸が煮えくり返りそうな気分だった。


「……クソッタレ共がッ……」


 ……そんな湧き出す怒りの源泉を、抑える事は未熟者の俺には不可能で、形容し難い、ドス黒いもやの様な何かが俺の心を覆い尽くしていくのを感じた。


「……理子、職員室に言って先生を呼んできてくれ」


 俺は隠しきれない怒気を孕んだ声で理子に呼び掛ける。対して理子は何か嫌な予感がしたのか、疑心に満ちた目でこちらを見つめ、答えた。


「……貴方はどうするのですか?」


 何か良からぬ事を企んでいるのでは無いか、そう問い掛ける様な理子の眼差し。


 ……全てを見切っているだろう彼女に俺の思惑を隠し通すのは最早不可能であり、隠しても無意味だ。


 ので、俺は言った。


「……アイツらを半殺しにする。二度と立てないくらい徹底的に殴り潰す」


 ……俺が答えたその刹那、理子は見た目に似合わぬ鬼のような形相を浮かべ、叫ぶのを必死で抑えながらも、怒りを含んだ声で言った。


「……ッ!駄目よッ!そんな事したらアンタ退学になるわよ!」


「大丈夫、俺は特別待遇の優等生だから。学校側が絶対にクビにしねーよ」


「それでも!そういった噂なんてすぐに広まるわ!そうなったら受験に受かっても大学側に内定を取り消される!」


「……ちっ」


 俺の提案は理子の正論によってすぐさま却下される。反論の余地が一切無い完璧な論破に俺は成す統べなく舌打ちをする。


「……はあ。確かに、頭に血が登り過ぎてた」


 ……感情的になりすぎだ。一旦落ち着け、俺。


「……結局、これからどうする」


「……やはり職員室へは貴方が向かってください」


 理子は俺を窘める様に、また自身を落ち着かせるように静かな声で言った。


「……お前はどうするんだよ」


「私なら貴方と違って穏便に事を済ませる事が出来ます。それに……」


「……?」


「私は貴方と違って足が速くはないので」


「……」





 ※








 ※



 ……去り行く彼の背中を眺めつつ、私、芳山理子は思った。


 ……さて、どうしよう。


 私は高鳴る心音を静めようと、ハッと息を吐いた。


 私には事を穏便に済ませる事が出来ると彼には言ったが、正直な所、完全無欠の秘策等は全くもって無かった。


 ……暴力行為はもっての他だし、そもそも私に勝ち目は無い。


 話し合いも恐らく不可能で、彼女らの気に触れるだけの結果になってしまうだろう。


 ……ならば私に出来るのは時間稼ぎ。彼が先生を呼んでくるまでのその間、私が現場に現れて、あの手この手で場を撹乱させれば良い。


 だが、成功率は決して高くはない。最も私が注意すべきは登場のタイミング。早々に出過ぎれば尺が余り、遅すぎれば手遅れになる。


 ……文夏ちゃんを助けるには、ベストなタイミングで私が参上しなければならない。


 ……私が考えるに、ベストはいじめッ子たちが文夏ちゃんに手を上げる寸前。まるでヒーローの様に私が現れ、適当な事を言っておけば、敵は標的を絞り辛くなる。


 ……私は登場のタイミングを見計らう為、いじめっ子達の言動に耳を傾ける。



 ■□□



「ねえ文夏ちゃん。……最近、ちょっと調子のってない?」


「い、いや、そんな事は、無いです」


「……まあ、いいんだけどさ。とりあえず、今週分のお金、ちょうだいよ」


「は、はい」


 文夏ちゃんは心底怯えた様子で、自身の制服のポケットから一万円札を取り出し、いじめっ子に献上する。


「……はあ」


 ……しかし、対するいじめっ子の彼女は、何が気に入らないのか、不満そうな表情を浮かべてため息を吐いた。


「……あのさぁ、やっぱり調子のってるよね」


「え……?」


「これで足りると思ってんの?なめてんの?……馬鹿にしてるよね、私の事」


「え、いや、だって!!今まで一万円だって言ってたじゃ無いですか!」


「だってじゃねえ!口答えするなッ!」


 いじめっ子の彼女は唾を飛ばして怒声を吐いた。髪を乱雑にかき分け、イライラした様子を露にしながらに彼女は言葉を続ける。


「……アイツと、……妙本箱根と、いつから仲良くなった?」


「……え?」


「……質問に答えろ」


「は、はい」


 ……あまりに唐突で突飛すぎる質問に、文夏ちゃんは困惑している様子だった。何故ここで彼の名前が出てくるのだろうか?……いや、もしかすると……


「……彼とは、今日始めて話して、仲が良いかって言われると微妙なんですけども……」


「……それにしては随分と楽しそうに話してたな」


「ま、まあ、馬は合いますね」


「だろうな」


 彼女は呆れたように、何かを嘲笑するようにハッと息を吐いた。


「……気に食わないんだよ、それが。……私が、私の方が、す、好きなんだよ……愛してるんだ、彼の事を……」


 ……ああ、やっぱりそうか。……本当にめんどくさいなあ、乙女心っていうのは。


「そこまでよッ!!!」


 私は声高々に宣言し、颯爽と金髪いじめっ子の前に立った。


 ……虐めも喧嘩も人間関係も、恋バナが絡むと非常に話がややこしくなる。妙本箱根。彼が関わっている以上、文夏ちゃんのみならず、私も無関係ではない。


 だけども我が身が可愛くて、一人見ぬふりをするほど、私は薄情な人間では無い。


 ……文夏ちゃんを守るため、私は彼女らの敵、そして的になる。


「……私は彼、妙本箱根のガールフレンドよッ!!貴女達に、ダーリンは絶対に渡さないわッ!!!」






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