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思い出未満の何か。童貞の妄想、希望的観測


 春は出会いと別れの季節ならば、俺が変わるにはこのタイミングしかないと思ったのだ。


 いざ、大学デビュー!


 俺はトレードマークであったメガネを外し、コンタクトレンズを入れた新入生特有のキラキラした眼でまっすぐ前を見据え、意気揚々と桜並木の花道を駆ける。淡紅色(たんこうしょく)の花吹雪が、やけに眩しく見えた。


 まるで新世界かのような開けた視界には、俺と同じく大学生活という新世界に足を踏入れる新入生の大群。


 その群れの中に、見知った後ろ姿が一つ。舞い散る桜と共に、まるで見返り美人図の様に振り返り、こちらへ笑顔を浮かべるその人と目が合う。


「お早うございます、妙本くん。桜が綺麗ですね」


 そいつは春風を撫でるような、鈴を転がすような声で挨拶をする。そこにいたのは黒髪のボブカットを風で揺らす聡明な美少女、言問文夏であった。その目には眼鏡をかけている。


「お前もイメチェンか?言問」


「イメチェン?ああ、いえ。普通に目が悪くなってきたので眼鏡をかけただけです。そういう妙本くんは眼鏡を外してイメチェンですか?うーん正直な所、眼鏡を外すと目付き最悪で人相ヤバくて顔面論外で最早終わってるのでやめた方がいいですよ」


「なあ、言問。正直は時に人を傷付けるんだぜ」


「なるほど、参考になります。以後気をつけません」


 コイツ、俺を傷付ける気満々じゃないか。もしもこれから4年間、女子から暴言を吐かれ続けるような青春を過ごす羽目になれば俺は泣くぞ。


「ところで妙本くん。新入生代表挨拶は入学テストで1位の人がするそうですが」


「ああ、そうだな。話題の変え方が唐突だが」


 悪口を言うだけ言ってさっさと話題を変える言問の通り魔的話術は一旦置き、言問の言う通り新入生代表挨拶はその年の入学試験一位の者が行う。そして、当たり前だが今年の入試一位はこの俺だ。


「台詞の方は考えてきたんですか?」


「ああ、一応考えてきてはいる。だがな……」


 俺の意味深な台詞の切り方に言問は怪訝な顔を浮かべる。


 先程の俺の台詞にはいささか語弊があった。入学試験の一位は俺である。それは間違いない。だがしかし、……一位はもう一人いたのだ。


「ちーっす。君が噂の箱根っち?なんか思ってたのと違うっつーか、入学試験一位っていうくらいだからもっと勉強しかしてこなかった陰キャ、みたいな?そーゆーのを想像してたんだけど、なんか犯罪者みたいな顔じゃん?マジうけるんですけどーww」


「な、何ですかこの人は……」


 突然、俺と言問の間に割って入ってペラペラと早口で捲し立てる長髪で睫毛の長いイケイケ女子。なんかいい匂いもするし、その、勢い良く肩を組むものですから、当たってるんですよね。胸が、腕に。


「離れて下さい!いきなり出て来て、失礼ですよ」


 むぅーと口を尖らせながら言問によって引き剥がされる彼女。俺だってむぅーとしたい気分だが、言問が半目でこちらをまじまじと見てくるものだから、感情を殺して虚空を見つめた。


「えー、こんなの軽いスキンシップじゃん?マジだるいんですけどー。あー、てゆーか私が想像してた入試一位の陰キャ顔ってマジでこんな顔っつーか、コイツ芋女すぎない、みたいな?うけるーww」


「なっ……!」


 言問は顔を真っ赤にして、芋女っつーより紅芋女って感じの血色のいい頬を押さえている間に、捕らえていた彼女に脱出を許し、俺の腕に抱き付くだっこちゃんは再来した。


「まー、人は見かけによらないっつーか?」


 それはフォローなのか?なんだか知らん一言を述べて、ようやく飽きたのか俺の腕から離れた。


「て言うか、お前は誰だよ」


 満足げに鼻を鳴らすこいつは、急に出て来て俺の腕に抱き付くイケイケ女子だの彼女だのだっこちゃんの再来だの、なんて呼べばいいか分からない。お前はいったい誰なんだ!


