表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/51

いいですか、落ち着いて聞いてください。

 

 ……知らない天井だ。


 て、本当に言うんだな。自分の安直さを笑い飛ばしたくなるような気持ちで目を覚ました。


 ここは、病院か?白を基調とした壁と天井で、「いいですか、落ち着いて聞いてください」と語る医師とエンカウントするのがこんな場所だった気がする。主にエンカウントするのはツウェッターのタイムラインだけどな。


 俺は何をしていたんだっけか。置かれた状況を整理すべく辺りを見渡そうと、丁度体を翻したタイミングだった。何か柔らかいものが腕に当たった。


「……んっ」


 耳元で聞こえた艶かしい声にギョッとして体を強ばらせる。


 ……見ると、俺の横には寝具に突っ伏す姿勢でうたた寝をしているこころがいた。……看病でもしてくれていたのだろうか。


 そして、俺の腕に当たっていたのは、こころの胸であった。


「やべっ……」


 サァーッと、自分でも顔が青ざめていくのが分かるくらいに悪寒が走る。ラッキースケベに遭遇した嬉しさよりも、圧倒的に恐怖心が勝る。


「あ、れ?箱根っち……?」


 寝起き頭の半開きまぶたで、まじまじと俺の顔を見つめるこころ。その目がだんだんと開かれるにつれ、俺の額の冷や汗もゆっくりと流れ落ちていく。


 刹那、こころが俺に向かって飛びかかる。


「箱根っち!良かった!起きたんだね!箱根っち!箱根っちぃ……!」


「お、おい。どうした……?」


 ……俺はこころに「エッチ、変態、死ねバカ野郎」と罵られる未来を見たが、実のところ訪れたのは、目から大粒の涙を流し、嗚咽混じりに俺の名前を叫ぶこころに包容される現実であった。


 ……思えば、コイツは自分から胸を当てて抱きつく様な奴だ。恥ずかしがって拳を振るうなど、今さらだったな。抱きつく腕の感触や、鼻をつく香水の良い香り、見下ろすと、丁度目が合う上目遣いの瞳。もはや見慣れた光景だ。


「箱根っちぃ……もう起きないかと思ったよぉおおお。箱根っち、箱根っちぃ……」


「……うるさい、あまりベタベタするな」


 にしてもこれはやりすぎだ。こころはいつも以上に愛情表現をオープンに……というよりは、まるで迷子の子供が久しぶりに親と再会した時のような、無邪気な様子で俺の胸の中でえんえんと泣く。愛情、つーか、親愛、みたいな。


 だから怒るに怒れない。仲睦まじい親子の絆を引き裂くことなど、俺には出来ない。今回のケースでは俺が親役な訳だけど。つまり親心補正もあり。


 そんなこんなで、引っ付くこころに俺はなすがままにされ、こころが泣き止むまでの間、俺は翼をもがれた天使の止まり木として、佇むこころを憩わせた。






 ※






「え?なんだって?」


 俺は羽◯川小鷹よろしくそう言う。


 先程まで流していた涙はすっかり乾いたようで、カラッとした笑顔を浮かべたこころは


「だから、私は君と言問さんとの恋を応援するよ」


 そう言い放ってみせた。


「いきなりどうした……なにか悪いものでも食ったか?」


「君の事が心配で、ここ数日は何も食べてないよ」


「……それは、悪かったな」


 こころの顔は確かによく見れば少しやつれており、申し訳なさに俺は顔を伏せる。


「まあ、私のことは置いておいて、君の、文夏さんへの想いを聞いてさ、私の出る幕はないな~って、思ったわけですよ。だから私は君と文夏さんの恋を応援する。だけど私が君を好きなのは変わらない。せめて、君とは友達でいたいから、文夏さんとの仲人という立場をとって、無事結ばれた二人に向かって、『よかったね』なんて意地悪っぽく笑ってやるんだ。それが、君が好きな私の小さな復讐なんだ」


「…………」


 こころは悲しげな表情で笑って見せる。それはまるで恋破れた切ない少女の様で、まるで裏は感じられない。だが、普段の言動からして、こころの宣言には何かしらの意図があるとしか思えなかった。


「……分からないな。一体何が目的なんだ……?」


 俺は尋ねる。いつもどのようにして俺との既成事実を作ろうかなんて事に情熱を注いでいた彼女が、簡単に俺との恋仲を諦めるとは到底思えない。


「別に、目的なんて無いよ。強いて言うなら、君が文夏さんへの想いを声高に叫んだ時、……敵わないなって、そう思ったんだよね」


 もちろん、嫉妬もしたし、まだ諦めてないよ?こころはそう付け加えたが、表情は晴れやかだった。


「だけど一旦、私たちは別れよう。正式には付き合ってないけど、大学では私たちが付き合ってるって噂が流れちゃってるから、それをなかったことにしよう」


「いやいや、なかったことにって、そう簡単に出来ないだろ」


「作戦はあるよ。いつも箱根っちにベッタリな私が、箱根っちと離れて行動してれば周りはどうしたのって思うでしょ。そこで私が『彼は私と付き合ったけど、結局前の彼女の事が忘れられず、私を捨てて、前の彼女と復縁した』って噂を広めるの。そうすれば私たちが分かれたことも、文夏さんと付き合うことにも辻褄が合うでしょ?それに、正門での修羅場もすっかり語り草だし、相手が文夏さんなのにも納得がいくしね」


