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気になりすぎて夜も明けない


「……では、ご注文をどうぞ」


「あ、じゃあ、このキャラメルフラペチーノってやつで」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 ……今、俺は常磐真宵との待ち合わせで、些かお洒落なカフェに居る。


 放課後、カフェでのアフタヌーンティーなんてイベントは、もはや神話の出来事であってリアルで起ころう筈もないと思っていたのだが、事実は小説より奇なり、と、そう思わざるを得ない。


 昨日、真宵と連絡を取るや否や「早速明日どっか行こうよ」なんて返信が来たかと思えば「とりあえずカフェで集合しようか」と、トントン拍子に話が進むのは陽キャ特有の距離の詰め方か。


 いずれにせよ、暇を持て余していたろくでなし大学生である俺は、二つ返事で承諾した。元々、俺から誘った話だし、可能なら早い方がいいと思っていた。


 ……卒業アルバムのメッセージを見て、真宵に贖罪したいと思ったのもそうだが、前の世界線、こころの失踪、そして、言問が持っている情報について、一刻も早く知りたかったからだ。


 朝方過ぎの昼前頃、カフェは静寂に満ちていた。客もまばらで、各々が好きな席に座り、コーヒー片手に店員と談笑している。きっとほとんどが常連なのだろう。コミュ症の俺にはあんな真似は出来ん。


 居た堪れなさに、どんよりとした空気を身に纏う俺が注文を待っていた丁度その時、纏った陰鬱オーラを打ち破るカランコロンという音が店に響いた。


「いらっしゃいませー!」


 威勢の良い店員の声と共に現れたのは、黄金色の長髪をたなびかせる美人、常磐真宵である。キリッとした目つきは威圧感よりも、緊張で顔が強張っていて弱々しさが勝つ。


 眉の垂れた不安そうな表情で辺りを見渡す彼女は俺と目が合うと、陰った表情をパァッと明るくして、日の出の様な笑顔でこちらへ駆けてきた。


「お待たせ、待った?」


「お待たせしました。キャラメルフラペチーノになります」


「…………」


 ただタイミングの悪いことに、店員が商品を持って来たのと思いっ切り被った。俺としても、とても反応に困る。


「いや、今待ってた所だよ……キャラメルフラペチーノをな」


「…………」


 と、口から出たのは有耶無耶な返事で、一体どちらに対して応えているのか分からないバッドコミュニケーション。しかし、真宵にフルシカトされた為、俺の返事は必然的に店員に対してのものとなる。


 かくして俺は、店員に対して「待ってたよ……」なんて応える、変態的キザ野郎となったのであった。


「……ご、ごゆっくりどうぞぉ……」


 そう言って店員はそそくさと、変態的キザ野郎から逃げるように去って行った。


 真宵はニヤニヤ笑っていた。そして、ニコニコ笑顔のまま、俺の対面の席に着いた。


「よ、久しぶり!元気してた?」


「……どの口が言ってやがんだ。たった今、元気じゃなくなったよ」


 ……本当にコイツは……相変わらずの、俺の“悪友”だ。


「真宵は今大学か?それとも就職?」


「大学だよ。しかも、立政大学!……て、いつもなら自慢して言うんだけど、相手が東大首席合格だからなぁ。足元にも及ばないよ」


「まあな」


「うわ!謙遜ゼロだ!全く、勉強で苦労しない大学生活送りやがって、羨ましいぞ!このこの〜」


「…………」


 真宵は肘でコンコンと俺の胸を小突く。……ガキの頃みたいにベタベタくっついて来やがって。久々に再会するにも関わらず、そんなの関係ねぇこと小島義雄の如し。まるであの日から時が止まっているかの様だった。


「そう言うお前はどうなんだ。変わらず、まだ危ない橋でも渡ってやがんのか?」


「ハハハ!そんなの、中学でとっくに卒業したよ。アンタと一緒にね。……そして同時に、アンタとの仲も卒業って感じかな?ハハハ……」


「…………」


 真宵はイタズラっぽく笑う。俺は、罪悪感に押しつぶされそうだった。


「……いや、冗談だよ?そんな、死にたそうな顔しないでよ」


「……とは、言ってもだな……まあ、今まで忘れてた俺にそんな資格は無いのも分かってるんだが、お前を、ずっと待たせてた事、申し訳なく思ってる」


「…………」


 茶化そうとしていた真宵は、俺の態度を見てか、言葉を飲み込む。そして、昔の、気弱な少女の顔で答えた。


「……私は別に、構わないよ。時間は関係ない。箱根が振り向いてくれたから。私にはそれだけで十分なんだよ。だって、この三年だけじゃなくて、ずっと前から、アンタのことが大好きだったから」


「…………」


 ……臆面もなく答える真宵に、こちらが恥ずかしくなり目を逸らす。毅然として笑顔を崩さない真宵の視線を浴び続けていると、耳まで熱くなってきた。熱光線だ!