「あー、私はこころだよ。えーっと、亀井こころ。まあ面倒くさいし、みんなそう呼んでるからこころって呼んでよ。それと、箱根っちとは今日一緒に新入生代表挨拶をするペアとゆーかパートナーとゆーか運命共同体的な?みたいな感じでよろ~」


 ギャル語辞典出典の現代的言葉遣いで自己紹介するこころとやら。てゆーか


「お前が入試で俺と一位タイだった奴なのか。何と言うか、人は見かけによらないって言うか……」


「それさっき私が言ったしww」


 さっきこころが言ってた事だが、俺だって東大で一位取るような人間は参考書から生まれた様なガリ勉だと思っていたから、こころを一目見た時に、コイツが入学試験一位だとは微塵も思わなかった。じゃあそのこころに犯罪者顔と言われた「ご自身は?」と聞かれたら、「ガリガリ勉強です」と答える他ないんだけどな。やはり外見で人は判断し難いのかもしれない。


 にしても犯罪者顔って何だよ。入学式を前にして女子から暴言を吐かれる青春に片足を突っ込みかけてるじゃねえか。誠に遺憾です。


 ……なんて事を考えつつこころを見てると、ジェスチャーで横を見ろという。


 何だと思い振り向くと、言問が湿度高めなじとーっとした目でこちらを見ていた。なにやらご立腹な様子。


「全く、何なんですか。さっきから鼻の下伸ばして。そんなに抱き付かれたのが嬉しかったんですか?それじゃあ私はお邪魔虫なんでしょうね。どうぞ秀才の二人で楽しんどいて下さいよ!」


 吐き捨てて、桜の季節の如く颯爽と去っていく言問。


「……何怒ってんだ、アイツ」


「そりゃあ彼氏が他の女にデレデレしてたら怒るっしょ。まあ、私もちょっとからかいすぎたっつーか。とりあえず謝ってきなよ」


 てへぺろと、全く反省の意が見えない謝罪をしながら俺に謝れというコイツは何なんだ。とりあえずてへぺろってすればいいのか、俺も。いや、やらんわ。


「いや、アイツとは付き合ってないが」


 俺と言問の何を見てそう思ったのか、小一時間問い詰めたい所だね、聞かないけど。しかしこころにとっては俺らが付き合ってない事実が余程以外だったらしく、飄々とした先程の態度とはうって変わって目を見開いて驚いている。


「え、そうなん!?……ふーん、じゃあ、私にもチャンスがあるって事ね」


「え、なんだって?」


 こころは悪戯っぽくフフッと笑う。まるで妖艶に男を惑わす女豹みたいに。


「なんでもないよ。ただ君とイチャコラしたいなって言っただけ」


「……リップサービスだろ」


「んー、それは口でのサービスがご所望ってコト?」


「……もういい。ちょっと黙っとけ」


 朝っぱらから桜みたいなピンク色の頭をしているこころとは一定以上の距離を置きつつ、俺は入学式が行われる体育館へと向かう。


「えー?!ちょっと待ってよ~」


 背後から聞こえるそんな声に俺は聞こえないふりをしつつ歩を進める。





 ※






「あー、君たちが新入生代表挨拶をする二人ですか?それじゃあ二人は別室で、入学式が始まるまでに話す順番とか決めといて下さい」


 体育館に着くや否や、新入生代表である俺ら二人は入学式を取り仕切る教員に団体行動を命じられ、入学式前に新入生代表挨拶の段取りを組むように指示された。


 案内された体育館のステージ横にある小部屋にて


「ふふ、ようやく二人きりになれたね♪」


 頬を赤らめて恥じらいながら呟くこころ。いや、うっせーわ。それよか話す順番とかその他もろもろ決めなきゃいけないだろ。


「んにゃ、そんなのどうでもいいっしょ。なんならじゃんけんで決める?じゃあ、こうしよう。勝った方が順番を決める。負けた方はその順番が不服なら、服を一枚脱ぐというルールで」


「却下だ」


 俺はこころの案を即刻棄却する。不服っていうのは服を着ないって意味じゃないんだぜ。


 こころはサルバドール・ダリの時計みたいに、ぐでーっと机に突っ伏す。どうやら考えるのに飽きたみたいだ。


「……どうでもいいって言うなら、お前が先で俺が後。これでいいか?」


「嫌です」


 言うとこころは着ていた上着を脱ぎだした。だから不服って言うのは……あーもうまどろっこしい!


「脱ぐな脱ぐな、不服なら俺が後でいいから!どうしてそう服を脱ごうとするんだ」


 俺は脱いだ服を丁寧に畳むこころに訪ねる。変な所で几帳面だな。


「君に、私は本気だって思ってもらう為だよ。さっき、私は君とイチャコラしたいって言ったでしょ?あれは、紛れもなく本心だから」


「だからって、ここでおっぱじめようと?」


 恋は盲目とか、恋はハリケーンとか言うけどな、東大入試一位のヤツがこんな無茶苦茶な事言うもんか?大学に入る前に違うところに挿れようとって、俺は何を言ってるんだろうね。