「おいおい、それじゃあ俺らが悪役みたいじゃないか……」


「……これも、私の小さな復讐ってことで」


「…………」


 そう言ってこころが悪い顔を浮かべた時、病室の扉がガラリと開いた。


 やってきたのは病院の看護師さんで、俺の顔を見ると驚いた様子で「あ、目が覚めたんですね。すいません、急いで先生を呼んで参ります」と、病室を後にして先生とやらを呼びに行った。


「それじゃあ私もそろそろ帰るよ。それじゃ、また学校で!」


 そう言い残して、こころも帰っていった。


 去っていくこころに手を降って見送った後は、しばらく静寂が続いた。


 手持ち無沙汰になった俺は、やることもなく辺りを見渡す。こころがいた時は気にしていなかったが、この病院は一体どこだろう。それに俺が今いる病室も、かなり大きな部屋だ。緊急治療室みたいな感じか。


 考えていると、ガラッと、乱雑に病室のドアが開いた。俺は驚き肩を震わす。


「やあやあ、起きたんだね。箱根くん。えーと、まず自己紹介だ。この病院の理事長を務めている時志公家人(ときし くげと)だ。今回は急患だったようだが、体調はどうかな?自分の名前と、家族構成は分かるかい?」


 現れたのは、時志公家人と名乗る、理事長の肩書きを背負うにはまだ若く見える、見た目30代くらいの白衣の男性だった。


「あ、えっと、妙本箱根です。家族構成は、父、母、妹と、あと、えーっと……」


「ああ、お姉ちゃん、妙本理子さんのことかい。今回はいいよ。どうやら今回はその件で記憶の混濁があって来たようだし。君も混乱しているだろう。無理に思い出さなくてもいい」


「え、妙本理子の事、知ってるんですか?!」


「ああ、うん。知ってるよ」


 妙本理子を知っていると、時志先生はあっけらかんと言ってのけた。


「彼女とは仕事の付き合いでね。今も……じゃなくて、以前、前の世界線ってやつから関わりがあって、僕は医療が専門分野だけどさ、医療にも科学と交わる部分があって、そこで彼女と知り合った。彼女、人使いが荒くてさ、彼女が指示役だったんだけど、天才ってのは困るよね。無理難題を『なんでこんな簡単なことも出来ないの』って顔で求めてくるんだ。でもまあ、何とか出来た僕も、秀才ってやつなのかも知れないけどさ」


 昔を懐かしむ時志先生は、ふんっと鼻を高くしながら、自画自賛した。キメ顔のまま時志先生は話を続ける。


「僕は意外と偉いんだよ。普段は学会があるから僕が病院に顔を出すのは、僕以外では対処できない重症の患者さんが来た時くらいのものさ。確かに今回の君の症状はレアケースだったけど、僕が来たのは患者が理子先輩の弟さんだったのと、こころちゃんの頼みだったから仕方なくね。感謝してよ、全く」


「こころの頼みだから……って、先生はこころと知り合いなんですか?」


「ん、ああ、そうだよ」


 またしても時志先生はあっけらかんと言う。この人何でも知りすぎじゃないか?アキネイターかなにか?


「先生、こころは何者なんですか?なんで妙本理子の事や前の世界線のことを覚えているんですか?」


「それを言うと、僕だって前の世界線のことは覚えているよ?」


「知っています。だから、こころのことを聞いているんです」


「…………」


 時志先生はいけすかないガキを見る目で俺を見て、ため息を吐いて語りだす。


「こころちゃんのことは……なんと言ったらいいか。ただ守秘義務があるから、詳しいことは言えないが、いや、君は理子先輩の弟だから、うーん」


 ひとしきり悩んだあと、こころの正体について先生は話し始めた。


「こころちゃんについて言えることは、僕や理子先輩にとって、彼女は娘の様な存在だった。理子先輩の研究成果の実験で、ひょんな事からこころちゃんを育てることになったんだ。これは、世界線やタイムマシンに関係する話なんだけどね……おっと、話せるのはここまでかな」


 語り終えると、腕時計を見て時志先生は立ち上がる。


「そう言うわけで、見る限り君の記憶には何の問題もなさそうだ。会話も不自由なく出来ている。体調に不安がなければ、今すぐ退院しても大丈夫だよ」


 僕はこれから急ぎの用事があるからと、着崩れた白衣を丁寧に着直して、時志先生は病室を後にした。


 それから、時志先生から話を聞いたと言う看護師の方が部屋にやって来て、退院諸々の手続きを済ませてくれた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