「……そんなに真っ直ぐ言えるんだったら、何で高校の時に言わなかったんだよ。そうだよ!高校は一緒だったじゃんかよ!何か今生の別れみたいな雰囲気だったけど、話そうと思えばいつでも話せただろ!?」


 気恥ずかしさに、問いかける言葉が思わず強い口調になってしまう。反省しつつも、真宵はあいも変わらず堂々としていた。


「うーん、理由は色々あるけど、ひとつは罪悪感、かな。私には、箱根と結ばれる資格はないっていう、ある種の強迫観念みたいなものがあった。それは文夏ちゃんに対してもあって、私が彼女の幸せを奪ったっていう、何ていうか……後悔から来る感情、みたいな?原因に心当たりは無いんだけどさ。私は文夏ちゃんの恋路を邪魔する訳にはいかなかったんだよ」


 ……そう語る真宵。彼女が抱える罪悪感の源泉は、きっと前の世界線で、言問を虐めていたことに起因していると思われる。俺自身も覚えていない事だし、糾弾しようとも思わないが、いじめを後悔する善性が彼女にもあったということだ。


 結局、タイミングなんだろう。だからといって、いじめが許されるというわけでは決してないが。


 閑話休題。


「……何となく分かったけど、何でそこで言問の名前が出てくるんだよ」


「あれ?もしかして気付いてなかったの?」


 ここで初めて真宵は毅然とした態度を崩し、俺の発言にキョトンとした表情を浮かべる。


「……文夏ちゃん、君のことが好きだったんだよ」


「……マジで?」


「うん、マジマジ」


 大真面目な顔で真宵はブンブンと頭を振って頷く。どうやらマジらしい。


「……全然気付かなかった」


「だろうね、その様子を見るに。それに、文夏ちゃんも君への好意は隠してたらしいから。同じ大学に行けたら告白するとか言ってたけど、私から言わせてもらえば、告白する勇気が無いだけのただの言い訳だね。現に告白してない訳だし」


 真宵は奥手なヒロインの恋を応援する友人ポジションの振る舞いで、奥手ゆえに想いを伝えられないヒロインにヤキモキする表情で愚痴を言う。


「……だけど文夏ちゃんが想いを伝えられなかった理由も分かる。それが、私が高校でアンタと話さなかったふたつ目の理由でもあるから」


 物憂げに真宵は語る。


「……アンタが好きだったのは、私でも文夏ちゃんでもなく、十川先生だったんでしょ?」


「…………は?」


 素っ頓狂な声が出た。何故そこで十川先生の名前が出るんだ。全くもって意味が分からんぞ。


「十川先生を、俺が?……言っておくが、別に十川先生とは何もないぞ。確かによく面倒は見てもらっていたが」


 生粋の屑である俺に対しても親しく接してくれる数少ない人物であった十川先生。否、そんな人物は最早彼女しかいなかった。優等生であった俺は他の先生達からも一目置かれてはいたが、あくまで生徒と教師の関係に過ぎない。


 十川先生とは生徒と教師との関係を越えて……って、ソレって所謂「何かある」って奴じゃないのか?


「……確かに思い返してみれば、十川先生は異様に優しかったように思う。もしかして、十川先生の方が俺の事を……」


「そんなわけないでしょ。夢見てんじゃないわよ」


 俺の希望的観測な妄想は、真宵にバッサリと否定された。てか、十川先生が好きだのどうだの、お前が言い出したんだろ。何をもって俺が十川先生の事を好きだの抜かすのか。正しい根拠を言え!


