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時をかけた少女

 

 ……俺には姉がいた。


 姉は容姿端麗でありながら、天才的な頭脳を持ち、運動能力にも長けた、所謂完璧人間であった。更には皆から愛される、……俺とは真逆の人間だった。


 一方の俺は、愛という物を知らない。与えられたこともない、与えたこともない。そもそもとして愛という物がどういう物なのか根本的に知らないのだからもうどうしようもない。家族からの愛は姉が一身に受け、所詮姉のオマケ、付属品に過ぎない俺はおこぼれの愛を貰うだけの乞食の様な存在だった。


 俺に付けられた箱根という名前も、過去に家族旅行で箱根に訪れた際に母親の妊娠が発覚したために付けられたとの事で、まあ雑で適当な理由である。愛という物が一切感じられない、あまりにひどい話だ。


 ……それから時が経ち、俺が小学校二年生になった頃、八つ年の離れた姉はその天才的頭脳を活かすため十六歳という異例の若さで研究者となった。まだ未成年で、女性ということもあり将来を期待される有望株として彼女は注目を浴びた。


 対して、当時の俺は毎日遊びにくれ、勉強などに微塵の興味も無く、のうのうとただ過ぎ去る日々を謳歌していた。……担任教師から放たれる、“お姉ちゃんはあんなにも頭がいいのに”という愚痴のような言葉などには一切耳を貸すこと無く。


 ……研究者としてのキャリアを順調に積んでいった彼女は持ち前の知識力と発想力で時間逆行という、アインシュタインの相対性理論を覆す世界的な大偉業となる技術を確立させつつあり、名実ともに世界的研究者としての地位を獲得する、……はずだった。


 ……時間逆行装置、タイムマシンの実験中に起こった事故で、彼女が命を落とすことが無ければ……


『……おいッ!応答しろッ!……畜生、何て事だ!移動地点20××年、生命反応なし!及び直近10年も同じく生命反応無し!……過去百年間のタイムホール情報を取得、生命反応……無し…!……くそ、夢だと言ってくれ…こんな悪夢、早く覚めてくれ……』


 ……当時の事は良く覚えていない。姉の研究の集大成、タイムマシンの稼働実験という晴れ舞台に俺は立ち会い、姉が消えて行く現場と、慌てふためき泣き叫ぶ姉の同業者達の悲痛な叫びを目の当たりにした。……眼に映ったうろ覚えのそんな景色と、心に大きな穴が開いたこと以外は何も覚えていなかった。


 ……その日を機に、俺の人生は大きく変わった。両親は俺に対しても姉と同様の態度をとるようになり、今までの無関心とは打って変わって叱られることも増えた。……ただ、またやもそこに“愛”は無かった。


 両親は俺に今は亡き姉の幻影を重ねて、完璧になるように、常に頂点であるように命じ続けた。……姉と同格に扱われることは俺にとって大きな誇りであるとともに、大きな“枷”でもあった。凡人が天才の真似をしようとも限界がある。そんなことは分かりきっていた。だが俺は強いられていたのだ、“天才”であることを。


 ただ凡才の俺にも猿真似の才能だけはあったようで、必死こいて天才の真似事をし続けた末に、俺は天才という化けの皮を普段着にして過ごせる様になった。


 ……しかしながら本物の天才とは未だ程遠い。否、本物の天才にはなろうと思ってなれるものではない。文字通り“天性の才能”なのだから。……神に愛された者にしか得られない、いわば特賞だ。


 生まれながらに何も持っていなかった俺はその才能に憧れ、嫉妬した。だから血反吐吐いて努力した。中途半端な天才を叩き潰して全国一位になることが快感だった。……“本物の天才”には絶対に敵わないから、弱いものを苛めて悦に浸る屑人間と俺は化していたのだ。


「……だけども遂に現れたか、ジーニアス」


 頭を抱えながら俺は戯れ言をほざく。……ジーニアス、つまり“本物の天才”。それはあの転校生の事だ。


 十代の若さである有名機関の研究員の地位を確立した少女。……心なしか姉と境遇が似ている。天才の思考回路というのは似たり寄ったりなのだろうか?


 そしてそんな天才が何故今さら学校なんか、強いては小さな私立校なんかにやって来たのだろう。……妙だな、一体何が目的なのか一切の検討もつかない。


「……はあ」


 俺は最早癖となってしまった溜め息を吐く。どういう訳か人生というのは平坦な道では無いようで、上手くはいかないように設計されているらしい。平凡な日常にわざわざボスキャラが足を動かしやって来た。理由は分からないがそういうシステムなのだと割り切ろう。


 ……気づけば窓の外は満天の星空だった。優美な景色に思わず目を奪われてしまうが、子供と優等生はもう寝る時間だ。俺もそろそろ眠りにつくことにしよう。


 猿真似以外の俺の特技に早寝というのがある。目をつむれば即座に睡眠状態に入ることが出来るというものだ。


 俺は目をつむり、その意識は闇の中へ……zzz。






 ※






「……昨日は何を騒いでいたのかしら?はーちゃん」


 翌朝、俺がリビングに訪れて最初に目にしたのは、アイスピックを手にした笑顔の母親だった。鋭利な刃物の先端がキラリと輝く。


 母親は笑顔を崩さぬまま、ジリジリとこちらへ歩を寄せる。母が何かしら武器を持っている時はご立腹だというサインなのだが、……はて、昨晩は何をしていたんだったか?

