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付き合うとか、くっ付き合うとか。

 

 ……目に見えるものが真実とは限らない。なんて語りで始まるドラマがあったな。


 結局、人生ってのは選択で、つまるところ何を信じるかだ。耳の痛い正論ばかりをぶちまける委員長タイプな友人か、耳当たりのいい全肯定の同窓生か。


 俗に言う“いい人とは都合のいい人だ”と言う言葉。今だったら首が痛くなるくらいに首肯して賛同する。だって甘々の甘言についさっき騙されたんだからな。


「「はい!な~んで持ってんの?」」「「な~んで持ってんの?」」「「飲み足りないから持ってんの!」」「「は~!飲んで飲んで飲んで飲んで~」」


 ……陽キャのノリ、ついてけねー。てかコイツらは一体何を言っているんだ。


 数分前の『大人数の飲み会とかちょっと楽しそうかも』なんて思った俺に文句を言ってやりたい。


 そして、今になって思えばやはり言問は正しかったのだと気付く。俺は虹色の新種生物のごとく、何があっても“絶対に”『しない』という精神を持つべきだったのだ。


 もう今後は甘い言葉なんかには騙されない様にしよう。「こん!」と元気に挨拶する奴がいても、まずは疑い、訝しむ事から始めよう。


 目に見えるものが真実とは限らない。何が本当で何が嘘か。 “こん!”ディフェンスマンの世界へようこそ。


「……よっ、楽しんでるかい。箱根っち」


 隙を見計らって陽キャどもの輪から抜け出したこころが、席の端で孤立を決め込む俺のもとまでやって来た。俺はイッキをしたわけでもないのに大きな溜め息を一つ吐く。


「いや、楽しめねーよ。さっきからバカ騒ぎしやがって」


「そーゆーもんだよ、大学生の飲み会って。楽しんだもん勝ちっつーか、楽しまなきゃ損みたいな?」


 ……てか、俺もコイツも、昨日入学式を終えたばかりなんだが。何訳知り顔で大学生を語ってやがる。まだ酒も飲めねーくせに。


 イッキのコールでソフトドリンクをがぶがぶと飲み干していたが、夜中にトイレで起きて寝不足になっても知らんぞ。


「ま、君はもともと数合わせな訳だから別に盛り上げろとは言わないけど、一人静かにしていても逆に目立つだけだよ。てな感じでよろ~」


 そう言い残して飲み会の中心の輪に戻っていくこころ。輪を構成するその陽キャ連中がこちらをちらと見ており、俺の憂鬱を更に加速させる。


「ねぇ、何でアイツ連れてきたの?」「ノリ悪すぎでしょ、クソ陰キャだし」そんな陰口が聞こえてきたが、せめて聞こえないように言ってくれ。以降のコールに能天気に参加できなくなるだろうが。一体どの面下げて参加すればいい。最も、もう参加する気は毛頭ないが。


 確かにそりゃあ、コールに参加しなかった俺にだって非はあるが、デモンストレーションもなしにあんなトンチキな唄を歌えるわけないだろう。誰かに聞けって?それができれば陰キャじゃない。


 ここが織田信長が天下を取った世界線じゃなくて心底良かったと思う。『鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス』と、コールをしない俺は殺されてたかも知れないからな。


 徳川家康と江戸の時代に感謝。鳴くまで待とう、てかもう放っとこうて感じの真スルーで、俺は一人誰も手に取らないお通しのサラダボウルをつまみつつ、飲み会の輪の外れ、観客気分で盛り上がるバカどもを見ていた。


 そして最初のコールから1時間10分04秒後。何でこんなに細かく覚えているかというと、やることがなくてずっと時計を見ていたからである。てか、暇すぎる。だったらコールに参加しろよって話だが、俺は謙虚だから、あまり目立ちたくはない。


「やっほー、箱根ち。どう、飲んでる?」


 ……そんな暇のしすぎに飽きてきた頃、俺のもとに再びこころがやって来た。


 いつもはつっかかってきてウザいが、今は正直ありがたい。てか、お前が俺のスポークスマンになってくれよ。今も飲んで歌って踊ってるアイツらと俺はきっと違う言語を話してるんだ。だって何言ってっか分かんないんだもん。まるでとある部族に伝わる伝統的な舞踊でも見ている気分だ。


「……すぽぉくすまん?よくわからにゃいけど、はこねちー!チュッチュッさせろ!」


「……は?」


 気安く懐に入り込んでくるこころに俺は心を許し、完全に無警戒であったが、しくじった。こころは既にあの陽キャめらの手に落ちていたというのか。


「こころ、まさかお前、酒は飲んでないよな?」


「んにゃ、飲んでないよ。私ゃただ“ふんいき”に酔ってるだけよ~」


「そうか。なら良いが」


 雰囲気を“ふいんき”と読み違えないあたり、本当に酔ってはなさそうだ。


 だったらだったで問題である。出たぞ、こころのダル絡みだ!きっとまた、あの手この手で既成事実を作ろうと企んでるに違いない。俺はもう食らわないぞ。持てる力全てを尽くして対抗してやる。


