ポリコレってかポリがコラ
……十川先生の話をまとめると、『とにかく来てくれ!』ってことだった。まとめるまでもなく、そう言っていた。
理由を聞いても答えてはくれず、「理由は来たら話す」の一点張りだった。
……これ、行かなきゃマズイのか?
「ねえ、この後どうするつもり?」
一緒に電話を聞いていた真宵が尋ねてくる。十川先生の元へ行くのかどうか。理由をすぐに話さないあたり、面倒事に巻き込まれる気しかしないのだが。
「いや、そうじゃなくてさ。私を誘ってくれたけど、どっか行くプランでも立ててたのか、それとも特にプランもなしにテキトーに呼びつけたのか、どうなのかってコト」
「…………」
痛いところを突かれた俺はビクッと肩を震わす。言葉だけだと秘孔を突かれたみたいな物言いだが、突かれたのは図星であった。
「……悪い、何も考えてなかった。お前を呼んだのも、その場の思い付きで、綿密に練ったプランなんて何もない。でもお前に会いたいと思ったのは本当で、すぐにでも声を聞きたいと思ったんだ。だから……」
「あー、ちょっと待ってストップ。分かった、分かったから」
言い訳をタラタラと語る俺を、慌てた様子で真宵は止める。
「別に攻めてる訳じゃないよ?てかそうやってツラツラと言い訳並べられると、私が『デート中に他の女の事考えるなんてありえない!もう許してあげないんだから!ぷん!』みたいな面倒くさい女みたいになるじゃない」
「え、違うのか?」
「違うわバーカ。形変えてしまうぞ♡」
本性を表した真宵。しかしその実態はかまってちゃんではなく、鎌固めちゃんなのであった。別名地獄固め。
「まあさ、そんな冗談は置いておいて、特に用事が無いなら無いでいいのよ。例えば予約してる店とかがあればそっち優先しなきゃいけないでしょ。だから予定がないに越したことは無い。……それで、一つお願いなんだけどさ……」
真宵は質問の真意を丁寧に説明した後、姿勢を前のめりに崩し、こちらへ顔をぐいっと近づける。上目遣いで、懇願するような口調で問う。
「……私も、十川先生の所について行ってもいい?」
※
『……別にいいんじゃないのか?知らないけど』と、適当な返事で真宵の同行を承諾した俺は、十川先生に指定された近所の公園へやって来ていた。
辺りを見渡すと、屋根付きのベンチの下、日陰に佇む十川先生の姿があった。
纏う白のワンピースと色白の肌は雪細工の様で、陽光から身を隠す氷像の姫に見紛う。
「おお、来たか妙本!……て、常磐も一緒に来たのか。悪ガキコンビが揃いやがったな……」
十川先生は俺を見つけてぱあっと明るい笑顔を浮かべるが、付き添いの真宵を見るやいなや、明るい表情が一瞬で曇った。一瞬の晴天だったな。
「悪ガキコンビって、一体いつの話ですか」
俺と真宵が悪ガキコンビなんて呼ばれていたのは、精々中学くらいまでの話だ。ただ、そんな事を宣う十川先生は、改めて俺らをどやしてた近所の姉ちゃんだったんだなと思い知る。別に疑っていた訳じゃないが。
「確かに高校では優等生だったかもしれないが、それは常盤とつるんでなかったからだ。お前が常盤と一緒にいると、良い格好しようとするだろ?」
「……俺が真宵に?いやいや、見当違いも甚だしいっすよ」
「へぇ、先生にはそんな風に見えてたんですね。私にはガキ特有の、好きな子の気を引くためのイタズラだと思ってましたけどね」
からかわれた真宵は、十川先生をからかい返す。ただ、先生は全くそんなつもりが無かったように目を丸くする。
「はあ?てことは私にか?……いや、無いだろ。気を引くためって、嫌がらせされたら嫌になるに決まってるだろ。バカなのか?」
「まあ、男子はバカですからねえ」
おい、主語がデカすぎんだろ。昨今のポリティカルコレクトネスの潮流を知らんのかお前は。今回は偶々、俺がバカで男子だっただけだ。
「……そうだね、ごめん。訂正するよ。今回はただ箱根がバカで考えなしのボンクラだっただけだね」
「だろうな。『嫌がらせ』というのに、嫌になるどころかむしろ好きになるとか考えるあたり、どうやら言葉も理解出来ないらしい。言葉の意味も分からない奴が東大首席合格とか……不正か?先生見損なったぞ」
「…………」
言い直して出た言葉がそれかよ。普通に誹謗中傷、名誉毀損で警察沙汰だろ。ポリコレってかポリがコラだよ。
「だが実際覚えているか?お前が行ってきた悪行の数々を。高校時代の振る舞いを見る限り、覚えていないように思えたが」
十川先生は「な、実際バカだろ?」ってな風に俺に問う。確かに覚えていないし俺はバカだが、こうやって嬉々として元教え子をバカにする先生にも反省する所があると思う。謝ってくださいよ十川先生!俺を否定してるんじゃない。俺がアンタを否定してるんだ!