 俺は寝起きの頭をフル回転して昨晩の自身の行動を思い返してみる。


「……あー」


 そこで俺は昨晩のなまはげが叱るような声が轟いたのを思い出した。つまり母親の憤怒の原因は昨夜の俺の叫び声という事で間違いないだろう。確かに近所迷惑甚だしい行為であるが、ただあの行動に至っては自らを奮い立たせるものであって決して迷惑行為では無いことを解っていただきたい。


「あ、あれはですね、自らを鼓舞する為と言いますか、何と言うか例えるならばオールブラックスのハカの様なものでして、ニュージーランドのマオリ族に伝わる由緒正しき舞踏をリスペクトさせていただいたものであり、決して迷惑行為の類いでは無いのですよ!はい!」


 俺は達者に口から出任せの言い訳を放つ。何となくそれらしい事を言っておけば母親はいとも簡単に騙せてしまうからだ。つまるところ母親は馬であり鹿なのだ。


「……そうなの?よく分からないけどそれならいいわ」


 予想通り骨頭な母親は容易に騙すことが出来た。……少しばかり心配になるレベルで母親はどこか抜けている。何故この親から姉のような人間が生まれてきたのだろうか。メンデルの遺伝の法則を少し見直すべきかもしれない。


「じゃあ朝ごはんは出来てるから残さず食べて、遅刻しないように家を出るのよ?、分かった?」


「はい、分かりました」


 母親は玄関に歩を向けて、俺に任務を言い残して立ち去る。母は毎朝俺より僅かに早く家を出てパートに向かう。貧しい家庭を少しでも支えようと家事を行いながら働く生活を送る母親を俺は尊敬しているが、少しばかり頭の足りない母親を雇う職場などあるのだろうか。


 ただ見てくれは良い母親なので、受付業務等は引く手あまたであろう。母親が何の仕事をしているかは定かでは無いが。


「……俺もそろそろ準備しなきゃな」


 母の背中を見送り、一息吐いて俺は呟く。……俺も早く学校へ行こう。その為にはまず机の上に置かれた山のような八割もやしの野菜炒めをおかずに朝食を済ませなければ……。






 ※






「……はぁ、ヤバイな」


 只今の時刻は8時15分。……さて、ここで問題だが、学校の登校時間が8時半、残りの通学路の距離が5㎞の時、時速何㎞/hで自転車を漕げば学校へ遅刻せずに行けるでしょう?


 ……答えは21キロ以上。この問いの答えは考えるまでも無いが、それが実現可能かと言われれば難しいと答えるほか無い。


「……ママチャリで20キロ越えはやっぱ厳しいか?」


 しかも腹の中には数多のもやし。胃の中を暴れまわりリバース寸前。レッツダンシング、レッツもやしパーリィとなりかけていた。


「……心遣いは嬉しいがあの量はは朝飯の量じゃねぇって」


 恨み言を呟いても意味無いとは分かっているが、そうでもしなきゃやっていけない。食わなければその先、死あるのみ。……腹の中でもやしが暴れ、跳びはね、躍り回る。もう、駄目だ。……そう思った時だった。


「……ちょっとすいません。貴方、東高の生徒ですよね?」


 後方から声をかけられる。俺は反射的にブレーキをかけ、自転車を停止する。


 ……振り替えると、やけに美人な、……何処かの誰かに似ているような気がするが思い出せない、誰か似の美少女がやたらとデカイ高級車の窓から、その整った顔を覗かせていた。


「……そうですが何の用ですか?」


「……もし宜しければでいいのですが、東高まで案内して頂けませんか?」


 少女は両手のひらを合わせてウインクで懇願する。が、しかし、生憎俺には使命がある。果たせなければ命を絶たれる、悪の秘密結社の様な事をしている最中なのだ。ミッション時間厳守!確かにこの少女は可愛い、とても可愛い、可愛い事この上無く、願いを無下に断るのが憚れるのだが、命には変えられない。


「いや、ちょっと今時間という強大な神の使途との戦いがあるので……」


「……遅刻しそうなのですか?」


「……」


 適当に答えてさっさとトンズラしようとした所に少女の正論(マジレス)が突き刺さる。俺は言葉を飲み、立ち止まってしまう。


「……神の使途との戦いとは、随分と大層な物言いですね。とても文学的で素晴らしいと思いますよ」


 彼女は掌を口元にあてて上品に笑う。つまらないジョークに社交辞令的に微笑む、淑女的なその行為。だが俺には分かる、絶対にコイツは俺の事を馬鹿にしてる。その心笑ってるね?彼女は小悪魔的に心の中で笑っているのだろう。俺には分かっているぞ。


「……面白いものを聞かせてもらいました。お礼と言っては何ですが、車でお送り致しましょうか?同乗して貰えれば道案内も楽でしょうし」


「マジですか!」


 前言撤回、そこに居たのは天使だった。人生は苦難や試練で出来ているものとばかり思っていたが、どうやらそうでもないみたいだ。神もそこまで鬼畜では無かったみたいだ。俺に天使が舞い降りた、どうもありがとう神様。


「ええ、では行きましょう。……現代の文豪、令和の夏目漱石(笑)の箱根さん」


「……」


 ……俺は先程の前言撤回を殊更に撤回する。こやつはやはり悪魔だ。悪魔的美少女だ。


 そんなことを思いながらも俺は少女に誘われるがまま、車の後部座席に座るのだった。






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