 しかし、俺は甘かった。孤独なグルメを堪能している隙に生まれた、誰かに構って欲しいという邪念。そこを付け込まれ、こころはもう俺の首に手を掛けており、所謂“チェックメイト”に陥っていた。


「……さーて、それじゃあそろそろ“シメ”と致しますか」


 こころはニタァと邪悪な微笑みを浮かべる。


「みんな~!ちゅうも~く!!」


 突然、大声を上げるこころ。それに反応して、全員が一斉にこちらを向く。みんなこっち見んな。


「ふふ、もう逃がさないからね」


「な、何を……」


 俺が問いかけようとするも、口を開けなかった。


 刹那、「キャー!」とか「うおおお!」とか、黄色い声が飛び交う。


 ……俺の口には、こころの唇が覆い被さっていた。


 ズキュゥゥゥンと擬音が聞こえてきそうな構図。キスの味はレモンの味と言うが、確かに唐揚げ味の奥にほのかにレモンの風味がした。……誰か勝手に唐揚げにレモンをかけた奴がいるな。


「愛してるよ。箱根っち。大大大大、だーーーーい好きッ!!」


 とろけるような快楽に真っ白になる頭。辺りから微かに聞こえたスタンディングオベーションと口笛の音。


 ……噂と言うのは簡単に広まるもので、特に交遊関係の広いコミュ強から発されれば尚更であったが、爆発的に俺とこころはただならざる関係であるという噂は広まっていき、遂にこころにとっては念願であったであろう俺との既成事実は、周りに外堀を埋められたことでようやく竣工したのであった。





 ※





 ……翌日、俺とこころが深い深い口づけを交わしたという事実とともに、二人が付き合っているなどとというフィクションが連想ゲーム的に発生していた。そんな噂、きっとみんなすぐに飽きて、さっさと忘れ去られちまうだろうと思ったが、どうやらそうもいかないらしい。


 厄介な事に、宴会に参加していた誰かが勝手に俺とこころのキスシーンをカメラに納めていたのだという。正直根も葉もない単なる噂話であれば勝手に風化していったのであろうが、今回は証拠映像がある分、分が悪い。


 ……最も、“本人が認めている”のだから、たとえ映像が無くてもある程度広まっていたと思うが。もちろん、認めているのは俺じゃないぞ。こころの方だ。


 こころはあることないこと自らの口から吹聴しており、証拠映像、現場証言もあることと重なり、噂というかもはや大掛かりなでっち上げである。


 嘘も100回言えば本当になると言うが、もう既にまことしやかに囁かれている二人の噂は、一体何回言われた嘘なのだろうか。


 嘘つきは泥棒の始まりという言葉を思いながら、桜を散らす春泥棒を見ていると、吹く風とともに颯爽と現れた人影。


 一体誰だと確認する前に、俺の腕に抱きつく感触でその人物が誰であるかを察する。


 見れば、やはり居たのは俺の悩みの種、頬を赤らめて上目使いでこちらを見つめるこころであった。俺のそばにベッタリくっつくいつものポジション。


「ちーっす、箱根っち……じゃなかった。……おはよう、だ~りん♪」


「うわ、だりー」


 俺はいつもの通りにまとわりつくコイツを引き剥がそうと手を伸ばすが、思い出されるのは昨夜の事。


 マリアナ海溝ばりのディープなキッスに、経験浅いキッズな俺は、こころの体に触れることすら躊躇う程にドギマギされられちまっている。おい、童貞すぎるぞ、俺。


「あれ~?もしかして緊張してる?ちょ~っと童貞くんには刺激が強かったかしらね~」


「どどどど童貞ちゃうわ!」


 否定するべきはそこではないが。


 こころは殊更に腕を抱く力を強め、胸を腕に押し当ててくる。俺は思わず声を上げてしまいそうになるのを、鼻息を荒くして必死に抑えた。


「おま、こんな人前で……」


「大丈夫だよ。皆、付き合い始めの初々しいカップルだって思ってるからさ、温かい目で見てくれるよ」


 確かにこころの言うとおり、辺りの視線からはまるで初孫を見る祖父母の様な温かさを感じた。


 一部、焦がすようなジェラシー光線も混じっているが、「あれが噂の……」とか「うわぁ、アツアツだー」とか、大体そんな反応。大阪のたこ焼きか。


「……いや、恥ずかしいのに変わりはないが」


「まぁまぁ、客観的に自分を見てみなよ。例えばどこの馬の骨かも分からないカップルが駅のホームでイチャコラしてるのには正直殺意を覚えるけれど、ドラマで俳優が同じ事をしてても、別に不快には思わないでしょ?それと一緒だよ。私たちは今や有名人なんだから」


 こころは客観的ってか楽観的視点で語っているが、それじゃあこのジェラシービームはどう説明するつもりだ。もはやアツアツのたこ焼きが出来上がるほどに熱を帯びてやがるぜ。