「……でも、実際覚えてないだろ?」
「…………」
しかし十川先生にはどこ吹く風で、俺への追及をやめない。……確かに、もう先生と生徒じゃないもんな。俺は近所の勝ち気な姉ちゃんであった十川五月ちゃんの事を思い出しつつあった。
「……スイマセン、全然覚えてないっす」
記憶の片隅にかすりもしない。『実はドッキリでした〜』と言われても、全く驚かないくらいに知らない話であった。ただ、2人の反応を見るに嘘ではないのだろう。
「まあ、確かにね。やられた方は覚えていても、やった方は覚えてないってのはあるあるだからね」
「……私にしてきたことを思えば、知らぬ存ぜぬというのは少々不服だが、仮に覚えていたとするならば、今まで通りに接せる自信はないから……まあ、良かったということになるのか?多分」
嬉々としていた十川先生だが、過去に想いを馳せると、頬をまるで18時前の空みたいに段々と朱に染めた。……過去の俺は一体何をしでかしたんだ。
……てか、真宵の感想に関してはちょっと不謹慎じゃないか、それ。かつて言問をイジメてたお前が、当たり障りない感想風に軽々しく言っていい言葉じゃないだろ。
「……お前が言うな、真宵」
「え、え?なんで?私なんか変なこと言った?」
ふてほどな発言をした真宵を叱責するも、真宵は身に覚えのない様子で慌てふためく。白々しいにも程があるぞ。
「いや、言問の件だよ。お前が忘れていい訳ないだろ」
「……言問って、文夏ちゃんのこと?で、それの何が問題なのよ」
「…………」
……確かに、何が問題だったのだろう。俺は『言問をイジメてたお前が反省もせずに「やられた方は覚えていても、やった方は覚えてない」なんて言っていいわけないだろ!』と憤っていたのだが、そもそも真宵が言問をイジメていたなんて事実はない。
てか、前も同じ勘違いをしてたな。……つまるところこれは、所謂前の世界線とやら記憶なのだろう。ならば今の真宵に罪はない。
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
「……ふーん。あっそ」
真宵は呆れた様に大きく息を吐いた。ただ、何かに納得したようにも見えた。
……結局、脱線ばっかで全然議論が進んでないな。俺が話題の復旧を試みようとふと十川先生を見ると、まるで警察に罪を追及された犯人みたいに、額を汗で濡らし動揺していた。
「……十川先生?大丈夫ですか?」
「え、あ、ああ。問題ない。ちょっと、疲れていただけだ……」
そう言って、にへらと笑う十川先生だったが、誤魔化しているのは火を見るよりも明らかだった。……例の、困り事とやらに起因するものなのだろうか。
「ところで、頼み事って何なんですか?」
「あ、ああ、そうだな」
十川先生は仕切り直しの一呼吸を置くと、本題を話し始める。
「……頼みたいのは、今度見合いをすることになったのだが、その前に、高校時代の想い人に、気持ちを伝えたいんだ」
「……高校時代の想い人?それって……」
以前十川先生から聞いた、高校時代に行動を共にしていた二人の生徒の話。女子生徒と男子生徒がそれぞれ一人ずつ。
その男子生徒に十川先生は告白されたのだが、結局先生は答えを出せず、告白の返事を保留したまま、男子生徒とは疎遠になっていったのだという。
……想い人と言うのはその男子生徒なのだろうか。”想い人“と言うからには、先生はその男子生徒に好意を抱いていたのか、はたまた時を刻みながら彼への想いに気が付いたのか。
「……言っておくけど箱根。想い人って絶対アンタじゃないからね。なに変な妄想してんのよ。このエロザル」
「いや、してねーよ?!」
エロザルって、俺はエロでもサルでも……あるけどな、ちょっと、言い過ぎだろ……
真宵は俺が真面目に考察しているというのに、横槍を入れてきてはジトッとした眼差しで睨んで来る。別にお前が思ってるような妄想はしとらん。てか、真宵が何を考えていたのかは分からないけれども、その発想が浮かぶお前の方がエロザルだろ。このスケベちゃんめ!