「……アンタ小学生の頃、よくヤンチャしては近所の姉ちゃんにどやされてたでしょ。それって小学生特有の、好きな子の気を引くためのイタズラだったんじゃないの?」


「……いや、今は十川先生の話だろ?関係のない話をするなよ。更にややこしくなるだろうが」


「……え?もしかして、気付いてなかったの?噓でしょ?!文夏ちゃんの件はまだしも、これに気付かないのは鈍感すぎるというか、最早バ……」


 真宵は頭を抱える。先程まで毅然とした態度を崩さなかった恋敗れた少女の姿は、今や見る影もない。残念だろうが、これがお前が恋した男の現在だ。自分で言うものではないが。


 てか、幻滅するのは百歩譲ってまあ分かる。コイツ今、オレにバカって言ったか?否、すんでの所で飲み込んだようだが、言おうとしていただろ!腐っても東大主席合格の俺に?お前も東大生は頭悪いって言うのか?


「……アンタって、風邪ひかなさそうよね」


 ……考え直して出た言葉がそれかよ。てか鼻につくな、その湾曲表現。


「まあ、つまりだ。俺が小学生の頃、イタズラをしてた俺をしょっちゅう叱ってた姉ちゃんっていうのが、十川先生だったって事だろ?……全然気付いてなかったけどな」


「そ、そゆこと。……それで結局、アンタはその姉ちゃんが好きだったのかって、どうなのよ。そこんトコロ」


「…………」


 真宵は期待感を持って問うてくる。が、俺の答えは決まっている。


「別に、十川先生に感謝はしてるけど、異性としてどうこうってことは無いよ。ただ、先生がいなければ俺は今でも腐ったままだったろうから、好きとか愛してるというより、敬愛してる。それに尽きるな」


「……なーんだ。つまらない」


 不服と言わんばかりに、頬を膨らませて真宵はぶうたれる。だけど、すぐに安堵の笑顔を浮かべて言った。


「でも、良かったよ。ここでアンタが「十川先生を愛しています!」なんて言ったら、文夏ちゃんは報われないし、十川先生√が確定しちゃってたからさ」


「……しまった、ここが分岐点だったか。セーブしておけば良かったな」


「残念。もうアンタには文夏ちゃんと結ばれる√しか残ってません」


 ヒロインは二人だけかよ。しかもツンデレで奥手な委員長タイプの同級生か、何故か自分に優しいと思ったら実は少年時代の想い人だった女教師かって、中々攻めた組み合わせだな。


 幼馴染√は無いのかと真宵に問えば「私は攻略不可キャラだから」と笑う。


「……もしもアンタが本当にリセットを願うなら、その時は赤子からやり直すことね」


「……それはタイムマシンがあっても出来ない注文だな」


 タイムマシンがあれど、自身の肉体変化はどうしようも出来ないと思う、多分。実際にタイムマシンを見たわけではないし、使ったこともないけど。


 ただ、俺の姉だと噂の妙本理子とやらは、タイムマシンを使ったらしいが、結果として一部の人間は「この世界にはかつて妙本理子がいた」という記憶を保持している。


 つまり、タイムマシンというのは、時間という空間の変化を巻き戻し再生しているものではなく、使用者を別の時間平面上に飛ばす仕組みなのだろう。


 だからきっと、タイムマシンを使っても赤子に戻ることは出来ない。精々、嫌な出来事を起きなかったことに出来るくらいのものだ。それを”精々“、”くらい“と言うには多少大それてはいるが。


 ……さて、妙本理子は、一体何をやり直そうとしていたのだろうか。


『……だから私はタイムマシンで未来へ逃げようと思うの』


 また、フラッシュバックが訪れた。コンビニでインスタント食品を買ってくるぐらいのテンションで語った彼女。時をかけるのはそんなに便利で即席なものでは無いはずなのに。


 逃げる、とは、一体誰からなのか。時間平面上でなければ逃げ切れない様な強大な敵なのだろうか。


 俺は思考を巡り巡らせていた。と、その時、携帯の着信音が鳴り、俺の逡巡に待ったをかけた。


 ポケットから携帯を取り出し、着信相手を確認する。


「……珍しい。てか、すごいタイミングだな」


 携帯の画面には、『十川先生』と書かれていた。外れた受話器のマークをスワイプして電話に出ようとする。横から、真宵が声をかけてきた。


「誰から?」


「十川先生だよ」


「……マジ?ちょっと、スピーカーにできる?」


 跳ねるような、悪戯っぽい声音で、ニマニマしながら真宵は言う。面倒くせぇと思いながらも、俺はスピーカーにし、真宵にも聞こえるように携帯を机の上に置いた。


 すると携帯から聞こえる、第一声。


『妙本!助けてくれ!お前に頼みたいことがある!いや、お前にしか頼めないことなんだ!』


 ……何ごと?と、俺はギョッとしながら、十川先生の懇願に耳を傾けるのであった。











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