「……たとえどんな善人にでも、アンチっているものだから」


「それもそうか」


 ばつが悪そうに頬をかいているこころにとっては苦しい言い訳だっただろうが、俺にとっては反論のしようがない正論だった。


「だってほら、正義の反対はまた別の正義っていうじゃない?自分からしたら憎たらしい嫌な奴でも、相手には相手の信念があって、その逆もまたしかりで……」


「いや、もういいって。俺は納得したから」


 こころは口をもごもごとさせながら言い訳を続けている。こいつにも、偽物の恋人関係で人を騙すことへの罪悪感とかがあるのだろうか。それともまた別の、何か後ろめたい理由でもあるのだろうか。


 さてはアンチだなオメー。最も、それがなにに対しての負の感情であるのかは定かではないが。


「でも心配いらないか。君は地球上の全員が私の敵になったとしても、味方でいてくれるって誓ってくれたからね♪」


「誓ってない。誓って、ない」


 俺は決して天に誓ってなどいないことを天に誓ってやる。そもそもコイツとは一昨日出会ったただの同窓生だ。ただの同窓生の為だけに、俺の全てを投げ出してなどやるものか。全人類-こころの軍団に混ざって俺は平気で石を投げるぞ。


「いや~冗談うまいね~♪」


「冗談じゃねぇ!」


 俺にはダンクシュートなんて出来やしないぞ。て、そのジョーダンと違うって?これこそ冗談やがな。


 こころと俺の言い争いは、否、俺にとっては怨みつらみを吐き散らしていたつもりであったのだが、辺りのマダム、及びジェントルメン達はやはり温かな視線で、どうやら夫婦漫才とでも勘違いしているようだ。


 仲裁なんてしようものには、「年の功より時の咆哮」とか言いながらに口からビームでも撃ってきそうな程に目が据わっていて、だから、ずけずけと人の波に割って入り、俺とこころの前に立ちはだかった人物を見た時にはまるで指名手配された連続殺人犯を目の前にしたみたいな形相で、少なくとも、ギャラリー達にとっては許されざる程の大罪を犯した“彼女”の事を見ていた。


「……また性懲りもなく恋人ごっこをしてるんですか、アナタ達」


「うわ~、出たよ。アンチww」


 昨日のマッチアップの再開。人の波を割いて現れた彼女、言問文夏と、なにやら因縁がありそうなこころの対面にギャラリーが沸く。というよりは、大抵は言問に対してのネガティブキャンペーンで、完全に言問のアウェーである。


 しかし、今日の言問は怯む事なくスンッと鼻をならし、胸を張りながら俺の方を真っ直ぐな眼差しで見る。


「さあ、妙本くん。そんなごっこ遊びはさっさと、終わりにしてください。そんな事をしに大学に来た訳じゃないでしょう?“思い出して下さい。アナタのやるべき事を”」


「…………」


 一瞬、フラッシュバックの様に見知らぬ誰かの顔が浮かんだが、それは検閲にかかったかのようにすぐに頭から消えた。


 それを疑問に思う事なく、俺は溜め息を一つ吐くと、言問の方へ歩きだす。


 言問は晴空の様な歓喜の表情を浮かべるが、すぐに曇った表情へと移り変わる。……俺が、言問の横を通り過ぎたからだ。


「悪い、言問。流石にこの空気でお前の手を取ったら、刺されてもおかしくないからさ」


 分かってくれ、とは言わなかったが、目配せしながらに言問を見ると、「この分からず屋!」とでも言いたげな目でこちらを一瞥していた。


「や~い、負け犬♪」


 俺が振り返って言問を背に歩きだすと、こころやギャラリーも後に続く。言問を横切る際にこころは耳元で悪口を囁き、ギャラリーには睨みを効かせる者、唾を吐く者、中には足を踏みつける者さえいた。


「絶対に後悔しますからね!僕の手を取らなかったことを!」


 そんな負け惜しみみたいな言問の叫びを、去り行く背中に浴びながら俺は激しい胸の痛みを感じ、泣きそうになるのを我慢しながらこの場を後にした。


 まだ、この時には振り返る余地があっただろう。だけれど、俺にとってはもう手遅れたったのだ。決してそんなことは無いのに。


 振り返れば、言問に淡い期待を抱かせてしまう。そんな事を思った訳ではないが、俺は真っ直ぐ前だけを見て、この場を後にした。





 ※






 妙本くんが去り消えた後の桜並木の咲く道は、まるで蝗害が去った後の穀物畑みたいで、虚しさとやるせなさと無為な大地だけが残っていた。


 ひとり残された僕、言問文夏は淋しさに涙を流しそうになるが、それを歯を食いしばって我慢する。


 ぐっと握り拳にも力を入れると、今度は何だか怒りがふつふつと沸いてきた。


 あの女は、一体なんなんだ。顔を合わせる度に僕の事を芋女だの陰キャだの馬鹿にして、本当に腹が立つ。


 それに付いていく妙本くんも妙本くんだ。騙されてることに気付きもしないで、鼻の下をだらしなく伸ばしている。ばかみたいだ。


 ホントにホントに、許せない。二人とも、絶対に許さないんだから。


「覚えてなよ二人とも。僕を怒らせたらどうなるか、その身にたっぷり思い知らせてやるんだからッ……!!」






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