「……別に変なこと考えてた訳じゃない。余計な口を挟むな、真宵」
「……へーい」
ふざける真宵に俺は釘を刺し、十川先生に向き直る。
「……先生。その想い人っていうのは、以前先生が話していた高校時代に告白をされた男子生徒のことですか?」
「こ、告白されたのは事実だが、……お前はどこでその話を聞いたんだ」
十川先生はクイズ番組の司会者よろしく「なぜだ、なぜわかる」と言わんばかりの調子で問うてくる。が、答えに心当たりがあるのか、さほど驚いた様子は無かった。
そもそも、その話を聞いたのは十川先生からなのだが、質問の真意が読めない。「えと、十川先生ですが……」と、俺が恐る恐る答えると、十川先生はやっぱりなという風に俯いた。……全く意味が分からない。
「……くそっ、この場合はどうすればいいのだ……聞いていないぞ。何で妙本はこの事を覚えている……?話が違うじゃないか……もう、理子ちゃんのバカ……!」
爪を噛みながら何やらボソボソと呟く十川先生。……先程から様子がおかしいぞ。一体、何だってんだ。
「……なるほど、つまり十川先生は、”前の世界の出来事について誰かから口止めされてる“。って、そういう事ですか。そして、その相手は多分……芳山、いや、妙本理子」
「…………は?」
俺は頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべていた訳だが、真宵の方は何やら合点がいったようだった。一体何を理解したってんだ。俺のクエスチョンマークは積み重なって、やがて天頂にクエスチョンマークの積乱雲を作り上げていた。
その積乱クエスチョンマークが雷落として、俺に電流走って思い付くなんてパターンも面白いけどな。生憎からっきしのからっ風だし、真宵が何を言っているのか全然分からん。
「……何が分かったんだ、真宵」
「十川先生が、前の世界の出来事を覚えてるってことと、何故かそれを隠していることだよ。それと、誰かから口止めをされているっていうのは、まぁ、カマをかけたつもりだったけど、どうやら正解だったみたいね」
そう言って真宵が十川先生の方へ振り向くと、十川先生は滝のような汗をかき、青ざめていた。
「ち、違うんだ。隠してた訳じゃあない。箱根たちが過去の世界線の記憶について辿り着きそうでなのであれば、教えて匿ってやるつもりだった。理子ちゃんが危惧していたのは過去の記憶が敵の手に渡ることだったからだ。ただ、機密情報でもあるからその扱いに慎重だったのも事実だ」
十川先生は慌てふためきながら弁明をまくし立てる。それを俺らが理解したとみるや、ハッと一息ついて冷静さを取り戻した様だった。
「……して、その情報は何処で仕入れたんだ?」
そして冷静な態度で今度は十川先生が問うてきた。真宵はちらりと俺を一瞥すると、先立って解答を述べる。
「私は、……思い出したと言うべきでしょうか。今までずっと、文夏ちゃんに対する罪悪感を抱いていましたが、その理由が分からずにいました。だけど今日箱根に会って話したら、私にはまるで身に覚えのない事を、さも真実かの様に話すんです。だけど聞いているうちに、私もそんな事があった様な気がしてきて、極めつけは、『言問の件、お前が忘れていい訳ないだろ』って、私は知らないはずなのに、何故だか醜悪な私の姿が脳裏に浮かぶんです。……信じたくありませんが、真実なんでしょう、きっと。なんで箱根がこの事を知っているのかは私には分かりませんが」
辿々しく語る真宵は、最後には俺に矛先を向けてきた。二人の視線が俺に刺さる。特に十川先生は、機密情報を知る俺をまるで冷蔵庫のプリンを勝手に食べた犯人を見るような目で見つめてくる。大丈夫?殺されないよね、俺。
「どうなんだ、答えろ。箱根」
「…………」
もうね、十川先生は歴戦のスタイパーかってくらい眼光鋭く睨みつけてくる。
俺は観念して、てか、元々黙るつもりも無いけど、この迫力を前にしてはゲロる他無く、事の経緯を語り始めた。