「大体、なんで初対面の俺にそこまで入れ込む。一目惚れったって限度があるだろ」


「あれ?もしかして覚えてないの?」


 こころは大事なネックレスでも失くしたかのような喪失感と悲壮感漂う表情で問うてくる。しかしどうしよう。俺自身全くもって身に覚えがない。もともと昔の記憶は曖昧な所があるが、まだ幼き頃に道を分かちあった美少女幼馴染みの存在を忘れるなんて事があるか、とも思う。


「……ごめん、覚えてない」


 結局、こころ当たりのなかった俺は正直に謝る事にした。


「ふーん、そうなんだ。まあ、私も覚えてないんだけどね。てゆーか会ったことないかな?でも箱根っちに心当たりがあるなら、例え人違いだとしても私だったって事にして、運命の出会いを捏造しようかなーって思ったんだけど、残念だったなー」


「…………」


 おいおい、運命の既成事実を作ろうとするなよ。神様がニートになっちまうだろうが。


 もし仮に、俺の幼き頃に運命のボーイミーツガールがあったとしたらな、本物のガールからしたらたまったもんじゃないし、て言うかそんなガールが実在するなら早く俺の前に現れてください、マジで。俺もう覚えてないから。


「……まあ、覚えてない方が好都合だよ」


 相も変わらず、こころはぐったり机に突っ伏しており、何かをぶつぶつと呟いているが、もうツッコミのも疲れたよ。


 俺もこころに倣って楽にしようと背もたれにもたれ掛かった時、部屋のドアからコンコンとノックの音。


「それじゃあ二人とも、準備が出来たから来賓席前の椅子に並んで座るように」


「はーい」


 先ほどこちらを案内してくれた教員が部屋のドアから半身だけ覗かせ、入学式の準備が出来た旨語る。さて、行くかと息を一つ吐き、席を立ち俺らは会場へ向かった。




 ※






 入学式が始まってからは、あっという間に時間が過ぎ、挨拶するまでは緊張の入学式だったものの、あらかじめ用意していた台詞を噛まずに言いきると、やることやったという小さな達成感と満足感で、後の事はあんまり覚えていない。


 式が終わってからは、あんなに絡んできたこころも、別に新しい友達を見つけたらしく、そちらとばかり談笑しており、俺には見向きもしない。鬱陶しかったのも事実だが、なんだか裏切られた気分だよ。


 そんな訳で、周りでサークルや部活動の勧誘が行われる中、俯きながら一人ですごすごと歩を進めるうちに、自宅へと着いた。


「ただいまー」と一言呟き、荷物を置きに階段を上がって自分の部屋に向かう途中、背中から声をかけられた。


「おー、お兄ちゃんおかえりー。どうだった?入学式」


 真っ直ぐなセミロングの髪から覗かせる、上目遣いの瞳を長いまつげが縁取る顔立ち整った美少女。


 興味深そうな微笑みでこちらを見つめる少女は俺の妹、妙本瑞希である。はて、入学式がどうだったか、とな?


「どうだったか、ねぇ。うーん、なんか変な奴に絡まれてた」


「……もしかしてその人って女の人?」


「まぁ、そうだけど、なんで?」


 なにやらヤンデレ妹みたいな事を聞いてくる瑞希だが、瑞希は俺を束縛する様な粘着質な性格ではないし、だからといって俺を嫌っている訳ではなく、好きを表には出さないけれども、クールでスマートな態度の裏には俺への好きが隠れている、そんな妹である。(兄の希望的観測)


「いや、お兄ちゃんって女癖が悪いきらいがあるからさ、まあ、おせっせは節制してね?」


「俺ってそんなイメージだったのか?実の妹に言うべき事ではないかも知れんが、俺は童貞だぞ」


 俺のカミングアウトに、瑞希は苦虫を噛み潰して飲み込んだかのような嫌ーな顔をした。


「うん、本当に言わなくていいことだよ、それ。て言うか、前に女の人部屋に連れ込んでなんかしてなかった?」


「いや、そんな覚えはないぞ。いつの話だ?」


「いつだっけ?うーん、やっぱり記憶違いだったかも」


 何をどう勘違いしたら童貞の兄を女たらしのプレイボーイだと間違うのだろう。


 瑞希はあれーおかしいなー等と呟き、首を傾げながらリビングに戻っていく。


 俺は瑞希がリビングに戻るのを見届けてから、自室に向かうべく振り返って階段を上る。


 一段一段と階段を踏み歩きながら、ふと俺はある日の事を思い出した。


 そうだ、あの日は俺と言問、そして、……後一人は誰だっただろうか?俺の部屋で、痴話喧嘩の様な口論を繰り広げたんだ。


 だけどそれがいつであったか、何が原因で、何を言い争ったのか……もう一人の人物が誰であったのか、重要な所が思い出せない。


「ま、ただの童貞の妄想、かもな」


 俺はその思い出未満の何かを、童貞の希望的観測だと切り捨て、自室へと駆け足で向かった。






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